進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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トロスト区防衛戦が発生したのを秋初旬(9月頃)と想定しています


第8章、兵団政府
第63話、新体制


 兵団クーデターとも呼ばれる今回の革命は百年の歴史を持つ壁内世界においても初めてのこどだった。一夜にして支配者が入れ替わり、それまで権勢を誇っていた前王政府側貴族、ウォール教、中央第一憲兵団の関係者一族郎党は囚われの身となり、抵抗した者はその場で殺害された。

 革命二日前に発生した巨人による調査兵団本部襲撃事件。この事件が前王政府が敵巨人勢力に内通して巨人化薬品を入手していたという傍証となり、革命軍(調査兵団・南側駐屯兵団・ユーエス軍の連合軍)は「人類の裏切り者を討つ」という絶好の大儀名分を手に入れたのだった。またザックレー総統が早期に革命軍に支持を表明したことで、憲兵団もほとんど抗戦することなく革命軍に降伏した。

 

 王都に進軍した革命軍の兵力は、調査兵団約百人、南側駐屯兵団選抜部隊の約四百人、これにユーエス軍(リタ達秘密結社)所属の生体戦車(ミタマ)1体が密かに随伴していた。リタが王都にミタマを派遣させたのは知性巨人対策の為だった。また統一した指揮統制と取る為、”通信機”を持つペトラ・ミカサ・クリスタ・アルミンの4名が連絡担当として革命軍に同行していた。

 

 王都に駐留する王政府側の兵力は憲兵団・中央第一憲兵団・王宮警護隊など三千人超。兵力的には革命軍の六倍以上あったが、実戦経験・錬度・指揮統制・士気の点で比べるべくもない。これに加えて完全な奇襲と重要目標に対する同時攻撃となっては勝敗は一瞬で決まった。

 

 最大の懸念事項だった敵側の巨人化能力者については、フリーダ=レイスからの情報提供で判明したウォール教司教夫婦をリヴァイ特別作戦班(リヴァイ・エルド・ミカサ)が寝込みを襲って抹殺している。フリーダ自身も巨人化能力者であるが、ユーエス軍との”取引”で免責、レイス家は当主であるロッド=レイスが引退蟄居(軟禁)、15歳の長男ウルクリンが新当主、後見人が長女フリーダとなった。むろんフリーダは巨人化能力であるので、ユーエス軍より特殊加工された首輪(遠隔監視機能付)の装着が義務付けられている。またレイス家が保管していた未使用の巨人化薬品の全てをユーエス軍が押収し、シャスタを中心に解析を進めており今後の戦いに有用な情報が得られることだろう。

 

 革命成就後、ザックレー総統とユーエス軍指揮官ヴラタスキ将軍(リタ)との間に正式な軍事同盟が締結され、それに伴って軍の大規模な組織編制が行われた。まず敵方となった中央第一憲兵団は解体された。ザックレー総統の下に全兵団を統括する統合参謀本部が設けられ、その参謀総長に調査兵団団長エルヴィン=スミスが就任し、壁内世界の軍政を一手に統括することになった。またミケ=ザカリアスが昇格して第14代調査兵団団長に就いた。また巨人化能力者対策として秘密の特務機関が新設され、リヴァイがその中心メンバーとなった。

 そしてユーエス軍の協力と指導の下、壁外機動戦力として第四兵団(後に空挺兵団と命名)が創設されることになった。航空戦力を有することになるこの兵団は、人類初の空軍という事になる。

 

 トロスト区戦以降の英雄となったリタに対し、新政府は王族以外では貴族最高位である侯爵号を贈り、同時に壁外領域(ウォールマリア)全域を侯爵家の領地とする事を認めた。またリタが求めていたいくつかの条項(治外法権・免税特権・各種技術の特許権・商業活動の自由など)も大筋で認めた。これ以降、リタはヴラタスキ侯爵夫人を名乗る事になった。

 ウォールマリアは言うまでもなく巨人が跋扈する領域なので現時点での資産価値はゼロに等しい。追い詰められた現在の壁内世界では喫緊の課題として軍備増強に資金を回す必要があるため、リタ達に報酬が用意できないからだ。その点はリタも承知しており、新兵団設立・戦時統帥権の獲得など軍事分野での協力が得られる事で良しとしたのである。

 

 

 850年晩秋、革命から1ヶ月半が経過した日の朝、トロスト駐屯兵団宿舎一階大食堂でミーナ=カロライナは朝食を摂っていた。食堂内に人影は疎らだった。

(人が少なくなったといっても亡くなったわけじゃないから、まだいいよね)

