進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】
マーレ側サイドの話です。戦士にしてファルコの先輩――ピークが登場。原作と違って本作では男性です。時系列を考えて78話と79話を入れ替えています





第10章、ウォールマリア奪還
第79話、撤退


 850年12月9日、午後2時半

 

「ファルコっ! ファルコ、大丈夫?」

 誰かが自分の体を揺すっている。ファルコはハッと目を醒ました。目の前には同期のゾフィアの顔があった。

「ゾフィア……、いってぇ」

体のあちらこちらに痛みが走った。頭に手を触れると包帯が巻かれているのに気付いた。どうやらゾフィアが手当てしてくれたようだ。周囲を見渡すと大勢の仲間が倒れており、介抱している仲間も大勢いた。ファルコは記憶が蘇ってきた。味方部隊は正面の敵城塞都市(エルミハ区)の第2次攻撃を実施すべく再編中であり、ファルコ達エルディア義勇軍訓練兵達も装備を整えて待機中だった。小隊長は現場を離れ打ち合わせに本陣に向ったところだった。しばらくして本陣の方で叛乱が発生したという情報が早馬で知らされてきた。といっても訓練兵である自分達は勝手には動けない。その後、突如とてつもない大きさの雷鳴が轟いたかと思うと衝撃波が襲ってきたのだった。

 

 爆風で飛んできたらしい樹木や石が散乱しており、横倒しになった荷馬車や倒れている軍馬が目に付いた。謎の大爆発に巻き込まれて大勢の死傷者を出したようだった。吹き付けてくる吹雪のせいで視界が悪く周囲の状況は完全にはわからなかった。

 

「あっ、ファルコ。気がついたのね?」

 ガビが話しかけてきた。ガビの傍らにはウドがいて、ウドはガビに肩を借りて立っている状況だった。ウドは足のどこかを傷めたようだった。ガビとウドが取り合えず無事な様子を見てファルコは少し安堵した。

 

「みんな、無事か?」

「無事なんてもんじゃなねーよ。死人こそ少ないけど隊の半数ぐらいは負傷しているみたいだな」

 ウドは憮然として答えた。部隊の半数が戦闘不能――事実上の壊滅状態だった。負傷兵の搬送などを考えたらもはや戦闘どころではない。

「そっか、ひどいな。一体何が起きたんだ?」

「わかんない。でも本陣の方がヤバそう。ものすごく大きな爆発だったみたい」

ファルコは本陣があった方を見遣るが、吹雪のせいで白い闇に閉ざされているかのように何も見えなかった。

 

「おーい、訓練兵っ! 生きているかっ!」

 誰かが馬に騎乗したまま近づいてくる。長い黒髪の縮れ毛が特徴の先輩兵士ピークだった。ファルコ達より4期上で兵士訓練校を首席で卒業しており、同じエルディア人収容地区出身の出世頭である。しかも彼は名誉マーレ人の資格を持つ戦士(巨人化能力者)なのでいざという時には巨人化することが出来る。これほど頼もしい味方はいないだろう。今回の遠征では本隊の予備として後方部隊に参陣していたようだった。

 

「ファルコ! ガビ! ゾフィア! 無事かっ?」

「ピーク先輩!?」

「立てるか?」

「あ、はい」

ファルコは何とか立ち上がった。

「ここの隊長はどうした?」

「わかりません。待機するように命じたきりです」

「そうか、指揮系統は寸断されているという事だな。では俺がここの指揮を執ろう。総員、これより撤退作業に移れっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。勝手に戦線を離脱なんてできないでしょう?」

ウドが異議を唱えた。敵前逃亡は死罪に相当する重罪だからだ。ピークは首を振って答えた。

「味方は総崩れだ。藩王殿下が居られた本陣は吹き飛んで帝国神殿よりデカい穴が空いている。あれで助かっていたら奇跡だな」

帝国神殿とはマーレの最高指導者ーー総大司教猊下が居住する壮大な建造物の事である。ファルコは観閲式の手伝いで一度だけ帝都に行ったことがあった。その建物より大きいとは余程の事だった。

 

「えっ!? まさかっ!? そ、そんな馬鹿なっ! だ、だって世界最強を誇る我が帝国軍ですよ。こんな辺境の島の小国にやられるわけが……」

 ウドはピークの言葉が信じられないようだった。

「だったらこの事態をどう説明するっ!?」

「うっ……」

「”悪魔の末裔”――パラディ島敵勢力はこちらの想定を遙かに超える兵器を手にしている事は間違いない。それだけじゃない。奴等が幾重にも策を廻らして我らを待ち伏せしていたようだ」

