進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】
ウォールローゼ決戦、最終章に突入。ついにリタの真の作戦内容が明らかになります。


第77話、進撃の戦女神(ワレキューレ)

 850年12月9日、午後1時

 

 エルミハ区南東20キロ地点、ウォールローゼの雪原の中に突如として直径1キロほどの城塞が顕現していた。いや正確に述べるならば大型巨人を外向きに並べて円陣を組んだ野戦陣地である。大型巨人のうち何体かの肩部分に兵士が乗っているのが見えた。控えの戦士(巨人化能力者)かもしれない。

 

 リヴァイ達5人は白旗(降伏の証)とレイス家の旗を掲げて敵の歩哨と接触、交渉の後、敵の幹部らしき兵士が棺の中身を改めた後、この野戦陣地らしき城の中に招かれ暫し待機を命じられていた。全方位を巨人と歩哨に囲まれており、もし敵がその気になれば瞬殺されるのは確実である。

 

 侯爵夫人リタは全身鎧(機動ジャケット)を纏ったまま、幌馬車の奥に座り込んでいた。検分の際、敵の兵士が全身鎧のリタを見て笑っていたぐらいだから、人が纏う鎧など巨人を前にすれば何の意味も無いと思ったのだろう。それはそれで幸いだった。

 じりじりと焦がされるような焦燥感が続く。好戦的なケニーですら一言も語る事なく、無言のままで時間はすぎていった。

 

 やがて敵の一体の巨人が近づいてくる。肩には将校らしき兵士が乗っており、どうやら敵の伝令らしかった。敵が何か大声で話しかけてくる。

「ケニー=アッカーマンと申したな? 藩王殿下が特別にお会いなさるとの事だ。そのまま付いて来い!」

ついに敵の総指令官と面談する機会を得たのだった。

「はっ」

ケニーは恭しくお辞儀して応えた。ケニーはこの使節団の代表者であり、反逆者(ロッド=レイス)を誅殺した親衛隊の隊長という事になっている。

 

「侯爵夫人様よ。どれぐらい時間を稼げばいい?」

「そうだな。30分ぐらいは欲しい」

「なあ、そろそろ作戦の内容を教えてくれないか? どうやって敵の司令部と主力を潰すんだ?」

「それは言えない。情報が漏洩する可能性があるからな」

 リタはあくまで作戦内容を秘匿するようだった。

「くくっ、相変わらず口が堅いよなぁ。リヴァイ、お前はどう思うよ?」

ケニーはリヴァイに話を振ってきた。

「オレか? オレは侯爵夫人を信じる。トロスト区の戦勝もエルミハ区も侯爵夫人のお陰だと思っているからな。それより無駄口叩いている暇はないぞ。使節団の代表はお前なんだからな、ケニー」

「わかってるって。任せとけよ。甥っ子よ」

「ケニーっ! 余計な事言うんじゃねーっ!!」

相変わらずケニーはリヴァイを挑発してくる。リヴァイは怒りに震えたが、もはや敵陣の中である。殴りかかるわけにもいかず、怒りを抑えた。

 

 敵の総司令官――藩王との会見は10分ほどで終了した。パラディ島勢力(壁内人類)に軍事援助を行っている某大国がある。その情報を伝えただけで藩王は動揺した様子だった。ケニーは身の安全の保証として、巨人化薬品の原薬を要求した。通常の巨人化薬品は人を通常巨人にするだけだが、原薬は知性巨人にする事ができる。つまり巨人化能力者にするものである。マーレにとっても原薬は黄金より貴重なものだろう。そして5年前の不当なウォールマリア侵攻という前科があるので、ケニーは強気に出られるのだった。

「口先だけじゃお前らは信用できない。原薬を先に寄越せ。でなければ裏切り者や内情について話せない」

ケニーはそれで押し切った。藩王は即断できず部下達と協議すると言って散会となったのだった。

 

