アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「あぁ、これは困りましたね。」

 

 靴下に開いた穴を見つけたような軽い調子で、ボンドルドがごちる。

 上には瓦礫、下にも瓦礫。片腕は下敷きになり、もう片方も狭くて動かせない。不幸中の幸いに、『暁に至る天蓋』は強化鋼を多分に含む瓦礫の崩落に巻き込まれてもなお、装備者を完全に保護している。

 ボンドルド自身に損傷はなくとも、このままでは動けない。致し方なしと割り切り、ボンドルドは自分がどちらを向いているのかも分からないまま、まだ無事だった右腕の『枢機に還す光(スパラグモス)』を起動した。

 

 天に伸びる光の刀剣は、ボンドルドと鉄血陣営の者に安堵を、そして赤城と加賀には舌打ちをさせる。

 よかった、今度は設備を斬らずに済みました。そんな安穏とした声は、すぐに無数の艦載機の駆動音で掻き消される。続く機銃掃射と爆撃はしかし、ボンドルドにとって目くらまし程度にしかならない。

 銃弾の雨は端から意に介さず、投下された爆弾は届く前に光剣によって消滅する。

 

 ボンドルドたちが落ちた側が基地内部ではなく、海側だったのは不運だった。

 

 赤城と加賀を追って海面に立つボンドルドに、基地設備という枷は無くなった。

 安定した様子で海面に両足を付ける姿に、赤城と加賀は揃って顔を顰める。これで安全圏から攻撃し続けることは出来なくなった。

 『暁に至る天蓋』のスペック上、二人が全力で逃げ出せば追いつくことは出来ないが、二人が選んだのは逃走ではなく迎撃──ボンドルドの抹殺。

 

 「もう一度お聞きしますが、答えては頂けないのですね?」

 「えぇ。貴方に語る言葉など一つで十分です。」

 「──地獄へ落ちろ。」

 

 迸る殺気に合わせ、空を埋め尽くすほどの艦載機が放たれる。

 戦闘機は単なるデコイ。本命はボンドルドの外殻にある程度効果の見込める爆撃機による爆撃と、まだ試していない攻撃機による雷撃。

 

 両腕の『枢機に還す光』が健在ならば、おそらく一機たりともその身に届くことは無かった。

 しかし───既に片腕のそれは破損し、海面上では少しのズレで水蒸気爆発を起こしかねない。かといって慎重に動けば、その隙を突かれるだろう。

 

 ボンドルドにとっては面倒な──二人にとっては、捕らえられてからずっと考えてきた、必殺の布陣だ。

 

 ゆっくりと、眉間を押さえるような動きでボンドルドの手が仮面を撫でる。

 それはどうしようかと悩む動作に似ており、二人は揃って口角を上げた。

 

 「戦闘慣れしていない素人が。悩む暇があったら体を動かしたらどうなんだ!」

 

 加賀が勝ち誇って吠え、指揮下の艦載機に一斉攻撃命令を下す。

 

 「海上ではご自慢の武装も使いにくいでしょう? その珍妙な仮面からビームでも出せれば、まぁなんとかなるでしょうけれど。」

 

 赤城がシニカルにというには嘲笑の色が濃い笑いを浮かべ、同様に攻撃指示を出す。

 

 そして。

 

 「───『明星へ登る(ギャングウェイ)』」

 

 仮面から放たれる光線。

 収束ではなく拡散するように撃ち出されたそれは、海面に触れると反射し、水蒸気爆発を起こすことなく艦載機の群れへ殺到する。

 乱数的に回避行動を取る無数の艦載機が、一機をも逃すことなく光に穿たれて撃墜する。

 

 「なッ!?」

 

 なんだそれは。なんで本当に出るんだ。そんな心中を短い叫びで表し、二人は硬直した。

 戦闘経験なく練度を、能力を上げると、こういう不意討ちに弱くなってしまう。奇しくも加賀の罵倒がそのまま当てはまる状況に、今度は二人が陥ってしまった。

 

 「あぁ、やはり弊害もありますね。」

 

 それに気付かないボンドルドではない。

 海面を蹴り、引き絞った両拳を二人の腹部目掛けて同時に打ち込む。 

 鈍い衝撃音を上げ、胃液を零しながら吹き飛ぶ二人。

 

 ボンドルドは追撃せず、短い思索に耽る。

 

 「・・・やはり、あくまで未発達能力の成長に使うことにしましょう。練度上昇と能力強化が別因子の働きであれば嬉しいのですが・・・まだ未検証なんですよ。もう少し『祈手』を増やすのもいいですね。───どうですか、お二人は。」

 

 赤城と加賀の知る『祈手』といえば、隔離棟の管理人のような立場だ。もう二度とあそこに戻りたくはない二人にとって、考えるまでもない勧誘。

 当然ながら、二人は起き上がりざまに艦載機を飛ばす。

 

 「研究用ではなく戦闘用の『祈手』も作りましょう。貴女達のような強力なKAN-SENや、セイレーンを使って、戦闘用にチューンアップした専用個体を用意するんです。いい案だと思いませんか?」

 

