進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前回までのあらすじ】
 リタとシャスタは調査兵団技術班ハンジゾエの元に技術協力する約束で匿われる事になった。リタ達は飛行機械(気球・飛行船)などの技術情報をハンジに提供した。ハンジは航空戦力こそが人類反撃の切り札になると確信していた。

それから2ヶ月以上が経過します。

(side:オルオ)


第2章 トロスト区防衛戦
第6話、幹部会議


 調査兵団本部建物の大会議室には、班長以上の幹部30人程が勢ぞろいしていた。第56回壁外調査への出陣を明日に控えた最後の幹部会議である。この場にいる殆どが巨人との死闘を幾度となく潜り抜けてきた歴戦の強者(つわもの)達だった。

 

 巨人討伐数40近いオルオ・ボザドも精鋭兵士の一人である。オルオは会議室の中を見渡していたが、ペトラの姿はなかった。ペトラは女性兵の中では一番腕の立つ兵士だ。そしてオルオが密かに想いを寄せている女性でもあった。

 

 2ヶ月前、ペトラは休暇の後、技術班への転属願いを出して受理されていた。技術班のハンジ分隊長の研究を手伝いたいとの事でそれ以上の理由は誰にも話していないようだ。最近ハンジら技術班は妙に活動的で、研究棟の一角を改装して機密区画とし、何かを極秘裏に開発しているようだった。

 

 巨人との戦闘で命拾いした兵士が心を折られて戦線離脱するという話はよく聞く。前回の壁外調査でペトラは巨人の大群に襲われて奇跡の生還を果たしているがそれも影を落としているのかもしれない。

 

「オルオ、またペトラを探しているのか?」

 横にいたグンタ・シェルツが声をかけてきた。グンタも精鋭兵士の一人である。グンタは巨人討伐数7だが、討伐補佐に徹しており、状況判断に優れた兵士だった。

「はっ、まさかな。あいつ、技術班に行ったんだろ。臆病風に吹かれた奴に興味ねーよ」

「そうでもないと思うがな。技術班でも壁外調査に出る事はあるぜ。それに技術班の連中と時々話すが、ペトラは元気よさそうだぜ。ハンジも同じだから関係あるんじゃないか」

「なんだよ、それ?」

「さあな。多分、今回の壁外調査に絡んでいるんじゃないか?」

「あの変人が絡むとロクでもなさそうだ」

(あのクソメガネっ! ペトラを汚染しやがって……)

オルオは元々ハンジの事をよく思っていない。このままではペトラもハンジのように思考がイカれてしまい、女を捨ててしまうかもしれない。オルオにとっては想像したくない未来だった。

 

 

「総員、傾注っ! スミス団長、入室っ!」

 衛兵の号令で全員が姿勢を正した。ドアが開いて団長のエルヴィン・スミスが姿を現した。ハンジ・ゾエ分隊長、技術班に転属したペトラ・ラルと続いた。ペトラは筒のような大きな巻物を持っていた。

 

(ペトラ……)

 オルオは久しぶりに見かけるペトラに心が揺れた。ペトラは以前は癒しを与えてくれる女性というイメージだったが、今は瞳に決意が現れており凛々しい印象だった。

 

「敬礼っ!」

 全員が敬礼して団長を迎えた。スミス団長は応礼しながら、講壇に立った。

「楽にしてくれたまえ。全員、そろっているようだな。それでは明日に予定されている壁外調査の作戦会議を行う。まず今回の作戦目的であるが……」

スミス団長はそこで一区切りいれると全員の顔を見渡した。そして力強く宣言した。

 

「シガンシナ区の直接視認を目的とする」

 

(なっ!?)

 会議室にいるほぼ全員に衝撃が走った。何人かは息を呑んでいる。いうまでもなくシガンシナ区は5年前に巨人達のウォールマリア侵攻の際、門に穴を開けられた場所だ。巨人の出現地点といっていい。すなわち巨人の密度が最も高い場所だった。

 現在までの壁外調査において、トロスト区からシガンシナ区までは7割方の行程は踏破できている。しかしそこから先は巨人の密度が高すぎてなかなか前に進めない場所だった。さらに言えばシガンシナ区前面には見通しの良い平地が続いている。巨大樹の森ならばともかく、平地で大勢の巨人と戦うなど悪夢だった。

 直接視認、つまり街の傍まで行くという事だ。強引を通り越して無謀といった方が適切だろう。

 

「そ、それはちょっと……」

「い、いくらなんでも無謀では?」

「一体どれだけ犠牲が出ると!?」

「勝算はあるのですか?」

 強者が集う調査兵団の幹部連中達からも次々に抗議の声が上がっていた。

「お前ら、団長の話を最後まで聞け!」

「……」

リヴァイ兵長が一喝すると全員が押し黙った。人類最強と謳われる実力者のリヴァイが睨みを利かすと迫力があった。

 

「では続けよう。ハンジ、説明を」

 スミス団長は技術班のハンジに説明を委ねた。ハンジは傍らに控えていたペトラに指示して、彼女が持っていた巻物を広げさせて前方の黒板に掛けさせた。

 

「皆さん誤解されているようですが、シガンシナ区の傍まで行く必要はありません。手前20キロでも十分目的が果たせます。これを使います」

 ハンジは巻物を指示棒で指し示した。巻物には楕円形の物体にゴンドラのようなものがぶら下がっている絵が描かれている。ゴンドラには数人が乗り込むようだ。横に人型が書かれているので、15m程のかなり大きな物体らしかった。

 

「これは我が技術班が開発した空飛ぶ乗り物、”気球”です。空気が熱せられると上昇するのは皆さんご存知ですね。それを応用したものです。袋になった部分に暖めた空気を溜めて浮力とし、高度2000mまで上昇することができます。風向きはこのところ南からの風となっているので気球で偵察を終えた後、風に乗ってウォールローゼまで帰還することになります。皆さんには、この気球の浮上地点までの護衛をお願いします」

 

(空飛ぶ乗り物だと!?)

