進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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本章の最終話です。


第82話、降伏

850年12月10日、午前9時

 

 一面銀世界の平原の地平線に高い壁に囲まれた城塞都市――第2の街(トロスト区)が見えてきた。捕虜となった神聖マーレ帝国(以下マーレ)軍訓練兵のファルコとゾフィアは後ろ手を縛られたまま一台のソリに乗せられている。御者をしているのは長身の東洋人少女兵、ソリを()いているのは白い布に包まれた樽のような形状をした奇妙な生物だった。

 

 ファルコ達の乗るソリの後ろには一頭の軍馬が追走している。騎乗しているのはあの小柄な少女兵である。ファルコ達を捕らえた後、彷徨っていたファルコ達の馬を拾ってきたのだった。小柄な少女兵は見かけによらず多才だった。流暢なマーレ語を話し、ゾフィアを組み伏せるだけの戦闘技術を持ち、さらに馬を御する技能も持っているのだから。

 

 横に座っているゾフィアがファルコに肩を寄せてきた。

「ファルコ……。わたし、ファルコが生きてくれて……本当に嬉しかった……。ホントに死んじゃったんじゃないかと……」

ゾフィアは涙目ながらに話しかけてくる。ファルコは普段ガビの事ばかり見ていて気付かなかったが、ゾフィアは口下手で感情表現は苦手なだけで実は繊細で健気な女の子のようだった。

「うん、ごめん」

「で、でもね。すごく嬉しかった。わたしね、ずっとずっとファルコの傍にいたいって思った」

「あ、でも今オレ達捕まっているんだよ。……これから殺されるかもしれない」

「ううん、大丈夫だと思う。ただの勘だけど……」

「そっか……」

ゾフィアは不思議な感覚の持ち主で彼女の勘はよく当たった。昨日も枯れた川の異常性に真っ先に気付いたのは彼女だった。そんなゾフィアが言うのだから少しは無事に帰れそうな気がしてきた。

 

 ソリが停止した。長身の少女兵が手を挙げて合図する。小柄な少女兵がソリの横に馬を寄せてきた。ファルコは身構えると小柄な少女兵は愛らしい笑顔で話しかけてきた。

「ファルコにゾフィア。ここで貴方達を解放してあげるよ」

「えっ?」

「あの街がどこかはわかるでしょう? 今、あの街には貴方達マーレ軍の残存部隊が集結している。そこの指揮官にその……手紙を渡してね」

 

「……」

 長身の少女兵が無言でファルコの胸ポケットに強引に手紙を押し込んだ。その後、彼女はゾファアの後ろに回って縄を解いた。

「……」

両手が自由になったゾフィアは自分の手を擦りながら首を傾げている。

「さっさと降りろ!」

ほとんど蹴り出されるかのようにファルコ達はソリから降ろされた。

 

 小柄な少女兵は元々ファルコ達が騎乗していた馬をファルコ達に引渡した。

「じゃあ、頼んだよ~」

彼女はソリに乗り込むと手を振っていた。陽気な振る舞いはとても敵の兵士と接しているようには思えなかった。

(あんな綺麗な女の子が本当にいるんだ……。自称美少女のガビとは大違いだな。まあ、ガビらしくていいんだけどね)

ファルコが内心、そんな事を思った。

 

 

「……ん?」

 ファルコは自分の顔をじっと見ているゾフィアの視線に気付いた。

「ねぇ、ファルコ。まさか……あの子に惚れたの?」

ゾフィアがいきなり直球の質問をしてきた。

「え? な、なに言ってるの?」

ゾフィアは頬を膨らませてやや怒った顔をしている。あまり感情を面に出さないゾフィアには珍しい表情だった。

「だって……ずっとあの子ばっかり見てた」

「ち、違うよ。そ、そんな事はないよ」

「そんな事あるよ!」

「そ、その……、それより早く縄を解いてよ」

ゾフィアは既に拘束が解かれているが、ファルコは後ろ手に縛られたままである。

 

「やだ!」

 ゾフィアはぷいっと顔を背けた。

「そ、そんなぁー」

「いくら可愛いからと言って、あの子は敵の兵士なんだよ! 戦いはまだ終わったわけじゃないよ。ファルコ、兵士としての自覚が足りないよ! 反省して!」

「い、いやさ……、そ、その味方のところ戻るのに縛られたままじゃ不味いだろ?」

「やだ!」

ファルコはなんとか話を逸らそうとするがゾフィアには通じず、ゾフィアの機嫌はすっかり悪くなってしまった。結局ゾフィアを宥めるのにファルコは想像以上の精神力を消耗する羽目になったのだった。

