進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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前の78話と入れ替えています。


第78話、同調夢

 850年12月9日、???

 

 アルミンが目を醒ますと目の前には不思議な光景が広がっていた。大量の宝石がばら撒かれたような満天の星空、地面と思われる床にも鏡のように満天の星空を映し出している。まるで幻想のような美しい光景だった。

 

(ここはどこなんだろう?)

 アルミンは周囲を見渡すが人の気配は感じられなかった。今自分のいる状況と記憶が繋がらなかった。敵巨人勢力(マーレ軍)の侵攻に対して迎撃作戦の一貫としてトロスト区の地下壕に同期や駐屯兵団の精鋭兵達と共に隠れていたはずだった。

 

 空を見上げてみる。星々の中に一際大きな青い星が頭上に見えた。太陽光を受けて片面だけが艶やかに青く光っていた。

 

「も、もしかして僕達の住んでいる星? じゃあ、ここは……」

 アルミンにはシャスタから教えてもらっていた世界の知識を思い出した。自分達の住んでいる世界は惑星という球形の形をしており、その外側には宇宙空間という想像を絶するような広大な空間が広がっているのだった。もっとも近い隣の星に行くにも光の速さ(30万km/秒)で何年もかかるという。今、見ている光景は宇宙空間から自分達の住んでいる惑星を見下ろしているということなのだろうか。

 

「さすが聡いな。アルミン」

 後ろから声がしたので驚いて振り向いた。そこには自分達秘密結社(侯爵家)の指揮官(コマンダー)――リタが立っていた。

 

「ふふっ、最後に可愛い教え子達と会話の機会を用意してくれるとはな。粋な計らいをしてくれるじゃないか」

 リタは自傷気味に笑みを漏らした。アルミンにはリタの言葉の意味がわからなかった。

「コマンダー?」

「いや、こっちの話だ」

「ここはどこでしょうか?」

「お前の想像どおりだよ。お前達の星を上空1万kmから見た景色だ。要するに宇宙空間だな」

「宇宙ですか!?」

「数百年後にはお前達の子孫がここに来るかもな」

「えーと、どうして僕達はここに? 夢をみているのでしょうか?」

「そうだな、夢みたいなものかもしれない。だが重要な事はそこじゃない」

リタはすっとアルミンの傍まで来ると頭を撫でた。

 

「目を閉じろ。今から記憶が転写されるはずだ」

「は、はい」

 アルミンが目を閉じると一気に情報の洪水が頭の中に流れ込んできた。

 

 GM(ギタイマザー)という超越的存在にリタが支援要請をした事。GMは小惑星を牽引した宇宙船を当惑星周回軌道に送り込み、軌道爆撃(隕石投下)を実施した事。そして隕石は地上に向けて落下中であることだった。残り時間は300秒を切っていた。ただし自分達は体感時間は十倍以上に引き延ばされているので、幾分余裕があるようだった。アルミンはここで初めてこの隕石投下がリタの自爆作戦であることに気付いた。

 

「ど、どうして?」

「そういう契約だからな。GMからすればこの惑星の住民はただの観測対象で助ける道理もなければ義理もない。この星に巨人化技術は不要。わたしはそう訴えただけだ。その後はGMの判断だろう」

 リタの要請を受けてGMは軍事介入を決断したという事だった。隕石投下――それ自体は超科学のテクノロジーというわけでもない。高い所から物を落すだけである。ただし、規模(スケール)はこの惑星の住民である自分達人類の想像を遙かに超えていた。

 

「……」

 アルミンは必死で知恵を巡らせるが、今回の敵の大群を打ち破る方法はありそうになかった。もともと戦力的劣勢でしかもどこか(ウォールシーナ)を一箇所でも突破されたら敗北するというのではあまりにも条件が悪すぎるのだった。リタのこの策以外にないのかもしれない。

 

 隕石落下による破壊力は語るまでも無い。パラディ島内に落下させるものはその内の最小規模の隕石だが、破壊力はリタ世界でいう戦術核に匹敵し、敵主力を壊滅させるに十分だった。

 

「……海にも落すのですか?」

「そのようだな。巨大津波が発生し、敵の輸送船団およびパラディ島敵橋頭堡ならびに大陸側敵拠点は壊滅するだろう。これで奴等は当面パラディ島に手出しできなくなる」

「津波!?」

 アルミンにとっては初めて聞く単語だったはずだが、さきほどの記憶転送でその現象については理解できていた。本来なら海底での地震などで海が隆起したときに発生する極めて稀な自然災害である。その破壊力は凄まじく地形によってはウォールローゼの壁(50m)より高い波となるらしかった。そんな巨大に波に飲み込まれては絶対に助からない。巨大津波を人工的に発生させるという事は、敵国とはいえ沿岸部に住む住民を大量殺戮するということだった。マーレ辺境の地であっても死者の数は数千は下らないだろう。

