進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】
ウォールローゼ決戦の最終話です。
リタ・ケニーを加筆。7/22NEW


第77話、進撃の戦女神(ワレキューレ)(2)

 850年12月9日、午後1時50分

 

「えっ! それはどういう事ですか?」

 シャスタからの緊急連絡を受けた時、ペトラは思わず聞き返した。シャスタ曰く敵主力を殲滅すべく巨大隕石投下による自爆作戦を決行するという事だった。そもそも遙かなる高み(宇宙空間)からの攻撃手段が存在していた事自体驚きだったのだ。シャスタは言葉を濁したが超越的存在――壁内世界の人々を”悪魔の末裔”と呼ばわりするマーレ側の呼び名に準ずれば"魔神"という事になるのだろう。その超越的存在とリタがなんらかの取引をしたとの事だった。

 

『リタから堅く口止めされていました』

「で、でも……。ねぇ、シャスタ、なんとか止めてくれない?」

『ペトラさんだってわかっているはずです。現状では私達に勝ち目がない事は……』

「……」

 ペトラは何も言えなかった。敵の侵攻が思ったより早かったため戦時体制の移行ができていないのだ。なんといってもあの革命から3ヶ月と経っていない。

『そ、それに隕石は既に地表に向って落下しています。地表到達まで残り5分です。その場にいる兵士達に対ショック防御を取るよう伝達してください。大きな地震も予想されます。揺れにも注意してください。以上(オーバー)

「あっ、ちょっと……」

そこでシャスタからの通信は切られてしまった。ペトラは歯を噛みしめる。既に大切な仲間であるハンジを喪い、さらにリタまで喪うという事になるのか。同時にペトラは自分の見通しの甘さを知った。

 

(やっぱり、わたし甘かった。そんなに簡単に勝てる戦いじゃないのに……)

 いかに人類側が奮闘しようとも彼我の戦力差はどうにもならない程開いている。三千を越す巨人の大群、それすら敵巨人勢力(神聖マーレ帝国)にとっては一地方の遠征軍に過ぎない。敵はその気になればさらに大規模な軍勢を送り込む事が可能である。さきほどの待ち伏せ攻撃による戦勝はあくまで相手が油断していたからであり幸運な勝利だったのだ。そもそも敵が防備の堅いエルミハ区に拘らず他の城塞都市なり壁の部分を突破すれば、その時点で自分たち壁内人類は詰みである。リタはその現実を誰よりもよく理解しており、だからこそ最終手段を選択したのだろう。

 

 結局ペトラはシャスタの指示に従うことにした。この場の防衛の責任者であるハンネス隊長に隕石の事は伏せて超大型爆弾が使用されることを伝えた。強い揺れと衝撃波が来るため、固定作業を最優先で進めることも。

「わかった」

ハンネスはただちに部下達に指示を出す。ペトラは吹雪くウォールローゼの平原を悲痛な思いで見遣った。

(ご、ごめんなさい。ごめんなさい、リタ……)

ペトラは心の中でリタに謝る事しかできなかった。

 

 

 

 気化を始めた大型巨人の躯の影にケニーとリタは隠れていた。周囲には自分達を探す兵士と知性巨人、ならびに制御下にある通常巨人達が大勢徘徊している。吹き荒れる吹雪のお陰もあって敵は自分達を見つけられずにいるようだった。

 ケニーの部下達は奮戦虚しく巨人の群れに飲み込れていた。ケニー自身は15m級1体を含む巨人5体仕留めたが、別の巨人一体の腕で叩かれ右脚の膝から先が潰れており戦闘不能となっていた。リタは宣言どおり百体あまりの巨人を撃破し知性巨人も何体か倒したようだが、激戦の最中、全身鎧(機動ジャケット)の兜が潰れ隙間から顔が見えていた。頭から出血しているらしくリタの顔は血塗れである。ケニーはリタの横にしゃがみこんだ。

 