 

 

 なんとかゾフィアの機嫌を取って縄を解いてもらった後、ファルコ達は馬に乗って第2の街(トロスト区)の外門に近づく。付近の廃屋となった建物にいた歩哨に呼び止められた。

 

「お前達、どこの所属だ?」

「エルディア義勇軍第7小隊所属、訓練兵ファルコ。同じく訓練兵のゾフィアです。ピークさんに取り次ぎ願います」

「少し待ってろ!」

兵士の一人が馬に乗って去っていく。しばらくして数騎の騎兵と共にピーク達がやって来た。

 

「ファルコ! ゾフィア! お前ら無事だったのか!?」

「ピーク先輩、実は……」

 ファルコは事情を話した上で敵より預かった手紙をピークに渡した。

 

「それは災難だったな。奇行種に襲われるとはな」

「はい、情けないですが敵に助けられました」

「そうだな。だが気にしても仕方ない」

「あの……、ガビ達はこちらには?」

「いや、来てないな」

「だ、大丈夫だと思うよ。今頃第1の街(シガンシナ区)に着いている……」

 ゾフィアが口を挟んだ。確かに自分達の当初の目的地がそちらなのだから心配しても仕方ないのかもしれない。その間、ピークは手紙を読み、深く溜息を吐いた。

 

「なるほど、だからお前達は助かったわけか……」

「え? 何と書いてあるんですか?」

「ふむ。まあ、隠しても仕方ないな。奴等からの降伏勧告だよ」

ファルコからの質問にピークは少し考えてから答えた。

 

「こ、降伏勧告ですか?」

「そうだ。すでに総攻撃の準備は完了していて、いつでも我らを殲滅できる態勢にあると言っている。期限は本日の日没。捕虜になった場合の処遇は国際陸戦条約に基づくとな」

「!?」

ファルコは士官教育を受けていないので陸戦条約については詳しく知らなかった。

「えーと、どういう事でしょう?」

「そうか、お前達は知らなかったな。軍使や捕虜の扱い、休戦の取り決めなどを定めたものだよ。一種の紳士協定だから拘束力はないが、後々の国際関係を考えたたら簡単には無視できるものではないな」

国際陸戦条約は半世紀前の”大戦”の後に、マーレを含む列強各国が集まって締結されたものだった。

 

「保証はないが、あちらが陸戦条約を守ってくれるならお前達一般兵は酷い扱いを受ける事はないだろう」

「そうですか……」

「まあ、わたしの一存で決められるものではないし、各部隊の隊長達と話し合って決める必要があるだろう。……、ファルコ、ゾフィア、お前達はゆっくり休んでおくといい」

そう言い残してピークは去っていった。

 

 この時、ファルコ達は知らなかったが、島の沿岸部に巨大津波が襲い、橋頭堡ならびに輸送船団が壊滅していたのだった。ピークや残存部隊の指揮官達はこの知らせを受けて抗戦意欲は衰えていた。国際陸戦条約に基づく扱いを約した降伏勧告であるなら受諾止む無しの意見になるのは自然だった。

 

 

 同日、午後4時半、第二の街(トロスト区)に駐留するマーレ軍残存部隊は北門の上に白旗を掲げた。ほどなくして軍旗を掲げた荷馬車が北側(ウォールローゼ方面)からやって来た。敵パラディ王国側の軍使のようだった。

 

 エルディア義勇軍主体のマーレ軍の兵士達は一切手出しするなと命令されていたので、そのまま荷馬車を見送った。北門を潜りぬけた荷馬車は広場に到着する。

 広場を取り囲むように大勢の兵士達が繰り出していて、交渉の行方を見守っていた。兵士達は軍使を刺激するなと命令されているので銃は全て安全装置を掛けている。ファルコとゾフィアも広場に臨む民家の三階から様子を窺っていた。ピーク・友軍部隊長達が広場の中央で軍使を出迎えた。

 

 荷馬車の中から現れたのは、利発な顔立ちをした金髪の少年兵と例の東洋人少女兵だった。

「ファルコ、あの子……」

「ああ、オレ達を捕まえた背の高い子だね」

「ちょっと驚いた」

ゾフィアは軍使に彼女が来るとは予想外だったのだ。

「うん、もし交渉が決裂したら周りは敵だらけなのに……」

ファルコは改めて長身の少女兵の度胸に感心した。交渉が決裂すれば彼らは敵中に取り残されることになる――まず助からない。ただしそうなれば敵からの総攻撃が始まるのでファルコ達も生き延びるのは難しいだろう。