 オルオを始め皆唖然としていた。ハンジの発想が飛躍しすぎてついていけないのだ。もともとハンジの変人ぶりは有名だったが、今回はそれに輪をかけている感じだった。

 

「そ、それは分かったが、しかし本当に人が乗って空を飛ぶのか?」

 グンタが質問した。

「既に飛行試験を何度も行っています。今日まで明かさなかったのは憲兵団に不要な介入をされたくなかったからです。シガンシナ区偵察という戦果を上げればいまさら没収とはいかないでしょう」

確かに憲兵団なら余計な干渉をしかねない。ハンジ達技術班が秘密裏に開発していた理由はそれで理解できた。

 

「墜落したらどうなる?」

 別の班長が質問した。

「間違いなく死にますね。2000mの高さから堕ちたらペシャンコでしょう」

ハンジはあっさり答えた。

「そんな危険なものに誰が乗るんだ?」

「わたしです」

ハンジは堂々と答えた。

「これを開発したのはわたし。つまり、わたしは誰よりも詳しいというわけです。いずれ偵察気球の本格運用が始まれば長距離索敵隊形を組み合わせる事で巨人の早期発見にもつながるでしょう。それは味方を救う事につながります。それに空から巨人の群を観察することにより、新たな発見があるかもしれません」

 

「……」

 開発者自らが命を賭けて危険な偵察任務を遂行すると言うのだ。誰も反論があるはずもなかった。

 

「ハンジ、ありがとう。後はわたしが話そう」

 話が一段落したところでスミス団長が切り出した。

「シガンシナ区を偵察して得られる情報は、今後のウォールマリア奪還における戦略決定の重要な判断材料となる。作戦行動はハンジが話してくれたとおり、今回の壁外調査はこの偵察気球の護衛のみとする。長距離行程になるため、巨人の行動が活性化する前、すなわち夜明け前に出陣する。より迅速に目的地まで移動し、ハンジの気球浮上を確認後、ただちに帰還するものとする。……」

 

 

 偵察気球の件については、明日現地到着まで緘口令が引かれる事になった。幹部連中に知らされたのは、作戦目標を明確にして混乱を塞ぐためだろう。

 

 会議が終わった後、ハンジは周りの班長達に取り囲まれていた。皆、空を飛ぶ乗り物に興味津々といったところだ。ハンジは当たり障りのないところで開発秘話を自慢げに話していた。傍らでペトラが黒板に掛けてあった巻物を仕舞っていた。

 

(それにしてもよくまあ、こんな事を思いつくものだ……)

 オルオは呆れながら、ふと疑問に思ったことがある。

(気球って一人乗りじゃないよな? まさかペトラが……)

そう思い立った途端、居ても立ってもいられなくなった。

 

 オルオは人垣を押し退けてハンジの前に来ると、質問をぶつけてみた。

「なあ、ハンジ。これって一人乗りじゃないよな?」

「ああ、そうだね。最低2人は必要だね。航行を担当するものと観測員だね」

「後一人は誰なんだ?」

「それをあなたが知る必要はあるの?」

ペトラが割って入ってきた。

「必要なら知らされる、必要がないなら知らされない。興味本位で首を突っ込まないで」

「まさか……、お前が乗るのか?」

「答える必要はないわ」

ペトラの瞳には強い意志が感じられた。臆病風に吹かれて技術班に転属したわけではなさそうだった。

 

「お、お前、正気なのか!? こんな訳の分からないものに……」

 オルオはペトラの話し方で彼女が乗るのではないかと思った。

「訳の分からないって何よ! 技術班の皆が今回の壁外調査に間に合うようにと寝る間も惜しんで開発していたのよ! オルオ、あなた、ハンジ分隊長の発明を馬鹿にするの!?」

ペトラは語気を強める。どうやら触れてはいけないところを触れてしまったようだ。

「い、いや、そういうつもりは……」

「まあまあ、ペトラ。そう責めるなって。確かにすぐには理解しにくいかもしれないね。でも空を制する利点が分かればきっと見方も変わるよ」

ハンジはオルオとペトラの口論が沸騰しそうになったところを止めてくれた。

 

(どうしてこうなっちまうんだ……。俺はただペトラを心配しているだけなのに?)

 オルオは内心泣きたくなってしまった。前回の壁外調査でペトラの生存は絶望的と伝えられたとき、悲痛な想いだった。幸いペトラは生還を果たしてくれたが、それ以来、ペトラは以前ほど社交的ではなく、それまでの同僚たちとも距離を取っており技術班の中に閉じこもっている印象を受ける。奇跡の生還の裏で、人生の見解すらも変えてしまうほどの何かがあったのかもしれない。

 

 その後、ハンジとペトラは出陣準備の為に研究棟の方にさっさと戻ってしまった。オルオは結局ペトラとは何も話せないままだった。




【あとがき】
 リタ達の技術協力により、ハンジら技術班は偵察気球を完成。第56回壁外調査は、通常の調査活動と異なり、シガンシナ区の空中偵察に変わります。出陣も日中ではなく、まだ街が寝静まっている夜明け前となります。

トロスト区の一番長い一日が近づきます。

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