 ミーナはそう思った。革命後、調査兵団預かりとなっていた他地区新兵達は原隊に復帰してトロスト区から去っていった。ミーナを含め新兵達は革命当日もトロスト区で待機していた。調査兵団本部襲撃事件の後の混乱で、なにがなんだか分からない内に王政府が倒れ、調査兵団主導の軍事政権が出来ていたというのが実感だった。

 

 ミーナは宿舎の窓から見える北門の旗に目を向けた。薔薇の紋章(駐屯兵団)、自由の翼(調査兵団)に加えて、見慣れない絵柄の旗が翻っている。猫のシルエットの紋章、それがユーエス軍改めヴラタスキ侯爵家の紋章だった。トロスト区の城壁からでは確認できないが、壁外領域(ウォールマリア)の何処かに彼らの部隊が駐留しているらしい。例の新型爆弾(気化爆弾)を装備している事から考えて、極めて強力な戦闘集団だった。正式に同盟が締結された事で彼らの旗を掲揚する事になったのだ。

 

(そういえば、侯爵夫人ってどんな人なんだろ? 同盟を結ぶぐらいだから総統閣下や参謀総長も会っているんだろうだろうけど)

 若い女性で猫好きという事以外は、実像はほとんど知られていない謎の人物だった。

 

 突然、騒がしい足音が聞こえてきた。見ればサシャがこちらに駆けつけてくる。ミーナは急いで皿の上にあったパンを口の中に入れた。

「ミーナ、どうして起こしてくれないんですかぁ」

「ふぁんのほと?(何の事)」

ミーナは口の中に食べ物をいれているせいでモゴモゴと喋った。

「いっつも朝は先に起きて食堂にいっちゃうし……」

サシャは口を尖らせて文句を言うが、文句を言いたいのはこちらだった。最近、食料事情が厳しくなって配給制が敷かれ、兵士達の食事量も以前に比べて二割ほど減らさせている。スープから肉がなくなったとかは地味にきつかった。こんな状況でサシャに分け与える余分な食料はないだろう。

 

「ああ、もう食べちゃいましたねー」

「うん、サシャも配膳もらってきたら?」

「それだけじゃ足りないんです。食事量を減らすなんて、総統府も本当にイジワルです。お腹が減っては満足に戦えません」

 

「ったく。相変わらず騒がしいわね。そこの芋女」

 後ろから声がした。振り向けば憲兵団の少女新兵――ヒッチ=ドリスが立っている。以前の新兵説明会で自分達南側訓練兵に罵倒を浴びせてきたのがこのヒッチである。当然悪い印象しか持っていない。

「な、な、なんですって!? ってあなた、憲兵団のえーと?」

「ヒッチ=ドリスよ。食べることしか頭にない鳥頭だから人の名前も憶えられないみたいね」

「きぃー! ど、ど、どこまで馬鹿にする気なんですかぁ!」

サシャは罵倒されて怒り心頭といった様子だった。ミーナはヒッチを観察してみる。肩には吊り下げた大きな鞄を持っていた。

「私達になにか用でしょうか?」

「うん、黒髪のお下げは芋女と違ってまともに話せるみたいね」

「ミーナ! こんな奴、相手にする必要なんてありませんよ!」

サシャは口を挟んでくるが、ヒッチは知らぬ顔でミーナに話しかけてきた。

「わたしは今朝の便で、内地に戻るわ。怪我が治るの遅かったから出発が今日になったのよ」

 ヒッチはラガコ村事件での巨人遭遇戦で負傷しており、手足に酷い火傷を負ったいたはずだ。よくよく見ればヒッチの手には火傷の痕が残っていた。

 

「よかったですね」

「まあね。ミーナ=カロライナだっけ?」

「はい」

「あなた達の苦労も知らずに酷い事を言っちゃったりして悪かったわね。巨人との戦いがあれほど苛烈なものとは知らなかったから。ごめんなさい」

 ヒッチはミーナに頭を下げた。

「へ?」

サシャは思わぬ展開に変な声を出していた。

「キルシュタイン達にもよろしく伝えておいて」

「そ、それはわかりましたけど、でもどうして?」

「病室にいる時間が長かったから考える時間が一杯あった。この世界は安定したものじゃなくて、いつ壁が破られて巨人が雪崩れ込んでくるかもしれない危険と隣りあわせだった事に気付いたから。それだけじゃない。敵は壁の中にも潜んでいた。考えてみればホント怖いよね。ユーエス軍がいてもこれだもの。革命がなかったら間違いなくこの世界は巨人に滅ぼされているでしょうね。……、マルロも言っていたけど自分に何ができるか考えた。わたしは憲兵団に戻って真面目に憲兵しようって思う」

