歌姫に拾われた俺がアスタリスクで生活をするのはまちがっているだろうか。 作:リコルト
『さぁ、今回の特集は残り一ヶ月近くに迫った
『よろしくお願いしま~す!!』
シルヴィアと変わらないぐらいの若い年齢の女性司会が持ち前の性格の明るさを振り撒きながら、今回の番組の主役であるシルヴィアの名を呼び、シルヴィアも彼女のテンションに負けないような明るさと声でスタジオのカメラにその姿を映す。
そんな明るいスタジオの脇で影のように主の頑張っている姿を眺めているのは誰であろう、新宮八幡である。保護者のように静かに立ち見しているのだが、その顔は収録前より少し険しい様子だった。
(始まったか…………)
心の中で始まった収録に謎の危機感を覚えながら、八幡も一人スタジオで動き出す。
「聴力・視覚向上………倍率十倍」
自身の身体の隅から隅まで星辰力を流し、自身の五感を向上させる魔術師の能力を八幡は発動。向上させる範囲を調整した所で、普段から見えない細かい部分や聴こえない音が八幡だけに認識が可能となる。
歩く感知センサーとなった八幡は耳を澄まし、不自然な所が無いかスタジオの周りや天井を見渡す。すると、八幡の耳に聞き慣れない音が入ってくる。
(こいつは……金属音か?まるで金属同士がぶつかって、ギシギシと音を立てているようだが……距離的に音の出所は天井かっ!?)
ハッとした様子で聴き慣れない音の出所を突き止め、天井を見上げる。天井にはスタジオを照らす多くの照明が顕在しており、金属棒と金具で空中で止まるように静止している。照明一セットでもかなりの重さがあり、落ちてくれば星脈世代でも無事では済まないだろう。
(音の出所はあれ……ってマジか!?)
強化された視力で照明の細かい所を凝らしてみると、固定用の金具が意図的に緩い所を八幡は見つける。しかも、その場所は何とシルヴィアの真上の照明。それに気付いた八幡は額に汗を浮かべる。
(どうする……ディレクターに頼んで照明の金具が緩い事を説明するか?いや、立場的に初対面で新参者の俺の話を聞いてくれるかどうかも怪しいだな……)
シルヴィアの危機を感じた八幡は即座に脳内でどうするべきかを考える。だが、八幡は今日が仕事初めての新参者。シルヴィアと違ってテレビ局の人とこれといったコネクションや信用がまだ無く、初対面に等しい。そんな奴がいきなり重要なテレビの収録を一度止めるなんて普通はご法度だろう。
(だとしたら………)
自分の立場によって行動が制限された八幡は一度きりの一か八かの行動を思いつく。
だが、次の瞬間…………
『きゃあっ!?停電っ!?』
『突然なんだっ!?』
(停電っ!?まさか、これも
突如、スタジオ内が原因不明の停電により真っ暗な空間へと変化する。照明やカメラも使えなくなったことで、収録はもちろん中断される。スタジオ内は人や物の姿を視認できず、色々な人の声が反響していた。
『誰か発電室見てこいっ!!』
『『了解しました!!』』
『演者の皆様はそのまま動かずに……』
『分かりました!』
ディレクターやADといったスタッフ達が声一つを頼りにあちこちへとトラブル解決のために行動し、中にはトラブルに巻き込まれた演者を落ち着かせ、不要な行動で怪我をしないようにとあるスタッフは指示を出す。
だが、声だけが唯一の頼りになるこの状況で、視力の向上により暗視能力があった八幡だけが特に何も影響が無い状態だった。八幡は停電という予測不可能な事態に一瞬驚いただけで、すぐに特殊な効果が付与された視力で状況確認を行い、彼も行動に移る。
「あいつ……まさかこのタイミングでっ!?」
八幡はすぐにスタジオの照明機具を管理する場所へと向かう。そこには一人の黒い人影が立っており、丁度金具が緩くなっていた照明に最後の細工を施している最中だった。
『誰か知らんが、もう遅い!!』
ガチャン!!ガチャン!!
