進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第60話、参戦

「団長、新兵のクリスタ=レンズが面会を求めていますが、いかがなさいますか?」

 調査兵団本部で指揮を執るエルヴィン=スミスの元に伝令兵の若い兵士が問い合わせてきた。

(クリスタ!? 研究棟の中にいたのでは……?)

 エルヴィンが少し疑問に思った。クリスタ達新兵3名はハンジ研究棟の中にいたと思っていたからである。

「よし、会おう」

「はっ」

 

 伝令兵が退室し、少し間を置いてクリスタが入室してきた。雨に濡れたためか髪が湿っていた。見たところ特に身体に異常はないようだった。クリスタは兵服を着ているが立体軌道装置は装備していない。(ほの)かな室内灯を受けて金色の髪が(きら)いている。まだ幼さの残る美貌だが、碧い双眸には強い意志が秘められているようだった

 

「スミス団長、お忙しいところ失礼します」

 クリスタは敬礼して挨拶する。

「クリスタか? 無事だったか?」

「はい。アルミン=アルレルト、ミカサ=アッカーマンも無事です。わたし達はハンジ分隊長の指示で今夜は別の場所で宿泊していました」

「そうか、では研究棟の中にいたのはハンジだけか?」

「ごめんなさい。わたしにはわかりません。それより……」

クリスタは周りに視線を廻らした。ここ大広間には数名の兵士が待機しており、自分とクリスタの遣り取りを眺めている様子だった。

 

「人払いが必要か?」

「あ、はい」

 クリスタは先日の潜入工作員謀殺(アニ)でも深く関わっており、ハンジ直属の特殊任務を帯びているだろう事は察していた。巨人を討伐する兵士としての技量はやや未熟だが、演技が得意で人前でも動じない件は優秀な工作員といってよかった。エルヴィンは周りの兵士達に席を外すよう命じた。兵士達が退室した後、クリスタと向き合う。

 

「団長、これを……」

 クリスタは胸ポケットに入れていたペンダントを取り出してエルヴィンに手渡した。エルヴィンは見覚えがあった。先日ハンジが身に付けていた”通信機”の機能を持つ物と同形である。エルヴィンがペンダントを持つと、そのペンダントが細かく振動した。

 

「!?」

『エルヴィン団長か?』

 ペンダントからは友軍であるヴラタスキ将軍(リタ)からの声が聞こえてきた。エルヴィンはペンダントを口元に近づけて小声で返事した。

「そうだ。そちらとは連絡が付かなくて困っていたところだ」

エルヴィンは少し安堵した。もっとも連絡を付けたい相手を捕まえることに成功したからだ。

『私もだ。ハンジとは私も連絡が取れないからな』

「そうか」

ハンジは通信機を肌身離さず持っていたはずで、ユーエス軍とも連絡が取れないということは、やはり研究棟の中にいて建物の下敷きになってしまったようだ。

 

 無表情のクリスタはじっとエルヴィンの顔を覗き込んでいるのに気付いた。

「彼女(クリスタ)はいいのか?」

『問題ない。ハンジが我が軍の事を既に教えている』

 どうやらハンジは今夜の件を予想したわけではないだろうが、代理人としてペトラやクリスタを指名していたようだ。

 

 

『本題に入ろう。そちらの戦況も把握している。この巨人災禍(ハザード)は気付いているとは思うが人為的なものだ。巨人化薬品を使用した輩が近くに潜んでいると思われる』

「そうだろうな」

『一つ確認させて欲しい。川の対岸、西側には調査兵団の兵士を配置しているのか?』

「対岸? いや、そんなところには兵士はいないはずだが……。まさか!?」

『では決まりだな。我が軍の特務兵が確認したところ、森の中に50人以上の集団が存在する。見張りらしき者が武装している事も確認した』

 雨天の真夜中、巨人が波状攻撃を仕掛けてくるこの状況下で調査兵団本部周囲に潜んでいる謎の武装集団。しかも巨人が出現していない方角。敵である可能性は濃厚だった。

「中央憲兵か?」

『そこまでは確認できない。だが我が軍はこの武装集団を敵性存在とみなす。知性巨人が含まれている可能性も十分にある。よって盟約により我が軍は参戦する』

 ヴラタスキ将軍は参戦を通告してきた。参戦してくれる事は願っても無いことである。

「それはありがたい」

『なお、この武装集団に対して”大規模殲滅兵器”を使用する。調査兵団の諸君らは川からできるだけ離れてくれ。また窓ガラスも危ない。建物内にいる者にも窓から離れるようにしてもらいたい』