 

「こ、ここまでしなければならないのでしょうか?」

「忘れたのか? 敵はお前達パラティ島の人々を絶滅させるつもりで戦争を仕掛けているのだぞ」

「そ、そうでした」

 アルミンはまだまだ甘いところがあると自覚していた。自分はすでに新兵ではなく作戦参謀である。自分が杜撰な立案をすれば、そのせいで何十、何百という味方の兵士を死なせてしまうかもしれないのだ。敵に勝利するには感情を廃した冷徹さが求められるだろう。手段を選べるほど自分達パラディ島側に余裕はなかった。

 

「お前の優しさは批難されるべきものじゃない。だが優先順位を間違えるなよ」

「はい、僕達は壁内世界数十万……、生まれ来る未来の世代も考えれば何百、何千万人もの運命を背負っています」

「そうだ。その覚悟があればいい」

 リタは満足げに頷いた。

 

 リタが手を(かざ)すとアルミンの目の前に一つの城塞都市が簡略化された三次元画像(ワイヤーフレーム)が表示される。

「これは?」

「大陸中央部、山岳地帯にある難攻不落の城塞都市、通称”地図に存在しない街”だ」

「地図に存在しない街?」

「マーレの一般市民は存在すらも知らない。周囲をカルデラ湖に囲まれ、中央部の島にはパラディ島と同じく沿岸部に無知性巨人が無数に放たれている。そしてこの都市の地下にはこの惑星唯一の巨人化薬品の製造工場がある」

「ま、まさか!?」

アルミンは驚いた。巨人化薬品の製造工場、敵勢力マーレにとっては最重要戦略拠点である事は明らかだろう。この城塞都市こそがGMの本命の攻撃対象だったのだ。

 

「じゃ、じゃあ、巨人達は……」

GM(ギタイマザー)は惑星全土の非巨人化、つまり巨人化技術の抹消(delete)を決定した。今後、知性・無知性問わず巨人が新たに生み出される事はないだろう。”継承の儀式”の成功率も今後大幅に低下し、記憶障害と精神汚染によって間違いなく使い物にならなくなる」

 

 ”継承の儀式”とは無知性巨人が巨人化能力者を食して巨人化能力を獲得する事である。(実例としてはユミルの能力を継承したトラフテが該当。正確にはその骨髄液に含まれる巨人化制御ナノマシーンチップを取り込むこと) それすらも今後なくなるということは地上世界から巨人が完全に消滅するという事だった。

 

 亡き親友エレンの悲願――巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる――はついに成就(じょうじゅ)される事になるのだった。

 

GM(ギタイマザー)は僕達を助けてくれたのですね?」

「結果的にそうなっただけで、別にパラディ島の人々に好意を寄せているわけではない。巨人戦力を失ってもマーレは依然としてこの星最大の覇権国家であることに変わりは無く、戦争は継続するだろう。後はこの星に住むお前達の責任だ」

 

「……」

 アルミンはリタの解説を聞きながら物事を整理する。送り込まれた記憶から敵侵攻軍に関する軍事情報を引き出してみた(GMが収集)。侵攻軍を指揮するのは大陸対岸側の藩王。戦士(知性巨人)80体、随伴歩兵2200名、それ以外の三千体以上の無知性巨人だった。うち歩兵部隊の大半はエルディア人義勇軍で構成されていた。エルディア人はマーレ国内では隷属市民扱いされ、収容区に押し込められている事実も知った。名誉マーレ人になれるという餌で兵士・戦士を募っているらしかった。マーレ国内は一致団結しているわけではない事も分かってくる。

 

(マーレ全てと戦う必要は無いと思う)

 マーレの全勢力を敵に回す必要はないのだった。敵は分断して各個撃破せよ。これもリタに教わった事である。

 

「コマンダー。提案があります」

 アルミンは思い切って提案してみた。

「なんだ?」

「敵輸送船団を壊滅させ、さらに対岸の大陸側敵拠点を破壊しているなら、敢えて殲滅を継続する必要はないと考えます」

「……」

「重要なのは敵にこの島への再侵攻を思い止まらせる事です。侵攻軍全兵士が未帰還になっても津波という災害で全滅したと思うだけでしょう。ある程度、情報を持ち帰らせてパラディ島に侵攻すれば大災厄を招くと思わせた方がいいのではないでしょうか?」

