進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】シャスタがこの世界(惑星)から去ります。そしてもう一人去る人物がいます。


第87話、別れの時

 851年1月11日、午後23時30分、シガンシナ区

 

 フェルレーア特使団との交渉一日目の深夜、シガンシナ区北門付近の北側(ウォールマリア側)の街道には大きな鋼鉄の車――装輪装甲車(ストライカー)が停車していた。その装甲車の周囲にいる人々が集まっていた。エルヴィン、ペトラ、リコ、アンカ、リヴァイ、アルミン、ミカサといった侯爵家に深い縁のある人物が大半だった。この惑星(ほし)から去る侯爵家(ヴラタスキ)次席のシャスタを見送りに来ていたのだった。アンカは特使団との交渉会場の傍にいるピクシス司令の代理だった。

 

 シャスタはペトラやクリスタ達に見送りは門のところまでと頼んでいた。(迎えに来るGM(ギタイマザー)の船については機密事項の為) 一同を前にしてシャスタは頭を下げた。

 

「いろいろとお世話になりました」

「こちらこそ、シャスタ殿には心から感謝している。フェルレーアとの交渉のお膳立てまでしてもらって有り難い限りだ。総統閣下にぜひ見送りに来られたかったそうだが……」

 エルヴィンは言葉を濁しながら伝えた。

 

「わかってますよ。言わなくても……」

 さすがにこのシガンシナ区は王都から遠い。しかもウォールマリア内には数が減ったとはいえ巨人が徘徊していた。その中を突っ切る以上、厳重な警備が必要となってくるのだった。国家元首である総統が最前線の街に赴けるほど情勢は安定していない。

 

「シャスタ殿。貴女達の旗や侯爵夫人の名、大事に使わせてもらうよ」

 リコはシャスタにそう告げた。軍事協定によりフェルレーアから技術検証艦として飛行船一隻を借り受ける事になっている。これにより気球の実験部隊だったリコの空挺兵団は実働可能な航空戦力部隊に格上げされる見込みとなったのだ。リコは空挺兵団旗に侯爵家紋章”座る猫”、パラディ王国の飛行艦に壁内世界を護って散った戦女神(ワレキューレ)――”リタ・ヴラタスキ”の名を艦名にする事をシャスタに伝えていた。

 

「はい、どうぞ。リタの名前ですもの。きっとご加護がありますよぅ」

「そうだな。名に恥じないよう努力するよ」

 

「もう会えないの?」

 ペトラが訊ねた。

「ごめんなさい。次の行き先は凄く遠いところです。片道二十年以上ですから」

「!?」

片道二十年とは気の遠くなるような遠さだった。宇宙(そら)とは途方もない広さを持つ場所らしい。

 

「そ、そんなに遠くから……。遠くから来られたのは聞いていましたが……」

 アンカは驚いていた。アンカは通信担当ぐらいで侯爵家との関わりはさほど深くないが、それでも侯爵家が陰で様々な支援をしていたことは知っているようだった。

 

「往復で最低でも四十年後か……。その頃にはとっくに決着はついているだろうな。暗黒帝国(マーレ)がこの星を覆っているか、あるいは我らがフェルレーアと共に勝利しているか……」

「いや、オレ達は負けやしない。巨人とそれを操る(くそ)共をやっと滅ぼす機会がきたんだからな。その機会を作ってくれた貴女と侯爵夫人様には感謝している」

 滅多に他人に感謝を述べたりしないリヴァイだが、このときは礼を述べていた。

 

「40年後かぁ。そのときってわたし、生きていたら55歳だよね。えへへ、孫がいたらお婆ちゃんだよね」

 クリスタはくすっと笑いながら言った。

「おい、クリスタ。生きていたらって言い方は間違っているぞ。絶対に生き抜いてやるんだ。第一、お前、この中で最年少じゃねーか。オレはどうなるんだ?」

リヴァイはクリスタに強く言い迫った。

「え、えーと。リヴァイ兵士長さんはその頃は九十歳近いお爺ちゃんですね」

クリスタは悪戯っぽく笑っている。リヴァイは三十台前半であり、クリスタはわざと歳を間違えたのだった。

「おい、お前っ! オレはそこまで歳とってねーぞ! 調子にのるな! アルミン、お前の嫁だろが! ちゃんと躾けておけっ!」

「えへへ。嫁って言われちゃった。ねぇねぇ、アルミン、わたし達リヴァイ兵士長公認だよ」

クリスタは別の方向にスイッチが入っていた。完全に怖いものなしの状態である。

「ク、クリスタ。いくらなんでもリヴァイ兵士長を怒らせたらまずいって。す、すみません、兵士長」

アルミンはクリスタに代わって謝っていた。

 