「!? それほど威力のある兵器なのか?」

『そうだ』

 ヴラタスキ将軍の説明によれば、敵が巨人化していない以上、どこに巨人化能力者が潜んでいるかわからないという事だった。元凶を潰さないかぎり今夜のような巨人を使った襲撃は何度でも起きる可能性があるだろう。そのための必要な措置だと言われてしまえば返す言葉はない。それにしても川から避難を呼びかけるとは尋常ならざる威力を持つ兵器のようだった。

 

 

 夜分まで降り続いた雨は小雨となり、じきに止むだろう。夜明け前の暗がりの中、召集の鐘が鳴り、ミーナ=カロライナを含む新兵全員は駐屯兵団宿舎の中庭に集合したところだった。周りにいる新兵達も欠伸をしたりして眠そうな様子だった。(他地区新兵も含めて調査兵団預かりの形になっているので、この日時点で新兵達はトロスト区内の駐屯兵団宿舎に仮住まいしている) 周囲の篝火が忙しく動き回る駐屯兵団の兵士達の姿が映し出している。兵士達は皆緊張した面立ちでときおり怒声が聞こえてきた。

 

「うう……、なんだってこんなに朝早く起されなくちゃならなんですかぁ? 外はまだ暗いじゃないですかぁ」

「仕方ないでしょ。召集が掛ったんだから」

 同期のサシャが愚痴っているのと、ミーナは宥めていた。ミーナもまだ眠いが、兵士である以上、出動命令が下されたならば否応なく従う義務がある。

 

「お腹すいたー。わたし、もう死にそう~」

 そう言いながらサシャはふらついてミーナに抱きついてくる。

「もう……。しっかりしてよ」

ミーナはサシャをひらりとかわして嗜めた。

 

「なあ、ジャン。これ、抜き打ちの訓練じゃないよな?」

「だよな。訓練って雰囲気じゃねーよ」

 ジャンとコニーが小声で話している。

「また巨人でも出たのか? くそっ! 俺のお袋や妹達は……」

コニーは拳を震わせて怒りに震えているようだった。無理もなかった。コニーの実家があるラガコ村は一昨日、巨人の襲撃を受けたばかりだったからだ。村は壊滅、生存者は一人も確認できておらず、コニーの家族も生存が絶望しされていた。

「……」

ジャンはどう慰めたらいいのかわからない様子だった。

 

 駐屯兵団の兵士の一団がミーナ達新兵のところにやってきた。

(あ、この人……)

その中の隊長らしき人物は嫌な想い出のある上官だった。トロスト区戦での出陣の際、その隊長は訓練兵だった自分達に避難する住民の盾になるべく死守命令を下したのだった。間違った命令ではなかったと頭では理解はしているが、感情の方はそうではない。その命令ゆえに当時の訓練兵の半数近くが死傷したからである。

 

「新兵諸君、さきほど壁内(ウォールローゼ)の調査兵団本部から急報が届いた。(調査兵団)研究棟が15m級巨人に襲われ、全壊したとのことだ」

「なっ!?」

「マジかよ?」

「壁内だろ? どうやってそこまで?」

 調査兵団の本拠地が巨人に襲われたとの知らせを受けて新兵達は動揺を隠せなかった。ざわざわとした喧騒たる声が大きくなっていく。

(研究棟って、ペトラ先輩のいるところじゃない!? まさか、先輩まで……)

ミーナは自分の憧れの先輩――ペトラが襲われたと知り、衝撃を受けた。

 

「静かにっ! 話は最後まで聞けっ!」

 駐屯兵隊長の一喝で新兵達は静まった。隊長は一息つけてから話を続けた。

「おほん。その巨人自体は調査兵団の精鋭班が討伐したとのことだ、だが、さらに新手も出現したらしい。残念ながらそれ以上の詳しい状況はまだわからん。だがラガコ村に次いで壁内に巨人が出現した以上、お前達にはある事実を伝えておく」

「……」

(なんだろう?)

