「団長、わたし、少し席を外しています」
「ああ」
通信機のペンダントでリタと会話中だった調査兵団団長エルヴィン=スミスはとくに引き止めはしなかった。クリスタは研究棟跡地へと向う。クリスタがリタから命じられた任務は、通信機を団長に届ける事、もう一つは研究棟にてハンジおよびミタマの状況確認である。
壁内に戻ってきたのはクリスタ、ミカサ、リタの三名。シャスタとアルミンは壁外の装甲車内で情報管制と分析に当たっている。
巨人の襲撃から1時間たらずで戻ってこれた理由は、ペトラが調査兵団名義で壁際近くの農家と馬の使用契約を結んでいたからだった。毎月定額の保証金を払う代わりに、馬小屋の合鍵を預かり24時間いつでも使用可能というものである。
クリスタ達は昔何者かが密輸に使わっていたと思われる壁下の地下トンネルを潜り抜け、件の農家の馬を拝借し、調査兵団近辺へとやってきたのだった。
調査兵団周囲の高い木に枝に偽装した観測装置(赤外線カメラ等)により、敵の位置は判明していた。対岸の西側の森の中に潜む50人以上の謎の武装集団。リタは空爆で敵を叩くつもりで、エルヴィン団長に最終確認を取るという話だった。出撃間際という事もあって詳細は教えてもらっていないが、相当な威力を持つ爆弾らしい。
「えっ!? ここが……」
クリスタは研究棟跡地に来て絶句してしまう。先日まで自分達が住んでいた建物は瓦礫の山と化していた。例の巨人は建物を完膚なきまでに破壊していたようだった。
周囲には人影は見当たらない。調査兵団の兵士達は巨人の襲撃に応戦中で、ハンジの救助作業には手が回っていないようだった。クリスタは瓦礫に近づく。
「ハンジさん! ハンジさんっ! いたら返事してください!」
呼びかけながら歩くと、微かに何かを叩く音が聞こえた。
「ハンジさん!」
クリスタは音が聞こえた瓦礫のところに近づくと、瓦礫の中からむくりと起き上がった者がいた。いや、人ではなかった。背丈は1mほどの寸胴の蜥蜴のような生き物――ミタマだった。シャスタ曰く15m級巨人に踏まれても壊れないとは誇張表現ではなかったようだ。
「え、えーと、ミタマ……じゃなかった。07だね。貴方は無事だったんだね。ハンジさんは?」
ミタマは自分が起き上がった場所の下を尻尾で指し示す。瓦礫の中に眠っているかのような茶髪の女性がいた。眼鏡は割れてしまっているが、まぎれもない自分達の上官――ハンジ=ゾエだった。
「ハンジさんっ!」
クリスタは駆け寄り、ハンジの顔に触れた。ヒヤリとした感覚、既に体温は失われており冷たくなっていた。
「ああっ!?」
クリスタは口元を押さえて悲鳴を上げるのを抑えた。もうわかっていた事だった。リタ達の持つ機器は極めて高度なものであり、まず間違いない事を。ハンジは既に亡くなっていた。
改めてハンジの体を見る。致命傷となったは頭部の傷のようだっだが、それ以外はほとんど外傷が見当たらない。どうやらミタマが最初の一撃以降、庇っていたようだった。穏やかな顔つきからして苦しむことはなく即死に近かったのだろう。
ハンジの胸ポケットから通信機能を持つペンダントを回収した後、クリスタは ミタマに話しかけた。
「あ、貴方が守っていたのね……」
アンテナが壊れて自分達との通信が絶たれても、ミタマは主人であるハンジを守ろうとしたのだろう。人の死を理解していないのは幸か不幸か。ハンジの傍を離れようとしないミタマに、リタの指示どおり、隠れるように命令した。
ミタマは敬礼のつもりなのだろう、ベコリと一礼をした後、足早に森の中に消えた。
(も、もっといろいろと教えてもらいたかったです。長話でも聞くべきだったです……)
クリスタはハンジの傍らで跪いて頭を垂れた。
(……)
いろいろ悔やまれることはあるが、今自分がすべき事は報告する事だった。
「
『こちら02、どうぞ』
通信機を通して呼びかけると、シャスタからの応答が返ってきた。
「
「っ!?」
通信機を通してシャスタの悲鳴にならない驚きの声が聞こえた。
『りょ、了解しました。
「……」
『あ、あと、空爆は予定どおり実行されます。残り80秒です。退避をお願いします』
『10、了解』