 投下された爆弾の合間を縫うように海面を走り、再度の直接攻撃を試みるボンドルド。

 赤城は上体を逸らしてその右フックを避け───眼前に迫る『枢機に還す光』の発射口の延長線上から、倒れ込むようにして逃れた。

 直後に放たれた『枢機に還す光』は、赤城の髪を数束ほど消し去るだけに終わる。

 

 二撃を外して生じた隙は、加賀にとっては絶好の機会。

 右手の『枢機に還す光』は撃ち終えたばかり。左腕のそれは既に破損している。そして『明星へ登る(ギャングウェイ)』を放つ仮面は、今こちらに向いていない。

 

 獲ったという確信と共に、6機の爆撃機に一斉攻撃を命じる。

 全機が一斉に散開し、ボンドルドの頭上で急降下姿勢へと移行する。

 

 「───『明星へ登る(ギャングウェイ)』」

 

 ボンドルドの仮面から何条もの光が撃ち出され、ボンドルドの見上げた前方にいた機体を撃墜する。

 残る5機がその腹を開く。露出するのは、直撃すればボンドルドにも通じる500lb通常爆弾だ。それらは一斉に───空気中で反射するように折れ曲がった光に撃ち抜かれて、艦載機諸共に爆発した。

 

 直撃すれば効果のある爆弾も、当たる前に爆発してしまえば、ボンドルドにとってはちょっと強い風のようなもの。

 

 腰まで揺れ上がる波の上で、艦載機の残骸を雨のように背負って、ボンドルドは依然立っていた。

 

 「・・・化け物め。」

 

 

 ◇

 

 

 ケントは、自分の死を自覚したのだろうか。

 否だ。きっと。傍観者だったノーフォークとエイジャックスでさえ、吹き飛んだ頭蓋と飛び散る血液や脳漿を知覚するのに、見てから理解するのに数秒を要したのだから。

 

 「え・・・?」

 

 頭部を失った体は膝から崩れ落ち、完全に斃れ伏せる前に蒼く輝く粒子となって消えていく。

 確定した死、蘇生不可の証明だ。

 

 「ぁ、ぉ・・・?」

 

 言葉にもならない混乱を漏らすエイジャックスに、オイゲンは温度のない視線を向ける。

 それはすぐに一切の興味を失ったように逸らされ、使い手の意思通りに処刑を執行した艤装に向けられる。

 労う手つきで撫でられた艤装は、セイレーン技術を取り込んだ半生体。オイゲンに甘えるように、その手に頭を擦り付けていた。

 

 「・・・そう。シグニットは騙されていた、ということ?」

 「あの子に協力する、なんて、一度も言ったことはないわ。勝手に期待されて勝手に非難されても困るのだけれど。」

 

 心底面倒くさそうに、エイジャックスに反駁する。

 ただでさえ重巡洋艦対軽巡洋艦なのだ。正面からの砲雷撃戦になれば火力負けは確実。練度差もあるだろう。

 ドロップ直後に捕獲されて以来、戦闘経験というものを積めなかったエイジャックスに、相手の技量を測るような観察眼は無い。ただ本能が戦闘回避を、逃走を、無様なる遁走を叫んでいる。

 

 しかし───彼女はエイジャックス。

 たとえ相手が格上だろうが、たとえ背後に庇うのが同型艦の姉妹でなかろうが、仲間の仇を前にプライドを捨てて逃げ出すほど、可愛い性格をしていない。

 

 「ロイヤルネイビーの誇り、まずは貴女に見せつけて差し上げるわ!」

 

 艤装の抜き撃ち。展開から攻撃までのタイムラグが一切ないゼロフレームでのクイックドロウは、練度1のKAN-SENに実現可能な技ではない。

 極限の集中と、これまで受けてきた屈辱、そして仲間を殺された怒りが、その奇跡を齎した。

 

 しかし───科学は厳格だ。

 

 練度1、艤装強化ゼロ、そして軽巡洋艦の小口径通常弾。

 練度70オーバー、艤装最大強化、耐久寄りの重巡洋艦。

 要素を並べるだけで、結果は見えている。それは奇跡では覆せない、絶対的な差だ。

 

 そして───時に科学は、奇跡をさえ冒涜する。

 

 エイジャックスの主砲の初速は約900m毎秒。

 対してボンドルドの『枢機に還す光』や、その原典といえるピュリファイアーやオブザーバーのビームは光速───299792458m毎秒。

 素材集めに付き合っていた鉄血や重桜のKAN-SENからすれば、最早『世界最速(回避不能)』以外は()()のだ。

 

 オイゲンは艤装を構える暇もない。

 そう確信したエイジャックスは、オイゲンの胸元に大穴を開ける軌道の砲弾を視認する。

 極限状態下における超集中、ゾーンとも呼ばれるそれは。

 

 「・・・え?」

 

 皮肉にも、エイジャックスに自身の死を知覚させる。

 

 砲弾すら視認できるコマ送りの中、()()()()()オイゲンは砲弾の軌道から無造作に外れ、その半生体艤装の砲口がエイジャックスに向く。

 砲口が光り、炎と煙を突き破って砲弾が飛来する。初速では軽巡洋艦の砲に劣り、その分威力で勝る中口径弾。その軌道が自身の頭部であると認識して。

 

 エイジャックスは青く輝く粒子となった。

 

 

 

 

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