進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第57話、夜襲

「それは間違いないのか?」

 夜遅く、ケニー=アッカーマン(中央憲兵団対人制圧部隊隊長)は、捜索から戻ってきたフリーダ=レイスに念押しに聞いた。

「ええ、そうよ。少なくとも調査兵団本部、トロスト区支部周囲には戦士(巨人化能力者)は居ないと言えるわ。遠く離れた場所に隠れているかもしれないけど」

「うーむ。御嬢様の能力(ちから)を疑っているわけではないのだが……。奴ら(ライナー)が存在しないとなると想定が根本的に崩れるな」

 ケニーの主であるロッド=レイス卿の見解により敵反乱軍(ライナー&ベルトルト)が調査兵団と組んでいるという前提で動いていたからである。となると調査兵団の連中が手を結んでいる勢力――自称”ユーエス軍”は何者かということになる。このユーエス軍の正体を早急に見極めないことには、事態の収集を図ることは困難だろう。レイス卿からは迅速な解決を厳命されていた。

 

「ならば炙り出してみるか。例の薬品を使うぞ」

「た、隊長。まさか本当にアレを!?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンは驚いたように訊ねてきた。

「ああ、のんびり捜索しているような余裕はねーからな。アレでハンジの研究棟を襲わせる。ユーエス軍が本物かどうかわかるはずだ。御嬢様、捜索でお疲れのところ申し訳ないが明朝付き合ってもらえないか? 奴らを検知するためには何よりも御嬢様のお力が必要だからな」

「いいわ」

フリーダは快諾した。むろんケニーはフリーダに戦わせるつもりはなく、あくまで巨人感知の任を果たしてもらうつもりである。

 

「よし、全兵士に通達。出陣は明朝3時。いままでのような貧相な反政府の連中やゴロツキ共ともわけが違う。敵は精強をもって知られる調査兵団だ。特に兵士長リヴァイは要注意だ。装備の確認は念入りにしておけよ。また対巨人装備も持参しておけ。巨人との戦闘の可能性もあるからな」

「了解しました」

 ケニーはトラウテに命令を下した。トラウテは敬礼をして退室していく。実際、ケニー配下の対人制圧部隊にとっては初めての強敵との戦闘になるだろう。敵は人か巨人か、いずれでも対応できる自信はあった。

 なぜならば対人制圧部隊は、人だけでなく巨人との戦闘も想定し、その対策と鍛錬も行ってきている。調査兵団のような大規模な壁外遠征こそ行ったことはないものの、壁外領域での資材回収任務などを何度も行っている。(ウォールマリア失陥後)

 ちなみにこの資材回収任務とは、壁外の放置されている財宝や美術品など換金価値が高いものを持ち帰るものである。当然、壁外に出陣するため、巨人との遭遇は幾度ともなくあった。(巨人の分布密度の高い南側領土は避けていた) それらを切り抜ける為、極秘裏に開発された対巨人用兵器も所持していたのだった。

 

(さあ、どう出てくる? ハンジ、いやユーエス軍と名乗る連中。お前達の力、試させてもらおう)

 

 

 調査兵団本部近くにある研究棟では、第四分隊分隊長(技術班)のハンジ=ゾエが夜遅くまでシャスタ=レイルと会話していた。といってもシャスタはこの場にいない。ハンジが身に着けているペンダント型の通信機を通してだった。シャスタはリタやクリスタ達と共に既に壁外領域(ウォールマリア)の移動拠点(装輪装甲車)に避難している。

「シャスタ、このアイデアはどう? これが完成すれば兵士達が戦うことなく、巨人を倒していけるよ。これはすごいよね?」

『あ、あの……、ハンジさん。話はわかりましたが、夜も遅いですし、そろそろ寝たほうが……』

シャスタの疲れたような声が聞こえてきた。

「いやー、まだまだ話したりないよ。思いついたことはまだまだあるんだ」

『わ、わたし、もう無理ですぅ。お願い! 寝させてください』

「そ、そっか。それは残念だなぁ」

「それとハンジさん、寝るときは必ずセーフティカプセルに入ってくださいね』

 セーフティカプセルとは、人一人が入れる大きさの頑強な箱である。ギタイの装甲殻を利用して作製したとの事で、シャスタ曰く15m級巨人に踏まれても壊れないらしい。中央憲兵を含む王政府派が武装集団で襲ってくる可能性は高いとリタ達は判断して引越しを実行したのだが、ハンジ自身は囮役も兼ねてここ研究棟に居座ることに主張したのだった。

 

「えー、あれ? 棺桶みたいで狭くて息苦しいんだけど」

『だめです。ハンジさんは間違いなく中央憲兵に狙われていますよぅ。今夜にでも奴らが襲ってくるかもしれませんよ。入ってくれなかったら今後ネットを使わせませんから』

「そ、それは困るなぁ」

『じゃあ、約束ですよぅ』

「はいはい」

 ハンジは借りている端末でシャスタが構築しているインターネットVPN(Virtual Private Network)にあるデータベースにアクセスしている。全てリタ世界の言語で記述されている為、ハンジは翻訳ソフトで単語を一語一語訳しながら読解しなければならないという厄介な手間はあるが、リタ達の世界の優れた科学技術情報に触れることができていた。

