歌姫に拾われた俺がアスタリスクで生活をするのはまちがっているだろうか。   作:リコルト

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初めてのお仕事

 

 

 シルヴィの専属マネージャー兼ボディーガードとして正式に雇用されて早五日。黒服の装いを模したスーツ風のクインヴェールの制服に身を通した俺は黒塗りの高級車の後部座席に座り、最初の仕事場であるテレビ局へと向かっていた。

 

「八幡君、私の鞄からのど飴を取ってくれる?」

 

「了解だ。これで大丈夫か?」

 

「うん、ありがとう!」

 

 そう言って俺からのど飴を受け取り、車の中で美味しそうに口に放り込む俺の専属の主。今のシルヴィの姿は変装無しの従来の紫の髪を強調したクインヴェールの学生服姿で、栗色の髪を持つ少女へと変装ができる彼女曰く仕事用の装いらしい。この時期は特に星武祭の関係で学園の宣伝も兼ねた学生服での取材も多いからな。

 

 車の中には俺とシルヴィ、そして車を運転する初老の男性運転手の三人だけである。ちなみにこの運転手さんはペトラさんが昔から信頼するクインヴェールに長年務めている運転手で、非星脈世代ではあるが、それを補うように高いドライブテクニックや多種多様な乗り物の免許を有しているとか。

 

 とまぁ、車に揺られながら初めての外部での仕事に緊張しつつ、車の中でも護衛として窓から周囲の景色を見ながら密かに警戒をしていると、目的地が見えてきた。

 

 一応、何もない平和が最もベストなのだが、星武祭が近づくと他学園の星武祭の出場選手への妨害が多発することが通年だとペトラさんから話を受けている。俺としても何も無いのが一番望ましいんだがな…………

 

 

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「まずは無事着いたみたいだな……」

 

 

 そう言ってシルヴィと俺の荷物を持って降車しながら、道中で何事も無かったことに少し一安心する。最悪、車を襲撃されても運転手のドラテクと俺で対処は可能だが、収録前のシルヴィに余計なストレスを与えたくない。

 

「うふふ、八幡君緊張してるでしょ?」

 

「まぁな…逆に本格的な初仕事で緊張しない人の方が少ないんじゃないか?」

 

「それもそうだね。私も最初の頃は緊張したから」

 

 続けて車から降車したシルヴィに緊張してることを笑顔で茶化されるように話しかけられる。ちなみに、車と運転手さんはというとシルヴィが降りたことを確認すると、後は君に任せるとハンドサインを送り、再び車を走らせて行った。

 

 収録も三時間近くだし、一度クインヴェールに帰ったのだろう。にしても何であのお爺さんは去り際に俺に対して温かい目を向けたのだろうか?まるで、自分の孫が異性とイチャついているのをニコニコと眺めているような感じの雰囲気だったぞ。

 

 

「二人とも、よく来てくれたわ」

 

 

 乗っていた車が走り去ったのを確認し、シルヴィとテレビ局の中に入ろうとしたタイミングで、一人の女性がテレビ局の中から出てきて俺達に話しかける。

 

 スタイルが美しくモデルのように見えるが、着ている黒のスーツのせいでニュースアナウンサーにも見えなくはない。髪は金髪で、ペトラさんと同い年ぐらいの年齢だろう。

 

「あ、カトレアさん!こんにちは!」

 

「こんにちは、シルヴィ。今日も元気そうね」

 

 カトレアと呼ばれた金髪の女性は大人っぽい笑みを浮かべて、シルヴィに挨拶をする。この短いやり取りだけで、二人が顔見知りで無いのは明らかに理解できる。

 

「ペトラから話は聞いているわ。貴方が新宮八幡君ね。私はカトレア・クロッカ。この六星放送局の社長をしているわ。よろしくね」

 

「お初にお目にかかります、新宮八幡です。かつてペトラさんと同じチームで、獅鷲星武祭優勝に導いたクインヴェールのOGであるカトレア・クロッカさんの事は色々と存じ上げております」

 