「ペトラさん、ちょっと待ってくださいね。お渡しする物がありました」

 シャスタが装甲車の中から革鞄を取り出してペトラに渡した。ペトラが鞄を開けて確認すると注射器とアンプルが数本入っていた。

 

「これは?」

「えへへ、本当は禁則事項なんですけどね。最後だからちょっとだけ我侭言っちゃいましたよぅ」

シャスタが何を言ってるかアルミンは薄々分かった。シャスタ達の真の(あるじ)――あるGM(ギタイマザー)に関係する事柄だろう。

「数は少ないですが巨人化解除薬ですよぅ」

「え?」

「巨人化能力者を持つ人の後ろ首にあたりに注射してください。巨人化能力を消滅させることができます」

「そ、そんなものがあるのか!?」

普段は冷静なエルヴィンですら驚いていた。

「あ、でも人によっては記憶障害や重い機能障害といった副作用があるみたいです。保証できなくてごめんなさい。巨人化能力を得てから間もない人なら成功率は高いとは思いますが……」

パラディ王国(壁内世界)が確保している巨人化能力者はフリーダとトラフテの二人だった。戦闘では目立った働きはなかったがシガンシナ区奪還後の突貫工事などで後方支援任務で活躍していた。フリーダは巨人探知能力で監視役として十分に力を発揮している。

 

「これは増産できないのか?」

 エルヴィンが訊ねた。

「ごめんなさい。これしか持っていないので……」

「じゃあ、ありがたくもらっておくね。使うときは閣下と相談することにするわ」

ペトラはシャスタからアンプルが入った鞄を受け取った。

 

 

「あの……、参謀総長閣下。突然で申し訳ありません」

 ほとんど発言していなかったミカサがエルヴィンに話しかけた。

「どうした? アッカーマン」

「わたし、ミカサ=アッカーマンは現時刻をもって退役します」

退役とは兵士を辞める事である。

 

「ほぇ?」

「え? ミ、ミカサ、どういう事?」

 クリスタとアルミンは呆気に取られていた。

「退職金や棒給は不要です。大した額ではないと思いますが……負傷退役した方々や……遺族に回してください」

「どういうことかな? アッカーマン」

「シャスタ先輩と共に……宇宙(そら)に行きます」

「!?」

予想外の一言にアルミン達は衝撃を受けた。

 

「既にシャスタ先輩から……乗船許可……貰っています」

「そうなのか? シャスタ殿」

「はい、許可は出していますよぅ。この時までゆっくり考えるようにミカサさんには伝えていました」

 エルヴィンの問いにシャスタは即答した。つまりミカサがこの場でこの発言をしたという事は宇宙(そら)に行く決意を固めているという事だった。

 

「そうか……、ならば仕方ないな。退役を許可しよう」

 エルヴィンはあっさりと許可を出した。

「ちょっと待ってください! 参謀総長閣下! アッカーマンは十年に一人と言われる逸材です。手放すにはあまりにも惜しいでしょう」

リコはエルヴィンの決定に抗議した。

「本人の意思に反して兵士であることを強要できない。アッカーマンは十分考えた上での結論だろう」

「いや、しかし……、ペトラ、貴女も何か言うべきだ!」

「わたしも閣下の決定なら仕方ないと思う。ねぇ、ミカサ。理由を聞かせてくれる?」

ペトラはミカサに訊ねた。

 

「この街……、わたしとエレンが一緒に過ごした……思い出の場所。カルラおばさんに何一つ恩を返せなかった。エレンを護る事もできなかった……」

 余りにも重過ぎるミカサの言葉だった。

「ご、ごめん。ミカサ。僕が情けないばかりに第34班は……」

エレンが散った半年前のトロスト区防衛戦。アルミンはその時、エレンと同じ訓練兵第34班にいたのだった。同期が次々と散っていったあの戦いで、技量最下位のアルミンが生き残ったのはエレンが殿(しんがり)を引き受けてくれたからである。

