アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「えいっ!」

 

 裂帛の、というには些か気の抜ける、シグニットの喊声。

 しかし、続く攻撃は生易しいものではない。122mm砲による砲撃───を煙幕代わりに、死角からの魚雷投擲。

 首を少し傾げるだけで躱せる攻撃を()()()()たビスマルクの意表を突く、陸上での雷撃。

 

 「指揮官がデータを欲しがるでしょうから、なるべく殺したくはないの。投降してくれないかしら?」

 

 砲弾を躱し、魚雷を掴んで投げ捨てたビスマルクが億劫そうに言う。

 背後、爆発した魚雷が水柱を上げ、雨となって降り注ぐ。

 

 「・・・その様子じゃ、本当に聞こえて無さそうね。」

 

 本体、艤装共に中破。シグニットの聴覚は既に失われている。片眼が赤いのは、血が入ったのか、毛細血管が破裂したのか。

 五感を一つと半分失って、よく耐えている。ビスマルクは意識の片隅でそう評価した。

 

 状況は一見するとビスマルクが圧倒的有利だが、実のところそうでもない。

 

 確かにビスマルクは殺そうと思えば、今すぐにでもシグニットを撃沈できる。

 しかし彼女はボンドルドが称賛するほどの()()()であり、ビスマルクの予想が正しければ練度30オーバー───実験外で練度上昇している異常個体だ。

 

 ボンドルドであればこう言うだろう。

 あぁ──是非欲しい。

 

 であれば、ビスマルクが目指すのは生け捕り。四肢くらいは吹き飛ばしても問題なく再生するKAN-SENだ。その難易度は低い。──通常ならば。

 

 (副砲一撃で中破、ね。・・・どうする、殴り倒す?)

 

 もう一撃副砲で攻撃しようものなら、確実にシグニットは轟沈する。主砲? 論外だ。

 かといって肉弾戦にも持ち込めない。ビスマルクは重装甲の戦艦であり、馬力も相応だ。駆逐艦を殴り殺すことなど造作もない。というか、接近戦の訓練ではいつもティルピッツやグラーフと組んでいたから加減が分からない。

 

 ビスマルクが悩む間に、シグニットは砲撃を続ける。頭部、胸、頭部、足元と要所要所に撃ち込んでくるのは、KAN-SENの本能によるものか。

 連続して足元に撃ち込んで土を巻き上げたかと思えば、その土埃の中から魚雷が飛び出してくることもある。戦闘センスはあるのかとビスマルクも感心するが。

 

 「───ご、ぶぇっ・・・」

 「届かないわよ。」

 

 ビスマルクの拳がシグニットの鳩尾にめり込む。

 しかし加減が過ぎたか、嘔吐や昏倒には至らない。

 

 「・・・予想以上に強靭なのね。」

 

 ビスマルクがごちる。

 シグニットの練度を見誤ったかもしれない。

 実験露呈段階で練度20だったシグニット。たとえその時点で()()だったとしても、練度は高く見積もって25程度。しかしどうだ。眼前のシグニットはおそらく練度30以上。冷静に考えれば、出撃許可の出ていなかったシグニットが練度を上げる方法は一つしかない。

 

 「そう。実験外で食べたのね。・・・面白いわ。」

 

 ならば、シグニットは練度30オーバーで、かつ能力値も練度以上に成長していることになる。勿論ビスマルクにしてみれば取るに足らない差異だ。どうせならもう少し強くなっていてくれれば、加減も分かったのにとさえ思う。ちなみにビスマルクの欲する「加減しやすい練度」は鉄血水準、つまり練度80オーバーなので高望みが過ぎる。

 

 「悔しいけれど、彼が惹かれる理由が少しわかった気がするわ。」

 

 戦闘開始以来初めて、ビスマルクが笑顔を見せた。

 

 

 ◇

 

 

 (・・・笑った? ───ッ!?)

 

 見惚れるような、という形容の当てはまる微笑に負けたシグニットは、噴出した殺気に怯えて地面に身を投げる。

 直感を信じて右側に飛べば、先ほどまで立っていた場所に大穴が開いていた。少しのタイムラグを経て降り注ぐ砂礫が晴れれば、地面に開いた大穴が見えた。

 先と同じ副砲の一撃。回避などという高尚なものではなく、単に怯えただけ、幸運の産物である生還に、ビスマルクが称賛を投げる。

 

 「やるじゃない。次、行くわよ?」

 「───ッ!!」

 

 起き上がる間もなく、次弾が打ち込まれる。

 一撃喰らえば死が確定する大口径弾が、ようやく撃ち込まれ始めた。

 

 (よし・・・よしっ! やっと、やっとここまで来れた───)

 

 シグニットが()()()()()()()状況がようやく訪れた。

 ビスマルクの砲弾を喰らってしまった時には諦めかけたが、赤城と加賀が、未だ遠くの海上で上がるその奮戦の証が、シグニットに勇気を与えた。

 

 (あとは───ここでッ!!)