「あら、懐かしいわね。今では私が星武祭に優勝したことがあるなんて十年以上前の出来事だから知っている人も少ないのに……」

 

「いえ、今後お目にかかる事が多くなる先方の事を事前に知っておくのは常識ですから」

 

 これから共に仕事をする相手の素性を事前に知っておくのは面倒だと省きがちな人もいると思うが、俺はこの業界に入って改めてその重要さを理解させられた。 

 

 例えば、仕事の取引相手をよくドラマである回らない寿司屋に誘うとしよう。寿司屋に来た以上、魚介類がもてなされるのは必至。だが、相手がもし魚介を好まない……最悪、アレルギーのようなものがあるとしたら?

 

 そのような相手に対して嫌いな食べ物やアレルギーを発症する食べ物を食べさせるように仕向けただけで、相手はそれは自分への嫌がらせだと捉える。『悪気はなかった』、『知らなかった』と後で後悔しようが、それはもう覆水盆に返らず。相手の事を事前に知ろうとしないだけで、これに近い悲劇を起こしてしまうのだ。

 

 だから、俺は今日の仕事が始まる前日までは事前に取締役であるカトレアさんからその他社内幹部の経歴や素性、六星放送局の設立の歴史等まであらゆる事を調べあげて、暗記した。なんなら、六星放送局の資本金や従業員数も今この場面で言うことも可能だ。

 

「うふふ。ペトラから千葉で拾った君の事を色々と聞いていたけど、私の予想以上に出来る子らしいわね。本当にこの業界の仕事が初めてなのか嘘みたい。改めて以後お見知りおきを、新宮八幡君」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 差し出されるカトレアさんの手を俺は優しく自分の手で握り返す。先方からの最初の印象はかなり良いものだったようだ。正直言って、いきなり出迎えたのがテレビ局の社長だったから内心かなり緊張していたんだが、何事もなくてマジで本当に良かったわ。

 

 

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 六星放送局の取締役であるカトレアと何事もなく穏健な対面を果たした所で、カトレアに引き連られていくように八幡とシルヴィアは今日の収録で彼らに支給された楽屋へと案内された。

 

「それでは私は社長室に戻るわね。今日の収録で使うスタジオはまだ準備しているから、それまで楽屋で待機して構わないわ。社長室からシルヴィの収録を楽しみにして見ているわね」

 

 そう言い残してカトレアは楽屋を急いで後にする。テレビ局の取締役とは非常に忙しいものだ。特にこの時期は星武祭があるためメディア関連の仕事は繁忙期になっているに違いないだろう。

 

「さてと……楽屋に異常は無いようだな」

 

「八幡君、それって?」

 

「ああ、盗聴器や隠しカメラを見つける最先端の探知機だ。ペトラさんから護衛をするに辺りこういった探知機や無線通信機を受け取っていてな。別にカトレアさんを信頼していないというわけではないが、ペトラさんからは知人の職場でもこういった検査を義務付けられている」

 

 支給された黒いデバイスの探知機を懐にしまいながら、八幡はペトラさんの知人でも容赦ない業務の徹底さに真の仕事人のようなものを感じる。けれど、そういった容赦ない選択や決断が出来るから案外クインヴェールの学園長に選ばれたのかもしれないと薄々と彼は感じていた。

 

「カトレアさんの言っていた通りしばらくはここで待機していた方が良いだろう。スタジオに入っても、まだ準備中だから逆に邪魔になるし」

 

「そうだね~。だけど、準備も最後のカメラとか照明だけみたいだし、20分以内にスタジオに呼ばれるんじゃないかな?」

 

「かもな。シルヴィも三時間近い収録だから今のうちに水分補給とかは済ませておけよ」

 

「は~い!」

 

 そう言ってシルヴィアが鞄から集中力を高めるために音楽プレイヤーを取り出し、自分の曲を聴き始める。それを察した八幡は音を立てずに椅子に座って静かに待機する。彼なりの彼女への心遣いだ。

 

 

「すいませ~~ん!!!」

 

 

 だが、そんな静寂な空間も数分で終わりを告げる。楽屋のドアから最近入社したばかりなのか落ち着きが無いADらしき男性が大きな音を立てて入ってきたのだ。

 