 航空機、自動車、鉄道、ロケット、ロボット、レーザー、電磁速射砲、携帯電話、テレビジョン、自動洗濯機、電子レンジ等々。詳細な設計図はなく概略だけだが、それでもハンジのアイデアを刺激して余りあった。

 

 思えばリタ達がこの世界に来てから既に3ヶ月以上が経過しているが、リタとシャスタの事を知る人物は、ハンジ、ペトラ、アルミン、ミカサ、クリスの5人だけである。トロスト区戦、ラガコ村事件、世間では知られていない敵巨人勢力の偵察部隊の殲滅。これらの戦功は極めて大きいのにあまり報われているとは言えないだろう。

 

「シャスタ、ありがとう」

『えっ?』

「君達が来てくれたおかげで人類は巨人との戦いに勝機が見えてきたからね」

『あ、そんなぁ。わたしなんて大したことないですよぅ。ハンジさん、ペトラさん、リタ、調査兵団・駐屯兵団の方々、みなさんが努力されてきた結果ですよ。後、タマ達もいますけど』

「あははっ、あの子達もそうだったね」

 タマ達とは、リタと一緒に転移してきた4体の生体戦車(ギタイ)の事である。命令に忠実で強力な兵装を持つギタイは自分達秘密結社の切り札ともいうべき存在だった。

 

「わたしに何かあってもシャスタやアルミンがいるから大丈夫ね?」

『ハンジさん。不吉な事いわないでください。ハンジさんあっての調査兵団技術班であり、我が秘密結社(グリーンティー)なんですから』

「そうだね」

『じゃあ、おやすみなさい』

「おやすみ」

『……』

 通信機から音声は途切れ、室内には静寂さが戻った。元いた技術班のメンバーは偵察気球の技術指導名目でトロスト区内の調査兵団支部に移動している。リタ達もいないので、この現在研究棟にはハンジ一人しかいない。

 ピピピッ。電子音が鳴った。ハンジの端末画面には接続不能を意味する言葉が表示されている。シャスタはネット回線を切ったようだった。こうなると端末はただの箱に過ぎない。

 

「もう、シャスタもイジワルだなぁ」

 ハンジは苦笑した。実際にはそろそろ寝る時間だろうが、シャスタと興奮して話し込んでいたせいかあまり眠くなかった。

 

 つんつん。突然、誰かに背中を突かれた。この研究棟に現在いるのはハンジだけで他に誰もいないはずだった。

(なっ!? 幽霊!?)

 ハンジは合理的思考の持ち主で迷信や幽霊の類は信じていなかったが、さすがに頭から血の気が引いた。

 恐る恐る振り向くと、丸い樽のような生き物――生体戦車(ギタイ)のミタマが居た。

(あ、この子がいたんだね)

 研究棟内にいるのは正確に言えば、一人と一匹である。ミタマがいるので、ハンジは敵襲についてはそれほど心配していなかった。リタ世界においては装甲歩兵小隊の機銃の集中射撃でようやく仕留める事ができるというぐらい頑強な装甲を持っている。自分達の壁内人類の軍隊ではミタマを仕留めることはまず不可能だろう。しかも姿を見せないという運用方針を取っている為、敵は対策すらできないに違いなかった。

 

「なんだぁ。君かぁー。驚いたよー」

 ハンジはミタマの頭を撫でてやる。ミタマが自発的に行動するのは珍しい。主であるリタ達から指示があるまでは身動きせず待機しているのが常だったからである。尻尾をパタパタと振っている。どうやら相手して欲しかったようだった。

「……」

 ミタマは言葉を発することはないが、人の話す言葉は理解できる。と言ってもリタ世界の言語のみなので、実際はハンジの言葉は理解していないだろう。

「実はまた新らしいアイデア思いついたんだ。聞いてくれるかな?」

ミタマは頷いたような仕草をした。シャスタはミタマに録音・録画機能が付いていると説明していた。ということはミタマに話しておけば記録に残るということだ。ペンで書くよりもずっと速いだろう。ハンジは自分が思いついたアイデアをミタマに夜遅くまで語りかけていた。

 

 ………

 

 それからどれぐらい時間が経っただろうか。突如として大きな雷鳴音が響きわたった。雨が降っていることは知っていたが、天候が急変した様子だった。

 次の瞬間、凄まじい衝撃音と共に天井が崩れてきた。その崩れた隙間から巨大な影が見えた。15m級はあるかと思われる巨人だった。

「なっ!? そんなっ……」

 ハンジは驚愕する。無知性巨人が壁内に出現と同時に調査兵団研究棟を奇襲するわけがない。何者かが悪意を持って巨人を使って自分達を抹殺しにきたのだった。シャスタが用意していてくれたセーフティカプセルに入る時間すらもなかった。

