進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第59話、未明

 トロスト区南西3キロ地点、秘密結社(グリーンティー)移動拠点――装輪装甲車(ストライカー)車内は、重い雰囲気に包まれていた。大切な仲間であるハンジの訃報を受けてのことだった。遺体が確認されたわけではないが、巨人によって建物ごと押し潰されたという状況から考えて生存は絶望的だろう。

 

「嘆くのは後にしよう。シャスタ、ミタマとの通信は回復しないのか?」

「あ、はい」

リタに促されてシャスタは仮想ディスプレイ端末を操作を始めた。クリスタ達には何も見えないが、操作者にしか見えない仮想端末にタッチしているのだった。

「……。やっぱりダメです。建物の下敷きになった際、アンテナが破損したとしか……。あの子は巨人に踏み潰されるほど柔な体はしていないはずですし……」

「そうか……、どちらにせよ今回はミタマは戦力として期待できないな。わが社の戦力は壁内(ウォールローゼ)には存在しないということだ」

 

 もう一人の壁内にいる上官ペトラは総統府がある王都に特使として赴いているため、すぐには連絡が付かないだろう。

 

「ごめんなさい。アンテナの補強を考えてなかったわたしのせいです」

「いや、シャスタのせいじゃない。わたしもこの手(巨人による攻撃)は予想できなかったのだからな。それよりなぜ巨人の出現の予兆を捕らえられなかったのか、そちらの方が重要だろう。わかるか?」

「ま、待ってください。……」

「……」

 クリスタはミカサやアルミンと共に、上官であるリタ達のやりとりを見守っていた。ミタマの戦闘能力の高さはトロスト区戦などでも実戦証明済みである。そのミタマが戦闘不能になる事態はかなり深刻だった。

 

「……リタ。やっぱり機械の故障ではありません。巨人が研究棟を襲う瞬間まで音紋に一切反応ありません。こ、これって巨人が空中で出現したとしか……」

「そんなことがあるのか!? 信じられない……」

 シャスタの報告にさすがのリタも驚いた様子だった。

「あ、あの……」

アルミンが恐る恐る挙手していた。

指揮官(コマンダー)、意見を述べてもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわないが」

「空中に巨人を出現させる事は可能だと思います」

「え!?」

アルミンの発言にクリスタは驚いていた。リタを含め全員がアルミンを注目する。

「ねぇ。アルミン。いくらなんでもそれは……」

「クリスタも見ているはずだよ」

「!?」

クリスタは目をぱちくりさせた。記憶を探ってみるが思い当たらない。

「ユミルだよ。僕達は先日のトロスト区戦でユミルが巨人化するところを目撃したじゃないか?」

「あっ」

確かにアルミンの指摘どおりだった。あの日、クリスタは自身の失敗で、斃した巨人の巨体に踏み潰されそうになり、ユミルが巨人化して助けてくれたのだった。

(そうだった。わたしはユミルに助けられたんだった……。でもユミルはどうなちゃたんだろ?)

 既にあの日から3週間近くが経過しているがユミルが発見されたという報告はない。調査兵団、そしてこの秘密結社でさえ、情報を掴んでいないというから、ユミルの生存は絶望的だろう。

 

 アルミンはリタに向き直って説明を続けた。

「その際、ユミルは立体機動中でした。今回の場合は、立体機動装置で人の身体を宙に浮かせている間に巨人化させたのだと思います」

アンカーを研究棟に打ち込んでとアルミンは付け加えた。

「なるほどな。いい着眼点だ。アルミン」

リタは褒める。

「確かにその手を使われたら水堀や鉄条網など、ほとんど意味がないな」

リタの言うとおりハンジの研究棟は防禦設備を備えていたが、さすがに巨人の襲撃は想定していなかった。引越する一昨日まではクリスタ達も研究棟に住んでいたのだから、危うく巻き込まれるとこだったのだ。思ったより壁内の敵は強力なのかもしれない。

 

