851年1月5日、
ファルレーアの飛行船が来航する5日前、王都の総統府会議室では兵団政府首脳による会議が開かれていた。出席者は総統ザックレー、参謀総長エルヴィン、駐屯兵団司令官ピクシス、調査兵団団長ミケ、リヴァイ、リコ、アルミン、
兵団幹部達は世界情勢についてシャスタから事前に説明を受けている。半世紀前の”大戦”は停戦で終結しているが戦略的にはマーレの敗北だった。世界制覇の野心を剥き出しにした結果、ヒィルズを始めとする有力列強がフェルレーア側に付いてしまったからだ。海洋諸国同盟の結成にもっとも尽力したのは実はマーレだったと言われる由縁である。現在、他の列強諸国は必ずしも反マーレ一色ではなく、近年国力を増大させて軍事力を強化するフェルレーアを警戒する向きも強きもあり、情勢分析は難しいところだった。
列強各国の勢力比を一概に比較するのは難しいが、たとえば海洋覇権の象徴である戦艦の保有比率では列強上位三国(マーレ・フェルレーア・ヒィルズ)を順に並べた場合、5:4:3である。そしてフェルレーアは強力な新型戦艦を他の列強に先駆けて実戦配備しており、航空戦力の充実度も併せて、軍事科学技術全般でも世界最先端の大国だった。またフェルレーアは少数の戦士(巨人化能力者)を保有しており、マーレの誇る巨人戦力に対する研究と対策は十全に行っている。味方にすればこれほど頼もしい存在はないだろう。
軍事援助・技術支援との引き換えに
シャスタから提示された相手側の詳細条件を聞いて、さすがに兵団幹部達も
「無条件査察とはな。その気になれば王宮の寝室だろうがどこでも怪しいと思えば自由に立ち入る事ができるというわけじゃ」
「つい先日まで国家の中枢まで
「領土領空の自由通行もかなり屈辱的なのでは? 王都を除外しているとはいえ自国領土内を外国の軍隊が好き勝手に動けるなんて……」
「要するに手下になれってことだ」
リヴァイは腕組みしたまま言い放った。
「まだ信頼されていないという事だろう。向こうにしてみれば資材や資金を投入して基地を建設した後、接収されたらたまらないだろうな」
「で、でもこれじゃ、対等な関係とは言えないのでは?」
リコはフェルレーア側の高圧的な要求に疑問を挟んだ。
「対等な関係は無理じゃろ。我が国は諸外国に比べて国力だけでなく技術水準もかなり下じゃ。まずは学んで追いつく事から始めなければならないじゃろ」
ピクシスも不快ではあるが、止む無しの考えだった。
「そうだな。まずは自力を付ける事からしなければならない」
ピクシスの意見にエルヴィンも賛成した。
「シャスタ殿、貴女の意見を聞かせていただきたい。フェルレーア側のこの要求は妥当だと思うか?」
ザックレー総統はシャスタに尋ねた。
「え、えーと、こちらの財政的負担を避けるように十分配慮されていると思いますよ。技術支援にしても本来なら高負担を要求されても仕方ないところですから」
「なるほどな」
「軍事協定の次は通商関係に話が進むと思いますが、その際あちらの担当者からこの国の産業保護についての言質がありました」
「ほう?」
リヴァイは意外そうに首を傾げた。兵団幹部は皆軍事の専門家であって交易関係は詳しくない。
「なんの制約もない交易、つまり自由貿易を行った場合、時をおかずにこの国は多額の貿易赤字を抱えると予想されます。理由は単純で、あちらの方が工業技術力に優れていて良い製品を安く作れるからです」
「我々の欲しいものは多いが、向こうが欲しがるものは少ないというわけだな」
エルヴィンはすぐさま自由貿易の問題点を理解したようだった。
「はい、ですからこういった場合、自国産業保護の為に輸入品に対して関税を掛けます。関税を自主的に決める権利、これを関税自主権と言います。関税を掛ける事で輸入品は高くなり、国産品とのバランスが取れるわけです。当然、あちら側は関税が掛けられる事で不利益を蒙ります」
「……」
兵団幹部一同はシャスタの説明に聞き入っている。シャスタは努めて分かりやすく解説していた。
「そ、その……関税自主権を認めてよいそうです。国力差を考えた場合、これは破格の条件だと思いますよぅ」
「なるほど、あちらは我々を搾取しようと考えているわけではないという事か……」
「はい、ここは信じてよいと思います。経済的に安定してこそ外敵と向かい合えるとあちらも考えていると思います」
「うーむ。そうじゃの……。アルレルト、そちはどうじゃ? 意見はあるか?」
ザックレー総統はアルミンに水を向けた。アルミンはこの会議の正式なメンバーでもなく役職も低い。従って一切発言せず黙ったまま聞いていたのだった。
「は、はい。未熟者ながら発言の機会を与えていただき……あ、ありがとうございます」
アルミンは居並ぶ兵団幹部達を前にして緊張しながら話し始めた。一旦、話し始めると緊張が和らぎ頭の中は研ぎ澄まされていく。
「フェルレーアは冷徹な現実主義の強国です。だからこそ利害関係、つまり対マーレで一致しているからこそ協定を持ちかけてきていると思います。共に利益のある協定であるから割り切って付き合いが出来る相手でしょう。もちろんフェルレーアの方が現状では軍事・経済・技術のほぼ全ての面で我が国より優れているので、学び良き師としたいものです」
「……」
アルミンは発言してから幹部達の様子を見た。概ね反対の意見はなさそうだった。
「協定に反対の意見の者は?」
ザックレー総統が幹部達に訊ねたが、意見はなかった。
「よかろう。我が王国はフェルレーアと組もうと思う」
「異議ありません」
「異議無し」
「賛成だ」
「はい、それがいいと思いますよぅ」
軍事協定の細かい部分はまだ残っていたが、議題は決したのだった。
「もう一つ、よろしいでしょうか?」
アルミンは挙手して発言の許可を求めた。
「構わんぞ。アルレルト」
ザックレー総統から許可を貰ってアルミンは続けた。
「はい、可能ならばフェルレーアの友邦ヒィルズ国やその他海洋国家同盟諸国とも交渉してはどうでしょうか? 直接的な支援はなくとも国交を結んでおけば何かの力にはなるかと思います」
「ふむ、いい考えだと思う。今すぐは無理でも将来的には海洋国家同盟への加入を目指したいところだ」
エルビィンはアルミンの考えに賛同してくれた。
「あ、すみません。その頃にはわたし達(侯爵家)は居なくなるので、申し訳ありませんが交渉は自分達でお願いします」
シャスタは申し訳なさそうに話した。
「いや、十分だよ。シャスタ殿。フェルレーアとの仲介をしてもらっただけでも大助かりだ。なんせ大陸を挟んだ遠方の国だからな」
エルヴィンの言に一同は頷いた。
その後、エルヴィンをパラディ王国政府全権代理として特使団と交渉する事を決めて会議は終了したのだった。
【あとがき】
国家存続の基本となる安全保障についてです。
大敵マーレと単独で戦うのは困難なので、兵団政府は西方の軍事大国フェルレーアと組む事を決めます。
軍事協定の内容はかなり一方的なものかもしれませんが、通商関係ではパラディ側にとってはかなり優遇された内容となります。