進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第66話、寒空の下で

 晩秋の寒空の下、トロスト区の大通り(メインストリート)は大勢の人々で埋め尽くされていた。ありったけの家財道具を荷車に載せて家族総出で押している者、大きな鞄を抱えている者、乳児を背負っている母親、幼子の手を引く父親、老親の車椅子を押す息子、様々な人々がいる。皆一様に不安げな表情を浮かべながら北門へ内地方向へと向かっていた。

 昨晩、総統府よりウォールローゼ南側領土の全住民に対して避難命令が発令されている。ここ数日以内に敵(巨人勢力)からの大規模侵攻の可能性が高いという。住民の避難先はウォールシーナであり、大半の者は徒歩での避難を余儀なくされていた。兵団政府は荷馬車や乗合馬車を総動員していたが、乗せられる絶対数は限られている。そして交通機関は基本的に病人や妊婦・子供といった弱者が優先されていた。

 

 調査兵団新兵ミーナ=カロライナは他の新兵達と共に住民の避難誘導に当たっていた。

ミーナは兵服の上に厚手のコートを羽織っている。吐く息は僅かながらに白く冬の到来を告げていた。避難する人々の列から一人の子供がミーナのところにやってきた。歳は6歳ほどだろうか、背丈はミーナの腰あたりまでしかない幼い娘だった。

「ねぇねぇ、兵士のお姉ちゃん」

「え? わたし、なにかな?」

ミーナは少し前屈みになってその娘に返事した。

「巨人がいっぱい来るの?」

「う、うん。そうよ」

「じゃ、じゃあ、今度もお姉ちゃん達、巨人をやっつけてくるんだよね?」

「そ、そうよ。全部やっつけてあげる」

ミーナは嘘でもこの娘を安心させるために虚勢を張ることにした。ミーナの返事を聞いてその娘の顔はパッと明るくなった。

「わーい、お姉ちゃん。かっこいいー」

「そ、そうかな」

「わたしも大きくなったらお姉ちゃんみたいな兵士になりたいなぁ」

「あはは」

ミーナは苦笑いしてしまった。実のところミーナは入団3ヶ月の新兵に過ぎない。トロスト区防衛戦、ラガコ村遭遇戦と実戦を経験してきてはいるが、熟練の先輩達から見ればまだまだ未熟(ひよっこ)だろう。

「エレン、エレンっ!」

 人の列の中から中年の女性がこちらに向けて呼びかけてきた。

「あ、お母さん」

幼女は振り向くと母親に向けて手を振っている。幼女の名前はエレンだったようだ。ちなみにエレンは女の子でも使われる名前である。

「じゃあ、お姉ちゃん、頑張ってね」

幼女エレンは母親の方に走っていく。そして振り向くとミーナに手を振っていた。

 

(エレンっていうんだ。あの子……)

 ミーナはトロスト区防衛戦で散った同名の少年兵――エレン=イェーガーの事を想った。巨人に母親を喰い殺される光景を目撃した彼は、誰よりも巨人を憎み、同期の中では誰よりも巨人に立ち向かう勇気を持っていた。そんな彼に影響されてミーナ自身も調査兵団入りを希望したのだった。

(あの子から見たら、わたしも憧れの存在なのかな? ペトラ先輩のように……)

ミーナは憧れのペトラ先輩の事を想った。革命後、ペトラは元ハンジ技術班の人員と共に新設された空挺兵団に移籍しており、工業都市に常駐しているらしく、ミーナはペトラの姿をしばらく見かけていない。少し寂しく思った。

 

「さっきの子、エレンって言っていたよな?」

 近くにいた同期のジャン=キルシュタインがやって来てミーナに声をかけて来た。

「あ、ジャン」

「エレンって奴はどいつもこいつも元気良すぎるよな」

「そうね、ジャンとエレンっていつも喧嘩ばかりしていよね」

 ミーナの指摘どおり、訓練兵時代のジャンとエレンは口論から喧嘩になることが多かった。巨人を倒すことのみを考えるエレンと憲兵団志望のジャンとでは、そもそも兵士になる動機からして異なっていた。そして血気に逸りやすいエレンの性格もあったのだろう。

