進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第56話、野望

 これから訪れるであろう流血の惨事を予感させるかのように天候は急速に悪化し、昼間だというのに憂鬱な影が辺りを覆いつつあった。

 

 トロスト区近郊にある調査兵団本部、この建物の大会議室では急遽幹部会議が設けられていた。朝方の王都新聞の捏造記事の配信を受けてのことだった。ここには調査兵団の幹部、班長、ならびに精鋭班メンバーのほぼ全員――30名程が出席している。

 精鋭班所属のグンタ=シェルツは、周りにいる幹部連中を見渡して一抹の寂寥を感じていた。オルオなど顔の知った仲間の姿が消えているからである。巨人との長きに渡る戦いで皆散っていったのだ。そして戦いは今後も続くだろう。さらに知性巨人やその背後勢力の存在が明らかになったことにより、戦況はより逼迫してくるだろうと思えた。

(そういえばペトラの姿が見えないな?)

 ペトラは3ヶ月程前に精鋭班からハンジの技術班に移籍して後、ハンジに重用されているらしく、ほとんどの会議でも同席しているのが常だった。

(癒しというか、ペトラがいてくれると雰囲気が違うんだけどな)

 こういった幹部会議では男性陣が大半なので、調査兵団随一の美人の彼女がいると場が華やかになるからである。愛妻がいる自分でも惹かれるのだから、独身男性陣ならなおさらだろう。

 

 正面の教壇に立っている団長のエルヴィン=スミスが話していた。

「……むろん総統府には厳重に抗議する旨の文章を送付済みだ。だが例の記事を書いた新聞社、その背後には我々(調査兵団)をよく思わない連中がいるだろうな」

「胸糞わりぃな。俺達に住民虐殺の罪を着せるなんて! ふざけんじゃねーよ」

 腕を組んで座っているリヴァイは、かなりイラついている様子だった。

「あの記事は巨人との戦いで散っていった仲間を侮辱していてやがる。絶対に許せん!」

「どうせ中央憲兵か壁教の連中だろ?」

「自分達は安全な内地にいるくせに! 誰が巨人と戦っていると思っていやがんだっ!」

リヴァイの一言がきっかけで中央憲兵に対する怒りの声が沸きあがった。

 

 エルヴィンは一同に鎮まるように合図した。

「怒りを覚えるのはもっともだが、ここは冷静に行動してほしい。下手に暴発すればそれこそ反乱鎮圧の大儀名分を与えてしまう」

「では団長。このまま黙っていろとおっしゃるんですか?」

「そうじゃないよ」

幹部の抗議に答える形でハンジ=ゾエが挙手していた。ハンジはエルヴィンの許可を貰うと、教壇に立った。

 

「あの記事に書かれていた巨人化薬品。これを奴らが知っているという事自体が、奴らが巨人に関する知識を隠蔽している証左だよ。ラガコ村を調査して初めてその疑いが出てきたんだからね。捕縛した巨人が殺された事件を考えても、奴らは我々の知らない巨人に関する知識を持っていると考えて間違いないでしょう」

「……」

一同は不安げな様子でハンジを見ている。ハンジはそこで笑みを浮かべた。

「もっとも切り札を持っているのは彼らだけじゃない。団長、いいですよね?」

「ああ」

ハンジは何か連絡事項の最終確認を求め、エルヴィンがそれに同意する。

「朗報です。何か分かりますか?」

「えっ!?」

 グンタも含めて一同は首を傾げる。こんな捏造記事を出されて調査兵団が危機に陥っている状況での朗報という意味がわからなかったのだ。

 

「ユーエス軍、例の壁外勢力ですね。彼らと接触することに成功しました」

「ま、まさか!?」

「本当か!?」

 驚きが会議室中に広がっていく。ここにいる調査兵団幹部達は守秘義務が課せられた上で例の新兵器が壁外勢力のユーエス軍所有の物であることは伝達されている。ただそのユーエス軍とは一切連絡が取れないとハンジは説明していたのだった。

 

「実は言うとですね、先日の演習、ラガコ村近郊に変更したのは彼らから矢文で連絡があったからです。『南西領域のラガコ村周辺で敵巨人勢力が何かを企んでいる様子、十分注意されたし』 それでミケに無理言って行き先を変えてもらったのが真相です。演習のはずなのに実戦となってしまい、亡くなった兵士の方々には申し訳ないのですが……」

「じゃあ、ユーエス軍は私達の味方って事?」

「ひゅー。ってことは例の新兵器があるんだから超大型だろうが鎧だろうが一撃じゃないか?」

「だよなぁ。あれなら無敵じゃないか!?」

室内はさきほどまでとは打って変って明るい雰囲気になった。

「もっともユーエス軍は無条件で討伐してくれるわけじゃありません。今後、知性巨人を討伐した場合は、その討伐報酬を要求するとの事です。額は交渉の余地があるとは思いますが、かなり高額なのは間違いないでしょう。まあ、無償で私達人類のために戦ってくれとは言えませんよね?」

「……」

 討伐報酬の件はさすがに衝撃を受けた。しかし、よくよく考えてみればハンジの言は至極もっともである。どこの世界に無償で赤の他人の為に戦ってくる者がいるというのだろう。

