クリスタの突然の申し出にアルミンは戸惑った。この件(敵状観察)は上官のリタと話はしていたが詳細まで詰めていたわけではない。リタはローゼ決戦の準備工作や作戦指示に奔走していて、それゆえアルミンにはかなりの自由裁量が認められていた。
(どうしよう?)
アルミン・ミカサ・クリスタの三名は通信端末を持つ連絡兵も兼ねていて、うち一名はこの部隊(臨時編成分隊)を束ねる分隊長イアンの傍らに控えている必要がある。つまり二人共同行を認めるわけにはいかないのだった。物分りのよいはずのクリスタがなぜ自分との同行に拘るのだろうか?
(ミカサを連れて行くべきだろうけど、クリスタの事も気になるし……)
決戦を前にしてクリスタは情緒不安に陥っているのかもしれない。
「……。ミカサ、付いて来て」
迷ったがアルミンがそう告げた。ミカサは頷く。クリスタは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「クリスタ。もうじき巨人の大群がこの街に来る。すごく危険。あなたではアルミンを守りきれない。それに……」
ミカサはちらっとアルミンの方を窺う。
(ん?)
「アルミンは兵士としては一番弱い。訓練兵団課程を修了できたのが奇跡だから……」
ミカサはアルミンを下げた。確かに否定できない事実だが、初恋の人から告げられるのはきつかった。
「ミ、ミカサ。そこまで言わなくても……」
「大丈夫、あなたはわたしの家族。必ず守る」
「か、家族って!? やっぱりミカサはアルミンの事を……」
クリスタは”家族”の単語に敏感に反応した。
「うん、家族。アルミンもクリスタもわたしの可愛い妹だから」
「へっ!?」
「あっ!?」
「……」
一瞬、沈黙が支配する。次の瞬間、先ほどの悲壮な顔をしていたクリスタが吹き出した。
「あははっ。そ、そうなんだ~。アルミン、妹なんだ~」
クリスタはお腹を抱えて笑っている。見ればミカサの口元にも若干笑みがあった。つまり今の発言はアルミン弄りだったのだ。アルミンも自覚はしていたが少し女装するだけで女の子に間違われる容姿だった。
「あははっ。く、苦しい」
「み、ミカサ。ひどいよっ! クリスタも笑いすぎっ!」
「ご、ごめん。あははっ……」
壷に嵌ったのかクリスタは笑いを抑えきれないらしい。
「お前ら、そろそろ……」
さすがに見かねたのか自分達の様子を見守っていたイアンが声を掛けてきた。
「す、すみません」
「じゃあ、ミカサ、アルミンをお願いね」
クリスタはすっかり機嫌が直ったらしく笑顔だった。ミカサはこくりと頷く。話が丸く収まったのは良いが、アルミンは精神的ダメージを受けていた。
(ミカサから見て僕は妹なんだ……)
冗談と本音が混じっているだろうがミカサからすればアルミンは男性とは思われていない。恋愛以前の段階だった。
「無事で帰ってきて。待ってる」
「う、うん」
手を振った後クリスタはイアンと共に地下壕へと駆けて行った。気を取り直したアルミンはミカサと共に立体機動装置を使ってトロスト区駐屯兵団本部建物に向う。この建物にある
鐘楼に登ったアルミンとミカサは
『こちら
「こちら
シャスタから緊急連絡が入った。ついに敵が
(さあ、どうくる?)
アルミンはミカサと共に鐘楼の窓際に伏せて敵が来るのを待った。数分後、トロスト区南門の空に黒い何かが多数飛来してくる。人だった。敵はトロスト区の中に人を投げ込んできたのだった。壁を越えて次々に投げ込まれてくる人々。路面や建物の屋根に落下してくる。半数ほどは即死したらしく動かなくなったが、幾つもの場所で発光現象が起こり煙の中から巨人が現れた。それだけでなく空中で巨人化した個体もあり、建物が次々と破壊されていった。
(こ、これが巨人化投擲!?)
