進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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タイトル代えただけです。内容は同じ。(9/10)


第80話、報告

 850年12月9日、午後6時

 

 時折吹雪が舞う日没後、王都(ミッドラス)に入城する1台の馬車にペトラ=ラルは乗っていた。王国首脳陣――総統ダリス=ザックレー・参謀総長エルヴィン=スミスに戦況を報告するため、最前線のエルミハ区から戻ってきたのだった。巨人三千体を擁する敵主力の壊滅――それ自体は嬉しい大戦果であるがペトラの心は沈んでいた。なぜならこの大戦果は盟友であり同志のリタ=ヴラタスキの命と引き換えだったからだ。GM(ギタイマザー)という超越的存在によるリタを巻き込んだ軌道爆撃(隕石投下)、事実上のリタの自爆作戦だったのだ。

 

 リタを喪ったのはあまりにも大きな痛手だった。さらに”通信機”を通じてシャスタからは別れを告げられた。

「そんな……。シャスタ、貴女まで……」

『ごめんなさい。でもわたしにもどうしようもないです。GM(ギタイマザー)の命令は絶対です。わたし達が持ち込んだ兵器や機材・通信機器も全てこの惑星(ほし)から撤収せよとの事です。タマ達も含まれています』

リタ達秘密結社(ヴラタスキ侯爵家)の力の源であった通信機・振動探知網・生体戦車(ギタイ)・各種武器もすべて撤収するという事だった。期限は約1ヶ月後との事だ。

 

GM(ギタイマザー)の目的はあくまでもこの惑星(ほし)非巨人化、つまり異星文明由来の巨人化技術の消去です。貴女達パラディ島の人々の救済でもマーレの壊滅でもありません』

「ねぇ、シャスタ。わたしは総統閣下にどう報告したらいいの?」

『今後の道筋はリタが示したとおりです。防衛線を海にまで押し上げて敵を上陸させない事です。当海域の敵側拠点は津波で全て壊滅していますので時間的猶予があります。この間に防衛体勢を整えつつ、マーレと敵対する列強諸国と外交交渉してください。国際情勢に関する基本情報は既にリタから記憶転送済みのはずです』

 ペトラはシャスタの言われたとおり自分の頭の中を探ってみた。すると鮮やかに脳内に記憶が再現されてくる。原理は全く分からないが非常に有用な情報だった。

 

 シャスタとの会話を終えてペトラは報告前に情報を整理した。そして今後の事をよく考えた。リタが命を引き換えにして作ってくれた未来なのだから絶対に無駄にするわけにはいかないのだ。

 

 

 ペトラが総統府に到着すると、さっそく総統執務室に通された。シャスタから自分の到着する旨の連絡はエルヴィンに入っていたのだろう。総統執務室にはザックレー総統が中央に座り、参謀総長エルヴィン=スミスが傍らに立っていた。ペトラを案内した衛兵は直に退室し、室内にはペトラを含む3人が残された。

 

 ペトラは雰囲気に圧倒されそうになる。むろんペトラが総統執務室を訪れるのは初めての事だった。そもそも一介の調査兵が最高権力者の部屋に来る事自体、少し前なら想像もつかない事だった。

 

「ご苦労だったな。さっそくだが戦況を聞かせてもらいたい。侯爵家の者からは敵の撃退には成功したと聞いている。詳細は君が報告するとだけしか聞かされておらんのだ」

「はい、お話します」

 ペトラはほぼ包み隠さず報告した。ただし最重要機密――GM(ギタイマザー)の存在や大陸中央部への隕石投下についてはなぜか言葉にできなかった。超越的存在だから口外禁止の術を掛けられているのかもしれない。

 

「そうか。敵主力の8割を撃滅したから大勝利と言いたいところだが、侯爵夫人殿が亡くなったのか……」

「うーむ。勝ったとはいえ惜しい人を亡くしてしまったのう」

 ザックレー総統もエルヴィンもシャスタからの連絡である程度は予想していたのだろう。驚きよりも落胆の色が強かった。

 

「エルヴィン、国民にはどう発表すべきじゃな?」

「はっ。明朝、敵の撃退に成功した事を新聞や広報で発表してよいかと思います。残敵がトロスト区に逃げ込んだとの事ですし、敵輸送船団が壊滅している状況では再侵攻はまずないでしょう」

