進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第54話、対人制圧部隊

 次の日(ラガコ村事件の翌々日)、トロスト区郊外にある民家の一室で、中央第一憲兵団所属のサネス=ジェルは、部下の一人に怒鳴り散らしていた。

 

「まだわかりませんだと!? 貴様、たった一人を調べるのにどれだけ時間がかかっているだ!」

「そうは言われましても……」

 部下はただ言い訳するばかりだった。

『調査兵団の技術班班長ハンジが開発したと思われる新兵器の概要を掴み、機会があればこれを奪取せよ』

これが上層部から受けた指示である。調査兵団や駐屯兵団に潜り込ませている情報提供者(スパイ)がいて、ハンジ達はここ数ヶ月、偵察気球を作っていた事はわかっている。しかしながら新兵器絡みの情報は現在まで全く得られていない。奇妙な事に開発していた形跡すらないのだった。

 

「例の壁外勢力――”ユーエス軍”とやらは実在するのですか?」

 部下はそう主張した。例の新兵器は、世間一般には調査兵団技術班が開発したという事になっているが、駐屯兵団および調査兵団の両首脳部から総統府には、謎の新勢力のものとの報告が来ている。つまり情報が矛盾していた。

 サネスらは”ユーエス軍”なる壁外勢力は、王政府側からの追及を逃れる為に考えたハンジの虚構だと考えていた。なんらかの新兵器があるに違いないと考えていたのだが……。

 

「まあまあ、サネス。そう責めてやるな」

 同僚のラルフはサネスを止めに入る。

「ラガコ村の件は聞いただろ。あれでハンジが黒だって事は確定した」

「それはそうだが……」

 ラガコ村の一連の出来事については情報提供者(スパイ)から情報を得ていた。緘口令は出ていて一般市民には知らされていないが、”獣の巨人”という知性巨人まで出現。そのとき、調査兵団主力には待機命令が出たらしい。そしてその待機命令の数分後に獣の巨人が転倒し、そのまま死亡(気化)したとのことだった。待機命令を出したのは団長代理のミケだが、命令の出所はハンジであることもわかっている。新兵器を使用する準備のために時間をかけたのだろう。

 トロスト区戦ではハンジは壁外調査中というアリバイ(不在証明)があるので、追求に踏み切れなかったのだ。

 

「奴が一人になったところを拉致して、尋問すればいいじゃないか?」

「それが出来たら苦労するかよ!」

 ハンジは身辺警護には気をつかっているらしく、単独で動くことはなかった。研究棟に引き篭もっているか、調査兵団本部に出向くぐらいで、移動するときも必ず警護の兵士を付けていた。

警護の兵士には元精鋭班のペトラ=ラルの姿も確認されている。人目のつくところではさすがに強行手段を取れず、かといってハンジの研究棟もここ数ヶ月で周りに堀と鉄条網を廻らすなど城塞化が進められており、数人程度で秘密裏に手を出せる状況ではなかった。

 

 外の見張り役の兵士から来訪者があると報告してきた。

(な、なんで奴が!?)」

サネスはその名前を聞いて青ざめた。

「よぉー。しけた顔をしているな。サネス」

室内に入ってきた長身で帽子を被った無精ひげの男――ケニー・アッカーマンだった。中央第一憲兵団中の最精鋭――対人制圧部隊の隊長である。前歴は憲兵団殺しをしていたらしいが王に取り立てられて今の地位へと登り詰めた。サネス自身も反体制派や思想犯を拷問して殺してきているが、この男は別格だった。人を殺す事に一切躊躇いがなく、女子供だろうとまったく容赦しない。反体制派を匿った辺境の村が消えたとの話もある。

「で、調査兵団に関しての調査はどうなってる?」

「そ、そうだな。昨日のラガコ村の件でハンジ=ゾエが新兵器について何か知っているとは確信したところだ」

「はぁ? それだけかよ?」

「いや、まったく……」

「ったく使えないな。お前、何年、憲兵団やってんだ?」

 ケニーは鼻で笑って侮蔑した。悔しいが言い返す事ができない。かつては自分の方が階級も上だったが、今や立場は逆転。ケニーは真の王に最も重用されており、かつ最精鋭部隊の長である。ひらすら地味な治安維持活動に従事する自分とは歴然とした差ができていた。むろん己の仕事には誇りを持っているのだが。

 

「ふん、まあいいお前ら、もう何もしなくていい。本部に戻って草毟りでもしていろ!」

 ケニーは乱暴口調で命令した。

「ど、どういう事で!?」

 ラルフが問い返した。

「調査兵団は解体、ハンジ=ゾエを含む幹部連中には王政転覆罪を適応して、全員死刑だな」

「!?」

 サネスは驚いた。王政転覆罪はこの壁内世界において最も重い罪である。その法定刑は死刑のみ。壁内世界成立の当初は反体性派の活動も盛んで、過虐な死刑執行方法が取られる事も多々あったが、最近は治安が悪くてもこの罪で処罰された容疑者はほとんど無かった。

「そりゃー、一体どういった根拠で? 証拠はあるのか?」

ラルフが口を挟んだ。

「ははっ、笑わせてくれるな。お前らの口から証拠という言葉が聞けるとは。お前らにとっては証拠とは探すのではなく作るものじゃなかったのか?」

ケニーはサネス達が過去にしてきた証拠捏造について皮肉を言った。

 

「まあ、理由がないわけじゃないがな。やつら(調査兵団)は巨人勢力の反乱分子と内通して、王政を転覆させ、己が新たな支配者になろうと企てやがる。そもそも例の新兵器、ありゃ偽物だ」

