歌姫に拾われた俺がアスタリスクで生活をするのはまちがっているだろうか。   作:リコルト

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 前回の話について色々と各自の考察やご意見ありがとうございました。正直かなり不安でしたが、色々と読者の言葉が丁寧でしたので、ホッとしています笑。
 今日からアスタリスクに戻ります!感想でもありましたが、他学園の関わりを増やす回です!

 後、先に言ってしまいますが、すいません!しばらく就活関連で投稿がかなり遅くなるかもしれません!




束の間の王竜星武祭の休日

 

 

 場所は千葉から北へと戻り、アスタリスクへ。

 

 一年に一度、アスタリスクが最も沸騰する星武祭はもう残りは本選を残すのみ。予選の各ブロックから選ばれた16人がこの本選を負けるまで戦い続けるのだが、選手にも安息は必要不可欠だ。

 

 そう、今日は星武祭の期間内の唯一の休日。正確には星武祭の調整日で、各学園の生徒会長達が本選のトーナメントの組み合わせを決定したり、出場選手達が本選に向けた最後の調整をする日だったりでもする。

 

 といっても、王竜星武祭に関係が無い人達にとっては学校も無い只の休み。王竜星武祭の参加者でもなく、生徒会長でもない八幡もその休日を謳歌する一人だ。

 

 生徒会長であるシルヴィは午前中から午後までトーナメントの抽選と星武祭の事務関係の打ち合わせで多忙、ネイトネフェルは本選に向けた最後の調整と言い残して早朝から何処かに出かけてしまっている。

 

 では、話題が絶えない二人の少女が珍しく近くにいない八幡は何をして過ごしているかというと、商業区に設置された大きめの公園内にあるベンチにただ一人座って、静かに公園の緑に身体を任せるようにして疲れを取っているのだった。

 

 

 

(ふー……星露から言われた課題の『相手に自身の星辰力を付着させて、五感を素早く奪う』方法が漸く形に成ってきたな。この()()なら、最悪相手に気付かれず五感を奪う事も不可能じゃない。必死に考えた甲斐があったぜ)

 

 

 八幡が疲れていたのは誰もいない午前中に、密かに万有天羅から課された特訓メニューをこなし、魔術師の能力を利用する新たな技を編み出していたからだ。今も交流を続ける万有天羅との訓練により、八幡はすでにネイトネフェルと戦った時よりは戦闘技術が大きく向上し続け、魔術師の能力の使い方もかなり上達している。

 

 万有天羅がいない時の為に彼女が記した特訓メニューはキツく、対面で行える組み手となれば高い確率で死にかけるのは必然。だが、八幡にとっては専属として()()()()存在であるシルヴィに()()()()のは立場として、男として、色々と許せない所があった。

 

 だからこそ、本来は休みであった今日も八幡はシルヴィを守れるぐらい……彼女と並び立てるぐらいの実力を得ようと、人知れずに特訓していたのだった。

 

「ふ~……やっぱ疲れた時のマッ缶は美味い。俺がこうしている今頃、シルヴィと星露は明日の組み合わせの抽選をしているんだろうな」

 

 アスタリスクでも売られている場所が限られたお気に入りのドリンクをゴクゴクッと飲みながら、今も忙しく行われているだろう星武祭の組み合わせに出席する知り合い二人の事を八幡は考える。 

 

(まぁ、ウチの学園としてはシルヴィとネイトネフェルが決勝までぶつかり合わないような分かれ方が望ましいだろうな。問題は孤毒の魔女(エレンシューキガル)が先にどっちと当たるか……」

 

 本選に上がったクインヴェールの生徒は十六人中シルヴィ、ネイトネフェルの二人。他の学園と比べれば、本選に上がれた数は圧倒的に少ない方だ。だが、その分同士討ちのリスクは低い。運が悪くなければ、同士討ちは現実的に見ても実現は難しいだろう。

 