 アルミンが述べたのは抑止力の考えだった。実際にはGMの再度の軌道爆撃(隕石投下)は望むべくもないが、敵からすれば知る術はない。再度の大規模破壊攻撃があるかもしれないと考えれば行動は制限されるだろう。

 

「……」

「マーレは今後巨人戦力の増強が出来なくなります。周辺国と揉め事を抱えている状況ではそう簡単にパラディ島に手出しできないのではないでしょう」

「楽観は禁物だぞ」

「はい、わかっています。常に備える事。それが軍備の基本であり、国を守る事です」

「そうか……。まあ後の方針は参謀総長(エルヴィン)やペトラ達と相談して決めるといい」

リタはアルミンの提案を認めてくれたのだった。

 

 

「ところでアルミン。クリスタとミカサ、どちらを伴侶(パートナー)にしたいんだ?」

 リタの突然の質問にアルミンは戸惑った。ミカサはアルミンの初恋の人(エレンがいるから決して真意を誰にも話した事はなかったけれども)、そしてクリスタは訓練兵団入団当初から美少女ぶりは有名で、男子からは彼女にしたい女子一番だった。共にリタの秘密結社に入社して以降、彼女達と行動する事が多く、どちらも大切な存在である事は間違いないだろう。

 

「どっちつがずは良くないぞ」

 リタは決断を促してきた。アルミンは目を閉じて損得勘定とかを一切棄ててしばし瞑想する。

「……」

 

 浮かんできたのはクリスタの愛らしい笑顔だった。

「えっ?」

突如、誰かがアルミンに抱きついてきてそのまま押し倒された。目を開けると長い金髪がアルミンの鼻を掠める。クリスタだった。

「アルミンはわたしを選んでくれたんだね。えへへ、嬉しい~」

「く、クリスタ!? ど、どうして?」

アルミンはハッとしてリタを見る。最初からクリスタはリタと自分の会話を聞いていたとしか考えられなかった。

「強情なところはあるがいい子じゃないか」

「そうね……、いい加減くっついてくれないとこっちがやきもきするわね」

いつの間にかリタの傍らにはペトラ、シャスタ、ミカサが立っていた。

「アルミンさんとクリスタさん、お似合いのカップルだと思いますよぅ」

「二人はさっさと結婚するべき。誰が見ても付き合っているようにしか見えない」

ミカサは突き放したように告げる。

 

 どうやらリタに完全に嵌められたようでアルミンに退路はなかった。アルミンは観念してクリスタを抱きしめる。クリスタは涙ぐみながら笑顔だった。考えてみればクリスタとの仲が進展したのはトロスト区防衛戦の時からであり、それまではただの同期でまともに会話した事もなかった。運命的な巡り合わせなのかもしれない。

 

「クリスタ……」

アルミンは何か云おうとして何も言えなかった。

「うんうん、わたしも大好きだよぅ」

クリスタは顔を摺り寄せてくる。引き込まれそうな蒼い瞳がアルミンの目の前にあった。

「結婚する?」

「い、いや。いきなりそこまでは……」

「とりあえず恋人同士にしておけ」

見かねたのかリタが仲裁してきた。

「「はいっ!」」

クリスタとアルミンは兵士としての反射神経なのか敬礼して答えた。

 

「ねぇ、リタ。やはり、ここは……?」

 ペトラはリタに訊ねる。

GM(ギタイマザー)が用意してくれた同調夢といってもいいのかもしれない」

「じゃあ、やはり……」

「状況はお前達それぞれには話したとおりだ。改めて繰り返さない」

アルミンはリタの言葉で同時並行でリタがペトラやクリスタ達にも話しかけていたことが分かった。時間の概念が通常と違うから有り得ない様な事もこの夢の中では可能なのだろう。

 

「もう時間はあまり残っていない。ペトラ」

 リタはペトラに呼びかける。

「はい……」

「君を我が秘密結社グリーンティーの次期指揮官(コマンダー)に指名する」

最近は公式名称のヴラタスキ侯爵家で知られているが、元々はリタ達4人で始めた秘密結社である。リタはペトラを後継者に指名したのだった。

「は、はい」

「シャスタ、アルミン、クリスタ、ミカサをよろしく頼む。解散するならそれでも構わない。結成当初の目的――巨人の打倒は他力本願ではあるが、達成される見込みとなっているからな」