 

「エルディア義勇軍の指揮官とお見受けします。初めまして。僕はパラディ王国軍調査兵団作戦参謀のアルミン=アルレルトと申します。こちらは護衛のミカサ=アッカーマン」

 金髪の少年兵はアルミンと名乗った。長身の東洋人少女はミカサという名前のようだった。

 

「エルディア義勇軍第2歩兵連隊のピークだ。訳あって今は全残存部隊の指揮官を務めている」

 敵同士だったが交渉は和やかな雰囲気で始まった。アルミンは非常に理路整然と答弁し、降伏の手順や捕虜の扱いを説明した。細かい部分まではファルコ達からは遠すぎて聞こえなかったが特に厳しい雰囲気ではなかった。

 

 雰囲気が一辺したのは、アルミンが”戦士”(巨人化能力者)について問い質した時である。

「騙そうとしても無駄です。偽った場合は貴軍に降伏の意志は無いものと判断させていただきます。よく考えてご回答ください。この街にいる貴軍の中に何人の”戦士”が居ますか?」

「……」

 ピークは直に答えられないようだった。

「どうしました? 答えられないのですか?」

「違うな。わたしが把握している限りはこの街にいるのは8名だ。しかし潜んでいる密偵の中に”戦士”がいるかもしれない」

「密偵ですか?」

「エルディア義勇軍は常にマーレ本国軍の監視下に置かれている。叛乱を起こそうものなら直ちに通報される仕組みだ。誰が密偵なのかは指揮官であるわたしにもわからない」

「理解しました。ではまず8人に広場の中央に出てくるように伝えてください」

「戦士諸君、前に出てくれ!」

 

 ピークの指示で7人の兵士が集まってきた。

「あと一人は?」

「わたしだ」

アルミンの問いにピークは隠さずに答える。

 

「ではそこに整列し……」

 アルミンはそう言いかけて止めた。一人の少女兵がずかずかとアルミン達に近づいていった。

「そこの女、止まれっ!」

長身の少女兵ミカサが叱責するが少女兵は歩みを止めない。

「参謀って言ったよね? という事はあの街で第一陣を巨人に喰わせた策を考えたのはお前ね?」

「それ以上近づいたら敵対行動と見なすっ!」

ミカサは剣を抜き放ち、構えと取りながら警告した。

 

「よ、よくもわたしのお兄様を巨人に喰わせたな!」

 少女兵は歩みを止めるとアルミン達に罵声を浴びせた。ファルコの位置からは少女兵の表情まで見えなかったが少女兵は大切な人を殺されて激昂している様子だった。

「僕に恨み言を言うのは筋違いだよ。そもそもお前達マーレ軍が巨人を使って攻めてこなければ良かっただけだからね」

「う、うるさい! うるさい! この悪魔の末裔めっ! わたしの戦友も川で溺れ死んだ。全部、全部貴様のせいだっ!」

「おい、やめるんだ! ミランダ! 相手は軍使だぞっ!」

ピークは制止するがミランダは聞かなかった。

 

「殺す! 殺す! 殺してやるっ!!」

 その少女兵は手を翳した。ファルコからは見えなかったが彼女は右手に棘が内臓された指輪(自傷行為による一種の巨人化発動スチッチ)を装着していたのだった。次の瞬間、閃光は走り大量の水蒸気が噴出、巨人体が出現する。

 

 少女兵ミランダは戦士―ー12m級の女型巨人だった。最愛の人を殺された怒りでなりふり構わず巨人化能力を発動させてしまったのだ。

 

 広場中央に立つ12m級の女型巨人。通常の巨人と違って乳房を持ち、女性らしい妖艶な肉体美を持っている。しかし巨人化して直後、黒い影が動き、巨人の頭部まで飛翔していた。黒い影はあのミカサだった。ミカサは二本のワイヤーを器用に操り、空を自由に飛んでいた。

 

(こ、これが敵の装備。まるで宙を舞うみたい……。オレが助かった時もこうやったのか?)