 ヒッチはしんみりと語る。思い返せばラガコ村事件でヒッチの同僚は大勢戦死していた。仲間の死で考えさせられる事もあったのだろう。

「そうなんだ」

「巨人との戦いはあなた達調査兵団やユーエス軍に任せるわ。武運を祈る事しかできないけどがんばってね」

「ヒッチ、あなたもね」

ヒッチは笑みを浮かべると紙袋をミーナに差し出す。ミーナは受け取って中を改めた。生の芋が何個も入っていた。食料事情が厳しくなっている中で食べ物の差し入れはありがたかった。

「謝罪の気持ちよ。みんなで分けて食べて。芋女、あんたも一つだけなら食べる事を許可してあげる」

「だ、だからなんでわたしが芋女なんですか?」

「ん? よく一緒にいるチビハゲの子がそう呼んでいたのを聞いたんだけど?」

「コニー!? やっぱりあいつでしたか! 許せません」

「それじゃ、わたしは行くわ。じゃあね、ミーナ」

ヒッチは手を振って去っていった。ヒッチの事を嫌味ばかり言う女だと思っていたが、そんなに嫌な奴ではなかったかもしれないとミーナは思い直していた。

 

 

「この親不幸者がっ! よくもわしの前に顔を出せたな!」

 王都にある高級ホテルの最上階6階、最上級客室に怒声が木霊した。怒鳴り散らしているのは革命が起きるまで実質壁内世界の支配者だったロッド=レイス卿である。レイス卿は革命当日に調査兵によって拘束され、以降は外部との接触が絶たれた状態で秘密裡にこのホテルの一室に監禁されていたのだった。今日、レイス卿の元に訪れたのは長女のフリーダ=レイスと監視役のリヴァイである。

 

「お前、分かっているのか? もはや総大司教猊下の御慈悲に(すが)る事も適うまい。この(壁内)世界は滅ぼされる。我らエルディア人は一人残らず殺されることになるんだぞ!」

 レイス卿はフリーダを叱責した。レイス卿にしてみればウォール教および王政府派貴族高官に関する内部情報を敵方である調査兵団に教えたフリーダの行いは許しがたい裏切りだろう。ちなみに総大司教とは宗教国家である敵巨人勢力の最高指導者のことだった。

 

「お父様、彼の国が約束を守ると思いますか? 5年前、なんの通告もなしにウォールローゼに侵攻し、領土を強奪しました。その見返りが巨人化薬品ですか? あんなもの、消費期限が切れたらなんの役にも立たないでしょう。あの時、それ以上は攻めないと言っておきながら、今回トロスト区に侵攻してきました。それも潜入工作員を送り込んだ上ですから確信的でしょう。降伏してその時は許されてもいずれ機会を見て私達を絶滅させようとするに決まっています」

 

 レイス家は仮にも壁内世界の真の統治者であり、巨人勢力と交渉を行っていたようだ。いや、交渉というより一方的に譲歩させられただけだったという方が正解かもしれない。フリーダの話を聞くかぎり敵巨人勢力の悪辣さは底なしだった。こちらが譲ればどこまでも要求してくると考えて間違いない。こういう輩に話し合いなど有り得ない。

 

「リヴァイ、あなたもそう思いませんか? 勝ち目がなくても戦って死ぬ方がましだと思いませんか?」

「ああ、そうだな」

フリーダに話を振られたリヴァイはそう答えた。

「ただし、俺達は戦って勝つつもりだ」

「馬鹿馬鹿しい。お前たちはどれだけ強大な相手と戦っているのかわかっているのか? 小規模な尖兵を撃退したぐらいでいい気になるな!」

「むろん俺達だけでは厳しい事は分かっている。まして後ろから刺すお前達のような裏切り者がいたんじゃ絶対に勝てないからな。だから革命でお前達(内なる敵)を排除させてもらった。それにレイス卿、新聞を差し入れているから知っていると思うが、我々人類は強力な友邦を得ている」

「ああ、知っているとも。例の侯爵夫人とやらのことだろう? うまく考えたな。巨人の反乱分子を謎の勢力に仕立てあげるとはな」

レイス卿はヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)の事を誤認したままだった。巨人を倒せるのは巨人でしか有り得ないという思い込みがあるのだろう。リヴァイはことさら指摘する気はなかった。

「レイス卿、言っておくがお前は本来なら極刑になってしかるべき人物だ。フリーダがこちらに協力しているからこそ、免罪されているだけだぞ。自分の娘によくよく感謝することだな」

