第83話、新年
851年1月1日、
新たな1年の始まりの陽が東の空より昇って来る。壁内世界(パラディ島)に住む人々にとっては格別の思いで迎える来光の陽であろう。二度に渡った敵巨人勢力――神聖マーレ帝国軍(以下マーレ)の侵攻、兵団革命政権樹立、悲願のウォールマリア奪還、まさに昨年は激動の一年だったのだ。
敵の侵攻を撃退したとはいえ、正確に述べるならば自力で達成できたわけではなかった。新たな同盟者であった侯爵夫人リタ=ヴラタスキの自己犠牲――敵主力部隊を巻き込んだ事実上の自爆作戦によるものだったのだ。(正確には
あくまで敵マーレの遠征部隊を叩いただけであり、大陸側の敵マーレ本国は依然として健在だった。当然再侵攻の可能性は十分考えられた。さらにリタを失った侯爵家は当方世界からの全面撤退を通告してきており、今後はパラディ王国軍(壁内世界)単独で大敵マーレと対峙しなければならないのである。状況の厳しさはザックレー総統以下首脳陣には痛いほど分かっていた。
先月の戦勝後、調査兵団主導の下、各兵団が共同で巨人掃討戦を行った。
先月に奪還したばかりの城塞都市シガンシナ区は今や最前線の軍事拠点となり、ピクシス司令・ハンネス隊長以下駐屯兵団・調査兵団を中心とした軍関係者が二千人以上が駐留し、防衛拠点としての整備が行われていた。街自体は略奪こそされていたものの、中央道路付近の建物を除けば単に放置されていただけであり、手入れさえすれば建物の再利用は可能だった。
王都の中心部に位置するとある旧貴族の大邸宅。ここは革命時に兵団政府が接収した後、ヴラタスキ侯爵家公邸に指定されており、周囲の街ブロックごとバリケードや鉄条網を張り巡らせ衛兵を配置し厳重な警備下にある。その一室にヴラタスキ侯爵家(
「滞在の延長は認められませんでした。ごめんなさい」
シャスタは一同に頭を下げた。ここにいるペトラを含めて一同は皆シャスタの真の主人が――
「じゃあ、やはり次の満月の夜になるのね」
「はい、場所は……ウォールマリア平原。ペトラさんとわたし達が初めて出会った処です……」
「そうなのね」
ペトラは半年前にシャスタやリタと出会ったときの事を思い出した。あの時、巨人の群れに襲われて当時のペトラの班が全滅し、ペトラもまた危うい状況だったのだ。それを助けてくれたのがリタ達だった。リタ達の戦いぶりを見たペトラは、彼女達こそが巨人に打ち倒す光明だと確信し、その後、強引にリタ達を勧誘した経緯がある。その場所にGMの惑星揚陸艇がシャスタを迎えにやってくるという事だった。
「指定時刻は深夜2時ですから、当日は少し余裕を見て早めに出発しようかと思っています」
「シャスタ殿、貴女と侯爵夫人殿には本当に感謝している。壁内世界の……いやパラディ王国の全ての人々が無事新年を迎えられたのは貴女達のお陰だ」
エルヴィンが礼を述べた。
「いえいえ、わたしは大した事してませんよぅ。なによりもこの全兵団の皆さんの祖国を護りたいという強い意志があればこそです。そして巨人という不条理な存在に立ち向かう勇気と知恵をお持ちでした。そんな貴方達にリタは惹かれたからあの作戦を実行したのだと思います」
「そうか……。侯爵夫人殿には本当に申し訳ない事をしたと思う。君達には何かお礼をしたいのだが、何かできるものはあるだろうか?」
「そうですね。……、あ、ありますよぅ」
シャスタは少し考えて答えた。
「なにかな?」
「巨人や巨人を操る連中なんかに負けないでくださいね。それがリタの願いですから」
要するに大敵マーレに負けるなという事だった。それはそれで難題だった。
「ああ、もちろんだとも」
「シャスタ、わたしに出来る事は少ないかもしれないけど
ペトラも口を添えた。
「ふっ、ペトラも大変だな。参謀総長閣下は壁内世界で最も忙しい人間の一人だろう。その新妻になるとは驚いたよ」
リコが冷やかすように言う。ペトラは先月の戦いの後、エルヴィンからの求婚を承諾し、婚約していた。戦後処理に忙しい事などもあって結婚式をいつ挙げるかは未定だった。
「もう……、リコったら」
「あ、それから皆さんにはもう一つ。大事なお知らせがあります。以前お話していたフェルレーア王国との事前交渉が纏まりました。といってもわたしは連絡だけで何もしていないのですが……」
フェルレーア王国。反マーレ列強の雄であり海洋国家群の中では最強の海軍力を誇る大国である。半世紀前の”大戦”ではマーレに苦杯を舐めさせ、マーレの世界征服の野望を粉砕したとも言われている。陸では巨人戦力を有するマーレが有利、海ではフェルレーア・ヒィルズを中心にした海洋国家同盟が優勢と言われていてその構図は現在も変わっていなかった。
