進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第64話、軍政

 革命より2ヶ月、壁内世界は比較的平穏を保っていた。むろん全くの無血というわけではなく、小規模な暴動・反乱がいくつか発生したが兵団主導の新政府軍が悉く鎮圧している。その中でも最大規模となった名門貴族ブラウン家の反乱は苛烈な殲滅戦となった。

 

 ブラウン家は古い家柄の名門貴族だったが、5年前のウォールマリア失陥に伴う混乱の最中に領主一家は次男を除き行方不明となっていた。実際は中央第一憲兵団・ウォール教による背乗(はいの)り(戸籍の乗っ取り)工作により、一家は召使や奉公人も含めて秘密裏に皆殺しにされ、敵巨人勢力側から送り込まれた少年が当主となっていた。このような戸籍乗っ取り工作はウォールマリアに領地を持つ貴族に対して複数件行われていたのだった。革命によりエルヴィン達革命軍が王都を掌握するが、事実の発覚を恐れた背乗り貴族達はいち早く王都を脱出、ウォールローゼ北方にあるブラウン家領地に集結した。

 ここはユトピア区(ローゼ北)とオルプト区(シーナ北)を結ぶ街道に位置する。本拠地の城塞は川の合流地点に立つ天然の要害だった。城塞に篭る反乱軍は私兵・傭兵を含む三百名。反乱軍首謀者達は長期に篭城していれば権力掌握が十分でない新政府に付け入る余地があると踏んだのだろう。しかしながら軍政を統括する参謀総長エルヴィン=スミスは反乱を即座に鎮圧する事を決意、最精鋭部隊であるリヴァイ特別作戦班を出撃させた。(ユーエス軍(現ヴラタスキ侯爵軍)の生体戦車一体が非公式で加勢)

 リヴァイ達は城塞を夜襲で一夜で陥落させる。夜襲とはいえたった数人で30倍近い敵兵を文字通り殲滅した事実は、調査兵団の武威を示すに十分であり、同時に敵には容赦しない新政府の断固たる意志を壁内世界の人々に見せ付けたのだった。(後に背乗り貴族達であったことが判明するがそれはまだ先の事である) この反乱の後は武装蜂起という事態は発生していない。時には強硬策を採る事も国家統制には必要な措置だろう。

 

 一方、ウォール教一般信者はさほど大きな抵抗を見せていない。親巨人派の幹部が根こそぎ排除(パージ)された上に教祖扱いのレイス家より新政府に恭順する旨が信者達に通達されていたからである。『ヴラタスキ侯爵夫人こそ、この世界を守るために神が遣わした使徒、そして戦女神であられる』という噂話も信者の間で広まっていた。いずれにせよ政治力・財力を失ったウォール教に対しては新政府側も必要以上の弾圧は行っていない。

 

 壁内世界の情勢が安定してくると、新政府は壁内世界の総力を挙げて対巨人戦争の準備にとりかかっていた。ローゼ内にある工業都市に、新たに設立されたリコ=フランチェスカ率いる第四兵団(空挺兵団)を派遣、兵器開発の指揮を執らせる。

 敵の大規模侵攻が近いと予想されている為、時間のかかる航空兵器の開発は後回しとし、直ぐに実戦投入可能な兵器が最優先された。その中でも一般兵士達に特に歓迎されたのが”新型立体機動装置”と”対巨人駆逐機”である。

 

 立体機動装置自体は、実戦投入されてから既に半世紀が経過している事もあって枯れた技術である。小刻みな改良は都度加えられてはいたが、基本性能は初期のものとさほど変わっていない。今回、リコ達が作り上げた新型立体機動装置は重量はほぼ変わらず、ガス容器の改良により燃料が2倍強、ワイヤー巻取り速度が従来型より3割ほど高速化されたものだった。燃料が増すという事は戦闘可能時間が増えるという事であり、ワイヤー巻取り速度は、空中機動の高速化、およびワイヤー回収時間の短縮に繋がる。これは中央第一憲兵団が隠し持っていた技術を押収し、ユーエス軍技術者(シャスタ)の助言もあって、第四兵団技術班(班長モブリット=バーナー)が実用化にこぎつけたのである。工業都市を押さえている事で量産化体制に入っていた。

 

