進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】アルミン視点です。850年12月のウォールローゼ決戦の一局面であるトロスト区。そのトロスト区残置部隊50名の作戦参謀となったアルミンは、敵の来寇を前に思案に耽ります。


第9章、ウォールローゼ決戦
第69話、少年軍師(1)


 冷たく強い風が吹き付けてくる。トロスト区南門壁上にてアルミン=アルレルトは、街の外の荒野――壁外領域(ウォールマリア)を眺めていた。地平線の彼方には自分達が生まれ育った街シガンシナ区があった。

 

(お爺ちゃん、僕達はようやくここまできたよ。巨人達との戦いに勝てるかもしれないと希望をもてるようになったのだから……)

 アルミンは亡き祖父に語りかけた。アルミンは幼い頃、事故で両親を亡くしたおり、祖父は男手一つでアルミンを育ててくれた。禁書の図鑑などを閲覧させてくれており、壁の外には見果てぬ広大な世界がある事も教えてくれた。博学な今のアルミンがあるのは、祖父の薫陶のおかげだろう。

 しかしながら祖父は4年前の領土奪還作戦に動員され、そのまま還らぬ人となった。出征前に手渡された帽子が数少ない形見だった。難民の「口減らし」を意図したような施策で主導した憲兵団を憎んでいたが、所詮憲兵団も旧王政府首脳には逆らえなかったのだろう。当時、王政府首脳の食料危機に対する切迫感と甘すぎる見積もりがあの杜撰な作戦が採用された原因だった。当時の新聞(この世界では唯一の報道機関)も領土奪還を煽る記事一色だった。敵巨人勢力側の侵食工作の影響もあったようだが正確なところはわからない。

 

 祖父亡き後、開墾村での一年間の疎開生活を経て、アルミンはエレン・ミカサと共に訓練兵団に入団した。アルミン自身は兵士としての技量は最低ランクであり、座学の成績が考慮されて辛うじて訓練兵団課程を修了することができたのだった。

 訓練兵団解散式の翌日に起きたトロスト区防衛戦。初陣で親友エレンを喪い、同期の半数以上が死傷するという痛ましい事態に直面する。敵は最精鋭の調査兵団の留守を狙ってきており、人類側は彼ら(巨人化能力者)の存在すら知らなかったのだから、結果は明らかだろう。

 トロスト区が今日も人類側の領域であり続けているのはユーエス軍(リタ達の秘密結社、現在のヴラタスキ侯爵家)が加勢してくれたからである。人類の戦力だけでは撃退は困難だった。アルミン・ミカサ・クリスタの3名は成り行きでそのリタの配下に加わることになったが、これはリタ達が自分達の能力を買ってくれたからだろう。

 現在、アルミンは総統府からの推薦でトロスト戦区の作戦立案を任される事になった。巨人に関する深い知識と潜入工作員(アニ)謀殺などの戦功を考慮した結果だと上官のリタから聞かされていた。

 

(エレン……。巨人を駆逐するという君の願い、僕が引き継ぐから)

 アルミンはトロスト区の街並みが眺めながら、静かに誓いを立てた。

 

「おーいっ! アルミン! これでいいのか?」

 離れた場所からコニーが呼んでいた。コニーを含む新兵達は藁人形制作を終えた後、南門壁上に設置作業を行っていた。むろんアルミンの指示である。

「あ、いくよ」

アルミンは駆け足でコニー達のところに向かった。

 

 南門近くの壁上砲台は撤去されずそのまま残っている。撤去作業の手間も馬鹿にならないし、それに囮として使えるなら残したままでよいとアルミンは判断していた。百体以上の藁人形はコートと帽子を羽織っており、遠目からだと兵士と区別が付かないだろう。さらに何本もの旗や幟が翻っており、いかにも臨戦態勢を取っているように見える。

 

「うん、いいと思う。風に飛ばされないようにしっかりと固定しておいてね」

「へーい」

 アルミンの回答にコニーにそう返事した。

 