ピークは畳み掛けるように言葉を投げつける。さきほどの街でも第一陣が完敗を喫したばかりだった。

 

「今、ここに留まる意味はない。吹雪のせいで巨人の動きは鈍いが、天候が回復したらどうなるかはわかるだろう?」

「えっ?」

「戦士の数が足りない。巨人達の誘導はできても制御はできない」

 ピークの指摘は至極もっともだった。巨人の特性は訓練学校で教わっている。制御を受けていなければ己の本能――食欲に忠実に動くのだった。この場合、巨人達の捕食対象は一番近くにいる自分達兵士である。本来なら戦士の数は十分足りているのでこう言った事態は起こり得ないのだが、第1陣の完敗、謎の大爆発による本陣消滅、戦士の大量欠員、そうやって深刻な事態となっていた。

 

「全責任は俺が取る。撤退っ!」

 ピークの一言で躊躇っていた訓練兵達もピークの指示に従う事になった。負傷兵を荷馬車に収容し進路を南に向けて移動を始めた。死んだ者は残念ながら遺体をその場に放置するしかなかった。さきほどの謎の大爆発で荷馬車隊にも少なからず損害を蒙っており、輸送能力そのものが低下しているためだった。

 

 途中、友軍のエルディア義勇軍歩兵部隊と合流することになった。総勢は五百人規模――2個中隊分以上の戦力だった。周囲には巨人を追い払う為の戦士も同行している。彼らとて定員の7割程になっているようだった。

 

「くそっ! かなりやられているな……。酷いな」

 ウドは周りの友軍を見渡しながら呟いた。吹雪で視界が狭い為に全体の状況は分からないが大勢が負傷している様がみてとれた。戦闘可能な兵士は半分ぐらいかもしれない。本陣にいた連中は全滅したらしいから全体でどれだけ生き残っているのだろう。

 

「あっ!」

 ゾフィアが奇妙な声を上げた。

「どうしたの?」

「川……」

ガビが訊ねるがゾフィアの答えは要領を得ない。

「ああ、枯れている川か。そいいやファルコ、さっきゾフィアの胸触ったよな」

「あ、あれは事故だって」

「二度目は言い訳できないよな」

「うんうん。さすがに二度やったら、わたし、本気(マジ)で殺すから」

「ち、違うって……。ん?」

ウドとガビはニヤニヤと笑いを噛み殺している。どうやら遊ばれているようだった。

「あはは、ファルコってやっぱり面白い」

「あ、二人共酷いよ」

そんな冗談を言い合っている内に川原へと馬車は進入する。突如、どこからか地響きが聞こえてきた。

 

「な、なんだ!?」

「全員っ! 川から離れろっ!!」

 ピークの叫び声。ファルコは音のする方角を見て驚いた。石や木材を巻き込んだ鉄砲水が川の上流から押し寄せてきたのだった。ファルコ達の馬車は急発進して辛うじて対岸に渡り切ることに成功する。しかし後続の友軍部隊はそうはいかなかった。濁流に呑まれて馬車ごと押し流されていく。投げ出された幾人の兵士達が一度は水面に顔を出したものの水没しそのまま二度と浮かび上がってくることはなかった。

 

「な、な、なんなんだよっ!?」

「ど、どういう事!」

 ファルコ達は目の前で起きた惨劇に呆然としていた。眼前で百人以上の友軍兵士が溺死したのだ。いや今日一日で惨劇が連発している。負け戦とはこういうものなのか。

 

「ちっ! やってくれるじゃないか。これも奴等の作戦か!」

 舌打ちしたピークが馬を寄せてきた。

「ピーク先輩! ど、どういう事ですか?」

「こんな偶然あるわけがないだろうがっ! 渡河した瞬間を狙って上流の(せき)を切りやがったんだよ」

「な、な!? ど、どこまで卑怯な奴等なんだ! 悪魔の末裔どもめ!」

ウドは激怒して吼えていたが結局どうしようもなかった。

 

「敵には強力な兵器だけでなく相当頭の切れる指揮官がいるようだな」

「そ、そんな……!?」

 二重三重に張り巡らされた敵の策の事を知ってファルコは言葉を失った。この遠征は弱小の勢力を征伐する楽な戦いだったはずだ。それが当初の予想を遙かに超える強力な兵器と優秀な指揮官、敵として最悪の組み合わせだった。慢心していた自分たち遠征軍が敗退するわけである。

 