「けど、星武祭は優勝に一番の価値があるからな。やっぱり孤毒の魔女(エレンシューキガル)を倒さないと「呼んだかしら?」……」

 

(は?えっ……ちょっ)

 

 会話に途中から入ってきた誰かを探そうと、八幡は声がした彼の左側に顔を向ける。

 

 まず、視線に入るのは美しい白い長髪。そして、同じくらい透き通るような白い肌。 

 

 だが、彼に向ける瞳は白に映えるように紅色に輝いていて、何処か寂しさや悲しさという感情を思わせる。八幡がよく知る可憐なシルヴィとは真逆で、冷徹といった言葉が似合うだろう。

 

「オーフェリア……ランドルーフェン……っ!?」

 

 

 ここで、漸く八幡は彼女の名前を叫ぶ……いや、予想外過ぎて叫ばざるを得なかった。

 

 

「ええ、そうよ。先日ぶりね、新宮八幡」

 

 女性に対して突然叫ぶという冒涜を働く八幡に対して、オーフェリアは冷たさを感じる丁寧な言葉で待っていたような口ぶりで彼の名前を告げる。

 

 八幡は試しに夢か現実か確かめるために、自身の頬を捻るが、ただ痛いだけ……。八幡の前に王竜星武祭の優勝候補の彼女がいることも、巷で死神と呼ばれる彼女に名前を覚えてもらっているのも現実の事なのだ。

 

「どうして……ここに?」

 

(まさか、彼女にとって障害であるシルヴィの側近である俺を先に葬って、試合前にシルヴィに精神的なダメージを与えに来たのか…?だが、生憎ヴァルハラは整備中だし、黄昏の夢幻剣だけで対抗するには無理があるぞ…)

 

 自身の高確率の死を仮定しながら、八幡は腰に着けた純星煌式武装に手をかけて警戒する。が、純星煌式武装でも彼女に勝てないのは八幡が一番理解していて、内心で昨日調整に出したもう一つの武器が無い事を悔やむのは言うまでもない。

 

 しかし、それを見たオーフェリアは八幡が考えている事を察知。得物を抜きそうになる八幡であったが、対して彼女は自身の煌式武装を抜くこと無く、彼の誤解を解くように話しかけるのだった。

 

「別に貴方に危害を加える気は無いわ。貴方に会ったのは本当に偶然。貴方が私の名前を呟いていたから、興味本位で貴方に話しかけたのよ」

 

「えっ、まじ……声に出てたのか」

 

 アスタリスクに来ても直らない心の声が自然と口に出てしまう癖が直らないことを悔やむ八幡。他人なら、まだしも本人に本人自身が関わる独り言を聞かれるのは少し恥ずかしい。よりにもよって、異性だ。

 

 そんな思春期の悩みを抱える八幡の隣に当事者であるオーフェリアは何事ないように座る。危害を与えないとはいえ、隣に急接近したオーフェリアに八幡は驚くが、彼女からすると空いていた八幡の隣のベンチの席に座っただけである。オーフェリアは八幡が何に驚いているのか分からず、可愛らしく首を傾げるのだった。

 

「そういえば、今日は珍しく戦律の魔女(シグルドリーヴァ)はいないのね」

 

「あ、ああ。シルヴィは抽選に行っているからな。オーフェリア……さんは抽選に行かないのか?」

 

「よく間違えられるけど、私は序列一位でも生徒会長では無いのよ。レヴォルフの生徒会長は序列の一位からの指名……今の生徒会長は私を買った悪辣の王(タイラント)と呼ばれる男ね。名前は知っているでしょ?」

 

「ま、まぁな……」

 

「それに私のことはさん付けしなくて構わないわ」

 

「お、おう……そうか」

 

 アスタリスクに来て一年もしない八幡が他学園の事情やシステムを詳しく知らないのは無理もない。が、メディア関係の仕事に触れる事が多くなった八幡は人の名前や経歴を知る事に関しては長けるようになっていた。