「仕掛けてきたのは、いつもあいつだ。格好ばかりつけやがって……。あの死に急ぎ野郎! 本当に死んじまったら喧嘩もできないじゃないか!」

ジャンはやや興奮気味に捲くし立てた。ジャンはジャンなりにエレンの事を偲んでいるようだった。

「……」

ミーナは何も言わずに道行く人々を眺めていた。

 

 

 昼過ぎになると、トロスト区の住民の大半は避難を終えていた。残っているのは兵士や兵団関係者だけである。ミーナ達は警邏任務を終えて駐屯兵団トロスト区本部宿舎に戻っていた。新兵達の待合室と化している大食堂に、珍しい来客があった。ミーナと同期の新兵――アルミン・クリスタ・ミカサの三人である。三人とも調査兵団技術班から空挺兵団に移籍したと聞いている。革命以降は一度も顔を見かけていなかった。

 

「アルミン! クリスタ! それにミカサじゃないですかぁ!」

 同期のサシャがさっそくアルミン達の傍に駆け寄り挨拶していた。

「やあ、サシャ。久しぶり!」

「ふふっ、サシャって相変わらずね」

「……」

 アルミンとクリスタは明るい笑顔を見せているが、ミカサは無表情だった。元々ミカサは同期の中でも孤高といった感じで、幼馴染のエレン・アルミン以外とは殆ど口を利かなかった。

「おお、ミカサじゃないかっ! 怪我治ったのかよ?」

 コニーがミカサに訊ねた。ミカサはトロスト区防衛戦で全治3ヶ月の重傷を負い、ハンジ技術班預かりとなって療養していると聞いていた。

「……」

ミカサは頷くだけである。無愛想なのは昔から同じだった。

「ミ、ミカサ! そ、その……立体機動できるのか?」

ジャンは焦った様子でミカサに訊ねている。

「できる……と思う」

「そっか、そっか。よかった」

ジャンはミカサの戦列復帰が嬉しい様子だった。

 

「……」

 ミーナはクリスタになんとなく目線を遣った。

(え? クリスタってこんなに綺麗だったの?)

同性であるミーナから見てもクリスタの美貌は以前より磨きがかかっていた。訓練兵団一の美少女で男子諸君からも人気は高かったが、今ここにいるクリスタは大人の色気も醸し出している。よくよく見れば薄い化粧をしているようにも見えた。

 

(そういえば、クリスタはアニと……)

 トロスト区防衛戦初日、クリスタは撤退が完了して待機中だった自分達訓練兵の中から同期のアニ=レオンハートを連れ出している。アニはその後行方不明となっていた。結局、戦死行方不明リストにアニの名前が載っているのだった。

 

「!?」

ミーナはクリスタと目線が合った。気温が氷点下に下がったような殺気を覚えた。むろんミーナはクリスタに恨まれる覚えはない。次の瞬間にはクリスタはミーナを見て微笑んでいる。それだけにミーナはクリスタに恐怖を感じた。

(クリスタって一体何者なの?)

周りの新兵達はアルミン達と歓談中で、誰もクリスタの凍るような視線を見ていない。

 

 クリスタがすっとミーナの傍に来た。すれ違い様、クリスタが声をかけてきた。

「ミーナ、ちょっとだけ話いい?」

「え、えーと」

「裏門まで来て」

ミーナの返事も聞かずにクリスタは一方的に言い捨てて去っていった。ミーナは躊躇ったものの結局、クリスタの待つ裏門に向かった。

 

 宿舎の裏門はもともと人気が少ない路地に面している。避難が完了した現在は完全に無人の通りと化していた。門柱の傍にクリスタはポケットに手を入れて立っていた。

「あ、クリスタ。話って?」

「わたしじゃなくて、ミーナ、あなたの方がわたしに話あるんでしょ?」

「なんのこと?」

「わたしに疑いを持っているんでしょ?」

「!?」

あまりにも図星な事を指摘され、ミーナは言葉を失った。

「やっぱりね。新兵の中であなただけがわたしを見る目が違ったから」

クリスタの観察力は恐ろしいほどだった。

「……」

「ペトラ先輩から聞いたらしいけど、アニは敵のスパイだったようね。ライナー、ベルトルトもね」

「……知っていたのね」

「今日に至るまでアニ達が目撃されていない事を考えれば、とっくに本国に帰還したか、あるいは兵団上層部が排除に動いたかもしれない。いずれにしても今回の敵襲には関係ないと思う。だからわたしに余計な疑いは持たないでくれない?」