「侯爵夫人様、聞こえるか?」

「ああ、聞こえているよ……」

「リヴァイに命令を出してくれて助かったぜ。あのチビ、侯爵夫人様が命令しなければ残っただろうからな」

「そうか……、大事な甥っ子なんだな」

「まあな、オレには人並みの親になる資格はねーからな。せめて(クシェル)の形見ぐらい長生きしてもらいたい」

これはケニーの本音だった。今際の間際で嘘をついても始まらないからだ。

「素直じゃないな……。ごふっ」

リタは咳き込んで血を吐いた。どうやら頭部だけでなく内臓にもダメージがあるらしい。戦う事はおろか立ち上がることも無理のようだった。

 

「なぁ、これから人類はどうなる? 生き残れるのかよ?」

「わからない……、ただ今回の侵攻軍が消滅、ついでに敵本国にも爆撃を加える……。2年以上は稼げる……。海を防壁とした防衛体制も作れるはずだ……。後は……エルヴィン達に任せるしかない」

「くくっ! そうか、そいつは楽しみだぜ」

 結末を見届けられないのは残念だが、巨人勢力が大打撃を受けるというのは痛快だった。

 

 大きな足音が轟いてきた。超大型巨人が2体、大型巨人10体、いずれも知性巨人らしき集団である。巨人の肩には銃を持つ兵士達が騎乗していた。敵の主力集団だろう。

 

 奴等はしきりに罵声を発していたが内容はだいたい想像できた。

「あっさり殺すな。嬲り殺しにしてやるっ!」

おそらくそのような類の事なのだろう。いまさら自分達を捕らえたところで既に結果は確定している。残り時間はどれぐらいだろうか。

 

「空が赤いな……。ふふっ」

「何を……」

 ケニーは空を見上げるが吹雪で白い闇に閉ざされて空などは見えるはずもなかった。ケニーはリタが何も視ていない事に気付いた。

「侯爵夫人様。いや、リタ=ヴラタスキ」

「はぁ、はぁ……」

リタの口からは言葉が聞こえず苦しそうな息が聞こえてくるだけだった。

「俺達に戦う機会を与えてくれて感謝しているぜ。こういう最後なら悪くない。ましてお前さんのような美女と一緒だからな」

「……ふっ。ごふっ!」

リタは血の塊を吐いた。もう会話する事も辛そうだった。

 

 空が急に明るくなってきた。リタが云う空からの落し物らしい。お迎えの時間が来たようだった。

(フリーダ、悪いな。約束守れなくて。俺はこういう男だ……)

成り行きで恋人になっているフリーダの事を想った。

(リヴァイ、貴様は這い蹲っても生きろよ。あっさり死んだら永遠に笑いものやるぜ)

妹の生き形見である甥の事を想いケニーは目を閉じた。次の瞬間、ケニーの世界は強烈な光に包まれた。

 

 

 

 リヴァイは視界の悪い吹雪の中、馬を走らせる。リタが述べたとおり視界が悪い為か巨人達は自分を襲ってくる事はなかった。しかし敵陣地の外周――10m超級の大型巨人が並んだ隊列の足元をすり抜けた時、後ろから2体の10m級巨人が追いかけてきた。二体とも両眼が外向きについた魚のような顔つきをしている巨人である。積雪のため馬の疾走速度は落ちており、距離は徐々に詰まってくる。どう考えても追いつかれるのは確実だった。

 

「ちっ!」

 リヴァイは舌打ちした。馬を止めこの二体と交戦するしかないだろう。リヴァイは最新の新型立体機動装置を纏っている。さらに対知性巨人用の近接射撃兵装――雷槍を2本装備していた。ただ無知性巨人相手に雷槍は惜しいだろう。超硬質ブレードを構え、迎撃の姿勢を取る。

 