黒い人影により鈍い金属音がスタジオ内に響き渡る。金具が外れ、照明が空中に吊るされた金属棒から真下へと落下している音だ。
「くそっ!そこだぁっ!!!」
八幡は即座に煌式武装ヴァルハラを銃形態で起動。暗闇の中でも暗視スコープの役割を果たす彼の目を用いて、落ち行く照明へと発砲する。
『きゃあっ!何っ!?何の音っ!?』
照明は下へと落ちる前に空中で爆散。八幡が調整した事で爆発した大きな部品は誰もいないスタジオの隅へと吹き飛び、状況を知らない人達はパニック状態だが、誰一人怪我もしていない。
「このっ!逃がすか!!」
『ぐえっ!??』
危機を脱した事を確認した八幡は即座に目の前の男を拘束する。彼の主であるシルヴィアに確実に危害を加えようとする目の前の人物の明確な殺意に八幡は怒りを覚えていた。
やがて、電力が復旧し、スタジオに明かりが灯る。ここで八幡と今回の襲撃犯は停電以降初めて顔を会わせるのだが、八幡はその犯人の顔を見て、やっぱりと言ったような顔をしていた。
「おい……スタジオに何か仕掛けているかもしれないと懸念していたが、まさかここまで
「ひ、ひぃっ!?お、お前はさっきの……!?」
「怯える前に色々と事情聴取だ。残念だが、現行犯逮捕だから逃げ場は無いと思えよ?」
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………………………………………
…………………………………………………………
「さて……スタジオが騒がしいから来てみたけれど、どうやら何かトラブルがあったようね、新宮君?」
「はい、カトレアさんにはこのテレビ局の責任者として伝えておきたい事がありまして……」
そう言ってスタジオの騒ぎを聞きつけて駆けつけたカトレアに見せつけるように、八幡は自身の両手で拘束したADの男を拘束したまま突き出す。
「端的に申しますと、この拘束した男が先程スタジオが停電した件及び照明の落下事故の犯人です」
『なっ!?マジかよ……』
『嘘でしょ……』
『いや、あれは不慮の事故だろ……シルヴィちゃんには悪いが、あの新参者の言葉を信じろと言われても……』
八幡の口から語られる事実に拘束した男と共に仕事をしてきた職場の同僚達は一気にざわつく。その事実を真に受けて驚く者、スタジオに入りたての新参者である八幡の言葉を信用することが出来ず、疑っている者、と十人十色の反応をそれぞれ示していた。
「新宮君……その人は一応ウチのテレビ局で一年以上は働いている人なのよ。少し忙しない人だけれど、彼なりにウチのテレビ局に貢献してきたわ。新宮君には悪いけど、証拠も無しに彼を犯人と決めるのは「証拠はありますよ」何ですって?」
「自分でも分かっていましたが、今日ここで皆様と初めて顔を合わせる新参者の俺に信用はほぼありません。収録中に照明の不具合に気付いても、大事な収録中に新参者の俺の身勝手な行動で収録を止めるのは自分とスタッフや出演者らの関係にヒビを入れかねないと思いました。そこで、俺は危険を承知で彼を現行犯で捕まえる手に出たんです」
八幡の言葉に少し驚いた様子を見せたカトレアに八幡は制服の胸ポケットからある物を渡す。
八幡がカトレアに渡したもの--それは小さな黒い小型カメラだった。
「俺の視覚と共有した特殊な録画カメラです。暗視も付いているので、停電内での彼を捕まえた前後の状況も写っています。ご確認下さい」
「拝見するわ…………」
あまりの用意周到さに内心で八幡という男の凄さに恐怖に近い驚きを覚えながら、カトレアと八幡に拘束された男を除くスタッフ一同はそのカメラに納められた映像を確認する。そこには男の暴挙が写っており、このスタジオにいる全員が八幡の言葉を自然と信用するようになっていた。
「どうやら新宮君が言っていた事が本当のようね……けど、不可解な所があるわ。どうして、そこで拘束されている彼がスタジオでまた何かを仕掛けると新宮君は事前に分かったのかしら?」
カトレアが言うように、普通ならばスタジオでトラブルが起こるだろうと完璧に事前に理解にするのは不可解に近いだろう。それこそ、星導学園の
だが、八幡は停電や照明落下など何が起こるかまでは具体的に分からなかったが、スタジオ内で何かが起こるという有無は予測していて、見事不測の事態に対応することが出来たのだ。
「ああ、それは収録前に目の前の男が渡してきた
「烏龍茶?」
そう言って八幡は懐から収録前にシルヴィアに渡される筈だった烏龍茶のペットボトルを取り出す。
「先にスタッフの皆様にお聞きしますが、先程この烏龍茶をスタジオのスタッフ一同からだと目の前にいる男から頂いたのですが、この烏龍茶について最初からご存知でしたか?」
八幡は烏龍茶を見せびらかすようにスタジオのスタッフに訊ねると、スタッフの全員が……
『知らない』
『聞いていない』
『歌手に烏龍茶は確か駄目だろ……』
等と声を揃える。
「この時点で彼が嘘を吐いているのは明白でしょう。そもそも何人かが声を上げていましたが、歌手には喉の油分を流す烏龍茶は御法度です。にも関わらず、全員が差し入れとして烏龍茶を許可したのには俺も違和感を覚えました。じゃあ、次の質問です。お前……目の前でこの烏龍茶が
「ひ、ひぃっ……!?そ、それは……」