「こ、この無礼者が! 王であるわしを侮辱しおって!」

「お父様、長い間、お勤めご苦労様でした。後はゆっくり静養なさるのがよろしいかと思います。この世界の事は彼ら(調査兵団)に任せましょう」

フリーダはこれ以上の会話は不毛と思ったのか、別れを言葉を告げた。そしてリヴァイと共にレイス卿の部屋を退出した。

 

 廊下に出ると外で待機していた若い調査兵ニファが駆け寄ってきた。ニファは黒髪のショートボブの小柄な娘で元ハンジ技術班の一人であり、現在はリヴァイ率いる特務機関の一員である。

「兵士長、もうよろしいのですか?」

「ああ、もう終わった」

「そうですか。ではフリーダ様」

「わかっています」

フリーダは後ろを向くと、ニファは手に持っていた黒帯でフリーダの目隠しをした。フリーダは自分達に協力的ではあるが、巨人化能力者である。その気になれば数秒で巨人体をこの場に出現させる事ができる。装着している特殊加工の首輪に加えて外出時は目隠しをする取り決めをしていた。フリーダの感知能力(対巨人能力者)が必要なときは、こうやって巨人殺しの達人であるリヴァイかペトラが監視につき、外に連れ出していた。今日はその任務の後、久々に実父のレイス卿の様子を見に訪れたのだった。

 

「リヴァイ、あなた達が革命を起こしてくれて感謝しているわ」

「そうか」

「そうじゃなかったらわたしは王女のままで、ケニーと結ばれることはなかったから」

 フリーダとケニーは特務機関本部(旧中央第一憲兵団本部を接収)の地下室の一室で軟禁のまま同棲している。男女の営みをしている事は当然リヴァイも知っていた。フリーダが心変わりして調査兵団側に付いた理由はケニーとの恋が理由だったようだ。

 

「今、わたしは幸せかもね」

「オレにとってはお前の理由はどうでもいい。ただ巨人共を倒せるのに有用かどうかだけだ」

「兵士長、そこまで言わなくても。もう少し言い方が……」

ニファは窘めるが、リヴァイは改めるつもりは毛頭なかった。

「……」

「ところでヒストリアは今、どうしているの?」

「ああ、クリスタさんですね。兵士としての勤めがあって忙しいみたいですね。元気そうにはしてましたよ」

「そうなの? 会いに来て欲しいけど、ケニーが居たんじゃ仕方ないわね」

「……」

上層部の取り決めでケニーが免責されている事をクリスタはよく思っていないだろう。なぜならクリスタは母親を目の前でケニーに殺されたのだから。そのケニーと実姉のフリーダが恋仲であることも面白くないはずだった。

 

「こんな姉でごめんなさいって伝えておいて」

「わ、わかりました」

「……」

 リヴァイはフリーダとニファの会話に加わらなかった。考えている事は差し迫っている巨人勢力との決戦である。この戦いに敗れれば人類に後はない。レイス卿の言うように人類は滅亡するだろう。確かに強大な敵だが今までは敵の姿すら掴めなかったのだ。以前の状況に比べれば大分ましだろう。

(勝てるか? いや、必ず勝ってみせる)

人類最強の男はそう決意していた。




【あとがき】

革命後の壁内世界の話です。前王政府派は徹底的に排除され、ザックレー総統を代表とする軍事政権が誕生しました。軍の組織改革が行われ人事異動がありました。

ザックレー総統、軍事と政治の長を兼任、壁内世界の統治者。
エルヴィン、参謀総長に昇格。総統の補佐で壁内世界NO2。
ミケ、調査兵団団長に昇格。
リコ、第4兵団団長に昇格。
リヴァイ、特務機関トップに就任。壁内に潜む知性巨人狩りが主任務。
ニファ、特務機関の一員。
リタ、侯爵夫人の爵位を得る。またウォールマリア全域を領地とすることで法的(壁内世界から見て)にも自由に活動可能。

リタの秘密結社メンバー(ペトラ達)は役職はまだ話しにでてきません。

ヒッチ=ドリスとミーナの会話。ちらりと出てきましたが、食料不足から配給制に替わっています。これはトロスト区侵攻など戦いが連続したことで民衆が不安になり、食料の買占め、売り惜しみが発生した事が原因です。食料問題だけはリタといえども解決できません。強力な兵器は持っていても農業に関するものは何ももってないからです。

レイス家の父と娘。ロッドとフリーダの会話です。リヴァイが同行。フリーダが調査兵団に協力している理由は、ケニーとの恋愛です。クリスタはこの件は不愉快でしょうから姉のフリーダにも会いに来ません。











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