「そろいもそろって、おもしれー顔をしやがって!」

 リヴァイは唾を吐き棄てると立体機動に移った。この立体機動装置はアンカー射出速度、巻き取り速度、ガス保有容量、軽量化、いずれも旧来のものより性能で上回っている。原型はケニー達対人制圧部隊は4年前に既に開発していたらしい。これがあれば過去の壁外調査で死なずに済んだ調査兵がいるかと思うとやるせない気分になる。リヴァイは怒りを巨人にぶつけた。

 

 跳躍しての回転斬りを一体にぶつけた。リヴァイの高速斬りでうなじを斬り飛ばされた一体の巨人はがっくりと膝を突き前のめりに倒れていく。もう一体が間を置かずに手を伸ばしてリヴァイに襲い掛かってきた。

 リヴァイは空中でブレードを振り下ろしながら固定スイッチを解除する。二対のブレードは回転しながら飛翔し、巨人の眼球に突き刺さった。調査兵団の中でもごく一部しか習得していない秘儀”ブレード飛ばし”だった。目を潰された巨人は手を覆いながら呻いている。

(先を急ごう)

 リヴァイはトドメを挿すことなく、地上に着地すると口笛を吹き、馬を呼び寄せた。視界を奪えば数分は活動できないだろう。今はそれで十分である。とにかくこの場から離脱する事が最優先だった。

 

 だがこの戦闘から数分も経たない内に、前方に巨人数十体の群れが現れた。一体はどうやら”鎧”のようである。”鎧”は知性巨人でしか有り得ないという事を知っていた。知性巨人に率いられた巨人の一個小隊というところだ。スケッチで知っている”鎧”とは違う顔なので別の個体だろうが、最悪の鉢合わせだった。

 

 この群れと交戦しては時間内に離脱できない。かといってやり過ごせるは到底思えなかった。リヴァイを発見したらしく群れは直ぐに向きを変え追いかけてくる。

 

「くそっ! こんなところで死ねるか!?」

 リタやケニー達が殿(しんがり)を引き受けて決死の奮戦で自分の脱出の機会を作ってくれているというのにここで果てては申し訳なかった。それこそ彼らの無駄死にという事になってしまう。距離はあっという間に詰まってきた。巨人達は肩が触れ合うほど密集していた。

 

「これでも喰らいやがれっ!」

 リヴァイは振り向き様、雷槍を水平撃ちして最接近してきた巨人の顔面に叩き込んだ。巨人の頭部が炸裂して首を失い、その巨人は方向を見失って派手に転ぶ。そこに後続の巨人達が突っ込み、玉突き衝突を起こして数体が転倒した。

 

 だが残りの巨人達は転倒した仲間に構う事なく自分に向って追いかけてくる。さらに巨人の後ろからは鎧の巨人が追いかけてきていた。奴と対峙する事を考えれば無知性巨人相手に雷槍をこれ以上使えない。かといって別の手段で時間稼ぎできるだろうか。刻一刻と時間は過ぎていく。

 

(くっ! さすがにまずいな。これは……)

 いかに卓越した戦闘技量の持ち主であるリヴァイであろうともこの苦境を逃れる気がしなかった。難敵である上に倒したとしても時間を少しでもロスすれば超威力を持つというリタの新型爆弾に巻き込まれてしまう。

 

「ん?」

 その時、空気を切り裂く音がした。振り向けば鎧の巨人の頭部が吹き飛んでいた。そして群れていた巨人の前に煙幕が展開される。巨人達は方向を見失ってふら付いたところに先ほどと同様、玉突き衝突を起こして倒れていった。

 

「リヴァイっ! 無事か?」

 吹雪の中から現れたのはミケ=ザカリアス率いる十数騎の調査兵団本隊だった。精鋭中の精鋭だけを集めた人類最強の騎馬部隊である。

「お前らっ!」

「リヴァイ兵長っ! よくご無事でっ!」

ミケの横にいるのはリコ=プレチェンスカである。

「よし、リヴァイを確保っ! 爆発に巻き込まれるぞっ! 総員、急ぎ反転! 離脱せよっ!」

ミケの号令で調査兵団本隊は来た道を引き返す。ミケは新型爆弾の事を知っているようだった。リヴァイの横に騎乗したままリコが近づいてきた。

 