一時的に拘束から解放された男は震えながら八幡から烏龍茶のペットボトルを両手で受け取るが、八幡の問いに曖昧と答える事ができない。この時点でもうお気付きかもしれないが、八幡は目の前の男にかなりキレている。危うくペットボトルを潰しかねないぐらいの怒りだったのだが、貴重な証拠なので八幡は理性を何とか保ってそれを男に優しく渡したのだ。
「新宮君、どういう事かしら……?」
人に渡す筈の只の烏龍茶を飲めない仕事仲間にカトレアやスタッフ達は疑問を覚える。そこで、八幡は自分にしか分からない事実を全員に話す。
「簡単な話です。彼はその烏龍茶に毒物を仕込んでいたんですよ。自分でも飲むのを躊躇うぐらいの
『『『なっ!?』』』
シルヴィアが収録に向かった後、八幡はその烏龍茶の臭いに異物が入っているような違和感を覚えていた。しかも、その臭いの特徴は八幡も聞いたことがあるもので、恐らく毒物ではないかと推測に至る。だが、これがもし毒物なら、シルヴィアが標的にされているのは明白で、男の狙いは失敗したことになる。ならば、次のシルヴィアを妨害する作戦に移行するのが定石だろう。そこで、その推測に至った八幡は誰よりもシルヴィアを気にしてスタジオを警戒したのだ。
しかも、只の妨害ではない。相手を殺すつもりで行われた妨害だ。これを事前に察知した八幡が普通に警戒するつもりはないし、怒りを覚えない方が難しいだろう。
「その烏龍茶……臭いを誤魔化しているが、アーモンド臭に近い臭いがした。中に入っているのはシアン化カリウム……青酸カリといった所か?」
「な、何故っ!!わ、分かるっ!?」
「生憎と俺の鼻はその気になれば、犬に近い嗅覚を持つ事が出来るんだ。普通の人なら気付けないかもしれないが、俺には効かないな。それよりも今……自分が青酸カリを入れたと自白したな?」
「あっ……!?」
男は青ざめた様子で口を両手で押さえるが、もう遅い。同僚からは軽蔑した目で見られ、カトレアは呆れたように目を閉じていた。
「ちっ………!!」
『あっ!待ちやがれっ!!』
『よくもシルヴィちゃんにっ!!』
『オレァクサムヲムッコロス!!』
自分を庇ってくれる味方を完全に失った男は証拠物である烏龍茶を持って、スタジオから逃げるように全速力で出て行こうとする。それを追いかけるのは嘗ての元同僚達だが、応援していたシルヴィアに手を出した怒りが相当深いようだ。少なくとも一人は怒りのせいか完璧に日本語の滑舌では無い。
だが、勿論この男も例外ではない。
「
八幡は鞘から黄昏の夢幻剣を引き抜き、純煌式武装を起動させる。起動と共に八幡は黄昏の夢幻剣の能力で男が逃げようとする出口の前に黒い炎の壁を顕現させる。
「あっ!?あ、熱いっ!?熱いよぉっ!?」
運悪くその炎の壁に全身を突っ込んだ男は床で熱湯をかけられた芸人のように悶え苦しむ。全身火傷をしたような苦痛を男を味わっているが、炎は幻。すでに出口にあった星の壁は消え、焦げた跡も無ければ、火災報知機が鳴る気配も無い。男には身体的な外傷も無いが……精神的外傷はあるかもしれない。
「只で解放するわけ無いだろ……」
黄昏の夢幻剣を鞘にしまう八幡の手には相手の五感を乗っ取った証である紫色の痣があった。恐らく、男を両手で拘束している際に自身の星辰力を男に流し入れ、簡単に五感を簡単に乗っ取ったのだろう。
「八幡く~ん!!」
「おぉっ!?シルヴィっ!?」
男がスタッフやカトレアに連れられて逃げられないように連行されていくのを八幡が見届けていると、シルヴィアが脇目も気にせず、彼に抱き付く。
「私を守ってくれてありがとう!もしあの時、八幡君に助けられなかったら、私は今頃……。流石は私の優秀なボディーガードだね!」
「シルヴィを守るのが仕事だからな。これぐらい当然だ。それよりも照明の件は色々な事情で事前に防げなくてすまなかったな。怪我はしてないか?」
「うん!全然大丈夫!」
「そうか……それは良かった」
事情があったとはいえ、主を危険にさらした八幡は主であるシルヴィの体調を心配そうに気にかけていると、彼らの元にディレクターやプロデューサーといったスタジオ内でも重役を任された大人達が駆け寄る。
「新宮八幡君と言ったね。今回はウチのスタッフが大変な迷惑をかけた。君がいなければ、危うく大惨事になっていた所だ」
そう言ってディレクター達は八幡とシルヴィアに深々と頭を下げるのだった。
「いえ、頭を上げて下さい。それよりも自分スタジオで使う照明を壊しちゃったんですが……収録の方は?」
「その辺は大丈夫だ!今もう他の照明スタッフに新しい照明の方を準備させている。機材の最終確認も二十分はかからないつもりだ」
八幡の問いにこの番組の企画者であるプロデューサーらしい男性が答え、それを聞いた八幡とシルヴィアは番組収録がすぐ出来ることに安心感を覚えた。
「君をただの護衛だと思う人はこのスタジオにはいない。君の強さ、そして我々スタッフまでも気遣う聡明さは我々が直に体感した。今回は色々あったが、また次回このテレビ局を使う機会があれば、次の収録もよろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
差し出されたディレクターの手に八幡も同じように手を差し出して信頼の握手を交わす。
その後、プロデューサーが話していた通りスタジオの最終確認が終わった所で、仕切り直しという形で番組の収録が始まった。その間、八幡はというと手の空いたスタッフらと談笑を交わし、テレビ局内で働く人達から多くの信頼とコネクションを得るのだった。