 ”対巨人駆逐機(ハンジハンマー)”は、ハンジ=ゾエ(調査兵団技術班元班長)が遺した設計図を元に作成した兵器で、外壁に併設したクレーンより直径1mほどの鉄球を落下させて巨人のうなじを破壊、討伐するのである。囮役の兵士1名が巨人を誘導するだけで被害を出すことなく無知性巨人が討伐できる代物だった。壁外領域(ウォールローゼ)に存在する無知性巨人を一体でも多く減しておけば、敵侵攻時に操られる巨人の数が減るからである。トロスト区に試作1号機が設置され、良好な討伐実績を持って、他の城塞都市でも順次設置工事中だった。

 

 

 

 この日、王都(ミッドラス)の総統府官邸の執務室においてエルヴィン=スミス参謀総長(前調査兵団団長)はドット=ピクシス司令(駐屯兵団南側司令官)と対談していた。革命後、軍政の指揮を執るエルヴィンは多忙を極めており、王都から出ることは適わなかった。ピクシス司令は革命後しばらく駐屯兵団主力と共に王都に滞在していたが、情勢が落ち着くとトロスト区へと戻っている。トロスト区防衛にユーエス軍(現ヴラタスキ侯爵軍)が協力してくれているとはいえ、防衛の最高責任者がいつまでも不在というわけにはいかないからである。エルヴィンとピクシスが直接会うのは一ヶ月ぶりという事になる。

 

「なかなか大変そうじゃの?」

「いや、巨人と戦っていた時の事を思えば大したことはない」

「そうか、ザックレーは例の趣味をやっておるのかの?」

 ピクシス司令はザックレー総統とは訓練兵時代の同期で総統に対しては昔ながらの呼び捨てだった。その総統の例の趣味とは前王政幹部に対する屈辱的な拷問の事である。飲尿・食糞や屈辱的な姿勢を取らせたりなど楽しんでいる様子だった。総統曰く『常に偉そうしていた連中が気に食わなかったとの事』。革命発生時、直ぐにエルヴィン達反乱軍に組したのはもともと本人がクーデターを企てていたらしい。厳正な中立を維持する立場を貫いていたのは前王政派を欺くためだったらしい。

 

「そうですね。さすがに一般公開は不味いと思いわたしが止めるよう提言しました。侯爵夫人も同意見です」

「まあ、そうじゃろうな。一般公開なんぞすれば民衆の支持が離れてしまうじゃろ。にしてもあれが生涯やりたかった事だとはのぅ」

「司令、知っておられたのですか?」

「む、いかんな。口が滑ったな。(ザックレー)の野望には気付いておったよ」

 革命時、早期にザックレー総統を説得すべしと主張したのはピクシス司令だった。その意を受けてエルヴィンを通じてリタより王都に先行して侵入していたペトラに総統への密談が指示されたのである。(通信機器はペトラも所持している)

 

「じゃが、ワシは主と違って賭け事は好かん。また人類全体の生存の方を優先するつもりじゃ」

 ピクシス司令は執務室の窓際に寄り、町並みを眺めながら語った。

「お主らの提案に乗ったは、それが最善じゃと思ったからじゃ。王政の連中が例の薬を使って巨人を(壁内に)出現させるという外道の手段を使いおったからの。アレがなければまだ決めかめていた」

「そうですね。彼らは統治者としての責務を放棄しました。民を守るはずの統治者が自ら巨人兵器を使いました。もはや彼らに人類の命運を任せるわけにはいきません」

「そうじゃの。まあ、どちらにせよお主らやザックレーと争うことがなくて幸いじゃ」

「わたしも同感です。司令は敵に回すと強敵でしたから」

「言いよるわい」

 ピクシスは笑みを浮かべている。

 

「ところで侯爵夫人の件じゃが、爵位号を授けるように提案したのはお主か?」

「そうですが何か?」

「いや、よく先方(リタ)が納得してくれたの。言うまでもなく壁外(ウォールマリア)は巨人の支配下で我々人類の統治下にはない土地じゃ。価値も何もあったものじゃないじゃろ?」

「それはそうです。ですが人類がウォールマリアを奪還し人々が入植するようになれば土地は売れます。その売却益を当てるという事です。それに商業活動の自由など様々な利権を渡してはいます」

「人類の恩人にこんな事は言いたくないが、彼らは彼らの利益で動いているじゃろ? 念願叶って巨人共を駆逐したとして、彼らが我々壁内人類の新たな支配者となるのではないか?」

