進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第75話、エルミハ区の戦い(2)

 850年12月9日、午前11時

 

「撃ち方、やめぇぃぃっ!」

 駐屯兵団隊長ハンネスは号令した。南門壁上の壁端にいた部下が市内に向けて手旗信号を振る。エルミハ区市内の広場や大通りには百門を超える臼砲(きゅうほう)が並んでいた。臼砲とは砲身が極端に短い大砲であり、射角は45度程度、弾道は高く命中精度が低いものだが、砲撃目標が決まっているなら問題はない。(今回は南門手前) なにより壁上砲台と違って移設が容易で、別の城塞都市が敵の攻撃目標となった場合でも1日もあれば対応可能である。また市内に設置することになるので壁上と違って砲弾の備蓄場所を十分確保できる、つまり弾切れの心配が少ないという利点があった。

 むろん臼砲自体は命中精度が低すぎて巨人相手に有用な兵器とは言えない。事実、調査兵団も駐屯兵団も過去に実戦配備した事はなかった。ただし通常の大砲よりも構造が簡単で、攻城砲としては有効なので反乱鎮圧目的として憲兵団がこれらを所持していた。革命後、兵団政府が接収して使い道を検討した結果、攻撃目標を敵兵士とするなら十分効果はあると判断していたのだった。

 

 今回、壁上砲台を使用しなかったのは砲弾の節約の意味もあるが何よりも敵を油断させるためである。壁上から兵士を一時的に退避させて敵を限界まで引き付けた後、”巨人投擲”を開始した瞬間を狙ったのだった。臼砲の一斉砲撃を被せて投擲を失敗させれば、その場で大量の無知性巨人が発生するだろう。その結果が眼前の凄惨な光景だった。

 

 敵巨人勢力(マーレ側)の先遣隊の兵士達は自ら発生させた巨人の群れによって次々と喰われていく。敵知性巨人(戦士)も不意を突かれて混乱したところを巨人達に寄って集って喰われていった。制御可能数を大幅に超えた無知性巨人が突如出現――この事態を敵は想定していなかったようだ。

 

 敵知性巨人5体以上の気化(死亡)を確認。臼砲という従来兵器だけで為した大戦果だった。知性巨人は通常巨人とは比較にならない程脅威度が大きいのでなおさら誇れる戦果だろう。ちなみに投擲された囚人のうち市内に落下して巨人化したのは3体のみで、これらは駐屯兵団兵士達によって速やかに処理されており、味方の犠牲は皆無だった。

 

「おお、やったぞぉ!」

「勝ったっ! 勝ったっ!」

「ざまーみやがれっ!!」

 壁上にいる兵士達の間から歓声が挙がった。

「た、隊長。敵が壊滅していきます」

「そうだな」

「ここまで総統府の読みどおりなんて……。凄すぎますよっ!」

「ああ、策を練ったのは技術班の連中と侯爵夫人様だろう。巨人や敵について相当よく調べていないとここまで手は打てない。さすがだな」

ハンネスは頷きながら答えた。巨人の生態・特性に関する研究はここ数ヶ月で急速に進展しており、兵団政府とヴラタスキ侯爵家の密な同盟関係もその後押しとなっているだろう。

 

 敗勢を悟ったらしい敵知性巨人3体が戦場から離脱していく。残された敵兵士達も逃走を図るが、そもそも人間の足で巨人から逃れるのは不可能だった。次々に巨人達に追いつかれて捕食されていった。

 

 二百人以上いた敵兵士達は文字通り全滅。巨人化薬品を打たれていなかった囚人達も護送車ごと巨人に踏み潰されて喰われていった。砲撃で死んだのは1割程、大半は巨人に捕食された事が主な死因である。雪原には巨人達の喰い残し――人の手足や生首といった凄惨な遺体が散乱していた。餌を喰い尽くした無知性巨人達は新たな餌を求めて、雪原を彷徨っているようだった。

 

「ざまーみろですね。奴等、巨人にオレ達を喰わせようとしたんですから」

「当然だな」

「奴等、これに懲りて撤退するでしょうか?」

「いや、それはないだろうな」

 部下の質問にハンネスは首を横に振って答えた。

「この程度の損害で撤退するなら、遠路はるばる攻めてこないだろうからな。次はもっと大規模な……、そうだな、鎧や超大型が姿を見せてもおかしくない。だがオレ達は絶対にここから下がるわけにはいかんのだっ!」

「はい、わかっています。隊長っ!」

ハンネスは遠く雪原を見遣る。離れた場所に敵の幌馬車隊が留まっているのが見える。今の戦いを含めてこちらを観察しているようだった。敵の総数からすれば、たった今殲滅(せんめつ)した敵兵力は全体の一割にも満たないだろう。多少戦力差は縮まったとはいえ、人類側劣勢の状況は変わりなかった。

(さあ、次はどうくるかな?)