リタが間もなく逝ってしまう。その現実を思い出して改めて重い雰囲気に押し潰されそうになった。

 

「リタ、ごめんなさい……。そしてありがとう」

 ペトラの呼びかけにリタは微笑む。

「お前達がいるなら人類は必ず勝利できると信じている。ハンジの願いもきっと適えられるはずだ」

 

「アルミン、クリスタ。幸せにな」

「は、はい」

 クリスタに抱きつかれたままのアルミンが答えた。

 

「シャスタ、お前には迷惑を掛けっぱなしだったな。すまない」

「いいえ。迷惑だなんて思ってませんっ! わたしはリタのお役に立てることがなによりの喜びでしたから……」

「そうか……。GMはお前を悪くは扱わないはずだ」

「はい、わかっています。夢でもこうやってお話できる機会をくれていますもの」

「そうだな」

 リタとシャスタ、他にも何か話し合っている事があるかもしれないが、アルミンには分からなかった。

 

「ミカサ、お前はリヴァイに匹敵する最強の兵士になれるだろう。戦争が続く以上、お前の力は必要だ。ペトラやアルミンを支えてやってくれ」

「はい」

ミカサは頷いて答えた。

 

「お前達は最高の戦友だった」

 リタは敬礼した。アルミン達も自然と敬礼して答えていた。突如、リタの全身が光に包まれた。光は輝きを増すと無数の破片となって崩れていく。ペトラはリタを掴もうとしたが砂のように指の間から零れ落ちていき、やがてリタの破片は虚空へと消えていった。

 

 はっとして空を見上げると、自分達の惑星の表面3箇所に巨大な爆炎が輝いていた。作戦開始時刻(ゼロアワー)、隕石の落下時刻となったのだった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

「やぁぁぁぁ!」

「リタ……」

 大切な人がたった今、消えたのだった。こういう方法でしか敵を倒せなかった事にアルミンは悔しさを憶える。自然とアルミンはクリスタと抱き合っていた。哀しみに暮れる中、意識はいつのまにか薄れていた。

 

 

 気がつけば元のトロスト区地下壕の中にいた。アルミンの居場所は通信機を持っている事もあって一畳ほどの天井の低い個室だった。あの同調夢から強制的に戻されていたのだった。

 

「な、なんだ!?」

「今、大きく揺れたぞ!? 地震か!?」

別室の広間から動揺した兵士達の声が聞こえてくる。

「アルミンっ!」

狭い部屋に飛び込んできたのはクリスタだった。クリスタはそのままアルミンに抱きついてくる。

「うわあぁぁぁん。リタ先輩が……」

「さっきの夢を?」

「う、うん」

クリスタは全ての事情を知っていた。さきほどの夢も一緒に見ていたという事である。敵侵攻軍が壊滅したのは朗報だが、その代償はあまりにも大きかった。自分達の教官であり、世界最強の戦闘力を持つ武人で、かつ自分達の指揮官を失ったのだから。

 

『ザザザッ。02から11……えますか?』

 通信機からシャスタの連絡が入ってくるが雑音が酷かった。隕石落下の衝撃により通信障害が発生しているかもしれない。アルミンは夢の中でリタに提案した策を思い出した。

「こちら、11。応答願います」

『……02、事情はさ、さきほど……説明したとおりです。ザザザッ……、作戦はどうしますか?』

「提案があります」

アルミンはそう告げた。




【あとがき】
GMが用意した同調夢で、リタの秘密結社メンバー全員が集合します。アルミンはリタから今回のGMによる軌道爆撃の真実を知らされます。GMの真の攻撃目標は大陸中央部の山岳地帯にある城塞都市――敵マーレの巨人化薬品製造工場でした。(原作には未だ登場していませんが、あれだけジャブジャブ巨人化薬品を使うなら必ずその製造拠点が存在すると分析しています。親苗のようなものがあってそこで培養されているイメージでしょう)

これにより当該惑星の非巨人化が数年後か遅くとも13年以内に達成される事になります。(原作設定の巨人化能力者の最大寿命13年から逆算。)

リタのこの世界の物語はここで終わります。死者の復活はありません。エレンやハンジが復活することもないです。

ペトラが次期侯爵夫人(秘密結社指揮官)になります。

クリスタ・アルミン、この並行世界では結ばれる事になりました(リタがお節介!?)
原作ならクリスタ(ヒストリア)は国家元首である女王になってしまうので、恋愛は難しいでしょうけど……

シャスタについてはノーコメントです。

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