「意味はあったと思います。巨人化薬品を使った攻撃は、敵にとっても切り札だったはずです。それを使わせただけでも効果はあったはずです」

「そうだな。ハンジの犠牲で得たチャンスでもあるな。巨人化薬品を使った連中が近くに潜伏してのは間違いない。そいつらを殲滅し、ハンジの仇をとるっ!」

「はいっ!」

「「はい」」

アルミンが、やや遅れてクリスタ、ミカサも頷いた。

「シャスタ、壁外(ウォールマリア)の巨人の動きはどうだ?」

「え、えーと、……特に不審な動きはありません」

シャスタの振動探知網(壁外および人類南側領土全てが観測範囲)でも外側の敵は動いていないということだった。

「では状況を開始する。シャスタ、本車両を壁際まで寄せろ!」

「はい」

リタの戦闘命令を受けてシャスタが車体のエンジンを起動、夜の漆黒の闇の中、鋼鉄の戦闘車両――装輪装甲車(ストライカー)は滑るように動き始めた。

 

 

 

「巨人、第4波、本部北東方向に出現。総数十三っ! 12m級2体、その他は7m級以下ですっ! こちらに向けて接近中っ!」

 本部大広間に戻った調査兵団団長エルヴィン=スミスは伝令兵より報告を受けていた。研究棟を襲った最初の15m級巨人を皮切りに、巨人による波状攻撃が続いていた。十体前後の巨人の集団が時間を置いて次々と来襲してきたのだった。

「わたしの班が行こう」

ミケがエルヴィンに提案した。調査兵団最強の戦力――リヴァイ精鋭班は南より襲来した敵第3波の対応に追われており、新手には対応できないからである。

「ああ、頼む」

「ゲルガー、ナナバ、来いっ!」

「了解っ!」

ミケは配下の兵士を引き連れて出撃していった。

 

(こうも防戦一方になるとはな……)

 エルヴィンは愚痴を言葉にはしなかった。指揮官たる者、部下達を不安にさせて動揺させるわけにいかない。小雨降る夜間戦闘という悪条件も重なって死傷者が続出している。もっとも損害の半分以上は味方同士の接触事故や、アンカー打ち込み失敗からの落下事故である。そもそも調査兵団に限らず人類側の戦力は夜間戦闘は想定していない。巨人は夜間ほとんど動かないというのが通説だったからである。まして壁内にある本部を巨人が夜襲してくるなどは想定外の事態だった。

 本部周囲の地形は周囲に大木や建物はなく、立体起動装置を使った戦闘には不向きである。おまけに、今回出現した巨人は全てうなじが強化されているタイプだった。歴戦の調査兵団といえども苦戦するのも道理だろう。

 

 小型種に対しては小銃の一斉射撃で目潰しをした後、手足を切り落として巨人を戦闘不能にしてから斧などでうなじを叩き潰すという方法で対処できていた。しかしながら10m級を超える大物となるとそうはいかない。最初にリヴァイが討ち取って見せたように膾斬りにして戦闘能力を奪ってから、うなじ附近の肉を剥がし、本体を露出させてから討ち取るという手間をかける必要があった。これは高難易度の討伐方法であり、熟練兵といえども一つのミスが命取りになる危険さを孕んでいる。

 

 ただ調査兵団は苦戦しているものの、圧倒的に不利というわけではなかったからだ。戦況はむしろ均衡しているといっていい。これは敵巨人が一度に出現せず断続的に来襲しており、調査兵団側が各個撃破できているからである。敵側のミスなのかは判らないが、自分達にとっては好都合だった。

 

(まあ、確かに苦しいが、全体を見渡せば悪くはないな。最強の駒が投入されるまでの時間稼ぎでよいのだから……)

 エルヴィンは状況を見守るのがいいだろうと判断した。現在の状況がいままでの壁外調査での巨人との戦いとは決定的に違うことがあった。知性巨人をも撃破できる兵器をもつ友軍――ユーエス軍の存在だった。つまり最強の駒はユーエス軍の持つ”新兵器”である。ハンジという連絡の要が潰されてはいるが、行動は開始してくれているだろう。秘密協定により知性巨人が存在、もしくは存在すると思われる場合は自動参戦する契約となっていた。どの手段を取るかは彼ら任せにはなるだろう。夜明け前までには決着がつく予感がしていた。

 

 

 

 エルミハ区とトロスト区、そしてシガンシナ区まで続く運河の畔に調査兵団本部の建物がある。堤や河川敷を含んだ川幅は30m以上もあった。その対岸の雑木林の中に中央第一憲兵団対人制圧部隊隊長ケニー・アッカーマンはいた。配下の兵士達も周囲の闇の中に潜んでいる。ケニー達は調査兵団と巨人の群れとの戦いを見守っていた。

 

