歌姫に拾われた俺がアスタリスクで生活をするのはまちがっているだろうか。 作:リコルト
「おっそ~~~い!!遅すぎるよ、八幡君!!」
「すまんすまん、待たせて悪かった」
星武祭について苦悩していたソフィアと別れた八幡は大急ぎで選手用控え室へと駆けるのだった。選手用控え室へと徐々に近づくのだが、待ちきれずに選手用控え室の外で待ち構えているような姿勢を取るシルヴィアを八幡は目撃してしまう。
控え室の中は選手の体調やコンディションを気遣って仮眠用の柔らかいベッドとか無料のドリンクサーバーのような空港のラウンジのような環境だった筈。にも関わらず、そこから出てきたのはそれほど八幡が待ちきれないというシルヴィアの気持ちの表れだろう。
「まったく~……試合が終わって八幡君に今日の試合を褒めて貰おうと思ったら、いきなり『少し遅れるかも』と短い文章で連絡してくるし」
「悪かったって。連絡によると会場の入り口は何処も取材陣で一杯だそうだ。だから、多少の取材陣は覚悟の上で、駐車場に停めてある車で帰る予定だが大丈夫か?」
「うん、大丈夫!早く帰って、勝利祝いに久しぶりの八幡君のご飯が食べたいなぁ!!」
「はいはい……分かった分かった」
それを聞いてシルヴィアはやったぁと本心から子供のように喜び、八幡の腕に密着するようにしがみつく。が、八幡としては他の選手がいる公の場で世界の歌姫が恋人みたいに密着するこの光景はかなりの羞恥。こんな状況を取材陣に撮られたら、たまったもんじゃない。
仕事の際といった日常的な時でもシルヴィアと八幡によるこのやり取りは見慣れたもので、最終的には仕事上の立場を利用してシルヴィアを説得し、恥ずかしがる八幡が何とか引き剥がすのだが、此度は様子が少し違う。
「八幡君……知らない女性に絡まれたりしたでしょ?」
「え゛っ!?ど、どしたシルヴィ……さん?」
密着していた腕を自ら八幡からバッと引き離し、先程の子供のような可愛らしい声とは全く違う恐怖を覚えるようなガチトーンの声をシルヴィアが発する。
あまりの異常事態に普段はシルヴィアを引き剥がす事に苦戦する八幡も自分から離れた事に喜べず、さん付けで恐る恐るシルヴィアに訊ねるのだった。
「八幡君の服から知らない女性の香りがする……ネイトネフェルのでもクロエちゃんでもない……上品そうなすっごく芳しい香り。こんな香り二人には該当しないわ」
(やっば!?何、シルヴィさん急に変なスイッチ入ったよ!?該当しないって何時からシルヴィさんは香りセンサーになったの!?後、何か目のハイライト少し濁ってるんだけど!?普通に怖いんだがっ!?)
鼻でスンスンと匂いを確かめ、ベタ目じみた目でシルヴィアは八幡に改めて遅くなった経緯を確かめる。それに対して冬にも関わらず冷や汗をかきながら、八幡は迎えが遅くなった経緯を伝えようとするのだが、同時にシルヴィアが言う知らない女性がもしかしてソフィア・フェアクロフではないかということにここで気付くのだった。
「あ、あ~……シルヴィさんの言う通り確かに一人の女子生徒と少し一悶着があってな……一応、ペトラさんにも報告しておきたい事だし、シルヴィさんにもそこで同時に聞いて欲しいのですが……?」
「へぇ~、ペトラさんも聞かなきゃいけない重大な事なんだねぇ。どういった報告がされるか楽しみだな~?」
だが、恋愛経験0が起因する鈍感さと雇い主であるペトラにも同時に伝えようと効率性を重視してしまった結果、目の前にいる彼女の弁明を優先しなかった八幡。仕事人としては完璧かもしれないが、完全にシルヴィアを何かに目覚めさせてしまう。明らかに目が笑っていないし、星辰力が少し漏れている。最悪の悪手だ。
「落ち着きなさい
「「っ!!!?」」
が、シルヴィアの謎の高まりを止めようと彼女の後ろから声をかける八幡やシルヴィアと同じくらいの年齢の少女が救世主のように現れる。
雪のように真っ白な髪と肌、冬のように冷たい落ち着いた言葉、特殊な制服によって生身の身体を首から上以外は窺えず、胸元には女子では珍しいレヴォルフの校章が二人の目に入る。
不健康で、か弱そうな感じの少女だが、とんでもない。その存在感は凄まじく、恒常的に彼女の身体から発せられる毒々しい星辰力は八幡達にピリピリとした麻痺に近い刺激を少し与える。本気を出した彼女の星辰力を浴びれば、何も対策をしないと高い確率で死に至る……故に彼女はアスタリスクでこう呼ばれ、忌避される。
「レヴォルフ序列1位……
新聞の記事や星武祭の記録では見たことがあるが、生で対面するのは初めての八幡は目の前にいる圧倒的存在感を放つ少女ーーオーフェリア・ランドルーフェンと遭遇して思わず息を呑む。
「あっ、オーフェリア!フェアクロフ家の妹ってもしかしてソフィアさんのこと?」
前回の王竜星武祭の準優勝者と優勝者ーー優勝を争うライバル同士ではあるが、同時に同じレベルの実力者として会話をするぐらい親しいシルヴィアとオーフェリアは当たり前の日常のような雰囲気で話を進める。