「どうよ、リヴァイ。オレ様の交渉術は? 奴等、何も言い返せなかっただろ?」

「交渉も何も難癖つけただけじゃねーか?」

「かかかっ! カードゲームと同じだよ。レイズだ。押せる時はどこまでも押すって事だよ」

 ケニーはゲーム感覚で交渉しているらしかった。あながち間違っていないのだが、どこか腑に落ちない。

「侯爵夫人様よ。時間稼ぎはまだ必要か?」

「……」

リタは答えない。全身鎧を被ったままなので表情は読めなかった。

「侯爵夫人様?」

リタはすっと手を上げた。

「リヴァイ、ケニー、デュラン、ディック。任務ご苦労だった。時間稼ぎは十分だ。これより最後の命令を下すっ!」

「?」

「敵中を突破して帰還せよっ! なお殿(しんがり)はわたしが務める!」

「お、おい、どういうことだ?」

リヴァイはさっぱり命令の理由が分からない。

「まもなくここで爆弾が落ちてくる。最低でも5キロ以上は離れることだ」

「おいおい、なんだそりゃ? 爆弾は存在しないんじゃないのか?」

「確かに存在しない、地上にはな。悪いが説明している時間はない」

「侯爵夫人っ! あんたは仮にも全軍の指揮官だろ? 殿(しんがり)を務めるなんておかしいだろ?」

リヴァイは疑問を呈したが、リタは首を横に振るだけだった。

「いや、投下目標が私だからだ。私の傍にいたら一緒に死ぬぞ」

「なっ!?」

リヴァイは驚いた。

「幸い吹雪で視界が悪い。うまくすれば見つからずに逃げ切れるはずだ。ぐずぐずするなっ!」

リヴァイはリタが死ぬ気である事に気付いた。そして爆弾の投下目標がリタであるならばリタを助ける手段もない事も悟った。5キロ以上離れろという事は想像を絶する破壊力の爆弾だろう。リタは兜を外し顔を見せる。凛々しい美貌に笑みを浮かべている。戦女神という呼び名があてはまりそうだった。

 

「侯爵夫人。オレは……」

「短い間だったが誇り高いお前たちと共に戦えた事を嬉しく思う」

「すまない……」

リヴァイはそれ以外に返す言葉なかった。

「お前達の言葉だが、使わせてもらおぞ。心臓を捧げよっ!」

「はっ!」

リヴァイ達とリタは敬礼を交わした。リタは兜を被り直した後、戦斧を持った。

 

「私がここで暴れてやる。まあ巨人100体以上は道連れにしてやるつもりだ。その隙に逃げろ!」

「侯爵夫人様よ、オレも残るぜ!」

 ケニーが意外な申し出をした。

「お、おい、ケニーっ!」

「千体以上の巨人に殴り込みだぜっ! 侯爵夫人様、あんた一人に美味しいところを取られるわけにいかねーんだよ。俺達人類にも誇りってもんがあるだぜ」

「……わかった。許可しよう」

リタはケニーの申し出を受けた。

「隊長っ! わたしも残ります」

「わたしもです。最後までお供させてください」

ケニーの部下、ディック・デュラン共に志願した。対人制圧部隊はケニーが創設した部隊であり、リヴァイはその内情を詳しくは知らない。しかしケニーが部下達から慕われていたのは間違いなさそうだった。

「お前ら……。よぉーし、対人制圧部隊最後の戦いと行こうじゃねーか!」

「「はいっ!!」」

「というわけだ。リヴァイ、お前はさっさと離脱しろっ!」

「し、しかしだな……」

「侯爵夫人様よ」

ケニーが声を掛けた。

「リヴァイ、命令だ。離脱しろっ! そして参謀総長(エルヴィン)殿に報告せよっ!」

意図を察したらしくリタがリヴァイに命令してきた。軍の戒律を重視するリヴァイにとっては逆らう事のできないものだった。

「り、了解だ。侯爵夫人」

誰かが司令部に情報を伝えなければならない。これもまた重要な任務である。

「リヴァイ、フリーダによろしく伝えてくれ。次はオレのような悪党じゃなくて良い男を捕まえろってな」

「ケニー……」

「さあ、行けよっ!」

吹雪が強くなってきていた。視界は30mあるかどうかである。確かにこれほどの吹雪なら敵も状況を掴むには苦労するだろう。

 

「突撃っ!」

 幌馬車を飛び出したリタは巨大な戦斧(バトルアックス)を振るって監視役の兵士達に吶喊した。空気を切り裂いて戦斧が一閃、噴出した鮮血が雪原を染めていく。人体を文字通り粉砕された兵士の死体がたちまち量産されていった。慌てた幾人かの兵士が銃を構えたが、リタの全身鎧の前に銃は無力だった。次々とリタの戦斧の餌食となっていく。小型巨人もリタにかかればあまりにも脆かった。7m級の巨人ですら跳躍して斧で頭部ごと一撃で粉砕されていく。新型立体機動装置を纏ったケニー達も突撃を開始した。リヴァイはもう戦いを見ている余裕はなかった。軍馬を駆って一路反対方向へと離脱していった。

 

 

 

 時間は少し溯る。リタは敵の歩哨と接触した直後にヘルメット内の通信機でシャスタと秘匿通信を行っていた。むろんリヴァイ達には聞こえていない。

 

「上の動きはどうだ?」

『あ、はい。GM(ギタイマザー)から送られてきた座標データのとおり、当惑星の周回軌道に進入。全長400mほどの物体です。まだ落下軌道には入っていません。最終落下地点はこれから調整されると思います』

「とりあえずこちらの要請には従ってくれているわけだ」

リタは予定どおりである事を知って安堵した。GM(ギタイマザー)とは自分達をこの惑星に送り込んだ御主人様である。元の地球世界(リタの記憶にある世界)ではギタイは人類の敵だったがこの世界では観測者だった。異世界から受け取ったタキオン通信を元にリタとシャスタを生み出したのだからリタ達にとっては母とも言えるかもしれない。

 