 

 ハンジは崩れ落ちてきた角材に頭部を強打され意識が遠のいていく。視界が閉ざされたハンジに衝撃音が何度も聞こえてきた。巨人は一撃では満足せず何度も繰り返し建物を殴りつけ破壊しにかかっているのだった。ハンジは己の死を悟った。

「こ、こんなところで……、ごめん、ペトラ、リタ、シャス…タ」

 次の瞬間、一際大きな衝撃とともにハンジの意識は消えた。

 

 

 

 トロスト区南西3キロ地点、壁外(ウォールマリア)にある大きな池の畔、曲湾部にリタ達の装輪装甲車(ストライカー)と軍用トラックが偽装した状態で並んで停まっていた。周囲には湿原や沼地が多く、天然の対巨人障害物となっており、さらに都市に近いことで人の気配を察知する巨人はそちらに引き付けられる計算だった。それでも接近する奇行種といった巨人に対しては生体戦車(ギタイ)や装甲車の砲門が十字砲火のお迎えをするだろう。また壁外のこの場所までは王政府側の武装組織も襲ってこないのでいわば巨人に守られた安全な場所とも言えた。

 

 リタの方針により、ハンジの研究棟からクリスタ達はここに引越してきたばかりだった。大型車両とはいえ車内泊であり、皆同じ場所で寝ている。身体の小さいクリスタはハンモッグでミカサの上で寝ている格好だった。現在、この拠点にはリタ、シャスタ、アルミン、ミカサと自分を含めた5名がいて、ハンジとペトラは用事があるらしく壁内に留まったままである。

 

 調査兵団を貶める捏造記事が出たりして、壁内は騒がしくなっているようだが、自分達だけ安全な場所にいていいのかという気がしないでもなかった。その点をリタに質すと「わが社の兵装、各種機材を扱えるようになることがお前達の仕事だ」と諭されてしまった。

 

 車内は非常灯だけが灯けられ、ぼんやりとした暗がりに包まれている。

(これからどうなるんだろう? 私達生き残れるのかな……)

そんな事を考えながらクリスタはハンモッグに揺られていた。

 

 突如、電子音が車内に響き渡った。リタとシャスタが飛び起きて機器を弄っているようだった。

(なにが起こったの?)

クリスタは眠気まなこを擦りながら起き上がろうとした。

「あっ?」

「ぐっ!?」

 クリスタは慣れないハンモッグからバランスを崩して落下してしまい、下で寝ていたミカサを直撃したのだった。ミカサの胸がクリスタの顔を受け止めた格好だった。

「ご、ごめんなさい」

「……」

ミカサは無言でクリスタを睨みつけてきた。

(ミカサ、怖い……)

何も言わないミカサの方が普段より恐ろしい。絶対に怒らしてはいけない相手がいるとすればミカサだった。

 

「ああっ、そんなぁ!?」

 シャスタの悲痛な叫び声が車内に木霊した。

「どうした!?」

リタが問い返す。

「は、ハンジさんの生体信号(バイタル)途絶ですっ! ハンジさん……亡くなった……」

「!?」

 クリスタはあまりの事態に言葉を失った。ミカサも起きてきたアルミンも呆然としている。

「馬鹿な!? セーフティカプセルも用意していたじゃないか?」

いつもは冷静なリタが声を荒げて問い質した。

「い、いえ。研究棟至近距離に巨人が出現、と同時に建物を襲ったようです。警報出す時間もなかった……。ハンジさん、セーフティカプセルに入ってない……」

「くそっ!?」

リタは壁を強く叩き付けた。

「ハンジさん……。ううぅ」

シャスタが声を殺して泣き始めた。シャスタ達は異世界の優れた観測装置を持っている。そのシャスタが言うからにはハンジの死はほぼ確定だった。

(ハンジさんが死んだなんて……。そんなことって……)

ハンジは好奇心旺盛で巨人好きの変わった技術者だが、クリスタ達にとっては大切な上官であり、面倒見のいい大先輩だった。また一人、クリスタ達は大切な人を失ったのだった。

「うあぁぁ」

クリスタはいつの間にかミカサに縋り付いて泣いていた。ミカサは何も言わずクリスタを抱きしめてくれていた。

 




【あとがき】
 巨人の秘密をよく知るケニーら王政府側の攻撃は強烈です。巨人を用いて建物ごと押し潰す夜襲を仕掛けてきました。
 原作においても巨人の秘密を知らない調査兵団は大苦戦しています。リタ達がいても敵の策を全て予想できるわけではありません。
 ハンジ暗殺。結果として、調査兵団にとってもリタ達秘密結社にとっても最悪の事態になってしまいました。

 ハンジファンの方には申し訳ありません。ただケニーという強敵がいる以上、調査兵団側の犠牲が出る展開になるかと思います。

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