 

「アルミン、わたしは貴方を責めるつもりは……ないわ。エレンは……立派に最後まで兵士と戦ったと思っている」

「うぐっ!」

 アルミンは言葉に詰まってしまった。

「だから、わたし、エレンの最後の願いを叶えたい……。エレンはわたしに遠くの世界を見てきて欲しいって頼んだのよね?」

「う、うん」

「それが理由」

「……」

しばし誰も言葉を発せられなかった。

 

「ミカサ、僕は……」

「アルミン、貴方は隣にいる人(クリスタ)を大切にね」

「ねぇ、ミカサ。わたしの事も家族だって言ってくれたよね? どうしてこんな大事な事を今まで話してくれなかったの?」

クリスタはミカサに聞いた。

「そう、クリスタ、わたし達は家族。そしてシャスタ先輩も大切な家族……。シャスタ先輩が居なければわたしはあの日、死んでいたから。その事はクリスタも知っているはず」

「……」

シャスタが持つ超高度医療技術(ナノマシーン)によって瀕死の重傷だったミカサは回復している。

「シャスタ先輩に恩返しもしたいから」

「ペトラさん、アルミンさん、クリスタさん。今まで黙っていてごめんなさい。ミカサさんから話を持ちかけられて実はわたし、嬉しかったんです。ミカサさんって案外リタに似ていますしね。強情なところもそっくりです」

 どうやらシャスタの希望も含まれているらしかった。シャスタとミカサの両名が決めた事なのだから、もはや説得することは不可能だった。

 

「ミカサ」

 リヴァイがミカサに声を掛けた。革命の一連の騒動の中でリヴァイとミカサは遠縁の親戚であることはお互い知っていた。

「はい……」

「一つだけ言っておく。お前の選択だ。後悔は絶対するなよ」

「はい。お気遣いありがとうございます。リヴァイ伯父さんも息災でいてください」

ミカサは初めてリヴァイを伯父と呼んだのだった。

 

「シャスタ殿。アッカーマンをよろしく頼む」

 エルヴィンはそう述べた。ミカサはクリスタの前にきて、泣き顔になっているクリスタの頭を撫でた。

「ミカサ……。わ、わたしね。本当はすごく悪い子なの。だ、だってね……」

「わかってる。何も言わなくていいから……」

「うん」

クリスタの頭を撫でながら抱きしめる。

「貴女に泣き顔は似合わない。笑いなさい」

「う、うん。えへへ……」

クリスタは力なく笑顔を見せた。

「アルミンをよろしくね」

 

「はい。ではミカサさん、そろそろ行きましょう」

「はい」

 ミカサとシャスタは手を振ると装甲車の後部扉から乗り込む。扉が閉められると装輪装甲車(ストライカー)前方灯(ヘッドライト)を点けて静かに動き出した。遠くなっていく装甲車をアルミンはじっと見つめていた。

「……」

アルミンの横にいるクリスタは腕を絡ませてくる。アルミンはクリスタの肩を抱き寄せた。

 

「まさかアッカーマンを失うとは……」

 リコは意外な展開に驚いていた。

「仕方ない。彼女は十分に貢献してくれている。これ以上、無理強いはできないだろう」

「……」

「さあ、戻るぞ。明日からも忙しくなるからな」

フェルレーアとの交渉は大筋合意できていたが、まだ詳細の詰めの部分が残っていた。協定を無事締結した後もやらなければならない仕事は山ほどある。最優先は国防体勢の強化だった。エルヴィンの掛け声でアルミン達は街の方へと戻って行った。

 

 

 翌日午前4時、ウォールマリアの平原にて地上から空へ昇っていく流れ星があった。いや、流れ星ではなくシャスタ達を迎えに来たGM(ギタイマザー)の惑星揚陸艇である。惑星揚陸艇は大気圏を離脱すると惑星軌道高度400kmで待機していた宇宙船に回収されて、当該惑星から百万キロ彼方の宇宙空間に浮かぶ軌道要塞――GM(ギタイマザー)の本拠地へと向っていった。

 

 公式記録ではミカサは851年1月12日付で退役となった。ミカサの戸籍そのものは国家機密に指定されて完全非公開となり事情を知る者は極めて限られていた。


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