アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
対セイレーン特別武装非政府組織『アビス』。後にアズールレーンとなるその組織には、一人の問題児が所属していた。
同組織、鉄血陣営担当統括管理官。年齢、国籍その他の個人情報は全て抹消されている。
判明している情報は4つ。
一つ、男性であること。
一つ、常にフルフェイス型の情報制御端末を付けており、顔を見た者は誰も居ないこと。
一つ、もとはどこかの研究者であり、艤装の換装・強化に関するノウハウを樹立した人物である。
そして、彼は自らをこう示す。
「私はボンドルド。碧き航路の守護者。人は私をこう呼びます───『黎明卿』と。」
◇
水面は昏く、空は紫雲に覆われ、水平線は紅に染まる。けれど朝焼けのような温かさは無く、夕焼けのような寂寥も無い。無機質な冷たさと静かな死の匂いがした。
セイレーンの使う未知の空間遮蔽技術による孤立空間、通称“鏡面海域”に遭遇した第一次征伐隊の、最後の通信が遺した言葉だ。
突発的に、そして各地で散発的に発生するそれは、陣営間の海路をほぼ完全に遮断した。さらにセイレーンの対空能力は凄まじく、成層圏まで届く未知の対空兵器は空路をすら制圧。各陣営は事実上の鎖国に陥った。
しかし、鏡面海域は前人未到、突破不可能という訳ではない。
幾度もの挑戦を重ね、腹心と呼べるKAN-SENを従え、自らもセイレーンの技術を取り入れた数多の武装を身に纏い、海原を往く男がいる。
彼こそが艤装開発の父であり、KAN-SENの、人類の希望と呼ばれた『黎明卿』。
「貴様が・・・あの“黎明卿”か・・・」
「えぇ、その通りですよ、ピュリファイヤー。貴方たちにまで認知されているとは、光栄です。」
セイレーン支配域と同義である鏡面海域の孤島。しかし拘束具付きの寝台に縛られているのは、支配者であるはずのセイレーンだった。
通常の拘束どころか砲弾すら受け止める身体で暴れるが、ピュリファイヤーの戒めは軋む気配さえない。
「どうなってやがる・・・?」
「貴女の上司・・・オブザーバーにご協力頂いて、セイレーン用に鍛造した特殊拘束具ですから。」
ピュリファイヤーの顔に怒りが浮かぶ。
(オブザーバー? あいつ、見ないと思ったら裏切っていたのか・・・!)
ボンドルドは懐中時計を一瞥し、壁のスイッチを操作した。
突如として光を浴びせられ、ピュリファイヤーの目が細まる。いままで碌に見えなかった部屋の全容を確認したとき、ピュリファイヤーは生まれて初めて、恐怖という感情を理解した。
手術室。
そう形容するのが正解なのだろう。部屋は清潔に保たれ、整然と道具が並べられている。ならば中央の寝台に寝かされたピュリファイヤーは、つまり。
「ま、待ちなって黎明卿。取引しないか?」
「取引、ですか?」
ボンドルドは手を止めず、これから使うのであろう工具じみた道具をトレイに並べながら聞き返す。
ピュリファイヤーは既に何度も失敗した武装の展開は諦め、人格・経験のバックアップと自爆プロトコルを実行する。会話はただの時間稼ぎだ。
「あぁ。オブザーバーがどんな情報をあんたに売ったのかは知らないけど、私だって人型のセイレーンだ。それなりにセキュリティ・クリアランスは高いし───」
ピュリファイヤーが沈黙する。
ボンドルドは不思議そうに首を傾げ、すぐに納得の声を上げた。
「あぁ、お気付きですか。自爆装置は武装ごと取り外させて貰いましたよ。」
「・・・は?」
非顕現状態の艤装からどうやって、と考え、ピュリファイヤーはようやくここに至るまでの経緯を思い出した。
「き、貴様・・・!」
セイレーンにとって、自らの技術は別次元に在ると自負するものだった。
事実、その装甲は自らの矛によってのみ貫くに能う。事実、その矛は自らの盾によってのみ防ぐに能う。
例外はただ一例、セイレーンすら匙を投げた完全な正体不明、リュウコツ技術と呼ばれる体系によって作り出された武装。KAN-SENによる攻撃。
ならば、と。この男は自らセイレーンの武装を纏い、自らの擁するKAN-SENの艤装をセイレーンの技術によって強化した。
1:1だった質の戦力比を1:1+1にして覆し、異形とも言える
セイレーンを仇敵とし忌避した人間の、ある種のタブーを平然と踏み越える精神の異形ども。
ピュリファイヤーはたった1人の人間と、たった3人のKAN-SENに正面戦闘で下された。執拗に艤装を狙う『舐めプ』で、だ。思い返すだに腹立たしい。
「では、始めましょうか。まずは、ピュリファイヤー。貴女に感謝を。」
「はぁ?」
訝し気なピュリファイヤーに、ボンドルドは深々と頭を下げた。
どう見ても、感謝の礼である。そこに皮肉や嘲りは一片も見えない。
「貴方がたのお陰で、私たちはここに至り、この先へ行くことが出来る。その献身に感謝を。」
◇
一週間後。
鉄血陣営担当統括管理官名義で、
主題はセイレーンの量子通信技術を用いたKAN-SENの即時撤退能力とその付与について。
ソースに不明点こそあれど、その技術の理論と結果は紛れもなく真実であり、その有用性もまた高い。
高レベルのKAN-SENであればその戦力を失わずに死線を逃れ、低レベルのKAN-SENにリスク無く経験を積ませることも可能。人類はまた、セイレーンに一歩迫って見せたのだ。
「人格と経験のバックアップ、その様子を間近で観測できたのは収穫でした。本当に、彼女たちには感謝の念が絶えませんね。」
鉄血本土から遠く離れた、大西洋に浮かぶ孤島。
鏡面海域の中心付近に存在するそこは、
自給自足の生活をしている農耕・漁集落が散在する他、名前の由来である鉄血陣営の軍事基地以外には何もない。
その軍事基地ですら名前だけで、実態は大規模な研究施設に改造されており、まともな部屋などKAN-SENたちの私室と食堂、浴場くらいだ。
だからボンドルドは、海を見るときには決まって屋上にいた。私室や執務室に窓は無いし、一階の応接室からでは防風林に阻まれてよく見えないからだ。
「見つけた。準備出来たわよ、指揮官。」
呼びかけに振り向くと、屋上の入り口で金髪の女性が立っていた。
鉄血陣営最強の一角、戦艦ビスマルク。白衣に身を包みバインダーを持った姿は看護師にしか見えないが、その戦闘能力はボンドルドを上回るだろう。
「ありがとうございます。これでようやく、研究に専念できますね。」
ビスマルクと対のような黒衣を翻し、ボンドルドは屋上を後にする。
「共にセイレーンの技術の深淵を、人類の未来を切り拓く、私の『