進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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トロスト区が陥落し、敵巨人勢力はウォールローゼ内への浸透を開始している。
ウォールローゼ南西工業都市に布陣した決戦部隊(リタおよび調査兵団)は
圧倒的多数の巨人を擁する敵群を撃滅すべく起死回生の作戦を企図する。

【追記】リタが他の兵団幹部を呼ぶ時の呼称に敬称をつけました。その他細かい修正です。(4/25)




第73話、決戦部隊

 850年12月8日、午後7時

 

 窓の外は強い風と共に雪が舞っていた。朧げに見える建物の屋根は雪で白く染め上げられている。ウォールローゼ南東、山に囲まれた盆地にある工業都市は人の営みの灯りが消え暗闇に包まれていた。これは総統府からウォールローゼ南側領土全域に対して避難命令が発令されていて無人の街と化してからである。この街に残る者は兵団関係者だけだった。

 決戦部隊の司令部が置かれている工房の建物は兵士達の詰め所となっており、その中の一室にリヴァイ、ケニー=アッカーマン、そしてケニーの部下で元対人制圧部隊の兵士達がいた。リヴァイを除くケニー達はカードゲームに興じている。ちなみにケニー達はリタ直卒の囚人部隊扱いの為、戦闘直前まで武装する事はおろか武器に触る事も禁止されており、この建物の一区画のみ行動が許されていた。リヴァイは監視を兼ねてこの部屋に来ていた。

 

「レイズっ!」

「受けて立つぜっ!」

「オレもコールだっ!」

「おっし! オープンっ!」

「……!? うはー、やられたっ!」

「くくっ! 親の総取りだな!」

 ケニーは卓上に置かれたチップを自分の手元に寄せた。

「アッカーマン隊長、強すぎますよっ! これで何連勝ですかっ!」

「かかっ! この程度の見極めぐらい造作ないってんだよ!」

「リヴァイさんもしませんか? 一矢報いてくださいよ」

 兵士の一人がリヴァイに声を掛けてきた。

「オレはやらんっ! くだらねーぜ」

リヴァイは苛立たしい気持ちを隠そうとせずあしらった。革命後、侯爵夫人(リタ)に服従したケニー達とは形式上は味方である。しかしケニー達は革命前夜の巨人による本部襲撃事件の犯人達であり、多くの部下が殺傷された恨みをリヴァイは忘れていない。ケニー達対人制圧部隊もまたリタの報復爆撃により壊滅的打撃を受けているが、それは自業自得だと考えていた。

 

「おいおい、リヴァイ。そう邪険にするなよ。どうせ今は待ち時間でやる事もねー。無人の街じゃ女も酒もないしな」

「言っておくが、おめーらは死刑判決を受けて執行猶予中の身だぞ。この戦いで戦功がなければどうなるのかわかってるんだろーな?」

「くくっ! そんなの脅しにもならねーぜ、リヴァイ。今の状況、よく考えてみろよ。人類全員、巨人の連中からの死刑宣告されているようなものじゃねーか」

 ケニーの指摘は一理あった。壁内世界は今、史上最大規模の敵巨人勢力(神聖マーレ帝国)の侵攻を受けている。すでにトロスト区は陥落、ウォールローゼ内に続々巨人が侵入している模様だった。吹雪のおかげで敵の行軍は相当鈍っているようだが、明日にはエルミハ区が襲撃を受けてもおかしくない。ウォールシーナが陥落すれば、もはや人類の安全な居場所はなくなる。すなわち人類滅亡ということになる。

 

「そこは侯爵夫人が……」

「くくっ。侯爵夫人様も承知のはずだぜ。”勝てるかではなく勝つしかない”とな。今回の敵は過去最大規模っていうじゃないか? まっ、まともに考えたら勝ち目はかなり薄いよな」

「……」

「要は慌ててもしかたねって事だ」

「ふん」

「隊長、次のゲームといきましょう」

「おう」

ケニー達はカードゲームを再開した。

 

 しばらくしてドアがノックされる。若い調査兵の一人が伝令としてやってきた。

「リヴァイ兵士長、侯爵夫人様がお呼びです。至急、本部会議室までお越しください」

 リヴァイの現在の正式な役職は総統府直属特務部隊の隊長であるが、長らく調査兵団の役職で呼ばれていたため、いまでも”兵士長”で呼ばれることが殆どだった。

「わかった」

 リヴァイはすぐに腰を上げて部屋を出る。ちらっとケニー達の様子を窺うと相変わらずカードゲームに興じていた。

 

 リヴァイが会議室に入ると、決戦部隊の最高幹部達が既に顔を揃えていた。全軍の総指揮を執る侯爵夫人リタ=ヴラタスキ、調査兵団団長ミケ=ザカリアス、空挺兵団団長リコ=フランチェスカの3名である。

 会議室のメインテーブルの上には地図が広げられている。言うまでもなく南方領域全域が描かれた戦略地図である。リヴァイが敬礼の後、着席するとリタが語り始めた。

 