「なあ、アルミン。これって本当に効果があるのか?」

ジャンが訊ねてくる。

「やってみて損はないと思う。勘違いして全力攻撃してくるなら、それはそれで奴等に無駄な力を使わせると思うから」

「そんなものかな……」

ジャンは首を傾げながら呟く。

「ねぇ、アルミン。ペトラ先輩はここトロスト区には来ないの?」

ミーナが質問してきた。ミーナはペトラに憧憬の念を抱いているらしく気になるようだった。

「うん、ローゼの決戦部隊に参加すると聞いているよ。詳しくは知らないけど」

決戦部隊とはリタ直率の侯爵家第一軍・リヴァイ特務部隊・調査兵団本隊からなる人類側の最精鋭部隊である。ローゼ郊外の工業都市に集結している事は知っているが、詳細な作戦運用についてまではアルミンも知らされていない。

「そっか」

「あちらはリヴァイ兵長を始め強兵(つわもの)揃いだし、侯爵夫人もいるから心配しなくていいよ。僕達は僕達の任務を達成することを考えないと」

「えーと、巨人化能力者を逃がさないって事だったよね?」

「うん」

「なぁ、アルミン。奴らはトロスト区に来るって決まっているわけじゃないだろ? もしかしたら迂回して別の城塞都市なり壁を破ってくるかもしれないんじゃないか?」

ジャンが疑問を挟んだ。

「そうなんだけど、奴等は壁はなるべく壊したくない理由があるみたいなんだ」

アルミンはややぼかした回答をした。実際、アルミンはリタからの情報を得ているので、本当の理由を知っている。しかし知っている事をあえて口外する必要はないだろう。教える必要のない情報は教えない。これが機密保持の鉄則だった。

 

「そうなのか?」

「うん。ウォールマリアの壁で破壊されたのも結局シガンシナ区の門だけで、前回の戦い(トロスト区防衛戦)も門しか壊されていない。何百体もの巨人を操る力があるなら、街以外の壁だって壊せるはずだから」

「なるほどな」

「へぇー、そうなんだ」

 

「ねぇ、アルミン。街から信号弾が上がってるよ」

 少女新兵の一人が声をかけてきた。トロスト区の街の一角から作業完了の知らせを意味する信号弾が上がっていた。ミタビ班長の駐屯兵団が主体となって進めていたトロスト区内の井戸を埋める作業が完了したという事である。巨人を主体にしているせいか敵は兵站の概念が乏しいようだ。確かに戦士(巨人化能力者)だけならそれほど物資は必要ないかもしれない。それでもゼロという事はなくどこかで水や食料の調達をするはずである。アルミンが市内の井戸を潰したのは、敵の兵站の弱点を突く意味があった。

「了解の旗を振ってください」

 アルミンはその少女新兵に命令した。自分達は壁上にいるので壁外からでも目立つ信号弾を使うわけにはいかないからである。

「はいな」

少女新兵は大きな旗を振って、返信していた。

 

 

 数分後、アルミンの胸ポケットが振動した。シャスタから貸与されているペンダント型の通信機である。少し仲間達と離れた壁際に行き、応答する。シャスタからの入電でアルミン達3人に対するものだった。

『こちら02(シャスタ)09(ミカサ)10(クリスタ)11(アルミン)に緊急連絡! 敵の前衛集団、約500体がトロスト区南方20キロ地点に到達。まもなく視界内に現れます』

「!?」

今朝方シャスタから連絡があったとおり、侵攻を開始した敵群がトロスト区近郊まで迫ってきているということだった。前衛だけで500体の規模である。リタの予想どおり過去最大規模の侵攻になることは間違いなかった。

『敵に分派の動きはありません。敵の全個体がトロスト区に向けて進撃中です。無理せず慎重に行動してください。武運を祈っています』

「了解」

アルミンは通信を終えると、仲間達に呼びかけた。

「もうすぐ敵が来ます。作業を急いでください」

「え? まさか……」

仲間達は半信半疑の様子だった。それでもアルミンは繰り返して喝破をかける。アルミンの強い主張に押されて、新兵達は作業を急いだ。

 

