進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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エピローグ
最終話、遥かなる青空の下で


 852年1月17日、フェルレーア王国王都(ソラリス)

 

 パラディ島から遠く空路で一万キロ、フェルレーア本島にある王都ソラリスは大きな湾の入り江に面した人口三百万人を超える大都市である。湾内の中央の島には高さ百五十mの巨大な灯台があり最上部には国の象徴である黄金の獅子像が鎮座している。湾内には行き交う無数の船舶で航跡が絶える事はなく、王都上空には何隻もの飛行船が悠然と航行していた。整然とした巨大な街並みと行きかう人々、世界最強の海軍大国の首都に相応しい威容を誇っていた。

 

 

 アルミンは王都(ソラリス)近郊の静かな住宅街の一角にある貴族邸に寄宿していた。昨年3月、特使団代表の枢機卿の紹介で、アルミンはフェルレーアの軍事戦略や戦術を学ぶ為に軍大学に聴講生として留学することになったのだった。

 恋人のクリスタはパラディ島に残っている。クリスタは総統府広報官となったペトラの下で翻訳担当として、基地建設に伴って赴任してきたフェルレーア人将校達の対応に当たっていた。クリスタから定期便毎に送られてくる手紙には多忙で休みが欲しいと愚痴が書かれていた。外国語(フェルレーア語・ヒィルズ語)をほぼ完璧に話せる人員はパラディ国内では極限られており、大急ぎで人材養成中だが不足しているのが実情だった。

 

 アルミンが渡航して学業の傍ら手記を執筆した。祖国パラディ王国のイメージアップ作戦の一環である。トロスト区防衛戦、当時訓練兵だった自分達が襲来した巨人の大群と死闘と繰り広げた記憶を小説風に纏めて書き上げたのだった。自分やミーナを逃がす為に囮となって巨人に立ち向かった親友エレンの章は特に力を入れた。

 

 枢機卿から紹介された出版社の協力の下、『心臓を捧げよ――ある訓練兵の記憶』(フェルレーア語版)を本として発売すると、驚くべき事にフェルレーア国内で十万部近くが売れたのだった。さらに執筆協力者が翻訳してヒィルズ語版を作製し、ヒィルズ国でも初版だけで5万部が売れたという。両国共に貸本システム(貸本屋が料金を取って客に一定期間本を貸す)が発達している事を考えると百万人以上の人々がアルミンの本を読んでくれた事になるだろう。本の中の挿絵の美少女(クリスタ)――”北の島の戦闘妖精”(編集者が命名)が爆発的人気となり、クリスタの似顔絵・ポスター・プロマイドも十万を超えて売れていた。さらに手記の背景のパラディ島の解説本を発売するとこちらも万単位で売れていた。

 

 自国のイメージアップ作戦は大成功し、マーレから巨人で虐げられているパラディ王国を助けようという機運が両国で盛り上がった。このお陰で戦時国債の順調な販売となったばかりか、寄付を申し出る人々も後を絶たなかった。これらの資金を元にパラディ本国では空挺兵団の艦船配備や軍の近代化を推し進めている。

 アルミン自身は本のお陰で多額の印税収入を得ており、その大半を自国の戦時国債購入に当てていた。

 

 

 アルミンが家人達と朝食を終えて、軍大学に出かけようとすると同じ寄宿生で学友のフェルナンドが声を掛けてきた。フェルナンドは王国海軍少尉で現在は軍大学一回生だった。

「よぅ、アルミン。お前、すげえな。去年の本の売り上げ数総合一位だぜ。一躍ベストセラー作家じゃんかよ」

「あ、ありがとう。でも出版社の方々に一杯手伝ってもらっているからね。僕一人じゃとても無理だよ」

 本の宣伝などは出版社が大々的に行っている。文章の校正も編集者が付きっ切りでアルミンを補助(サポート)してくれたのだった。

「お前さんは謙虚だからなぁ。だが我が国(フェルレーア)では遠慮はあまり評価されないぞ。言わなきゃわかないからな。女だって声を掛けなきゃ恋は始まらないぞ。あっ、お前さんはもう超絶美少女の彼女がいるんだったよな?」

「うん、まあね」

「ちくちょう! 羨ましいぜ。あの戦闘妖精ちゃんだろ? 実はオレもファンなんだ。プロマイド買って大事にしてるぜ」

「ありがとうね」

「なあ、戦闘妖精ちゃんは我が国には来ないのかな? オレもそうだが一目でも会いたいという奴は何万人っていると思うぜ。コンサートでも開けばチケット完売間違い無しだろうよ」