ミーナは隊長の次の言葉を待った。

 

「人を巨人化させる薬、すなわち巨人化薬品は実在すると上層部は判断している。ラガコ村の調査結果でもわかったことだが、壁はどこも破られていない。他からやってきた形跡もないからな。ラガコ村で出現した巨人は薬で巨人にさせられた村人だろう」

 昨日の捏造記事でも触れられていた巨人化薬品について、軍上層部は正式にその存在を認めたのだった。

「じゃ、じゃあ、あのとき斃した巨人達は村人だったって事!?」

「俺達は村人と戦わされたのか!?」

「なんてことだ!?」

新兵達の間からは動揺が広がっている。

 

(それって守秘義務だったことじゃない!?)

 ミーナは隊長の言葉に驚いた。あの日、ミーナはジャンやアルミン達と共に戦い、その中で仲間の一人だったユミルが巨人化したところを目撃している。この件は誓約書も書かされて口外しないよう厳命されていることだったからである。

「また今回出現した巨人は、うなじ部分が補強されている事実も判明している。甲冑などを着込んだ状態で巨人化させており、うなじに一太刀浴びせたぐらいでは討伐できないそうだ。各自注意して討伐にあたるように……」

「簡単に言ってくれるな」

 新兵の誰かの小声が聞こえてきた。ミーナも含めて新兵皆が思っていることだろう。そもそもうなじが補強された巨人を討伐する訓練はしたことがない。どうやって戦えばよいのか検討もつかない。そんな中でも15m級の大物を仕留める調査兵団精鋭班はミーナ達新兵からみれば超人のような存在だった。

 

「(調査兵団からの)救援要請はないが、壁内に巨人が出現した以上、ウォールローゼの住民を守るためにも我々は迎撃に向かわなければならない。これよりお前達調査兵団新兵は、駐屯兵団選抜部隊と共に調査兵団の救援に赴く。馬車をこちらに回すのでそれに乗車せよ! また他兵団の新兵は別命あるまで、宿舎において待機! 以上だ!」

 そう一方的に出陣命令を下して駐屯兵団隊長は去っていく。ここ(トロスト区)から調査兵団本部までは馬で駆ければ10分程である。出陣、即戦闘という流れになるだろう。

 

(そ、そんな……。また巨人との戦いだなんて……)

 ミーナは一昨日の戦闘(ラガコ村事件)で危うく殺されかけた恐怖が蘇ってくる。

「わ、わ、わたし、お腹が痛くて……」

 サシャは急にお腹を押さえて喚きはじめた。

「サシャ、仮病がばれたら敵前逃亡で重罪だぞ」

ジャンの指摘する。

「ひぃー! そんな……。ミーナ、ミーナも何とか言ってくださいよ。また巨人ですよ」

サシャはミーナに助けを求めてくるが、どうにもならないだろう。

「し、仕方ないじゃない。私達は調査兵団の兵士なんだから。そ、それに調査兵団には新兵器もあるし、きょ、巨人なんかに簡単に負けない……と思う」

ミーナは精一杯虚勢を張った。本当は怖くて仕方ないのだが、ペトラ先輩達を見殺しに出来るわけがない。自分達新兵が戦力としては頼りない事は知っている。それでも一助にはなるのではないかと思った。

 

「そうだな。ミーナの言うとおりだ。だからこそ敵は新兵器がある研究棟を襲ったんだろうな」

「そうなんだ」

「それってまずいじゃんかよ。例の新兵器、もしかしたら潰されてるんじゃ……」

 コニーが懸念を口にする。

「あっ!」

ミーナは思わず驚きの声を出してしまった。

「……」

他の新兵達も顔を見合わせたまま、誰もコニーの懸念に答えられない。最悪のケースが容易に想像できた。敵巨人勢力にとって一番厄介なのは例の新兵器だろうし、それが潰されたなら敵からの全面攻撃が考えられるからだ。それはすなわちトロスト区のみならずウォールローゼの失陥につながるだろう。

 

 蹄と馬の戦慄きの音が聞こえてきた。軍用の荷馬車がやってきたのだ。新兵各自に一騎ずつ手配できるほど軍馬が豊富にあるわけでないで、荷馬車に詰め込まれるのは仕方ないことである。