 やがて南側の地平線の彼方に微かに黒く揺らめく影が出現した。その影は徐々に大きさを増していく。土煙だった。地平線の彼方からでもはっきりと見えるほどの土煙。どれほどの数の巨人がいるのか想像するのも憚れるほどだった。同期の訓練兵達も初めて見る異様な光景に驚いた様子だった。

「お、おい! あれは……」

「や、やつらが来たんだ」

「ほ、本当にきやがった」

「あわわ、アルミンの言ったとおりですよぉ……」

「もう時間切れです。作業は中止! 未設置の人形は街側に投棄っ!」

 アルミンは同期達に命令した。本来の上官はイアンだが、この場にいる最上位階級者は自分だった。

「アルミン。奴等が来るまで時間があるのでは?」

ジャンが疑問を投げ掛けてきた。

「いや、巨人の視力は人間よりも上だよ。それに奴等だって双眼鏡を持っている可能性だってあるよ。すぐにここから離れて退避壕へっ!」

「わ、わかった」

アルミンの指示どおり、同期の新兵達は未設置の人形を壁上から街側に投棄したのち、退避を始めた。

 

 15分後、市内に戻ったアルミンは分隊長のイアン達と合流した。新兵達や他の兵士達は皆地下壕に退避、もしくは退避中だった。

鐘楼(しょうろう)に登って観測したいだと!?」

イアンはアルミンの申し出に驚いていた。ミカサとクリスタは心配そうにアルミン達の会話を見守っている。

「はい、戦士に率いられた巨人達がどのように街を攻撃するのかを観察したいと思っています」

「しかしだな、この街はまもなく巨人達が占拠するんだぞ。死にに行くようなものじゃないか?」

「いえ、夜まで待てば、暗闇に紛れて塔を下りることができます」

「ダメだ。参謀のお前にそんな危険な事はさせられない」

「我々人類は巨人に関して知らない事がまだまだ多いです。特に巨人を兵器としてどのように用いるかは敵の手を知る上で必須です。どうかお願いします」

「……。仕方ない。誰かを護衛を付ける事を条件に許可しよう」

イアンは折れて条件を出してきた。

 

「じゃあ、わたしが……」

「わたしが行きます!」

 ミカサが挙手して申し出ると、クリスタが割り込んできた。

「クリスタ、わたしは強い。あなたよりもずっと。護衛ならわたしの方が適任」

ミカサは言葉足らずの主張でクリスタを退ける。

「っ!?」

クリスタは悔しそうにミカサを睨みつけた。ミカサの実力が熟練兵(ベテラン)級であることは周知の事実で言い返せないようだった。一旦、視線を落としたクリスタは縋るような視線をアルミンに投げ掛けてくる。

「で、でも観測が目的なんでしょ? 機械の操作ならわたしが一番できるし、ね? ね?」

クリスタは何か必死で思いつめたような表情だった。

 

 アルミンはクリスタが最近、自分に好意を持っていてくれることは薄々気付いていた。リタの秘密結社に入社して以降、一緒に勉強や演習する機会が多かったせいで距離も近くなった事もある。それでもアルミンにとって初恋の人はミカサだった。ミカサには親友エレンが居る、自分とミカサが結ばれることはないだろうと思っていた。しかしエレンが死んだ現在、エレンには申し訳ないが自分にも機会がめぐってきたのだった。

 

(嫌な奴だな。僕は……)

 アルミンは自分の卑しい考えに自己嫌悪に陥った。




【あとがき】
敵巨人の大群がトロスト区に迫ってきます。その準備に追われているアルミン達トロスト区残置部隊。

アルミンの祖父は原作どおり、4年前の奪還作戦に強制動員されて未帰還(事実上死亡確定)。両親の最後については、原作・アニメ・BeforeTheWallそれぞれで設定が異なりますが、当小説では単純に事故死としています。



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