彼女(クリスタ)はそういうの、あまり好きじゃないと思うんだ。まじめで良い子なんだけどね」

「でもさ、お前さんには逢いに来てくれるだろ?」

「むこうの仕事が落ち着いたら来てくれるかもしれないかな」

「その時はだな、ぜひ会わせてくれよ」

「……」

「あ、誤解するなって。別の友人の彼女を取ったりはしねーよ。でもさ、男なら超絶美少女には惹かれるだろ?」

「わ、わかったよ。そのときがきたらね」

「やったぜ」

アルミンはフェルナンドにクリスタと合わせる事を約束させられてしまった。悪い奴でないのは付き合いで分かっているが、どうも強引な性格のようだ。フェルナンドは大学で別の講義を受けているので先に行ってしまった。

 

(僕って友達には強気な奴が多いのかな? エレンもそうだったけど……)

 アルミンは空を見て軽く溜息をついた。本には己を棄てて自分を助けてくれたエレンを見殺しにしてしまった自責の念を書き綴っている。今、自分がこうして遠い異国の地で本を書き、軍大学に通っているのは全て彼のお陰なのだった。そうでなければ自分はとっくに巨人の胃袋の中に納まっているに違いない。

 

 アルミンが大学に向おうと貴族邸を出たところでいきなりアルミンに抱きついてきた白い人影があった。

 

「えへへ、お久しぶり。アルミン」

 クリスタだった。彼女とは1年ぶりの再会になる。クリスタは白いドレスの服を着て帽子を被っている。艶やかな長い金髪が風で揺れていた。17歳になったクリスタは以前にも増して美貌に磨きがかかっている様だった。クリスタはアルミンに抱きついてくると顔を摺り寄せてきた。

 

「会いたかったよ~」

「クリスタ!? どうしてこっちに?」

 アルミンは驚いた。手紙には会いたいとは書かれていてもこちら(フェルレーア)に来るとは一言も書かれていなかったのだった。

「やっとね、閣下(エルヴィン)の許可が出たんだもん。それに手紙出すのと到着するのって同時になるじゃない?」

パラディ王国とここフェルレーアの一番早い情報は相互に行き来する飛行船だった。(無線はまだ発達していない。)

 

「そっか……」

「アルミン、背が伸びたね。羨ましいなぁ。わたしなんて訓練兵入団の時から背が変わっていないんだよ。ずっとチビのままだもん」

「クリスタはそのままでも十分可愛いと思うよ」

「アルミンがそう言ってくれるならいいかな」

「あっ、せっかくだから景色のいいところでゆっくり話そうか? 近くにいい所があるんだよ」

「うん」

 クリスタの持っている大きな鞄などをこの貴族邸の召使達に預けたのち、アルミンは自転車を借りてクリスタを後ろに乗せて高台の公園に行った。(自転車はフェルレーア王都では庶民に普及している一般的な乗り物だった。王都は石畳やアスファルトで舗装されていて道が良い事も普及を後押しする要因である)

 

 

 高台の公園からは遠く湾内の様子が一望できる。高台近くには白い大きな風車が何十台も立っていて蒼い空との対照が印象的だった。

 

「うわー、きれいだね」

「考え事とかするときはここに来るよ」

「いいところだね」

 クリスタは眺めを見ながら遠くの街並みを眺めている。景色と相まってクリスタの美貌が輝いて見えていた。

 

 

「わたし、アルミンの本読んだよ」

「あれ? パラディ語版はまだ発売していないよ」

 アルミンの本は自国版はまだ発売していなかった。優先順位としてフェルレーア・ヒィルズの両列強での宣伝を優先していたためだ。

「わたし、フェルレーア語できる事知ってるでしょ? だからフェルレーア軍将校の一人から本を借りて読んじゃった」

リタからの記憶転送のお陰でアルミン達元秘密結社メンバー(ペトラ、アルミン、クリスタ)はこの惑星での主要言語を話す事が出来ている。(マーレ語・フェルレーア語・ヒィルズ語) 超人的な特殊技能ではないが地味に役立つ技能だった。

 

「あ、そうか」

「アルミンの本、すごくよく書けてるよ。結末を知っているわたしでも興奮して徹夜で読んじゃったよ」

「あはは、なんかクリスタに褒められるとちょっと恥ずかしいな」

 アルミンは恋人とはわかっていても照れくさくなった。

 

