進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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パラディ島勢力(壁内人類軍+ヴラタスキ侯爵家)vs 神聖マーレ帝国軍(巨人勢力)
エルミハ区(ウォールシーナ南突出区)において初バトルとなります。

マーレ側に訓練兵ウド・ゾフィア登場。

【修正】一部文言・セリフを修正。ゾフィアの発言など。(2018/5/18)
またエルミハ区防衛隊の砲撃に壁上砲台が使われていない事を明示しました。
(理由は次話以降)


第74話、エルミハ区の戦い(1)

 850年12月9日、午前8時

 

 エルミハ区南側壁上から見えるウォールローゼの平原は一面銀世界に覆われていた。一晩降り続いた雪のせいだった。吹雪は幾分収まっていたが強い風が吹き付けてくる。風の音に混じって大砲の砲撃音が散発的に轟いていた。エルミハ区防衛隊(駐屯兵団)の兵士達が大砲の試射を行っているのだった。

 ウォールローゼ南領域から避難してきた人達の大半は、エルミハ区北側に設けられた臨時の仮設テント群や兵団政府が借り上げた民家に詰め込まれおり、食料や毛布といった物資の配給も満足に行き渡ってはいない。それでも大きな騒乱は発生してはいなかった。兵団政府から全国民に敵巨人勢力の大侵攻が迫っている旨を告知されており、人々の関心はもっか戦いの帰趨(きすう)にあったからだ。同盟軍(ヴラタスキ侯爵家)の加勢があるとはいえ、この戦いに勝てるのだろうかと。

 

「まさかエルミハ区で戦う事になるとは……。驚きです」

「オレもだ。5年前はシガンシナ区、3ヶ月前はトロスト区、そして今はここ(エルミハ区)だ」

 駐屯兵団ハンネス隊長は部下と壁上で監視を続けながら話していた。

「オレ達人類はこれ以上後退する事は出来ない。ここが人類と巨人の最前線であり崖っぷちなのだからな」

ハンネスは事実を指摘した。ウォールローゼが巨人の領域と化しつつある現在(いま)、ここを抜かれてしまえば王都まで巨人の侵攻を阻む障害は存在しない。すなわち、ここが人類の最終防衛(ライン)である。

 

「……」

「どうした?」

「いえ、トロスト区の残った味方の安否が気になります。たった50人でしょう? 今や巨人の領域に飲み込まれた場所ですから」

トロスト区に残った味方とはイアンの残置部隊のことである。仮にこのままウォールローゼが巨人の支配下に置かれた場合、生還は絶望的になるだろう。人類最精鋭といわれる調査兵団ですら過去幾度となく行われた壁外調査で甚大な犠牲を強いられてきたのだから。

 

「ああ、オレ達は知らない方がいいだろうな。司令部は何か考えあっての事のはずだ。オレ達は司令閣下の指示に基づき迎撃に専念するべきだからな……」

 ハンネスは此度の迎撃作戦の発案者が参謀総長(エルヴィン)及び侯爵夫人(リタ)と聞かされていた。知恵者の二人が考えた作戦なら無意味な戦力配置を行うはずがないと思っていた。特にイアン達は駐屯兵団最精鋭であり捨石にするにしては惜しすぎる戦力だろう。

 

「ハンネス隊長と共に5年前に逃げ延びた子供達が訓練兵になっていたと聞いています。今回トロスト区に新兵達もいるとか……。彼らもそこに……」

「……」

 ハンネスは気が重くなった。逃げ延びた子供達とはエレンやミカサの事だったからだ。特にエレンの両親イェーガー夫妻には返し切れない恩があった。医者であったエレンの父グリシャは流行り病を患った妻を治してくれたからである。にもかかわらず5年前のあの日(トロスト区巨人襲撃当時)の際は、真近で見た巨人に恐怖して戦えずエレンの母カルラを見殺しにしてしまった。グリシャはあの日以来行方不明である。状況からして巨人に喰われた可能性が高いだろう。

 

「申し訳ありません。無駄話が過ぎました」

「……2人は無事だ」

「えっ?」

「一人は高い戦闘技術を、もう一人はとても賢い頭を持っている。無事だ。必ず還ってくる」

 ハンネスは遠くローゼの平野を見遣った。もう一人の子供、トロスト区防衛戦で未帰還(状況からして戦死)となったエレンについては語らなかった。

 

 

「ピクシス司令、侯爵家から緊急連絡です」

 エルミハ区駐屯兵団本部建物の執務室で司令ドット=ピクシスは幕僚唯一の女性アンカ・ラインベルガーから報告を受けていた。アンカは侯爵家(リタ)から貸与された”通信機”を持つ数少ない連絡将校である。ピクシス自身が通信機を持つ事も考えたが、几帳面で事務処理が得意なアンカに任せた方がよいと判断していた。

 

「なんと言っておるのじゃ?」

「はい、読み上げます」

 アンカはメモを取り出して読み上げた。

「先ほどトロスト区より敵が出撃したとの事です。500体ほどが先陣を切って前衛集団を形成。その後方に50両ほどの荷馬車が随伴している模様。敵の進撃速度からしてエルミハ区到着は3時間後、午前11時頃の見込み。エルミハ区守備隊は総力でもって敵を撃退せよ。武運を祈る。以上です」

