進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話のあらすじ】
 調査兵団の班長以上を集めた幹部会儀で、ハンジの気球によるシガンシナ区空中偵察作戦が明かされた。今回の壁外調査はハンジ技術班の護衛のみという異例のものとなった。

(side:エルヴィン・スミス)




第7話、出陣前夜

 日は暮れて暗くなっていたが、ガス灯や篝火が煌々と点され、調査兵団本部の周辺は喧騒に包まれていた。出陣を明日に控え、兵士達はその準備に追われていたのだ。武器の点検や物資の詰め込みを終えた荷馬車が出陣前の待機場所であるトロスト区南門前へと次々に出立していく。

 

 その様子を執務室の窓から、調査兵団団長のエルヴィン・スミスは見下ろしていた。

(空飛ぶ乗り物か……。確かに誰も考えもしなかっただろうな)

 空を制する、今まで誰も着想しなかった事にハンジは目をつけた。考えるだけでなく実用化してしまうのだから恐れいる。気球はただの一歩にすぎない。それからさらに進んで人類は空を自由に飛ぶ翼を手にいれるのかもしれない。調査兵団のシンボル、”自由の翼”のように。

 

「さっきは俺も驚いたぞ。ハンジの奴がそんなもの作っていたとはな」

 執務室に最終確認に来ていたリヴァイ兵長が声をかけてきた。先ほどの幹部会議で初めて知らされた件――気球によるシガンシナ区空中偵察作戦、知っていたのはハンジ達技術班とエルヴィンのみ、腹心のリヴァイにすらも告げていなかった。

 

「隠していて悪かった。だがそうしなければならない理由があった事も理解してくれ」

「わかってるさ。内地の連中がまともじゃないのは知っているからな。ったく、誰が巨人と戦っていると思っているだ。あいつらはっ!」

 リヴァイは吐き捨てるように言った。自分達調査兵団は前と後ろに敵を抱えている。前の敵は巨人、後ろの敵は内地の連中(王政府の保守派や貴族)だった。後ろの敵は権力を握っているだけに陰湿で厄介だった。下手に口実を与えれば連中の手先である憲兵団が自分達に牙を向けるだろう。エルヴィンは常に政治的にうまく立ち回らなければならない状況に置かれていた。

 

(とても人類が一枚岩とはいえない状況だな。リヴァイの言うとおりだな)

 

「で、ペトラだが、あいつ、技術班でどういう役割をしているんだ? 言っちゃ悪いが技術班向きとは思えないねーぞ。どう考えても戦闘向きだろが?」

「それはわたしにもわからないな。ハンジは技術班に必要な人材だと言うだけだからな。前回の壁外調査で索敵の重要性を痛感したのかもしれない」

「そう言われると痛いな」

「いや、リヴァイのせいではない。巨人の群れの発見が遅れた事がそもそもの原因だ。ハンジがいうとおり空中からの偵察が実用化できれば、巨人の早期発見に繋がるだろう。味方の被害を減らすだけでなく、巨人の配置によっては、各個撃破で巨人を討伐していく事も可能なはずだ。巨人の力は圧倒的だが、1体ずつなら決して倒せない相手ではない」

 

「そうなる事を是非願ってるぜ。それと後一つ確認なんだが、ハンジの奴が壁外で不時着した場合、救助を考えなくていいのか? あいつの発想力は今後も必要だろうが?」

「その点は何度も確認した。しかし、ハンジは固辞した。不時着する可能性はなくはないが、その低い確率に為に味方を犠牲にしたくないとのことだ」

「すごい自信だな」

リヴァイは呆れたように呟いた。

 

「それに自分に万が一の事があった場合、技術班はペトラが後を引き継ぐと言っている」

「なっ? ペトラが? あいつにそんな才能があったのか?」

 リヴァイは驚いていた。実のところ、エルヴィンもよく理解できていない点だった。

「……」

「いや、あいつが新兵だった頃から知っているが、それはないんじゃないのか? 腕は立つが中身はお嬢様だろうが?」

「だとしてもペトラが何かを知っている事は間違いないだろうな」

「だったら今回の調査が終わったら、俺が締め上げてやるよ」

「そこまでしなくていい。いずれ、わたしが彼女とじっくり話そうと思っている」

 ペトラの件は慌てる必要はないだろう。今回の偵察行が終わって時間が空いたときに対処すればいいとエルヴィンは考えていた。

 

(問題は2枚目の設計図の方だな)

 ハンジに気球の設計図と共に見せられた空飛ぶ船――”飛行船”の設計図。エルヴィンにとってはこちらは深刻な問題を孕んでいた。

 

 30人程の兵員が輸送可能で、自力推進機関の搭載により、自由に空を飛ぶ事ができるという。ハンジはシガンシナ区に空から兵を送り込めると強調していたが、空から兵力を送る事が可能な場所はシガンシナ区だけではない。王都ウォールシーナも当然攻撃可能だ。内地の連中は直接攻撃される可能性がある事を知れば必ず介入してくるだろう。下手すれば反乱罪を適用されて粛清されかねない。

 

 ゆえに飛行船の開発は慎重に進める必要があった。ハンジには飛行船の方は最重要機密として取り扱うように指示した。自力推進機関の開発が鍵という事なので、それを最優先、開発予算は兵団の予備費を全て使ってもよいと許可を与えている。一応、ハンジの頭の中には構想があるようだった。

 

 

 同時刻、トロスト区にある駐屯兵団宿舎。解散式を終え、配属兵科の選択を間近に控えた第104期の訓練生達が寝泊りしている所だった。その屋上で、3人の影が夜の闇に隠れて密会していた。

 

「調査兵団の主力は明日、予定を早めて夜明け前に出陣するらしいよ」

「それは好都合だ。より遠くに行ってもらえるということだからな。調査兵団さえいなければ、後の奴らは雑魚に過ぎない」

「いよいよ決行だね」

「ああ、待ちに待った時だ。5年間、長かった……」

「あの子達には未練はないのかい?」

「ないといえば嘘になるが、これも運命だ。ここの奴らは悪魔の末裔だ。いずれ俺達の脅威となる」

 

 3人の影は頷くと、何事もなかったかのように宿舎の中へと戻っていた。




【あとがき】
リタ達は表に出てきません。なお調査兵団は政治的に難しい立場にあると考えています。エルヴィンは政治的嗅覚に優れているはずなので、飛行船の持つ政治的な危険性に気付くでしょう。


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