 エルヴィンは事前に考えていたのか総統の問いかけに即答した。

「侯爵夫人殿についてはどうする?」

「はい、公表してもよいかと思います」

「士気が下がるのではないのか?」

「いえ。今回、敵の侵攻を撃退できたとはいえ厳しい情勢であることは変わりないのですから。国民に危機意識を喚起する意味においても隠すべきではないでしょう」

「そうか、そちがそういうならそれでよかろ。手配したまえ」

「はっ」

総統の命令により戦勝と侯爵夫人リタの戦死が同時に公表される事になった。

 

「残敵についてはどうじゃ? ペトラ、お前に聞こうか?」

「はい。残る敵戦力はトロスト区に知性巨人10体前後・歩兵約500と推定されます。またシガンシナ区にも若干の守備隊が存在する模様です。無知性巨人については考慮しなくて構いません。知性巨人を潰せば後はいかようにも処理できますから」

「なかなか頼もしい意見だが、調査兵団とイアン分隊だけでトロスト区の残敵を倒せるのか?」

「はい、可能です。ですが総攻撃前に敵に降伏勧告をしてみては如何でしょうか?」

「降伏じゃと!? 奴等、我ら壁内の全人類を皆殺しにしようと企んでおったのではないか?」

ザックレー総統はペトラの提案(実はアルミンの策)に不快感を示した。

「承知しています。しかし残敵のほとんどはエルディア義勇兵です。彼らは収容区内にのみ居住することを許された隷属民族の出身者達です。別に同情するわけではありません。力押しでも勝てますが、こちらも犠牲が皆無とはいかないでしょう」

「降伏する振りをして、後で反旗を翻したらどうする?」

「その時は……皆殺しにするまでです」

いつでも捕虜達を皆殺しにできるだけの準備はしておくという意味である。実際、ペトラの脳裏には侯爵家の隠し玉――生体戦車(ギタイ)タマ達の存在がある。タマ達は夜間の対人戦闘なら、ほぼ無敵であることは実戦証明付きだった。

 

「ペトラ、その案は君の案かね?」

 エルヴィンが口を挟んだ。

「いや、どうもアルミンに近い考えのような気がするのだが?」

「!?」

さすがにエルヴィンは鋭かった。曲者ぞろいの調査兵団を束ね、政治力を発揮して中央第一憲兵団と渡り合ってきただけの事はあるだろう。

「はい、ご明察恐れ入ります」

ペトラは素直に認める事にした。

「なるほど、現地にいる彼の判断なら間違いはなさそうです。総統閣下、ここはアルミン達に任せてみてはいかがでしょう?」

「うむ。良きに計らえ」

ザックレー総統の裁可が得られたので、残敵に対する降伏勧告はされるだろう。勧告を呑まなければ敵を殲滅するだけである。

 

「それと侯爵家次席シャスタ=レイル殿から申し出がありました。同盟を解消し当惑星から撤退するとの事です」

「そうか……、仕方あるまいな」

 侯爵家の軍事力はリタ個人に拠るというのはザックレー総統やエルヴィンの知るところである。

「違約の代償として全領地(ウォールシーナ)の返還したいとの事です」

「ふうむ。確かに領地は持っていけないだろうからな。わかった。了解したと伝えよ。本来なら我らこそが侘びを入れねばならんのじゃからな。侯爵夫人殿を喪わせてしまって申し訳なかろ」

「総統閣下。侯爵夫人殿の葬儀についてですが国葬とすべきでしょう。侯爵夫人殿の献身があってこの壁内世界は護られたのですから」

「そうじゃな」

いくつかの取り決めをした後、ペトラは総統執務室を退室した。

 

 

 その日の深夜、ペトラは王都繁華街にある高級酒場を訪れていた。総統執務室を退室する際、エルヴィンと握手した時に紙片(メモ)を渡されたからである。そこには深夜11時に指定された酒場の裏口に来て欲しいとあった。

 

 ペトラがその高級酒場に着くと、黒服を着た店員に個室に通された。最上位級の客しか通さない個室であり、豪華な内装や調度品で飾られていた。

 

「すまないな。こんな時間に呼び出して」

「いえ、わたしもお会いしたかったですから」

 ペトラは侯爵家の今後の事を考えて、エルヴィンを事実を打ち明けて同志に誘うつもりだった。リタはエルヴィンに全ての秘密を打ち明けていたわけではないが秘密結社の準構成員に近い扱いをしていたからだ。兵団革命の成功もエルヴィンとリタの協力があればこそである。

 