「もしかしてスタジオの準備が終わった感じですか?」

 

「え、ええ……!そうです。スタジオの準備が終わったので、ディレクターに代わって私が呼び出しを……」

 

 こんな寒い時期に汗をかいている事から余程急いで来たのだろう。雑用も大変だな、と得意の洞察力でそう思いながら八幡は冷静にADと対応する。

 

「もしかして出番?」

 

「ああ、準備が終わったそうだ」

 

 八幡からスタジオの準備が終わった事を聞くと、シルヴィアはイヤホンを耳から外し、音楽プレイヤーを鞄の中へとしまう。

 

「そ、そうだ!……リューネハイムさんにはこれを!」

 

「えっと……ADさん、これは?」

 

「スタッフ一同からの差し入れの烏龍茶です。なかなか手に入らない物でして…何なら今飲んで貰っても構いませんよ……」

 

「えっ……えっと!?」

 

 妙に押しが強く、今飲んで貰っても構わないと言いながら今ここで飲ませようとするAD。シルヴィアも異様な強制に困惑するが、優しい性格の彼女は大人からの厚意を断りきれず、今ここで飲むべきか葛藤する。

 

 それを見た八幡はシルヴィアがADから受け取った烏龍茶を素早い手捌きで奪い取る。

 

「な、何をするんだ!君は!」

 

 取られたことに憤慨するAD。だが、そんな事に八幡は全く動じている様子は一切見られなかった。

 

「申し訳ありません。烏龍茶は喉の油分を分解するので、収録前の彼女は基本飲まないんですよ。ですので、こちらは私が責任を持って収録が終わり次第、彼女にお渡ししようと思います。よろしいですね?」

 

「ですが、喉が渇いているかも……」

 

「彼女には事前に持参したホットハニーレモンがあります。烏龍茶よりは大分マシなドリンクだと思われますが?」

 

「ぐっ!……これは…こちらの失態でした。で、では、私はまだ用がありますので、先にスタジオへと向かわせて頂きます。お、お先に失礼します!」

 

 まるで何か恐ろしいを見て急ぐように逃げていったAD。そんな彼の後ろ姿を八幡とシルヴィアは眺めるように見つめていた。

 

「た、助かったよ~、八幡君!」

 

「お、おい!収録前だぞ!!?」

 

 まるで緊張が解けたような声を出して、シルヴィアは子供のように八幡にしがみつく。対して八幡は身体に密着する彼女を抵抗するように引き剥がす。

 

「はぁ……まぁ、これも護衛としての仕事だからな。だが、さっきの男は妙に怪しいな。声優や歌手といった声を使う人に対しての差し入れとして喉の油分を溶かす烏龍茶は禁忌(タブー)とされているんだが……」

 

「そうだね……私もこのテレビ局は数回使わせて貰ったけど、彼の顔は見たことが無いね。さっきの見た感じだと入社して一年以内の社員さんじゃないかな?」

 

「確かにその説は高いな。だとしたら、烏龍茶を間違って出すのも頷ける。だが、さっきの男はスタッフ一同からと言っていたよな?スタッフ全員が誰も烏龍茶の差し入れに指摘しないのか?」

 

「「う~~ん…………」」

 

 先程の男の言動、烏龍茶の差し入れ、謎が深まると同時に彼への疑念が二人の中で増していく。

 

「まぁ、シルヴィが気にすることはない。シルヴィは収録に専念して。さっきの件は俺が何とかしておくから」

 

「分かった!!じゃあ、私もスタジオに行くね!」

 

 スタジオのある方向へと一足先に向かうシルヴィアを八幡は見送り、彼も彼女が収録を始めるのと並行して一人暗躍を始めようとする。

 

 

「ひとまず、このドリンクだな…………」

 

 八幡は恐る恐るキャップを開け、中に入った液体の臭いを手で仰ぐように嗅ぎ始めた。

 

 

「(ん………?この臭い……まさかっ!?)」

 

 

 

 

 

 

 




今回は少し長めでしたね笑
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