 ファルコは唖然として見守っていた。ミカサは振り向きもせず地上に降り立つ。女型巨人ミランダは脚をもつれさせ、そのまま味方兵士が集まる場所へと倒れこんでいった。逃げ遅れた何人かの兵士が巨人の下敷きになって犠牲になった模様だった。

 

「……」

 人が剣で巨人化した戦士を倒す。本来なら有り得ない出来事である。大量の大砲が備えられている城塞などの戦場を除けば巨人は無敵の兵器である。それがファルコ達マーレ軍の常識だった。その常識が破壊されたのだ。周囲にいる四百人近いマーレ軍兵士達は皆驚愕して静まり返っていた。

 

「な、なにをした?」

 ピークが驚いて訊ねた。

「巨人化した直後、硬直が発生する。その隙にうなじを斬った……」

巨人化能力を発動した際、本体(人間体)と巨人体をつなぐバイパス器官が生成されるがそれが動作するにはどうしても数秒間は掛ってしまう。この間は視界は無く身動きできない状態なのだった。この隙に攻撃されれば身構える事すらもできない。巨人化能力に対する深い知識と洞察だけでなく非常に錬度の高い戦闘技術を持っているからこそ為し得る速攻技だった。

 

 

「他に巨人化したい方がいればどうぞ。……相手になります」

 ミカサは二刀の剣を交差した構えを取りながら残る戦士達に挑発するかのように言ってのけた。

「……」

戦士達は互いに顔を見合わせた。いくら剣技の達人と言えども同時に巨人化されたならば防ぎようがないだろう。しかし戦士達は攻撃する決意はつかなかったようだ。そもそもこの少女兵――ミカサを殺したところで戦略的になんの意味もなかった。既に大勢は決しており、敵パラディ王国軍による殲滅の正当な口実を与えるだけなのだから。

 

(つ、強い! 強すぎる!)

 改めてファルコはミカサという少女兵がとんでもない化け物だと悟った。歳は自分とさほど変わらない15歳前後のはずだが、恐ろしく戦闘慣れしている。こんな化け物のような兵士の存在を知らないようでは今回の遠征はやはり失敗する流れだったのかもしれない。

 伏せて倒れた女型巨人の全身から水蒸気が立ち昇ってくる。言うまでもなく気化現象――本体のミランダは死んだという事だった。

 

「今の巨人化は貴軍の敵対行動でなくその娘個人の暴走だと判断します。ピーク隊長、改めて確認させて頂きます。降伏していただけますね?」

 アルミンが念押しして確認した。

「わ、わかった。降伏する」

ピークは苦渋に満ちた表情でそう答えた。

 

 

 

 12月10日午後5時、トロスト区にいたマーレ軍残存部隊が降伏。時置かずしてパラディ王国軍トロスト区残置部隊(イアン分隊)ならびに調査兵団本隊が進駐し、マーレ軍の武装解除を進めた。ファルコを含む降伏したマーレ軍兵士達は複数に分散して捕虜収容所に送られる事になった。

 

 

 12月12日、調査兵団・ヴラタスキ侯爵家第2軍(装輪装甲車(ストライカー)生体戦車(ギタイ))がウォールマリアを南下し、シガンシナ区に到達。同街に駐留するマーレ軍守備隊はトロスト区の顛末を知って降伏。これによりパラディ島内から全てのマーレ軍戦力が消滅した。ウォールマリア・ウォールローゼ内に無知性巨人が徘徊していたものの、これの排除は時間の問題だった。パラディ王国(壁内人類)はついに悲願のウォールマリア奪還を果たす。それだけでなくウォールマリア外側も含めたパラディ島全土を勢力圏に置いたのだった。




【あとがき】
ミカサの独壇場でした。この時点では新型立体機動装置(シャスタの魔改造)を纏い、さらに陸戦の達人リタから個人特訓を受けているので実力的にはリヴァイと同等です。ちなみにミカサ・アルミン・クリスタの3人がマーレ語を話せるのはシャスタ達の存在のお陰です。

アルミンの献策でピーク率いるエルディア義勇軍は降伏、ファルコ達は命を永らえる事ができました。といっても捕虜待遇なので楽な生活ではありません。当面は労役が課せられるでしょう。

パラディ王国(壁内人類)はついにウォールマリア奪還を達成。さらに外側、全島制圧しました。原作とはストーリーの組み立ては違いますが、なんとなく似た流れでしょうか。

国際陸戦条約……私達現実世界の「ハーグ陸戦条約」に相当するものです。保護されるのは正規兵だけで便衣兵(ゲリラ)には適用されません。巨人化能力者の扱いは申告しない場合は当然ゲリラ扱いになるでしょう。

活躍不足だったキャラも居ますが、なかなか全員の見せ場を作るのは難しいですね。
なお次話からはエピローグに入ります。

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