「総統府には先の抗議文に加えて、ユーエス軍との交渉担当が私であることも伝えてもらっています。総統閣下の御裁可を仰ぐ事にはなるでしょうけど、ラガコ村の件で私達をいきなり拘束するなどの強攻策はとりにくいはず……」

 ハンジの意見は、交渉窓口が調査兵団の自分であることが身を守る術になるという事だった。

 

「それはどうかな?」

 腕組みをしたままのリヴァイがハンジの楽観論を否定した。

「奴らはこっち(調査兵団)を潰す為に動いてんだ。あの記事だけで済ますはずがない。必ず何か仕掛けてくるはずだ。それが何かはわからないが……」

「リヴァイの言うとおりだ。ここ数日はいつでも戦闘可能なように準備しておこう。皆も用心してくれ」

 その後、会議は不測の事態に備えて警戒レベルを上げる事がが決まった。各班の兵士の充足状況、持ち場の確認、装備の報告の後、会議は閉会した。

 

 

 今の幹部会議に参加していた班長の一人、この男、実は中央第一憲兵団に密かに忠誠を誓っている情報提供者(スパイ)だった。

 便所の個室に篭ると、さきほどの会議に内容を記した報告書を暗号表に従って書き上げた。そして調査兵団本部の調理室手前にある壁の隙間にその報告書を差し込んだのだった。この男が顔も知らない別のスパイがその報告書を上司に届ける算段になっている。こうしてこの男は誰とも接触することなく調査兵団の内部情報を漏洩させていたのだった。

 

 

 

 会議があった日の夕方、天候は悪化し、雨音が激しく屋根を叩いていた。トロスト区郊外の農家(壁教信者の家)に滞在しているケニー=アッカーマンは部下から報告を受けていた。

サネスも知らない別ルートから調査兵団の内部情報を得ていたのだった。

 

「ほう。ハンジが例の壁外勢力の交渉窓口とはな。おまけに討伐報酬が必要か。ふん、面白い事考えてくれるじゃねーか」

 ケニーは鼻をならした。配下の部隊(対人制圧部隊)は周囲の農家に分散して駐留している。いつでも実力行使は可能だが、調査兵団側の出方を見る目的もあって、今は息を潜めていた。

 

「いかがいたしますか? 交渉窓口ならハンジを排斥できないのでは?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンがケニーに尋ねてきた。

「だよな。それにしても筋は通っているよな。このままだとザックレーの爺(現総統)の奴、庇護のお墨付きを出しそうだな。せっかく例の記事を用意させたというのによ」

「そうですね」

「うーむ」

ケニーは思案に耽る。当主ロッド=レイス卿は鎧や超大型を擁する敵反乱軍とそれに組みする調査兵団を潰すように命令している。これは人類の存亡が懸かっている緊急事態であると。敵反乱軍に組すれば、巨人化技術を持つ宗主国からの全面侵攻を招くだろう。鎧のような強力な巨人が何十体、それに率いられた何百何千もの無知性巨人、地平線の彼方まで埋め尽くすばかりの巨人の大進撃を想像してみるといい。人類側の敗滅は必至だろう。

 

 これを防ぐには戦犯の御首級(みしるし)を宗主国に提出して許しを請う必要があった。エルヴィン、ハンジといった調査兵団幹部、さらに敵反乱軍で巨人化能力者のライナー、ベルトルト。最低でもこの4名の首が必要だろう。

 前者はともかく、後者は非常に厄介だった。仮に巨人化されたなら之を鎮圧するのはまず不可能である。もっともケニーはレイス卿より彼らの弱点を聞きだしていた。結論から述べれば人間体であるうちに処理すればよいとの事だった。

 

 索敵殺害(サーチ&デストロイ)。その捜索にあたるのが、レイス卿の娘――フリーダ=レイス嬢である。フリーダは人間に化けて潜伏している知性巨人体を探し出す能力を持っているとのことだった。現在、フリーダは数名の護衛と共にトロスト区市内やその付近の捜索の任にあたっている。

 

「なんにせよ、フリーダ嬢の捜索待ちだな。最優先で処理するべきは敵反乱軍、鎧と超大型だ。いざとなったら例の薬品も使う。準備しとけよ」

「了解しました」

 副官のトラウテは敬礼した後、部屋から出て行った。ケニーは今回の騒動を大きなチャンスと見ていた。

(動乱こそ、のし上がれる最大の機会だからな。これを利用しない手はないよな。くくっ)

ケニーは自分を引き立ててくれた前当主に恩義はあれども現当主レイス卿に対する忠誠心などは持ち合わせていない。全ては大いなる野望を実現するためだった。

 




【あとがき】

ペトラさん、どこに行ってるんでしょう? ちょっと伏せておきます。

捏造記事を受けての調査兵団の動きです。ハンジはユーエス軍と接触があった事を明かしました。リタと打ち合わせ済みでしょう。楽観論を述べたりするのも故意でしょうか?

そして情報漏洩があり、ケニーの知るところとなっています。ケニーは原作どおり野心家です。

もっともリタ達秘密結社の機密保持が徹底しているため、王政府側はユーエス軍なる敵の正体を反乱軍(ライナー)と見誤っています。

なお調査兵団を潰そうとする王政府側(レイス卿)にも「人類の滅亡を防ぐ」という彼らなりの正義があります。宗主国に事大することですけど。

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