「あの新兵器が偽物?」

 サネスは初めて聞く話だった。超強力な兵器があるという前提で調査してきたからである。

「お前らは知らんだろうが、巨人化能力者はいつでも巨人になれると同時にいつでも巨人化を解除できんだよ。反乱分子の名前もわかってる。ベルトルト=フーバーとライナー=ブラウンだ。超大型巨人と鎧の巨人の正体だな」

「ま、まさか……」

「そもそもトロスト区戦では調査兵団の損害はほとんど出ていないだろ? 怪しいと思わないか? 壁外調査のタイミングを見計らって反乱分子の巨人達に襲撃させ、その後、劇的な逆転勝利を演出したんだよ。いやー、ったく見事だぜ。調査兵団の権威と名声は大いに高まったしな。実際、総統も気をよくして調査兵団の予算の大幅な増額を認めてるだろ?」

「あ、あの戦いはやらせだったというのか? 駐屯兵団に大勢の犠牲者が出ているのに……」

サネスは疑問を投げかけた。

「被害が少なかったら逆に疑われるじゃないか?」

「で、ではラガコ村事件は?」

「ああ、あれは奴ら、巨人化薬品を使った実験をその村でやったんだろ。ただし、実験に失敗して思ったより大勢の村人が巨人化してしちまった。失敗に備えて近くに待機していた調査兵団が鎮圧にあたったというのが真相だな。じゃなきゃ、あんなにすぐに出動して鎮圧できるわけがない」

「……」

確かにつじつまが合っていた。話を聞けば聞くほど、ケニーの話は真実に思えてくる。

「やつら(調査兵団)は反乱分子の戦士(巨人化能力者)を匿っているが、なあに、こっちにも切り札がある」

「それは?」

「ふん、用無しのお前らにそこまで教えられるかよ」

「ま、待ってくれ。それなら俺達にも手伝わせてくれ? このまま手ぶらで帰ったら、出世どころかここ(中央憲兵団)にいられなくなっちまう」

 サネスは必死で頼み込んだ。役立たずとして閑職に回されてしまえば、もう二度と栄えある任務に付く事は適わないだろう。それどころか口封じの為に消される例も多々ある。もみ消し工作を担当した経験があるだけに己の窮地は痛いほどわかった。

 

「ふん、まあ、いい。先鋒として使ってやるよ」

「す、すまない」

 その時、サネスはケニーの後ろに立っている人物に気付いた。花柄が付いた大きな帽子を被り、黒いコートに黒のロングスカート、長い黒髪が揺れていた。

「フリーダ御嬢様!?」

そこにいたのは知る人ぞ知る壁内世界の真の王家の令嬢――フリーダ=レイスだった。以前、王都のレイス家邸宅で当主に報告と指示を仰ぎに窺った際、目通りしていた。フリーダはちらっとサネスを見るも興味がなさそうに視線を背けた。以前は社交的で気さくな人柄で領民から慕われていたと聞くが、その面影はなく感情がない人形のような感じだった。

 

「今回は特別重要な任務ということで、ご同行いただいている。くれぐれも失礼のないようにな」

 ケニーはそれ以上説明しなかった。サネス達は追いたれられるようにケニーたちが連れてきた部隊の最後尾の馬車に乗せられた。

 

 

 表には50人あまりの部下が勢揃いしてケニーの指示を待っている。彼らはケニーが手塩にかけて育てた精鋭だった。調査兵団はなるほど対巨人戦では優秀かもしれないが、自分達のように対人戦に特化しているわけではない。それに彼らが知らない新装備で持ってすれば十分制圧は可能だろう。

 

 副隊長の女兵士が声をかけてきた。

「隊長、いよいよですね」

「ああ、そうだな。あんな武力をもった集団を放っておくのは考えもんだったが、……ようやく俺達対人制圧部隊の本領が発揮できるな」

ケニーは今後の展開を予想して笑みがこぼれる。すでに謀略の仕掛けも完了している。調査兵団側の連中も反逆を企ているだろうが、これほど早く鎮圧部隊が出てくるとは予想もしていないだろう。一言でいえば調査兵団側の失態であろう。ラガコ村で稚拙な人体実験を行い、それに失敗したのが奴らの運の尽きだと己の主(ロッド=レイス)は語っていた。ケニーもその説でほぼ間違いないとは思っていたが、どこか違和感が残っていた。




【後書き】
敵側の動きです。王政府側の中央第一憲兵団、サネス、ラルフ、ケニー=アッカーマン。調査兵団に対する殲滅作戦を目論んでいます。

王政府側は新兵器も含めて、調査兵団と巨人勢力側の反乱分子が結託した内乱と考えました。例の新兵器も巨人化能力解除によるものと思っています。
 無理もありません。そもそもリタ達の存在を知らない為、異世界の超兵器(ギタイ)があるとは想像の範疇外ですから。ただこれほど早く鎮圧に乗り出してきたのは、リタやハンジにとっては予想外でしょう。互いに読みを誤っていることになります。

ちらりと登場したフリーダ=レイス。原作ではシガンシナ区陥落直後、巨人化したエレンの父(グリシャ=イエーガー)に襲撃されて死亡していますが、本作ではその事件の有無に関わらずフリーダが生存。巨人化能力者かどうかは現時点では不明。

真の王家は大貴族であるレイス家である。これは原作を踏襲。

【5/6】一部改稿。ブリーダ⇒フリーダ。サネスとケニーの関係を原作に準拠(ケニー入団時はサネスの立場が上) またケニーはラガコ村の真相について調査兵団の仕業説に少し疑問点を持っている点を追加。

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