「侯爵夫人は信義を守る人物です。それに我々人類の領土は彼らからすれば遠方の未開の地です。血を流してまで手に入れる価値はないでしょう」

「ふむ」

「付け加えるなら、侯爵夫人に認めたのは領地であって領土ではありません。法的にはウォールマリアは現在も人類の領土です」

 領地であって領土ではない。この点はエルヴィンはリタと何度も電話会談して了解を貰っていた。また侯爵ならば王国議会に議席を持つことは可能だが、リタは壁内政界に進出しない旨を明言している。

「なるほどの。まあ、先方の承知の上じゃろな?」

「はい。それに侯爵夫人を壁外領域無断侵入罪に問うわけにもいきませんから」

 侯爵軍(ユーエス軍)の主力部隊は現在もウォールマリアに駐留している。壁内世界の防衛に絶大な貢献してもらっているのだがら、訴える事はないにしても法的にも潔白(クリア)にしておく必要があったのだった。

「そうか、そんな罪状もあったのかの? 初耳じゃ」

「わたしもです。」

 ピクシス司令は意外な顔である。エルヴィンもそんな罪状があるとは、部下から報告が来るまで知らなかったのだ。

 

 エルヴィンとピクシスが軍政改革・食料問題・ウォール教残党などの問題について意見交換していると、胸ポケットに入れているペンダント型の通信機が振動した。これはリタより非常連絡用として貸与されているものである。

「失礼」

エルヴィンはピクシス司令に断って窓際に立ち、”通話”ボタンを押した。リタ=ヴラタスキ侯爵夫人(ユーエス軍指揮官)からの音声が聞こえてきた。

 

「侯爵夫人、いかがされましたか?」

『来客中か?』

「ああ、ピクシス司令がお見えになっている」

『そうか、ならば一緒に聞いてくれ。……良くない知らせだ』

「少し待ってくれ」

 エルヴィンはペンダントを机の上に置き。”スピーカー”ボタンを押す。こうすると周りにも音声が聞こえるようになるのだった。

「司令、侯爵夫人からの緊急連絡です」

「うむ」

 

 エルヴィンが準備が出来た旨を伝えた。

『今朝、シガンシナ区周辺で大量の巨人が出現した。最低でも300体以上だ。今後もさらに増える可能性がある』

リタより緊迫した報告がもたらされた。

「なっ!?」

 エルヴィンは驚きの声を発してしまう。ユーエス軍(現侯爵夫人軍)の優秀な索敵能力は既に実証済みである。情報に誤りはないだろう。つまり、その時が来たという事だった。ピクシス司令は腕を組んだまま頷く。巨人発生の原理が分かった現在では、その意味は明白である。敵巨人勢力は多数の囚人を連れてきて巨人化薬品を投与したのだろう。対巨人駆逐機(ハンジハンマー)で地道に壁外の巨人を間引きしていた状況を一気にひっくり返された格好だった。

 

梯団(ていだん)形成には至っていないものの、いずれこちらに向けて侵攻してくるのは間違いない』

「来るべき時が来たという事じゃな」

ピクシス司令は厳しい表情のまま、エルヴィンに声をかけて来た。

『今夜、緊急の対策会議を設けていただきたい。構わないか?』

「わたしの方からも是非お願いしたいところだ」

『では後ほど』

「……」

通信を終えた後もエルヴィンもピクシス司令も無言のままだった。

 

(いよいよ決戦か……)

 人類側の軍備はまだ十分とはいえない。革命より2ヶ月、権力基盤を固めてようやく戦時増産体制に入ったところで、侯爵夫人軍との軍事協調もまだ端緒(たんちょ)に就いたばかりである。だが敵は待ってはくれないだろう。敵の侵攻は過去最大規模になる事は安易に予想できた。

 




【あとがき】

エルヴィン達新政府側の軍政状況です。革命より2ヶ月経過化し、軍備増強に努めていますが、敵巨人勢力は待ってくれません。過去最大規模となる敵の大攻勢が目前に迫っています。飛行兵器の開発は到底間に合いません。新型立体機動装置や対巨人駆逐機を実用化していますが、果たしてどこまで対抗できるのか。またリタの所有する戦力は、所詮一個戦車分隊に過ぎません。リタの作戦プランは果たして……?

背乗(はいの)りは現実世界で実際にある話しです。詳しくはネットで調べてください。

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