 

 ビスマルクが本気で狙いをつけていない今なら、反撃を考えない全力の回避なら、そして回避寄りのステータスに成長したシグニットなら、まだ避けることが出来る。

 砲弾を掻い潜り、ビスマルクへと肉薄する。ゼロ距離で砲撃しようが魚雷を撃ち込もうが、おそらくビスマルクには届かない。だが───

 

 (これなら───)

 「いける、はず!」

 

 ビスマルク自身の砲撃、その発射炎と煙がスクリーンとなり、シグニットの姿を覆い隠す。

 意味ありげに叫んだシグニットに警戒するようにビスマルクが一歩、後退する。

 

 「ッ!!!」

 

 繰り出されたのは、刺突。

 シグニットが持っていたのは、包丁だった。

 

 「!?」

 

 ビスマルクが驚愕に目を見開き───咄嗟にその刃部を握って受け止める。

 鋭く砥上げられた刃は女性の柔肌をいとも容易く切り裂く───だろうが、ビスマルクはKAN-SENだ。

 軍艦を包丁で沈められるか? 答えは無論、NOだ。

 

 チョコレートの包み紙より簡単にステンレス製の包丁を握り潰して。

 ビスマルクは首筋に走った()()に顔を顰めた。

 

 「ッ!?」

 

 反射的にシグニットを後方の海面へと投げ飛ばせば、水切りの石のように何度か海面でバウンドしている。

 

 「・・・本当に、貴女には驚かされてばかりね。」

 

 効くはずのない、だからこそ意表を突ける攻撃で動揺と油断を誘う。そして続く、おそらく確信を持っていただろう攻撃。

 単調で、効果的で、そして思いもよらなかった攻撃に、ビスマルクは心の底から称賛する。よくセイレーンやKAN-SENに出し抜かれたボンドルドが口にする賛美に、ビスマルクは正直疑問を持っていたが・・・なるほど、これは。

 

 「素晴らしいわ、シグニット。」

 

 ()()のついた首筋を撫でて、ビスマルクは抱擁するように両手を広げる。

 

 「けれど、残念ね。食事とは奪うものではなく()()()()()もの。私は貴女に、この肉体の一片、血の一滴たりとも与える気はないわ。」

 

 その教授するような言い回しと両手を広げた佇まいに、シグニットは仮面と黒衣を幻視する。

 第二の関門は突破された。ならば───

 

 「ッ!」

 

 シグニットが()()()()

 ビスマルクに背を向けた全力疾走で、外洋への逃走を開始した。

 次はどんな予想外を見せてくれるのか。ボンドルドに毒されたか、そんな思考に耽っていたビスマルクにとって、それは動揺を生む想定外。

 そもそもビスマルクはシグニットを逃がさないためにこの場に居たのだ。それを覆されそうになり、焦った。

 

 咄嗟に、ビスマルクは副砲を撃つ。

 ベストは生け捕り。では最悪、ワーストは何か。言うまでもなく、逃走を許すことだ。

 生半な練度のKAN-SENであれば、咄嗟に撃った砲撃など当たるものではない。

 しかし、ビスマルクはその逆。

 当てないことに注力していた意識は、焦りによって普段通りに───必中の照準になってしまう。

 

 「しまった!」

 

 ビスマルクが見せた動揺は、シグニットにとっての死刑宣告。

 それを見て、シグニットは心の底から安堵し歓喜した。

 

  (やった、()()()()っ!)

 

 回避不能。死は確定した。

 死を目前にした超集中、コマ送りの世界で、シグニットは進行方向───自身を貫いた砲弾が向かう方を見据える。

 

 遠く、艦載機の群れを薙ぎ払う光剣と黒衣が見える。

 

 シグニットの目的は、最初からボンドルド一人のみ。何としてもボンドルドを打倒するという一点の為に、文字通り血反吐を我慢して同胞を口にして、KAN-SENたちには囮になってもらった。勿論、運よくオイゲンやZ23と合流できれば助けてもらえるだろうが、この広い『前線基地』で、大多数の敵より先に2人しかいない味方に出会えると信じるほど、もはやシグニットは純粋ではない。

 つまり、シグニットは決めたのだ。

 悪を討つためになら、悪へ堕ちると。自分自身の命を噛み千切ったときに、託されたのだ。

 

 しかし、シグニットの武装ではあの『暁に至る天蓋』を貫くことは叶わない。

 

 ならば───確実に貫ける砲を用意すればいいだけのこと。

 

 ビスマルクの装備する副砲、試製152mm三連装砲は、長射程の徹甲弾。

 低練度の駆逐艦ごとき、容易く貫けるだろう。そしてその先には、ビスマルクの敬愛する指揮官がいる。

 

 シグニットはある意味、ビスマルクを信頼していた。

 セイレーンの上位個体と一対一を演じたボンドルドが、副官として側に置く実力者。それも練度100という超級のKAN-SENだ。

 自分が逃げようとすれば、確実に止めを刺す。刺せる。狙いを外すことなど、万に一つもないだろう。

 

 練度100の戦艦が放った強化済み艤装の徹甲弾。

 それはシグニットの予想通り、彼女の胸元に大穴を開け───真っ直ぐに、ボンドルドへと飛翔する。

 

 

 

 

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