「酒は飲めるか?」

「嗜む程度には」

「ではワインを」

 エルヴィンがボトルを開けようとする。

「お酌ならわたしが……」

「いや、今日はわたしが接待する側だよ」

そう言われるとペトラは強く言えなかった。献杯の後、グラスに一口つけた後、エルヴィンが切り出した。

「ペトラ、君達には感謝している。侯爵夫人様と共にこの世界を護ってくれたことに……」

「え!? さ、参謀総長閣下はお気付きだったんですか?」

ペトラは自分の正体を見抜かれたと思って動揺してしまった。

「ふっ。その反応を見るに予想どおりだな」

「す、すみません。わたしが知っている事は全てお話します」

ペトラは切れ者のエルヴィン相手に誤魔化しは効かないと判断して正直に告白する事にした。

 

「なるほど、君達4人で始めた研究会、それが秘密結社(グリーンティー)でありユーエス軍だったわけだ」

「はい。ハンジさんを喪ったのはわたし達の判断ミスです。まさか壁内の敵――中央憲兵が巨人化薬品を所持しているとは予想を超えていました」

 ペトラは革命前夜の夜を思い出す。調査兵団の研究棟が真っ先に標的になりハンジは15m級巨人が壊した建物の下敷きとなってしまったのだ。

 

「ハンジさんがいれば、今回の敵の侵攻に対しても、もっと良い案が浮かんだかもしれません」

「そうだな。ただあの事件のお陰で壁内の敵を炙り出す事ができた。同時に革命への大義名分が出来、親巨人派(マーレ)に侵食されていた王政府・貴族・商人達を一掃できたと思う。ハンジは決して無駄死にしたわけではない」

「そ、そうですね」

「あの事件直後に使用された例の超大型爆弾、あれは大切な仲間(ハンジ)を殺された侯爵夫人殿の怒りなのだな」

「はい。リタ、いえ侯爵夫人様は後で反省している様子でした。確かに対人制圧部隊を殲滅するのにアレは必要なかったと思います。夜間戦闘なら侯爵家特務兵(タマ)一体で十分片付く話でしたから」

「そうか、過去を悔やんでも仕方あるまい。教訓として未来に生かす事を考えるべきだろうな」

「はい」

 ペトラはじっとエルヴィンの顔を見遣った。ペトラが初めてエルヴィンを見かけたのはペトラの訓練兵時代の勧誘式の時だった。ウォールシーナ失陥(845年)という大事件の最中、ペトラ達第99期生は正規兵となった。そのとき既にエルヴィンは調査兵団の団長だったのだ。一介の新兵である自分(ペトラ)にとってエルヴィンは雲の上の人だった。リヴァイは頼りなる大先輩だが、エルヴィンは自分達調査兵を導く指導者である。惚れているわけではないが尊崇の念を持っていた。ちなみに余計な話だが、エルヴィンは壮年の美形だろう。

 

(そういえば参謀総長閣下はまだ独身だって話だけど、内縁の奥さんでもいるのかな? いい男だもの。いてもおかしくないよね。でもまだなら、わたしにだってチャンスは……。あっ!?)

 ペトラはエルヴィンの妻となった自分を妄想して恥じ入った。少なくとも本人がいる目の前で妄想すべきではないだろう。想い人ならリヴァイだっているのだ。

 

(こ、これはお酒のせいよ。わ、わたしは酔っているのよ。きっと……)

 ペトラ自身は酒に弱いとは思っていなかったが今はそう思うことにした。

 

「なあ、ペトラ」

「は、はい?」

 ペトラは裏返った声で返事してしまった。

「これは参謀総長ではなく私個人からの提案だ。返事は今すぐでなくて構わない。いや、ゆっくり考えて欲しい」

エルヴィンはそう前置きした上で告げた。

「ペトラ、わたしは君を妻に迎えたい」

エルヴィンからの求婚の申し出だった。




【あとがき】
参謀総長エルヴィン(調査兵団第13代団長)は、原作と同じく独身です。ペトラはリヴァイに片思いしているものの決まった恋人がいるわけではありません。秘密を共有するもの同士ですので、こういう世界線もありかもしれません。

ちらりと出てきましたが、シャスタおよびタマ達はGMの命令によりこの惑星から撤収することになります。巨人化技術がなくなろうとも戦乱がなくなる事はないでしょう。

マーレ + 親マーレ国家群  vs  反マーレ列強諸国 + パラディ王国(壁内世界)

このような構図が予想されます。

そろそろ物語の最終話が見えてきました。もう少しお付き合いください。

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