 この巨人の群れは自分達(対人制圧部隊)が仕掛けた巨人である。刑務所より死んでも惜しくない囚人――窃盗の常習犯・強姦魔・殺人犯などを連れ出して巨人の素材に仕立てたのだった。書類上は本日付で食中毒による集団感染により全員死亡となる予定である。

 

 実のところ、ケニー達は巨人たちを統制しているわけではなかった。巨人化させた時点で一番近くにいる人間の集団(調査兵団)に巨人達が襲い掛かっているだけである。

 時間差をつけて巨人化させた手法も簡単なトリックだった。注射すれば数秒、経口感染させれば30分、消化しにくい肉に混ぜ込んで丸の飲みさせればさらに巨人化するまでの時間を遅らせることができる。こうして巨人のよる群れの波状攻撃を実現させたのだった。

 

 ちなみに巨人化薬品はロッド=レイス卿所有のものだが、出所は巨人勢力(宗主国)より人類の真の王家たるレイス家に朝貢の返礼として下賜されたものである。

 ロッド=レイス卿曰く人類が臣下の礼を取る限り、巨人勢力(宗主国)は敵対関係ではないとの事だった。事実百年間も平和が保たれていたのだから。巨人勢力の過激分子派――ライナーを初めとする巨人化能力者と砂金採掘権狙いの貴族が結託して起した軍事行動が5年前のウォールマリア陥落の内実らしい。

 

(ユーエス軍とは何者か? 鎧の巨人なのか、じきにわかるだろうが……)

 ケニーは君主ロッド=レイス卿の仮説を全面的に信じているわけではなかった。知性巨人を斃せるのは知性巨人というが、本当にそうなのか? 調査兵団が総統府に提出している報告の通り、未知の壁外勢力がいるなら、状況は全く異なるからである。

 

「隊長、調査兵団は思ったり善戦しています。まだ待機でよろしいのですか?」

 副官の女兵士――トラウテ=カーフェンが尋ねてきた。

「ああ、まだ待機だ。ユーエス軍とやらはまだ現れていないからな」

「しかし、このままだと夜が明けてしまいますが……」

「そうだな。ユーエス軍がいないのであればやる事は一つだ。今回の巨人騒動は調査兵団が隠し持っていた巨人化薬品が暴走した結果とする、ここで例の記事が生きてくるわけだ」

 先日の捏造記事は調査兵団を悪に仕立てる為の工作の一つである。火のない所に煙は起たないというが、事前に疑惑があれば世間を誘導しやすいだろう。

 

「組織殺人の容疑で幹部全員を捕縛することになるな」

「彼らが大人しく捕縛されるとは思いません」

「だろうな。その場合は王政に対する反乱の名分が手に入るというわけだ。王都より憲兵団や貴族連合の私兵、南側以外の駐屯兵団も含めた大規模な討伐軍が組織されるだろう。その準備も進めている。ピクシス(南側領土司令官)も人類同士の戦いには加わらないらしいからな。孤立無援の調査兵団はどう転んでもの壊滅するってわけだ」

 総統府は真の王家(レイス家)のシンパが要職を占めており、また行政府・報道機関(新聞)・貴族も実質支配下にある。こちらは権力を握っているのだから、いくら精強を誇る調査兵団といえども勝ち目は無きに等しい。ただしこれはあくまでユーエス軍が出現しなかった場合である。

 

「そ、そうですか……」

「もっとも今はユーエス軍が出てくるものと思え。警戒を怠るなっ!」

「はっ」

トラウテは敬礼してから元の持ち場に去っていった。

 

「ケニー」

 入れ替わりにやってきたのが、レイス家の令嬢――ブリーダ=レイスだった。黒髪の美しい女性だがこの暗がりの中では美貌を拝む事はできない。

「御嬢様か、どうした?」

「特に何も感じないわ。でもとても嫌な予感がする。あの時のように……」

「そうか」

「あの時は、あなたが駆けつけてくれたからよかったけど」

「まあな」

 

 あの時とは、5年前のシガンシナ区陥落の翌日の出来事だった。レイス一家は領地にある礼拝堂で祈りを捧げている最中、侵入者が押し入ってきたのだ。しかもその侵入者は巨人化能力者でいきなり15m級巨人となった。

 フリーダも実は巨人化能力者であり、巨人化して対抗したのだが、戦闘技能は敵方が勝り、危うく殺されかけた。たまたま報告の為、近くまで来ていたケニーが参戦し、敵巨人の眼球を破壊することに成功したのである。ただし巨人化能力者は身体の一部を優先的に回復する能力を持っている。稼げた時間は10数秒。それでもフリーダにとっては形勢を逆転する貴重な時間だった。