シャスタの知り合い(実際はGMの別の
「それでどうなったのだ?」
「はい、軍事援助は可能だという事です。対巨人砲と呼ばれる速射砲、後装式の長銃、それに飛行機械を引渡す用意があるとの事です。交渉によっては設計図も貰えるかもしれません」
シャスタが提示した兵器類はいずれも壁内世界では未だに実用化されていないものばかりだった。シャスタ達の撤収が決定している状況ではより強く望まれる話だった。
「それって凄い朗報じゃない?」
ペトラは軽く拍手した。
「いい知らせだな」
リコもペトラに同意して頷く。
「ただし量産型であって最新のものじゃありませんよぅ」
「それは仕方ないだろうな。見ず知らずの辺境の国に最新兵器を引き渡せるほどお人よしとは思えないからな。まして我が国にはつい最近まで国家の中枢部まで敵のスパイが潜入していたのだから」
エルヴィンの言葉に一同は頷く。つい数ヶ月前まで親巨人派(マーレ派)の意向を受けた工作員とその協力者(自覚の有無問わず)が王宮・行政府・総統府・新聞社・各兵団・商人・貴族・ウォール教団といったあらゆる所に浸透していたのだ。真の最高権力者(ロッド=レイス卿)までもが敵の協力者だったとは笑えない冗談である。シャスタ・リタの協力とフリーダの転向がなければ、エルヴィン達調査兵団だけで”内なる敵”を駆除するのは不可能だっただろう。”内なる敵”の完全排除が達成できたからこそ敵の来寇に国が一丸となって立ち向かえたのである。
「フェルレーアの特使団を乗せた
「随分、時間がかかるのだな」
「はい、仕方ないです。大陸を大きく迂回して1万キロ以上移動する必要がありますから」
地図を見れば一目瞭然だが、フェルレーアとパラディ島はマーレ大陸を挟んだ位置関係にある。敵勢力下にあるマーレ大陸を直進できるわけがないので、当然迂回路を取られるのだった。
「聡明な皆さんならわかると思いますが、ファルレーア王国の援助は慈善事業ではありません。パラディ島の存在する当海域は全てマーレの属国、もしくは影響下にあってマーレの裏庭と言える状況です。そこにマーレと敵対する勢力が出現する状況を好ましいと考えているからです」
「なるほどな。我々が存在することでマーレの注意を引き付ける事ができるわけだな」
「はい」
反マーレ側勢力の戦略としては至極妥当なものだった。後背の位置に敵勢力が存在するという状況はそれだけでもマーレにとって負担になるからである。逆に言えばそれだけ狙われる事になるのだが、百年間何もしていなくても一方的に戦争を仕掛けてきたのは彼らなのだから今更だった。
「し、しかし、シャスタ殿、
リコはシャスタ達が撤収した後の事を心配していた。
「そのための外交交渉です。確かに貴国だけで超大国マーレと戦うのは大変です。敵の敵は味方とも言いますよぅ。使えるものは何でも使いましょう。この島の位置も十分交渉材料になります」
「シャスタ殿の言うとおりだな。後は我々で乗り切るしかない」
「それにリコ、そう悲観する事もないわよ。今年度の新兵には飛びっきり優秀な子達がいるものね」
「まあ、それもそうだな」
「確かにあの少年少女達は優秀だな」
「そうですよぅ」
ペトラ達は軽く笑いあった。優秀な子達とはアルミン達の事である。此度の戦いにおいてアルミン・ミカサの二人組はトロスト区において巨人化能力者7人を含む400人以上の敵残存部隊を味方の血を一滴も流すことなくに追い込み無力化するという戦功を挙げている。リタの新型爆弾に目を奪われがちだが、アルミンがいくつもの策を考案し、敵軍に少なからぬ損害を与えたのも事実だった。公式記録には記載されずともアルミンの戦功は大きいだろう。アルミンは将来全軍の総指揮を執るかもしれないと予感させられたのだった。
【あとがき】
原作と世界情勢についてズレがあるので、捕捉します。
原作ではマーレと対立していたのは中東連合と反マーレ(レジスタンス)勢力でした。
こちらの世界線ではマーレと海洋国家同盟が半世紀前に”大戦”と呼ばれる総力戦を戦っており、引き分けに近い形でそのまま冷戦構造が維持されている世界情勢になっています。そのパワーバランスのお陰でパラディ王国はシャスタ達の仲介もあって、軍事援助を受けられる見込みとなりました。
本文でも少し出てきましたが、ペトラはエルヴィンと婚約しています。原作ではあまり接点はなかった二人ですが、こちらの世界線はリタ達の影響もあって、結ばれることになりました。
またGMにはこれ以上地上世界に関与させるつもりはありません。なんでも出来てしまうので世界観壊してしまいますから。