「そうか、ついに来たか」

ピクシスは予想していたので驚くことはなかった。トロスト区に比べれば防備で劣るエルミハ区ではあるが、状況は絶望的というわけではない。なにより前回の戦いと決定的に違うのが奇襲ではないという事だった。同盟軍(侯爵家)から敵の襲撃を事前に知らされているので、準備万端で待ち構えることが出来る。”巨人投擲”という戦術についてもリタから事前レクチャーを受けているのでその対策も講じている。打てる手は全て打ってから敵との決戦に臨むという事である。

 

「よし、全兵士に通達。奴等(巨人)が来る。迎撃準備を整えろ。よいかっ! 今日この日この場所が人類の存亡を駆けた戦いとなるっ! いかなる犠牲を払ってもこの街を守り抜くのじゃっ!」

「はい!」

 ピクシスは死守命令を下した。勝敗の鍵は侯爵家第1軍ならびに調査兵団本隊からなる決戦部隊が敵司令部を撃滅できるかに懸かっている。敵の目を自分達に引き付ける損害吸収役となる事も辞さない覚悟だった。

 

 

 

 

 神聖マーレ帝国軍第二次パラディ島攻略部隊は戦士80名・無垢の巨人3100体・随伴歩兵2300名から構成されていた。占領した街(トロスト区)に負傷兵と若干の守備隊の置いた後、全力出撃、一路敵の根拠地ウォルシーナを目指して進撃を開始した。吹雪が吹き続ける中、雪中行軍である。視界は5キロもないが、見渡す限り大地は巨人の群れに覆われていた。

 

 エルディア義勇軍に所属する訓練兵ファルコは随伴歩兵の一人として仲間と共に四足歩行巨人に引かれる幌馬車の中にいた。同期のガビ・ウド・ゾフィアもファルコと同じ馬車に乗り合わせている。ウドは眼鏡をかけた少年で知性的に見えるがやや感情に流されやすく、一方ゾフィアはガビとは対照的に物静かで冷静な少女ではあるが、話を聞いているのかよく分からない所がある。二人共、訓練兵の同期の中ではファルコ達と一番気の合う仲間だった。

「いやはや、それにしても凄い光景だねぇ。見渡す限り巨人だらけだね」

 ウドは兵服の上にコートを羽織った姿で感嘆の声を上げた。ウドの言うとおりこれだけの巨人の大群を見るのはファルコも初めてである。

「うん、ちょっと壁の中の奴等が気の毒になるな。ある日、突然、これだけの数が巨人が襲ってくるんだからな」

「だよねぇ。悪魔の末裔達も今日が最後の一日になるでしょう。向こうにも戦士がいたとしても数体だし、楽勝だよね」

ガビも味方の圧倒的軍勢に気を良くして上機嫌だった。

「いや、でも奴等だって必死で抵抗してくるはずだよ。隊長も言っていたじゃないか? いくらこちらが優勢でも油断できないと思う。現にさっきの街でも罠が多数仕掛けられていたよ」

ファルコは慎重に言葉を選びながら出来うる限り仲間に注意を促すようにした。

「ファルコはホント心配性だよねぇ。初陣だからってビビってんの? だったら休暇取っておけばよかったのに……」

ガビはファルコの気も知らずそう述べる。確かに今回の出征は訓練兵にとって強制ではなく辞退も可能だった。戦功・昇進の査定には多少なりとも影響するらしく、また楽勝と聞かされているので参加しておいて損はないだろうというのが大多数の意見だった。軍上層部も錬度向上目的で訓練兵の参加も認めたらしい。ただしファルコ一人だけは違った。ファルコは志願した本当の理由は慕っているガビが心配だったからだ。

 

「や、休んでなんかいられるかよ。お、オレだって名誉マーレ人としての栄光、戦士を目指しているんだから」

 ファルコはすぐさま言い返した。戦士とは改めて説明するまでもないかもしれないが、巨人化能力を得た兵士の事である。帝国の陸上戦力の中核であり、マーレが列強最強国の座を維持している力の源だった。下級市民である自分達エルディア人の少年少女から毎年2~6名の戦士が選抜される事になっている。訓練兵のうち戦士になれるのは1割も満たず、高倍率だった。そして戦士は残り寿命が13年という厳しい掟があるものの、名誉マーレ人の資格が与えられ、地位と財産が約束されていた。

 

「ふーん、まあ、ファルコの今の成績じゃ、戦士は無理そうね」

「こ、これからだよ」

「まあ、がんばってね」

「ファルコは僕よりは見込みあるよ」

「ウド、あなた、もっと自信持ちなさいよ。やる気のなさが成績を下げているんだから」

「……」

 ファルコ・ガビ・ウドが和気藹々とやりとりをしている傍ら、ゾフィアはぼんやりと外の様子を窺っていた、

 

 

 それから2時間後、戦場が近くなるとファルコ達の会話も途切れ途切れになった。突如、幌馬車が激しく揺れる。

「うわー!」

「きゃっ!?」

馬車内で座っていたファルコは投げ出されて何か柔らかいものの上に顔を埋めて倒れこんでしまった。揺れが続きファルコは暫く動けなかった。

(ん? この柔らかいのは?)