「敵は俺達を誰一人として逃がすつもりはないようだ……。生還して報告する事、それが今から我々の任務と心得たほうがいい」

「は、はい!」

 

 その後、仲間の救出活動を行い、次に渡河していなかった荷馬車・軍馬を巨人である戦士たちが運搬して川を渡らせた。この間、ピークは友軍部隊の指揮官と作戦会議をしていた。再び戻ってきたピークはファルコ達に二頭の軍馬に分乗するよう命じた。ファルコ・ゾフィア、ガビ・ウド、この組み合わせである。これは戦闘能力の均質化を図ったという説明だった。

 

「ここまで用意周到な敵なら復路で待ち伏せしていてもおかしくない。遠征軍全員が未帰還という事態だけは避けなければならない」

 ファルコ達は頷いた。

「命令っ! ファルコ、ガビ、ゾフィア、ウド。お前達4人は南東方向に向かえっ! そして壁を越えて第一の街(シガンシナ区)を目指せっ!」

「え?」

「ガビ、復唱っ!」

「はい」

ガビはピークの言葉を復唱した。

 

「あの……、ピーク先輩は?」

 ファルコが訊ねた。

「俺は友軍と一緒に第二の街(トロスト区)を経て第一の街(シガンシナ区)へ向う。戦士の数は足りていないからな。大勢負傷している以上、護衛は必要だろう?」

マーレ本国人ならエルディア人部隊など見殺しにしてもおかしくないが、エルディア人義勇軍は強い仲間意識に支えられている。本陣と主力が壊滅したことでエルディア人だけの自由裁量で動けるのは皮肉な状況だった。

 

「先輩もお気をつけて」

「先輩っ! お願いです。生きて還ってください!」

 ゾフィアは縋るような表情でピークに語りかけた。ピークは軽くゾフィアの頭を撫でながら笑って答えた。

「ゾフィア、お前もな」

「はいっ!」

「おい、ガビ! 餞別だっ! 受け取れっ!」

ピークは腰に付けていた拳銃をホルダーごと投げてガビに寄越した。六連発装填の回転式拳銃(リボルバー)――士官にしか支給されていない代物である。ファルコ達が通常装備している長銃(ライフル)とは違って携帯性や隠密性が高いものだった。

 

「え?」

「俺はいざとなったら巨人化して戦うから拳銃は意味ないだろ?」

 ピークはそうは言うが、実際は何が起こるかわからない状況である以上、ピークの特別な配慮であることは間違いなかった。

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、次は故郷で会おう」

 故郷――ファルコ達が生まれ育ったレベリオ収容区の事である。地区外への外出は厳しく制限されていたが、馴染みの顔が多いとても大切な場所だった。故郷に帰る事を誓ってピークと別れた。

 

 吹雪が吹き付けてくる。いくら防寒装備があるとはいえ、馬で長躯できるものではない。

ただ時間的余裕はなかった。巨人の大半が敵正面の城塞都市(エルミハ区)付近に集めていたとはいえ、制御が失われた以上、人を見つけ次第、捕食する無垢の巨人と成り果てている。見つかれば余計な戦闘になりかねなかった。まして陽が暮れたら吹雪の中、見知らぬ土地で夜営するのはあまりにも危険すぎるだろう。

 

(俺達、生きて帰れるのか? あっ……)

 二人乗りして騎乗するファルコ達、ファルコの前にはガビ達の乗った馬は走っている。ゾフィアが後ろからがっしりと抱きついてくる。ゾフィアの豊かな胸がファルコの背中に当たっていた。否応無しにゾフィアの胸を意識してしまった。

「わたしね、ファルコの事、好きだよ!」

「えっ!?」

ゾフィアはときどき突拍子も無い事をいきなり話す女の子である。また変な癖が始まったかと思ったのだ。

「誰よりも好きだから……」

告白なんだろうか、しかし不思議少女のゾフィアはどこまで本気で何を考えているのかファルコはよくわからなかった。

「え、えーと……」

「あ、今のは忘れてっ! 生きて還ろうね」

「う、うん。生きて還ろう」

ファルコはひたすら南に向けて馬を走らせた。

 




【あとがき】

GMの軌道爆撃(隕石投下)により、マーレ(巨人勢力)側遠征軍の敗北は確定。ファルコ達を含む残存部隊は撤退を開始、しかし往路よりも復路に魔は潜んでいました。一般的に進軍より撤退の方が困難です。戦況が不利になったから撤退するわけですし、敵の追撃がありますから。
なおピークは原作同様、冷静沈着な判断力の持ち主です。


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