 

「調査兵団新兵全員、ただちに乗車せよ! 各班毎に固まって乗るようにっ!」

 荷馬車周囲にいる軍馬に騎乗している駐屯兵団隊長はそう命じた。ミーナ達が各々荷馬車に乗り込むと馬車は出発し、北門前の広場へと向かって駆けていく。

 

 北門を潜り抜けたウォールローゼ側の広場には駐屯兵団の選抜部隊と思われる騎馬集団がいた。周囲に置かれた篝火の中、一際目立つ銀髪で眼鏡をかけた女性将校――リコ=フランチェスカがいた。リコは自分達調査兵団新兵の乗る荷馬車群に近づいてきた。

 

「ジャン=キルシュタイン。また会ったな」

「はっ、先輩」

 リコはジャンの姿を見つけると声を駆けてきた。

「今回の選抜部隊の指揮を執ることになった。皆、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

(リコ先輩が指揮官!?)

 ジャンに続いて新兵達は元気よく返事した。リコが指揮を執ると知って、ミーナは少し安堵する。周りにいる新兵達も同様のようだった。実際、リコは先日のトロスト区戦で過酷な撤退戦を支援してくれており、ミーナ達新兵にとっては命の恩人でもある。

 

「もうじき夜が明けるから、暗闇の中で戦闘にはならないだろう」

「はい」

 リコは自分達が不安な面持ちでいるのを見て励ましてきたようだ。

「では出陣っ!」

「了解」

 リコの騎馬を先頭に駐屯兵団選抜部隊、ならびに調査兵団新兵部隊も駆け出し行く。向かうは僅か数キロ先の調査兵団本部である。

 

 出立して直ぐに東の空が明るくなってきた。夜明けが近いのだった。一晩降り続いた雨も上がってきた。揺られる馬車の中、ミーナは少しだけホッとする。少なくとも暗闇の中で巨人と戦うことだけは避けられるからだ。いかに巨人達の夜襲を受けたとはいえ、精強を誇る調査兵団が負けるはずはないと思っていた。しかしながら少なからぬ犠牲者は出ていることだろう。

(ペトラ先輩、どうか無事でいてください)

 ミーナは祈りながら進行方向を見た。幌も付いていないこの馬車からは周りがよく見えている。調査兵団の建物がそろそろ視界に入るかと頃だった。

 

 突如、前方の森から閃光が走る。次の瞬間、巨大な火の玉が出現した。

「えっ!?」

数秒遅れて凄まじい爆発音が轟き渡る。雷が至近距離に落ちたのではないかと思われるぐらいの大音量。そして街一つを飲み込むかと思われるぐらいの巨大な炎は収束し、黒いキノコ雲へと変化していく。同時に森林火災も発生しているようだった。人類(壁内世界)の全ての火薬を一度に爆発させてもここまで巨大な爆発になるとも思えない。それほど凄まじい大爆発だった。

 

「お、おい!?」

「な、なんだ!?」

「調査兵団の近くだぞ!?」

「あ、あれも新兵器なの?」

 周りにいる新兵達は動揺しているようだった。周りに併走している駐屯兵団の兵士達も驚いているようだった。

 

「総員、止まれ! 止まれ!」

 リコが全軍に行軍停止を命じた。リコの命に従い、騎馬軍団は急停止する。馬の戦慄きが響き渡る中、リコは配下の兵士に何かを命じたようだった。数人の兵士が騎馬で先行していく。どうやら状況偵察を命じたようだった。

 

「ねぇ、ミーナ。何が起きたんでしょうか?」

 サシャが訊ねてきた。

「わからない……」

ミーナは首を横に振った。ミーナにも状況は皆目検討がつかない。ただこの大爆発は兵器だろう。敵が使用したのか、味方が使用したのか、それすら判別しなかった。




【あとがき】
調査兵団団長エルヴィンの元に、クリスタが通信機を持ってやってきます。これで調査兵団とリタ達秘密結社軍との連絡が回復。
(調査兵団本部は壁から数キロ地点なので、巨人襲撃から1時間あれば、クリスタは到着可能)

非常事態を受けてトロスト区にいるミーナ達新兵にも動員がかかり、出陣します。そして本部近くに出現した大爆発を目撃することになります。



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