 

 フリーダが侵入者の巨人を打ち倒し、うなじ部分を踏み潰して破壊した。敵の正体を暴く為に本体を喰って記憶を奪う手段もあったが、相手の記憶や思想に影響されるのを嫌だったと後で聞いている。

 

 遺留品より侵入者の名前はシガンシナ区在住の医師グリシャ=イェーガーと判明した。後の調査で壁外領域で調査兵団によって保護されていた事まで掴んだ。真の王家(レイス家)の正当な継承者の暗殺を企んだことからして、巨人勢力の過激分子派の工作員だろう。その息子エレン=イェーガーも要観察対象だったが、エレンは先日のトロスト区戦の戦いで戦死している。

 またトロスト区防衛戦で出現したもう一人の知性巨人――ユミルの死亡もケニー達は把握していた。正確にはユミルのうなじを喰って巨人から人間の姿に戻った幼い子供を捕縛していたのだった。トロスト区戦から数日経った頃、フリーダとケニーは極秘調査でトロスト区を訪れており、その際、物陰に隠れて怯えているこの子供を発見している。これができるのはフリーダの巨人探知能力があるからである。

 この子供は貴重な切り札といえる。仮に重要人物が瀕死の重傷を負った際、生き返らせることが出来る手段でもあるからだ。巨人化能力者の脳髄液を食った巨人は、巨人化能力を獲得できる――すなわち人間の姿に戻ることができるからである。それも五体満足な形で。

 

 話は反れたが、5年前の出来事以来、フリーダとケニーは主人と家臣という関係というより、擬似的な恋人のような関係である。お互い立場があるので不審を持たれないためにも必要以上の接触は避けていた。

 

 フリーダは周囲を見渡して誰も居ない事を確認してから、ケニーに抱きついてきた。

「お、御嬢様!?」

「お願い、少しだけこのままにさせて……」

 フリーダはケニーの胸元でそう囁く。王家の次期当主という枠に縛られたフリーダの精一杯の愛情表現なのだろう。

「……」

ケニーは仕方ないというように頭を掻いた。

「もうじき夜が明ける。悪いがそれまで警戒を頼みたい。敵の正体がわからないことにはこっちも手の打ちようがないからな」

「ええ、そうね」

名残惜しむフリーダに肩に手を添えて伝えた。フリーダはケニーの元から去っていく。

 

(いよいよ決着の時だな)

 ハンジの研究棟奇襲より1時間が経過、そろそろユーエス軍が出現してもおかしくない。決着の時が近いと思ったのは、偶然にもエルヴィンもケニーも同じだった。




【あとがき】
この話はちょっと詰め込み過ぎたかもしれません。
軍師アルミンが洞察能力を発揮します。たまにはアルミン君を活躍させないとw。 リタ達秘密結社軍の軍事介入はハンジの仇討ちという面もあるので必然でしょう。ミタマという即座に反撃できる戦力を失っているのでどうなるか?

防戦一方の調査兵団ですが、エルヴィンは状況を冷静に観察しています。

ケニー達による巨人の波状攻撃も実は簡単なトリックです。時間差で巨人化させればよいのですから。後は近くに居る人間の集団を本能のままにw

また5年前(シガンシナ区陥落の翌日)の出来事が原作とは大きく異なる時間軸の出来事となります。

グリシャ=イェーガー(エレン父)vs フリーダ=レイスの戦い。
ケニーが参戦したためにグリシャが死亡。(原作ではフリーダが死亡。巨人化能力が フリーダ→グリシャ→エレン)

これによりエレンが巨人化能力者でないことが確定。またユミルの死亡も確定しました。もともと小説のプロットを作った際(2014年時点)、座標の意味が伏せられていた為のずれもありますが、そのあたりはご了解ください。

またこの小説のフリーダは巨人化能力者であっても全ての巨人を統べる始祖の巨人というわけではありません。(巨人化能力者探知能力は持ってはいます)
それと知性巨人一体あたりの相対価値は原作より薄くなっています。というのは敵側に100体以上存在するはずですから(この時間軸において)。仮に原作のように数少ない戦士とすれば、その貴重な4体(ライナー、ベルトルト、アニ、マンセル(→ユミル))を辺境の小国(壁内人類)に投入できる説明がつきませんから。


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