「でもねぇ、アルミン。いつの間にわたし、戦闘妖精になっちゃってるの? アルミンの本だとミカサとわたし、同一人物になってるじゃない。わたし、あんなに強くないよ?」

 クリスタは口を尖らせて文句を言った。この世界から消失したミカサの事を書くわけには行かず、アルミンはクリスタがトロスト区防衛戦で大活躍したというストーリーで多少事実を粉飾していたのだった。(ミカサはシャスタと共に宇宙に旅立っている。他にもアニの件など機密事項がある)

 

「まあ、編集の都合上、色々とあってね。宣伝文句(キャッチコピー)は出版社が作っちゃたから。僕だってあそこまでなんて思わなかった。挿絵に使っただけなのに、いつの間にかポスターまで売る話になっているし……」

「商売上手だよね。フェルレーアの人々って」

「うん、マーレに長年虐められてきた人々だからね。利用できるものは何でも利用するし、機会を捉えるのは抜群だよ」

フェルレーアは大陸側領土をマーレに奪われ、半世紀前の大戦の緒戦ではマーレ軍の大艦隊による侵攻を受けている。当時、必敗と言われた戦況を覆して他列強を味方につけてマーレ主力艦隊を打ち破っていた。艦隊決戦で敗北していれば恐らく制海権を奪われて後はなかっただろう。

 

「わたしたちもかな。本が売れたことで国債も順調に売れているんでしょ?」

「クリスタのお陰だよ。(空挺兵団の)飛行艦の資金調達ができたからね。ありがとうね」

「えへへ、どういたしまして。アルミンが喜んでくれるなら、わたし、それが一番嬉しいよ」

 クリスタは抜群の美女になっても性格は昔と変わらないようだった。どこか子供っぽい性格が本来のクリスタのようだった。

 

 

「あ、そうだ。ペトラ先輩、先日、無事に産まれたよ~。女の子だって」

 クリスタはポンっと手を打って報告してきた。ペトラはエルヴィンと結婚し、その後妊娠していたのだった。妊婦となってもペトラは出産直前まで総統府広報官として仕事をしていたようである。ペトラの両親が手伝いに来ているのだが、ペトラの身体を心配する親とは口喧嘩が絶えないらしい。そもそもペトラは両親の反対を押し切って調査兵団に入団した過去がある。

 

「そうなんだ、よかったね」

「名前は……リタだよ」

「……そうかなと思った。ペトラ先輩にとっては一番大事な親友の名前だろうから」

 リタはアルミンやクリスタにとっても大切な、とても大切な人だった。トロスト区戦以降四ヶ月近く、ハンジ・シャスタ・ペトラと共に自分達を見守り指導してくれたのだった。自分達の生ある限り、アルミンやクリスタの記憶の中でリタは生き続けるだろう。リタとシャスタはこの世界を救う為に神なる存在から遣わされた天使だったのかもしれない。

 

「ミカサ、どうしているかな?」

「うん、きっと元気だと思うよ。シャスタ先輩も一緒だからね」

「そうだよね」

 アルミンとクリスタは空を仰ぎ見る。今は昼間なので見えないが広大な星々の世界のどこかにミカサを乗せた宇宙船(スターシップ)が航行しているはずなのだった。フェルレーアの王都から見上げる青空はどこまでも青く澄み渡っていた。

 




【あとがき】
 アルミンがフェルレーアに渡航し、そこで本(フェルレーア語版)を出版します。後にヒィルズ語版も出版。ベストセラー作家になりましたが、あくまで本業はパラディ王国軍将校で駐在武官です。”戦闘妖精”?――クリスタはフェルレーア・ヒィルズといった海洋国家同盟諸国で知らない人はいないぐらいの存在になってしまいました。(原作の女王よりも惑星全域では有名人かもしれません)クリスタは戦時国債の順調な販売に十分貢献しています。これが前話の飛行艦整備に結びついています。

 ペトラは妊娠し無事女の子が生まれています。新生児”リタ・スミス”は美男美女で次期総統候補の豪華カップルから誕生したことになります。

 進撃世界の並行政界(パラレルワールド)のこの小説も本編はここで終わります。エレン亡き後のアルミン・クリスタの物語になってしまった感がありますけど。もしかしたら宇宙に旅立ったミカサのその後や、外伝を書くかもしれませんが、今は筆を置きます。

 それにしても自分でも驚きです。まさか最終話まで書く事ができるとは。途中挫折しそうなりました(一年間ほどの休止あり) 2014年からですものね。長らく読んで下さった読者の方々、感想を寄せてくれた方々には感謝しています。本当にありがとうございました。

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