 

 悪辣の王(タイラント)という名前を知っているのもその影響だ。といっても、彼に関しては世界的アイドルのシルヴィとは真逆のベクトルの知名度で、恐ろしく悪名高いというのが正しいだろう。

 

「それで……さっき私の名前を呼んでいたけど、こんな昼間から一人で何考えていたの?」

 

「あー……星武祭の本選の組み合わせの事だ。前回優勝者のオーフェリアとは組み合わせで早く当たりたくないなという話。昼間から公園にいるのはちょっとした鍛練を午前中にしたから、その休憩だ」

 

 オーフェリアに話を聞かれた以上、彼女の事を考えていた事を素直に話す一方で、午前中に練習していた事ははぐらかすように説明する八幡。まさか、他学園の万有天羅からメニューをもらって鍛えていると聞いたら、流石の彼女も驚くだろうし、密告でもされたら大変な事態に発展してしまうだろう。

 

 そんな八幡の話を聞いてオーフェリアは自分の話題にも関わらず顔色変える事なく、興味を持っているのかよく分からない顔で静かに相づちを打つ。その様子に若干の不気味さを感じつつも、今度は八幡が彼女に質問するのだった。

 

 

 

「……そう言えば、さっき悪辣の王(タイラント)に買われているって言ってたが、あれって本当の話なのか?」

 

 言いづらそうにする八幡の質問に、初めてオーフェリアが人間らしくピクンっと反応を示す。だが、そんな彼女の顔には悲しみ、疑心、と色々な感情が複雑に渦巻いていた。

 

「ええ……そうよ。貴方ズバズバと聞くタイプなのね、少し意外。で、貴方はそれを知ってどうするの?」

 

「どうするって……今もさっきもその悪辣の王(タイラント)の話をしていた時、不服そうな表情をしていたから、ずっと気になっただけだ。色々な事情はあると思うが、上下関係を付けて人を買うのは個人的にはあまり好きじゃない」

 

「へぇ……統合企業財体側のベネトナーシュに所属する立場にしては珍しい考えね。あそこは企業の集まり……そんな上下関係は普通にあるわよ」

 

「確かにな。だが、俺が嫌いなのは買われている側が不服そうにしている不平等な上下関係だ。悪辣の王(タイラント)は人の足元を見て脅すタイプだと聞いているが、オーフェリアも彼に何か脅されて従っているんじゃないのか?」

 

(そうか……オーフェリアは女じゃない俺の事を生徒ではないと理解してるから、シルヴィと仲が良いベネトナーシュの人間と勘違いしてるのか)

 

 

 

 内心で、オーフェリアから見た自分の立場を再確認しながら八幡はマッ缶を片手で飲んで、オーフェリアの問いに答え、改めて質問を続ける。

 

 一見、相手のプライベートに踏み込む質問ばかりで、八幡自身もやり過ぎた感を感じ、後から怒られるのと死を覚悟したのだが、オーフェリアは八幡の問答に手で口元を隠しながら予想外の小さな笑みを溢すのだった。

 

 

「ふふっ……いつも鈍感そうな彼女(シルヴィ)の側についた貴方がどういう人物か気になったけど、かなり鋭いのね。実は貴方とは個人的に一度ゆっくり話がしたかったのよ。私と何処か似ている雰囲気があるから」

 

 

「えっ、似てる……?」

 

 

「ええ、そう。貴方は私と同じ()()()()を経験した事がある雰囲気を微かに醸し出している……他者の為に自分を差し出し、運命を書き変えられた雰囲気が。悪辣の王(タイラント)に従う理由を話すには私の昔話を話すのが一番ね。貴方には教えてあげても構わないわ」

 

 

 こうして、八幡は最強と呼ばれるようになったオーフェリアの起源と悪辣の王(タイラント)の最初の出会いの話を彼女自身から聞かされるのだった。

 

 

 


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