クリスタは辛い報告を終えた。まもなく大型爆弾が落ちてくる。ハンジの遺体をそのままにしておくのは忍びないが、今の自分にできることはなかった。
調査兵団本部の対岸、川沿いの森の中、中央第一憲兵団対人制圧部隊隊長――ケニー=アッカーマンは突如、奇妙な音を聞いた。南の空からだった。空気を切り裂くような甲高い音が一気に大きくなる。空から何かが高速で落下してきた模様だった。
「!?」
ケニーは咄嗟に身の危険を感じ、身を伏せる。次の瞬間、周りが白い閃光に包まれる。一瞬遅れて凄まじい爆発音と衝撃波が襲い掛かってきた。全身が殴られるような衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
気が付けばケニーは地面に叩き付けられていた。隣にいた兵士がケニーに覆いかぶさって倒れてきた。
「おい!?」
ケニーがその兵士を支えようとして後頭部が濡れていることに気付いた。いや、違った。頭蓋が割れており、鮮血と共に内容物が流れ出ていたのだった。見るからに即死だった。吹き飛ばされてきた破片で頭を叩き割られたようだった。周囲は土埃が舞い、後方の森林は薙ぎ払われて、至る所で火災が発生していた。
「な、なんなんだ!? これは?」
部下の兵士達の大半と素材(巨人化させる目的で連行してきた囚人)が隠れていた場所は、森ごと焼き払われて広い空き地となっていた。火災のおかげで、周囲の様子がわかった。首がない者、上半身だけになった者等々、あちらこちらに即死とわかる部下の兵士達の死体が転がっていた。咄嗟に身を伏せた効果があったのだろう、自分が生きているのは奇跡的だったようだ。
(こ、これがユーエス軍とやらの兵器か!? やつら、実在していたのか!?)
ユーエス軍なる輩を誘き出すのが目的だった今回の夜襲。その意味では目的を果たせたのだが、ここまで凄まじい威力のある兵器を敵が所有しているとは思ってもいなかった。街一つを消滅させると思わせる程の破壊力。次元の異なる敵と対峙していることを認識させられた。
(これじゃ、勝てるわけねーな。ロッドの妄言を鵜呑みにしたせいだな)
ケニーは今更ながらに見積もりの甘さを悔やんだ。そもそも巨人反乱分子とそれに組する調査兵団をというのが、ロッド=レイス卿の見立てだった。巨人化薬品、巨人索敵能力(フリーダ)が自分達の手にあるから、優勢だと踏んでいた。しかしながら調査兵団に組する敵外勢力――ユーエス軍は超火力兵器でもって報復してきたのだった。
ケニーはむろんこの世界の誰も知らなかったが、この大爆発は異世界の兵器――サーモバリック爆弾と呼ばれる気化爆弾の一種だった。秒速2キロの速さで燃料を拡散させて瞬時に蒸気雲を形成したのち空間爆発、致死半径内にいる対象を衝撃波で殺傷したのだった。戦術核ほどにないにしても通常兵器では最高クラスの破壊力があるものである。リタは気球に爆弾を組み合わせて、風向きを調整して目標上空で落下して起爆させるという比較的単純な方法を採ったのだった。そしてこの攻撃はこの世界における初めての空爆となった。
「いてーよ。いてーよ!」
生きている兵士もいたが、大怪我をしているらしく喚いていた。
「おーい、誰か? 無事な奴はいるか?」
「た、隊長!?」
ケニーが呼びかけに女副官のトフカテが応えた。
「おお、無事だったか!?」
ケニーはトフカテの声にする方向に向かう。川の直ぐ近くの茂みの中にトフカテはいた。方膝を付いた顔を伏せている。ケニーに気付いて顔を上げた。
「なっ!?」
ケニーはトフカテの顔を見て驚く。彼女の顔の右側が完全に焼き爛れており、以前の端正な面影はなかった。見れば右腕や右肩も焼き爛れており、全身大火傷に近い症状だった。濡れているのを見れば、とっさに川に飛び込んで焼死を避けたのだろう。
「っくそ! さっきの爆発は焼夷弾も兼ねていたのか!?」
「か、顔が熱くて……」
「大火傷してるじゃないねーか。服は脱ぐなよ。一緒に皮が剥がれるからな」
「はい……」
ケニーは
「すみません、隊長。わたしはもう……隊長のお役に立てそうにないです……」
「馬鹿いってんじゃねーよ。これぐらいでくたばったら俺が許さないからな」