「王都からさきほど知らせがあった。作戦に若干関係するので伝えておく。ロッド=レイス卿を処刑したとの事だった」

「……」

 リヴァイは特に驚かなかった。レイス卿は真の王として3ヶ月前までは壁内世界の最高権力者だったが、調査兵団を始めとする進歩派に敵対的で中央第一憲兵団を使っての弾圧拷問粛清などの裏工作を行ってきた張本人である。巨人勢力に対する宥和政策、いや売国政策が今の壁内人類の苦境を招いた事を考えれば処刑は当然すぎる措置だった。むしろ遅すぎたと言っていいぐらいである。リコもミケも無言のまま何も発言しなかった。

 

「では現在の状況についてだが……」

 リタは引き続き状況説明を行う。観測班(シャスタ)からの報告によるとウォールローゼ内には午後6時時点で2700体の巨人が侵入してきており、最終的には3000体を超える見込みだった。幸か不幸か天候が吹雪になった事により、巨人達の進撃は大幅に鈍り、トロスト区から概ね10km圏内に留まっているという。敵の主力である戦士(巨人化能力者)達はトロスト区内に留まっており、今夜はそこに留まる様子だった。敵随伴歩兵約二千も同様である。さらに護送車に入れられた奴隷らしき囚人達も確認されており、この囚人達は無知性巨人の素材である事はほぼ確実だった。現時点で確認されている人類側の死者はゼロだが、これは単に戦場から兵士・住民が撤退していて巨人と遭遇していないだけである。

 

「敵の将校達が兵士達を前に演説したそうだ。傍受したところによれば明日夜明けと共にトロスト区を進発、一直線にエルミハ区に向かってくる模様だ」

「いよいよ明日ですな」

「そうなるな」

 ミケの発言にリタは答えた。

「観測班からの報告だが、明日以降も天候は回復する可能性は少ないようだ。従ってリコ殿、貴女達に準備させていた気球を使った爆撃(オプション)は使えない」

「それは致し方ありません」

リコは答えた。リコの空挺兵団は旧ハンジ技術班を引き継いでおり、兵団と名がついているものの、現時点では実験部隊に近い性質のものだった。いずれ飛行兵器の開発が進めば、実を伴ってくるはずだろう。

 

「とはいえ、我々の作戦目標は変わらない。敵司令部ならびに敵主力を我が侯爵家が保有する新型爆弾で吹き飛ばす」

「……」

 リコやミケも固唾を呑んでリタの言葉を聞いている。新型爆弾とは森に隠れていたケニー達対人制圧部隊を壊滅させた代物である。あの一発で森が消滅し、王宮前広場並の空き地を出現させたのだった。なおこの爆弾については報道管制が敷かれている為、知っている者は兵団関係者に限られている。

 

「前回のは小型だったがな」

「!?」

「あ、あれで小型ですか!?」

 リコは驚いていた。それはリヴァイも同様だった。道理でリタが自信を持っているわけだった。(今回の爆弾は)トロスト区級の城塞都市を消滅させる程の破壊力があってもおかしくないかもしれない。

 

「吹雪のため気球は使えないが、代わりに降伏を名目とする使者を送ることにした。その使者が敵の指揮官と謁見したところで例の爆弾を使うことになる」

「……」

「使者の人選は既に考えている。一人は私だ」

「なっ!?」

「ま、待ってください。総指令官自ら敵の大群の中に赴こうというのですか? いくらなんでも無謀すぎますっ!」

リコは驚いてリタを引き止めにかかった。リタは首を振って否定する。

「いや、私が行かなければならない。理由は二つだ」

「どういう事でしょうか?」

「一つ、この新型爆弾は完全に動作保証できるものではない。なんらかのトラブルが起きた場合、対処できる技術者が必要なのだ。その技術を持つ者は私とこちらの技術主任だけだ」

「……」

「二つ、起爆動作(シーケンス)に入ってから敵中を突破して離脱しなければならないが、その為には高い戦闘技量が要求される。その点、わたしなら単独(ソロ)で15m級巨人を討伐した実績があるから問題ないだろう」

「……」

リタ個人が卓越した戦闘技能の持ち主である事はこの場にいる全員が知っている。同盟締結後、リタを交えた合同軍事演習を行っているからだ。その際、壁外の巨人掃討も行っており、リタ一人で20体あまりの巨人を軽く討伐していた。不思議な甲冑(機動ジャケット)の力で重量150kg近い戦斧(バトルアックス)を振り回すのがリタの戦い方らしかった。

 

「となるともう一人はオレという事だな」

 リヴァイは自身が人類最強の戦闘力保持者であると自負していた。もっともそれだけでは巨人達に打ち勝つには到底足りていない事を実感しており、強力な武装と高度な情報収集能力を持つヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)の登場は心底有り難いと感じていた。リタは頷いて歓迎の意志を示す。