ハンネスは緒戦の勝利に浮かれる事なく覚悟を新たにした。

 

 

 神聖マーレ帝国軍エルディア人義勇軍の訓練兵達は、敵の城塞都市(エルミハ区)から数キロ地点まで後退して待機を命じられていた。兵士達の大半は打ちのめされた表情でショックを隠しきれない様子だった。

 無理もなかった。楽勝と思われた今回の遠征、その緒戦において敵にまさかの完敗を喫したのだった、味方第一陣は義勇兵250人全員死亡、さらに戦士8名を失い、なおかつ敵に与えた損害は皆無である。ファルコ達は巨人に喰われていく先輩兵士達をただ眺めている事しかできなかった。

 

「あああっ! 兄さんが……、兄さんが……」

 少女訓練兵の一人が手で顔を覆って泣いていた。自分の身内がさきほど全滅した部隊に含まれていたようだった。

 

「な、なにが楽勝だよっ! 話が全然違うじゃねーかっ!!」

 ウドは怒りに震えて声を荒げた。上官の小隊長は緊急の幹部会議に呼ばれて留守しており、この場には訓練兵しかいない。

「敵が待ち構えている事ぐらい予想しとけよっ! いつも偉そうにしているくせに! なんだよっ! この体たらくは!? 上の奴等は無能の集団かよっ!」

「ウドっ! あまり上を批判したら不味いよ」

ガビが止めに入ったが、ウドは構わず言葉を吐く。

「みんな思っていることだろっ! ガビだってそうじゃないのかっ!」

「まあ、それはそうだけど……」

「……」

ゾフィアは一人会話に加わらず何か考え事をしているようだった。

 

「ゾフィア、あなたはどう思うの?」

 ガビがゾフィアに訊ねた。

「……うーん。嫌な感じがしてた」

ゾフィアは小声で呟いた。

「でもどうしてわかったのだろう? 来るのがわかっていたみたい……」

「そうだよな」

ゾフィアの指摘にファルコは頷いた。壁上に敵の見張りがいて、こちらの軍勢を発見したとしても5分弱ぐらいしか時間の余裕はないはずである。敵はそんな短時間にも関わらず兵士達を緊急招集して、集中射撃が可能な戦闘体勢が整えている。ゾフィアの言うように事前に察知する方法があるとしか思えなかった。

 

「注目っ!! 訓練兵全員、集合せよっ!」

 小隊長の命令が聞こえてきた。幹部会議から戻ってきたようだ。ファルコ達訓練兵は急ぎ小隊長の前に集合する。敬礼を交わした後、マーレ人の小隊長は告げた。

 

「エルディア義勇軍は総力を挙げて本日中に正面の敵城塞を突破せよっ! これは藩王殿下の御意志であるっ!」

 小隊長はそこで一息いれて訓練兵達を見渡す。

「知ってのとおり敵は徹底抗戦の意思を見せておる。従って我が方も全力でこれを撃滅する。訓練兵であるお前達を観戦させている余裕はない。攻撃部隊の一翼を担ってもらうことになるっ!」

「……」

声にならない動揺が訓練兵達に広がった。この作戦に志願した訓練兵達はほとんどが楽勝と言われていたからで厳しい戦いになるとは思っていなかったからだろう。

 

「お前達の目的は敵の目を引きつき、親衛戦士隊の突入を援護することにある! 今こそ祖国に対する忠誠を示してもらおうっ!」

 小隊長はそう言い切った。訓練兵達の動揺は収まっていった。親衛戦士隊とは藩王国軍最精鋭部隊であり、その内訳は超大型巨人を始めとする複数種の巨人で構成された最強の戦闘集団である。相手方に巨人戦力がなければ無敵の存在と言っていい。

 

「おお、親衛戦士隊かっ!」

「なぁ、それなら勝てるよな」

「今度こそ、悪魔の末裔どもはおしまいだぜ!」

「そうだ、そうだ! 先輩達の敵討ちだっ!」

「悪魔の末裔共に死をっ!」

 訓練兵達は勝利の予感を確信したのか明るい雰囲気になった。ファルコは一抹の不安があったが、さすがに親衛戦士隊が参戦すれば勝利は間違いないような気がする。

「では出撃準備にかかれっ!」

 小隊長の号令下、訓練兵達は一斉に動き出した。

 




【あとがき】
 マーレ軍(巨人勢力)第1陣を壊滅させたのは、パラディ島勢力(壁内人類+侯爵家)の精密な戦術分析と入念な迎撃準備によるものでした。臼砲はそれほど威力のある兵器ではありませんが、運用と戦術でいくらでも補えます。
 当然ながらこれで引き下がるマーレ軍ではありません。本気を出してきます。



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