『リ、リタ。言っても聞いてくれないのはわかってます。で、でも言わせてください。最初から自分の命と引き換えにするこの作戦は、や、やっぱり間違っています。わ、わたしはリタに生きて欲しい。ペトラさんだって参謀総長(エルヴィン)さんだって同じはずです。ハンジさんだってきっとこんな方法は望んでいないはずです。そ、それに私達はこの世界の人々とは違って外部の人間ですよぅ。命を棄ててまで護る義務はないのでは?』

 涙声に近い声でシャスタからの懇願だった。

「ああ、わかってるよ。シャスタの気持ちはありがたく思っている。時間があれば他の手段もとれたかもしれない。しかし残念ながら敵の侵攻軍を確実に殲滅できる手段は現時点ではこれ以外にない。そしてこれは私しかできない事だ。ペトラやこの世界で生きる人々の、いや今だけ無い。この世界に生まれ来る未来の人々のためにも私は征かなくてはいけないと思う」

 

 敵巨人勢力――神聖マーレ帝国軍を確実に打ち倒すためにリタは最終手段を使うことにした。すなわちGM(ギタイマザー)への支援要請である。直径5キロの人工天体――GMの機動要塞は当惑星から3光秒(約100万キロ)離れた宇宙空間に鎮座している(※別章、深遠の観測者) 恒星間航行が可能な超高度な科学軍事力を持つ実質神に等しい存在だった。その気になれば惑星の一つぐらい、いとも簡単に滅ぼせるだろう。

 

 GMとの交渉は難航したが、最終的にリタの主張を概ね認めさせる事に成功した。しかし絶対に譲れない条件として軌道爆撃の攻撃目標はリタ自身とする旨を通告された。GMはもともとこの惑星文明に不介入が方針だったからだ。この惑星に送り込んだ工作員(リタ)の処分も同時に行うと意味だろう。シャスタも連座で処分されるなら思いとどまっただろうが、自分だけなら躊躇う理由はなかった。

 

 リタがいる場所に対して軌道爆撃、一言でいえば隕石投下である。太古の地球で恐竜を滅ぼしたとされる隕石は直径3キロとも言われる。その隕石よりは小型ながらも核爆弾以上の破壊力を持つことは確実だった。リタ自身は100%助からないが、時間と位置をうまく調整すれば敵司令部も敵主力も全て壊滅させることができるだろう。

 

 元々気化爆弾はあの1発きりであり、エルヴィン達に提示した二発目の超大型爆弾は地上には存在しないものだったのだ。心を許せる親友ペトラにもリタの真の作戦内容は知らせていない。シャスタは現在も反対のようだが最終的にリタの意見に従ってくれたようだった。

 

「シャスタ、今日まで私を助けてくれて感謝している。ありがとう」

『リタ……』

「後は君に託すよ。ペトラ、アルミン、クリスタ、ミカサ、エルヴィンを助けてやってくれ」

『……。は、はい』

 いくつか事後の事をシャスタに伝えた後、リタは溜息を吐いた。”時のループ”がないこの世界ではこれが最終到達地点である。よく考えれば今のリタが持っている元の世界の記憶は挿入されたものであり、人工生体体(バイオロイド)である自分の本当の年齢は分からなかった。

 

「まあ、それでも悪くないかな。パパ、わたしの事をどう思う?」

リタは顔すら思い出す事の出来ない父に話しかけた。リタの父親(リタ世界)は武術の達人であり、ピッツバーグの農村で当時中学生だったリタをギタイの斥候隊から護って死んでいた。リタの心に流れる武人としての誇りは父親譲りのものだった。

 

 今、リタは無駄死にするわけでない。敵を一体でも多く道連れにする。倒せば倒すほど敵は自分を脅威と認識してして寄ってくるだろう。だがそれこそがリタの狙いだった。

 

「突撃っ!」

 深紅の機動ジャケットを纏い、戦斧で手にリタは最後の吶喊を開始した。

 

 

 

 同日同時刻、当惑星上空高度1000キロ、周回軌道上にいたGM(ギタイマザー)宇宙船(スターシップ)は牽引していた隕石を切り離し落下軌道へと送り出した。この規模の隕石が地表に落下するのは百万年に一度かもしれないものだった。隕石はゆっくりとしかし確実に惑星引力に囚われて落下を開始した。

 




【あとがき】
 タイトルコール、物語はいよいよ最終盤です。 

 本編で初めて登場する形のGM(ギタイマザー)ですが、外伝(深遠の観測者)に詳細を載せています。よろしければそちらもどうぞ。GM(ギタイマザー)の存在は反則かもしれませんが、巨人だって十分反則に近い存在でしょうか。なおGMは善意の協力者ではありません。当然、対価を要求してきました。ここではリタの命です。

 またリヴァイやケニーがこの突入作戦に同行しているのも人類側(パラディ島勢力)の覚悟を聞く意味が含まれています。同盟していて命を掛けて護ってもらうのに、そちらだけで戦ってくれなんて言うのは身勝手すぎます。同盟を破棄されても文句言えないでしょう。同盟している者ならば共に命を掛けて戦う姿勢が必要だと思います。

 



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