「リヴァイ兵士長、よろしいのですか?」

リコが訊ねてきた。

「ああ、問題ない。共に戦ってこその同盟軍だと思うからな。頼もしい味方――侯爵夫人と共闘できるならオレとしては願ったりだな」

「後一人はオレか?」

ミケが手を挙げた。ミケは調査兵団ではリヴァイに次ぐ実力者である。

「いや、ザカリアス殿。貴方には調査兵団を率いて敵主力が壊滅した後の掃討戦を担当してもらいたい」

「……。わかった」

「では誰を?」

「ケニー=アッカーマンを考えている」

リタは意外な人物の名前を出した。確かにケニーは高い戦闘力の持ち主だが、レイス家の親衛隊長でつい2ヶ月前まで敵側だった人物である。信頼性には程遠いだろう。

 

「ケニーだと!? 奴はただの殺人鬼じゃないか!? あいつのせいで部下が大勢殺された。クリスタの母親も殺している。それ以外にもどんな汚い仕事をしていたかわかったもんじゃないっ!」

「わかっている。それでもリヴァイ殿、貴方に彼を説得してもらいたい。むろん私の直属の囚人部隊だから強制できるが、できれば志願してもらいたい」

「……」

「リヴァイ兵士長……」

ミケとリコの視線が注がれる。

「わかった……」

リヴァイは納得したわけではなかったが、リタの言葉に従った。

 

 

 その後、いくつかの段取りを確認した後、会議は散会となった。リヴァイは部屋に戻ると相変わらずカードゲームに興じていたケニーに声を掛けた。

「ケニー。話がある」

「ほう? 甥っ子が伯父さんに甘えたくなったか?」

「っざけんなっ!! 二度と伯父とか甥とか口にするんじゃねっ!」

ケニーの戯言にリヴァイは激昂した。危うく抜刀しそうになったが、辛うじて自制して睨みつける。ケニーがリヴァイの伯父である事はフリーダ=レイスから聞かされて知っていた。親族だからと言って今更、親愛の念が持てるわけではなかった。

 

「おいおい、そんな怖い顔すんなって。冗談だよ」

「ちっ! 真面目な話だ。廊下で話す」

「わかったよ。お前ら、オレはしばらく抜けるぜ」

「了解です。隊長」

ケニーは席を立つと、リヴァイと共に階段の踊り場に来た。

 

 リヴァイはリタの切り札(超大型爆弾)を伏せて作戦の概要を説明した。

「というわけだ。できれば志願して……」

「いいぜ」

「えっ!? いや、その……」

リヴァイはケニーが即答するとは思っていなかったからだ。

「ん? 何を驚いてやがる」

「千、いや二千を超えるかもしれない巨人の大群のど真ん中にたった数人で乗り込むんだぞ。普通、生還は無理だと思うだろ?」

「くくくっ。いいねぇー。最高の舞台じゃないか? リヴァイ、そう思わないか? 敵のが多ければ多いほど燃えるよな。それにあの侯爵夫人様の事だ。勝算ありと踏んでるんだろうな。やっぱ、考える事が違うよな」

ケニーは満面の笑みで答えた。

「わかった。侯爵夫人にはお前が承諾したと伝えておく。お前の部下達は……」

「オレが聞いておくわ。俺の酔狂に付き合うかは奴等次第だから責任は持てねーぜ」

話が終わるとケニーはさっさと部屋に戻っていった。リヴァイはどうにも納得できなかったが、報告のために会議室に戻った。

 

「そうか、承諾したか」

「例の爆弾についてはむろん教えていない。あいつが土壇場で裏切る可能性があるからな。本当に奴を信用しているのか?」

「いや、信用はしていない。ただ彼の性格ならおそらく引き受けるだろうとは思っていた」

 リタは性格分析をした上でケニーを使うことにしたようだ。そもそも裏切り予防措置を講じていないはずがないだろう。リタは情報漏洩を特に恐れていたことは、自分達人類と同盟を組むまでの過程(プロセス)を見ればよくわかる事だ。当然といえば当然だがリタは自分にもエルヴィンにも手の内を全て明かしていないだろう。

 

「決戦は明日だ。今晩はゆっくり静養して英気を養っておくといい。リコ殿達にもそう伝えた。何かあれば知らせよう」

「わかった」

 リヴァイは会議室を退室すると自室に向かう。廊下から窓の外を見遣る。吹雪で外が荒れていた。

(あの日も天候が悪かったな……)

リヴァイは調査兵団に入団した直後の壁外遠征の時を思い出していた。今から10年以上昔の話である。その壁外遠征で地下街で過ごした大切な二人の仲間が巨人に喰われたのだった。天候が悪化して視界が悪い中、巨人の接近に気付くのが遅れたためだった。今度の戦い――ウォールローゼ決戦もその轍を踏まないか不安は尽きなかった。

 




【あとがき】

 降伏の使者を装って敵の大群の中に乗り込み、新型爆弾を陸送するのがリタの策です。その人選は、リタ本人、リヴァイ、ケニー。生還の望みが薄い投機的な任務となります。敵の数が多すぎるため、まともに戦っても勝てない以上、奇策を用いざるを得ないのも仕方ないでしょう。

 具体的なキャラ名は出しませんでしたが、リヴァイが最初の壁外遠征で仲間を喪ったというのは原作「進撃の巨人外伝 悔いなき選択」に基づいています。

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