「ええ、そうよ。私の試合が終わって控え室に向かおうとしたら、そこにいる彼がソフィア・フェアクロフと話していたの。私が見たのは二人が別れる前後ら辺だし、話はあまり聞こえなかったけど、彼女から何か深刻そうな相談を受けていたみたいよ」
「な~んだ!ソフィアさんから相談を受けていたんだね!良かった良かった!」
オーフェリアのファインプレーによってシルヴィアの機嫌は落ち着き、普段の天真爛漫な彼女へと元に戻る。これを見た八幡は見ず知らずの自分を助けてくれた彼女に心の中で静かに感謝の意を述べる。
それと同時に周りから忌避されるように恐れられているアスタリスクでの彼女の印象に対して騙されたような疑問を彼女に覚えるのだった。
なんだ、意外に優しい性格じゃないか……と。
『バイタル低下っ!!意識不明の危険な状態です!』
『血清だ!!血清を持ってこい!急げ!!』
が、前言撤回。彼女がやって来た方向の後ろ側の通路でガチャガチャと音を立てるストレッチャーと並走する医療班数名が慌てた様子で八幡達を見向きもせずに通り過ぎていく。
ストレッチャーに乗せられていたのは屈強な界龍の男子生徒。口には酸素マスクが付けられ、血でも抜かれたようにゲッソリとしていた。
血清と言っていたが、まさかアスタリスクにコブラみたいな毒蛇がいるわけでない。アマゾンにいるような色鮮やかな毒蛙もいるわけがない。
間違いない。
オーフェリアの底知れない危険さを被害者を通して目の当たりにし、運ばれた生徒に心の中で合掌する八幡。
けれど、シルヴィアの誤解を解いた所で、オーフェリアの興味と視線は隣にいた八幡へと移り、八幡を静かにジロジロと観察し始める。
「……貴方、名前は?」
「あ、新宮八幡でしゅっ!」
突如、名前を訊ねられ、目をつけられて生きた心地がしなかった八幡は噛みながらも素直に答えてしまう。
ソフィアにも名前を伝えない程、自分の存在が機密だという事に後から気付くが、これは例外だと内心で八幡は必死に訴える。反抗して言わずに彼女の機嫌を損ねたら、医務室に運ばれたであろう先の生徒と同じ道を歩みかねない。八幡は必死に生へとしがみつく。
けれど、シルヴィアは八幡の咄嗟の不祥事を咎める事はなかった。まぁ、相手が相手だと言いたげな同情的な雰囲気で目を瞑り、八幡を慰める。むしろ、八幡よりもジロジロと八幡を見るオーフェリアに対して何か強く言いたそうな感じだ。
「……そう、貴方が
聞いた割にはあまり興味を持たずにスタスタとオーフェリアはその場を後にする。
その後、二人は予定通り取材陣を振り切る形で迎えの車へと乗り込む。取材陣の数はシルヴィアが準優勝者ということもあり、アスタリスクのみならず日本や海外からも来ており、八幡が彼女を守らなければ乗り込むのも大変だっただろう。
車に乗り込んだ二人なのだが、オーフェリアという一人の少女を通して何かを感じ、変わった様子を見せる。シルヴィアは目の前で宣戦布告をされて、更なる彼女への対抗心が湧き上がる。一方で、八幡は彼女に対して何か違和感に近いモヤモヤを覚えるのだが……そう近い内に彼女と再び会うことになるのを八幡はまだ知る由もなかったのだった。
ちなみに、学園に帰り次第すぐに八幡が接触した二人の少女について学園長であるペトラに八幡とシルヴィア二人揃って報告するのだが、バレたものは仕方が無いと接触した相手を聞いたペトラは二人に対して注意するぐらいで許すのであった。隠滅をするにもその為の刺客を確実に返り討ちにできる
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「それにしても今年の王竜星武祭の優勝候補の一人の
八幡とシルヴィアを乗せた車が会場を去った後、シルヴィアというターゲットを失い、徐々に退散していく取材陣の中で、彼女を撮影していたあるテレビ局のカメラマンの男が彼女の人気ぶりに対して驚いたように呟く。
「だが、彼女の画はしっかり撮れたぞ。わざわざアスタリスクに来た甲斐があったぜ」
撮影した映像を確認すると、そこには颯爽と車へと向かうシルヴィアをパパラッチが撮影したような映像が映っており、当然彼女を護衛するために側にいた八幡もシルヴィア程ではないが、度々入り込んでいた。
「さて……後はこれを編集するだけだ」
そう言って、役目を終えたカメラマンである彼も他の取材陣のように退散を始めようとする。
だが、そんな彼がアスタリスクから遠く離れた地域にある波乱と言ってもいい修羅場を起こす事になるとは誰もが予想しなかっただろう。
彼の右腕の腕章には『千葉テレビ』の文字。
物語は別の場所でも大きく動こうとしていた。
そろそろ一度アスタリスク外の話も挟む時期かと思いまして……どうなるかは自分もまだ不明です笑(現在少しずつ執筆してる感じですね……拙くなるかもしれませんが、期待してくれると嬉しいです!)