アルミンとリタは事前に敵の攻撃パターンの
「ひどいね」
ミカサは非道極まりない敵の戦術に感想を漏らした。
「うん。絶対に負けられないよ」
アルミンはそう答えた。巨人化させられた人々は奴隷か死刑囚なのだろうが、彼の国において人の命がどれほど軽く扱われているかよく分かる証左だった。人類が敗北すれば絶滅、かりに絶滅を逃れたとしても隷属された挙句、目前の人々のように使い捨てにされるのはほぼ確実だろう。
街中に突如出現した100体以上の巨人、無人のトロスト区を幽鬼のようにフラフラと徘徊している。市民はとっくに避難済、守備兵も地下に隠れているので捕食対象が見つからない様子である。
「
「そうね」
一度巨人化したら戻せない以上、敵の持つ残弾(巨人化前の人間)は減るだろう。兵士に似せた藁人形を壁上に設置したアルミンの狙いどおりである。
さらに待つ事数分、南門壁上に巨人ではなく敵の兵士が乗り込んできた。反撃してこない事で疑問を持ったようだ。藁人形を検分している様が観察できた。敵兵の数は十名程度である。
(残念でした。ただ藁人形を置いただけじゃないよ)
次の瞬間、砲弾を入れていた弾薬箱が爆発した。砲弾すべてが誘爆し、爆風が至近距離にいた敵兵をなぎ倒す。1人除き敵兵達は爆風で吹き飛ばされて壁から落下、50m下の地面に叩き付けらていった。
この爆発はアルミンが弾薬箱に仕掛けたブービートラップであり、リタからの直伝である。巨人化能力者であっても、50mの高さから落ちたらまず死ぬだろう。巨人化を発動するには自傷行為だけでなく意志も必要であり、爆発で即死に至らなくてもショック状態ではまず発動できない。まして地上に叩きつけられるまでの数秒間では不可能といっていい。事実、街側に落ちた個体からは巨人化する様子は見られなかった。敵の兵士全員が巨人化能力者(戦士)とは限らないが、最優先攻撃目標を10体近く仕留めた事になる。
「さすがね、アルミン。これであなたの巨人討伐数は10」
「い、いや。あの罠を教えてくれたのはコマンダーだよ。僕は応用しただけだよ」
「それでもあなたの戦果」
「ま、まあね……」
生き残った敵兵の一人が突如、南門壁上で巨人化した。10m級の巨人である。仲間を殺された事で怒り狂ったらしく残っていた藁人形や大砲を蹴り飛ばしていた。だが残ったもう一つの弾薬箱を蹴った瞬間、再度爆発が発生する。足首を吹き飛ばされたその巨人はバランスを崩した後、壁の向こう側へと落ちていった。
(戦場で冷静さを保てない奴は死ぬ。敵でも味方でも……)
敵の自滅をアルミンは冷静に見ていた。敵の戦士(巨人化能力者)はライナー・ベルトルト・アニの例でも分かるように少年少女が多い。洗脳しやすいという事情があるのだろうが、その分、精神的に脆い部分があった。たった今、自滅した巨人もおそらく少年か少女だったのだろう。
「これで1、2時間は稼げるよ。そうすればトロスト区を突破しても日中にエルミハ区まで侵攻できない。どこかで夜営する必要があるよ」
「うん」
「後は
「そうね……」
ミカサはどこか返事が虚ろである。見ればミカサは空を眺めていた。
「アルミン、空を見て」
「空?」
アルミンが視線を空に遣ると、曇り空がさらに曇ってくる。強い風の中、雪が僅かに舞っていた。
「雪か……」
「これ、よくないと思う……」
「そ、そうだね」
アルミンとミカサは自分達秘密結社(ヴラタスキ侯爵家)の切り札である気化爆弾の存在は知っている。前回同様、気球を用いた空爆を決行するらしい事も聞いていた。その最大の障害となるのが天候だった。吹雪になれば気球は使用できない。
(大丈夫かな?)
リタとシャスタは天候については予測しているはずなので、何らかの対策が打たれていると信じたかった。
【あとがき】
ミカサの機転(?)によりクリスタを宥めることに成功しました。でもアルミンは精神的ダメージ(^^)
トロスト区残置部隊の作戦参謀となったアルミンが指示した準備工作は以下のとおりです。
・南門壁上に兵士に似せた藁人形を配置。敵側に守備隊がいると誤認させる
・南門壁上砲台の弾薬箱にブービートラップ。検分に来る敵兵を狙う(巨人化能力者なら大戦果)
・市内の井戸を破壊。敵の水の補給を妨げる。
リタ・アルミン達は敵の巨人化前人間の投擲は予想済みですので、敵に無駄弾を使わす意味で藁人形は配置されていました。アルミンは罠により巨人化能力者(戦士)を最低1体以上仕留め、敵巨人勢力の出鼻を挫くことに成功しました。
とはいえ敵の総数は三千を超えていますので、戦局に影響するほどの戦果というわけではないです。そして悪い事にシャスタの予想どおり、天候が悪化してきます。