揺れが収まりファルコは柔らかいものを弄りながら顔を上げるとゾフィアの覗き込む顔が至近距離に見えた。ファルコはゾフィアの胸を掴んで倒れこんでいたのだ。

「あっ!?」

「……」

「ちょっとファルコ! 何やってんの!?」

「ファルコ、お前、どさくさに紛れて何やってるんだ!?」

ガビとウドが語調を強めて非難してきた。

「わ、わざとじゃないよ」

「ゾフィアの胸をいじりまくってたじゃないか!? なんて羨まし……、じゃなくて怪しからん奴だ!」

「ゾフィア、貴女も何か言いなさいよ!」

「ただ当たっただけだから……」

一番冷静なのは胸を触られたはずのゾフィアだった。

(ゾフィアって意外と胸あるんだな。ガビよりは大きい。あっ、これ言ったら殺される!?)

ファルコは内心危険な事を考えてしまったが、さすがに言ってはいけない事は口にはしなかった。

 

「それより外を見て」

ゾフィアが外を指差す。急に道が悪くなった原因は枯れた川に差し掛かったからだ。川幅30mほどあるかと思える川らしき場所は水が枯れているらしく、砂利と石だらけでうっすらと雪を被っている。

「川!?」

「なんか変な感じ……」

ゾフィアは違和感を覚えたらしい。ファルコは特に疑問と思わなかった。

「そういう事もあるんじゃないか?」

「ここまで敵はおろか住民も一人も見かけていない。無垢の巨人達が捕食する事も全くないんだよ。でも嫌がらせの罠はあった……」

「うーん、でも次の街でやつらの出方を見ればわかるんじゃないの? まあ、これだけの大群相手だから抵抗しても無駄だろうけどね」

ガビはすっかり勝った気になっている。

「どうなるんだかね」

ウドは少し首を傾げながら答えた。

 

 正午近くになって吹雪が幾分収まってきた。幌馬車が停止し義勇兵の小隊長が大声で指示を伝えてきた。

「敵の街は目視の範囲内であーるっ! 訓練兵達はここで待機。これより第1陣の攻撃を開始する!」

第1陣はエルディア義勇兵主体で編成された部隊で、ファルコ達にとっては同郷の先輩兵士達にあたる。見知った顔も多く、自然と親近感を抱いていた。昨日の街(トロスト区)と同じ攻撃方法を取るようだった。まず盾役となる大型巨人を横一列に並べて前進させ、その後ろから巨人投擲部隊が続く。随伴歩兵が囚人(死刑囚もしくは神を冒涜した背信者達と聞いている)を護送車がら引き出して巨人化薬品を投与し、それを巨人化した戦士が投擲するという流れだった。街に投げ込まれた囚人は無垢の巨人と化し、討伐されるまでほぼ無期限に捕食を続けるという悪意の塊のような生物兵器だった。

 

 ファルコ達は幌馬車の中から遠くに聳える城塞都市を眺める。確かエルミハ区とかいう街だった。事前の説明では壁上に大砲が数十門並べられているという話だが、壁上に人影は見当たらない。

(どうなっているんだろう?)

ファルコは疑問に思いながらも味方の攻撃を見守っていた。

 

 壁の近くまで前進を続ける第1陣。壁から200mほどの地点まで近づいても敵は沈黙を守ったままだった。第1陣の兵士達は護送車より拘束されていた囚人を引き摺り出して次々に後ろ首に巨人化薬品を注射していく。その囚人を掴んだ巨人化した戦士が街に向けて投擲を開始した。

 

 その時だった。突如、第1陣が砲火に包まれたのだった。事前に予想されていた数十門どころではない、数百門はあるかと思われる大火力の砲撃である。盾として配置している大型巨人達を飛び越えて上空から飛来してくる砲弾の雨だった。一面を砲弾で隈なく叩く砲兵戦術――面制圧だった。

 

「なっ!?」

 ファルコは目を見開いて驚く。壁上には相変わらず人影は見当たらない。壁上にあると思われる大砲は沈黙したままにも関わらず、砲弾は降り注いでくる。巨人投擲を開始したばかりの第一陣はたちまち大混乱に陥った。投擲できずその場で巨人化してしまった囚人が多数発生したからだ。

「そ、そんな……」

「な、なんなの? これ?」

「ど、どういう事なんだよ?」

「どこから撃ってきているんだ?」

周りの訓練兵からも動揺の声が聞こえてくる。敵の砲撃に加えて多数出現した無垢の巨人、本来なら敵を蹴散らすはずの無垢の巨人達は近くの捕食対象―ー味方の随伴歩兵達に襲い掛かってきたのだった。複数の巨人に体を捕まれ身体を引き裂かれていく者、頭を齧られる者、手足を捥がれる者が続出した。鮮血が雪原を染めていく。壊滅していく友軍部隊をファルコはただ呆然と見ていた。


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