「どういう事だ?」

 リヴァイが訊ねるとリコが答えた。

「貴方の位置は侯爵家から伝えれていました。前回の千倍、いえそれ以上の強力な爆弾を使うとの連絡も受けています」

「なるほどな」

”通信機”の事はリヴァイもリコも知っている。リコはペトラ同様侯爵家から機材を貸与されているのだった。

「さきほどの鎧をどうやって?」

「はい、侯爵家第一軍の特務兵を借り受けています。一時的にわたしの指揮下です」

リコは騎馬隊の中央の荷馬車を指差す。白い大きな布を被った2体の丸い生物らしきものが見えた。布の中身を見る事は禁止されていてリヴァイも中身は知らないが優秀な狙撃兵である。かつてトロスト区防衛戦で鎧の巨人を射殺したのと同様、今回も狙撃を実行したのだろう。非常に頼もしい味方戦力だった。

 

「あ、時間です! 総員、対ショック防御っ!」

リコは大声を出しながら信号弾を真上に発射した。リヴァイは耳を押さえて空を見上げる。

 

 その時、上空から真っ赤に燃える巨大な何かが降ってくる。次の瞬間、雪原を覆いつくさんばかりの閃光が光った。少し遅れて凄まじい衝撃波がリヴァイ達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 大気圏に突入し摩擦熱で表面が燃え盛りながらも大質量のためほとんど燃え尽きる事無く巨大な隕石は地上に激突した。途中、隕石は複数個に分かれてそれぞれ別々の地点へと落下していった。隕石の落下衝撃を調整しつつ、複数箇所に対する軌道爆撃(隕石投下)を行う為だった。

 

 第一の落下地点はパラディ島中央部エルミハ区南西20キロ地点ウォールローゼの平原、神聖マーレ帝国軍パラディ島攻略部隊の本陣だった。この隕石落下により神聖マーレ帝国軍は総指揮官の藩王・親衛戦士隊以下全遠征軍の9割を消失して事実上壊滅した。

 

 第二の落下地点はパラディ島南西50キロの海上だった。落下の衝撃と同時に巨大津波が発生、この津波によりパラディ島南部の港湾――橋頭堡に係留していた遠征軍輸送部隊数十隻余りの軍船はことごとくが沈没・大破した。また大陸側の沿岸部を襲った津波は場所によっては50mを超えており各地の港湾都市に壊滅的な被害を与えた。折りしも冬の嵐とも言える猛吹雪が大陸全土を襲っており、救助活動が阻まれてさらに被害が拡大する事になった。この巨大津波によりマーレ軍は大陸北海方面での軍事展開能力を長期間に渡って喪失する事となった。

 

 第三の落下地点は大陸内部の山岳地帯にある城塞都市だった。人口約1万人のこの街は隕石の直撃を受けて消滅したのだった。この街が狙われたのにはむろん理由があるが、大陸側の出来事をパラディ島勢力側(壁内世界)の人々が知るのはずっと先のことである。

 

 すべてGM(ギタイマザー)の計算どおりの結果であり、リタとの取引によるものだった。

 




【あとがき】

隕石攻撃はGM(ギタイマザー)の地上世界に対する武力介入という事になります。

第2、第3の隕石落下により、マーレ側は甚大な損害を受けますが、国歌そのものが滅亡するほどの打撃というわけではありません。(パラディ島の対岸の大陸側はマーレにとっては辺境地区)

決戦はパラディ島勢力(壁内人類側)勝利と言えるかは微妙ですが、侵攻軍はほぼ壊滅する事になりました。レイス卿の処刑・エルミハ区外門での勝利は、リタ達が交渉を行う材料となっていますので意味がなかったわけではありません。

残す課題はマーレ側の生き残り(ファルコ達)が無事生還できるかです。アルミン達は。。。







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