クリスタはじっと強い意志を持つ双眸でミーナを射竦める。

「わ、わたし、余計な事言ったりしないよ。アニの事は誰にも話していないし……」

「そう、よかった」

クリスタは微笑む。そしてクリスタはすっと手を差し出した。

「なに?」

「仲直りの握手かな」

「わたし達、喧嘩したわけじゃないと思うけど……」

「それもそうね。ふふっ」

「ねぇ、クリスタ。前より綺麗になってない?」

「ふぇ? わ、わたしを褒めても何も出ないよ」

「えーとお世辞抜きで言ってるんだけど」

「じゃあ、ありがとう。実はね、ペトラ先輩に化粧教えてもらったの。薄化粧って言って気付かれないようにするのがコツなのー」

「ペトラ先輩!? わー、いいなぁ」

憧れの先輩の名前が出たことでミーナはスイッチが入ってしまった。

「じゃ、じゃあ、今度ペトラ先輩に教えてくれるように頼んでくれない? ダメかな?」

「いいよ」

「やっぱりダメだよね? え!? いいの?」

意外にも承諾の返事が返ってきてミーナは驚く。

「今回の戦いに勝ったらね」

「うん。俄然、やる気になったよ。ペトラせんぱーい!」

「あ、あの……。負けたら……なんですけど……」

最後のクリスタの小声はミーナの耳には入ってなかった。ペトラ先輩に会えると思うと完全に舞い上がってしまっていたからである。

 

 

(いい気なものね。この世界の誰も来年を迎えられないかもしれないのに……。まあ、この様子なら口外しないだろうけど……)

 浮かれているミーナを横目にクリスタは溜息を()いた。クリスタとっては化粧もただの一手段である。もともと皆から愛される可愛い女の子を演じているだけなので、周りに話を合わせているだけだった。

 一般兵士にはまだ説明されていないが、今度の敵襲は過去最大規模になると予想されていた。当然、戦いは厳しいものになるだろう。クリスタが非公式に所属するヴラタスキ侯爵家(今や秘密結社の公式名)内のリタやペトラの会話でも焦燥感が漂っていた。敵戦士(巨人化能力者)の潜入を防ぐ為に常に壁外領域(ウォールマリア)で待機しているリタが、わざわざ王都まで出向いて作戦説明をしにいったのは、それだけ余裕がないという事だった。

 リタは保有する兵器・戦力の全てをこの戦いに投入し、さらに人類側の有力な戦力(調査兵団・駐屯兵団)も指揮下に収めて迎撃作戦を行うと聞いている。勝算ある作戦案を考案しているようだが、勝利できるかは別問題だった。特に今回のリタの作戦の主目的は敵主力の包囲殲滅であり、これを為すには緻密な連携行動が各部隊に要求されるのだった。僅かな綻びが致命的な事態をもたらすかも知れない。

 

(この戦いで人類が勝ってミカサが死んでくれたら……)

 ミカサがいる限り自分がアルミンと結ばれる事はないだろう。そう思うと黒い願望がもたげてくる。

(あ、やっぱり、わたしはやっぱり悪い子だ。ミカサとアルミンが幸せになることを素直に喜べないなんて……)

そもそもミカサが戦死したとしてもアルミンが自分を最愛の人に選ぶかは疑問だった。アルミンには演技が上手な子だと知られているので騙し通せるかは分からない。クリスタは空を見上げる。寒空の下、淀んだ雲が広がっていた。

 




【あとがき】
季節(12月)はちょうど現実世界とリンク。冬ですね。寒くなってきました。トロスト区から避難する人々、そして第104期生の主要人物が登場です。(戦死・行方不明を除く)
クリスタ、悪い子になっちゃってます(^^;)

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