「はい……」
トフカテは返事は弱弱しかった。ケニーは無言のまま、トフカテの応急手当をすることになった。
後ろから、誰かが近づいてくる物音がする。振り向くと黒髪の女性――フリーダ=レイスがいた。フリーダの顔こそ煤塗れで服もズタボロに破けていたが、大きな負傷はない様子だった。いや、体から微かに吹き出す水蒸気が見えていた。フリーダは巨人化能力者なので、巨人の力――驚異的な快癒能力で治したようだった。
「ケ、ケニー」
「おう、御嬢様も無事だったか?」
「わたしは平気。それより今の爆発は?」
「たぶん、ユーエス軍とやらの攻撃だな」
「そう……」
「御嬢様、他に無事な者はいるか?」
「……」
フリーダは首を振った。
「生きているのは、私達も含め7人、ううん、6人だけね」
「なっ!? そ、そうか……。御嬢様には御力があるんだったな」
ケニーは肩を落とした。フリーダは巨人探知だけでなく人の気配も感じることができるらしい。彼女がそう言うからには決定的だった。調査兵団の対抗組織――ケニーが育成した対人制圧部隊は9割以上が死傷、文字通り壊滅したのだった。
「どうやら俺達はとんでもない連中に戦いを仕掛けてしまったらしい。奴らがその気になったら
「そう……。人類最強の貴方でも勝ち目がないのわね」
「そうなるな。それと俺は人類最強なんて呼ばれたことはねーぜ。人類最強はリヴァイだろ?」
「そのリヴァイを育てたのは貴方でしょう。それに世間は知らなくてもわたしは知っています。5年前にだって……」
フリーダは5年前の襲撃事件の事を触れた。巨人化して襲ってきた巨人勢力過激分子派の工作員(グリシャ=イエーガー)、その知性巨人を斃したのは巨人化したフリーダだが、戦闘不能に陥れるという好機を作り出したのはケニーに他ならない。その一件だけでもリーダはケニーに心酔しているようだった。
「その話は後だ。これからどうするかだが……」
ケニーが思案していると、森の離れから性別不明の無機質な声が聞こえてきた。
『森ニ隠レテイル武装集団ニ告グ! 私ハ、ユーエス軍指揮官ヴラタスキ、ダ。オ前達ノ動向ハ完全ニ掌握シテイル。武器ヲ捨テテ調査兵団ニ投降セヨッ! 寛大ナ処置ヲ約束スル。負傷者ニハ治療ヲ施ス。下手ナ動キハスルナッ! 5分間ノ考慮時間ヲ与エル』
ユーエス軍からの降伏勧告だった。姿は見えないが特務兵とやらが周囲に展開している様子だった。
「っざけんな! な、仲間を皆殺しにしたくせにっ! 馬鹿にしやがって!」
軽傷だった若い兵士の一人が激昂して立ち上がり、声の方向に目掛けて駆け出そうとした。
「おいっ!?」
ケニーは制止しようとしたが遅かった。次の瞬間、その兵士の頭は弾け飛んでいた。顎から上の部分が無くなった兵士の体はそのまま前のめりに崩れ落ちていく。銃声が聞こえなかったところからして相当な遠距離、暗がり中、動く標的という条件を鑑みれば、恐ろしいほど正確な狙撃だった。
「ちっ!」
ケニーは思わず舌打ちした。
「逃げる事もできなさそうですね」
フリーダは達観したように呟いた。
「そうだな。敵ならが良い腕してやがる」
ユーエス軍は強力な兵器をいくつも所有するだけでなく。超一流の狙撃手もいる様子だった。自分達に勝ち目が無いことを改めて思い知らされた格好である。
「ケニー。降伏しましょう。寛大な処置と言うからにはいきなり死罪にされる事はないでしょう。それにケニー、今回の事を命令したのは我がレイス家ですから」
「いや、しかし、それだと御嬢様が……」
「わたしの事はよいのです。それにまだ生きている部下達がいます。降伏すれば治療は受けられるでしょう……」
「……」
降伏の意思を示すフリーダにケニーは翻意を促せる言葉を持っていなかった。
【あとがき】
大爆発の正体は、リタの秘密結社軍が用いた気化爆弾でした。
さすがに味方の調査兵団のすぐ近くで核は使えません。というよりリタ達は核兵器は持っていません。この気化爆弾は巨人勢力との決戦で使う予定でしたが、予定が早まりましたw
ケニーの対人制圧部隊は壊滅。素材(巨人化させる目的の囚人)も全滅。
夜明け前に、決着はつきました。
ミーナ達は肩透かしだったかもです。