アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「・・・それで、私に協力を仰げと言われたんですね?」
「その通りだ。貴君らを解放し、あの外道を葬ることが、彼女の願いだ。」
ねじ伏せた高雄の言葉は、Z23にとって面白いものだった。
咄嗟の命乞いにしてはストーリーに矛盾が無いし、シグニットの性格上あり得そうなことだ。加えて言えば、高雄というKAN-SENが命乞いに嘘を並べるとは思えない。
となると、シグニットはこの高雄と、赤城と加賀を使ってボンドルドを葬る気だ。練度1のドロップ艦風情に届く首ではないが、高雄の話では赤城と加賀の練度は40近いらしい。爆撃機の500lb通常爆弾を直撃させられれば、或いは。
「なるほど。事情は分かりました。」
「・・・では?」
期待を宿した目の高雄は何か勘違いをしているようだが、Z23も他の鉄血陣営のKAN-SENも、ボンドルドに強制されてここにいる訳ではない。
むしろその逆。ボンドルドに心酔し敬意から、或いは好意からその指揮下に居るのだ。唆されて裏切るようなクズは、この『
Z23にとって、高雄の言葉も態度も、その忠誠を、ボンドルドのくれた愛を、ボンドルドに捧げる愛を軽視されているようで酷く不快だった。
殺すか? という思考が過り、すぐに霧散する。
「・・・これは?」
「・・・これは。」
警報。
火災でも侵入者でも脱走者でもない、訓練ですら滅多に聞くことは無い、KAN-SENたちの心を凍り付かせるもの。
緊急事態警報、と正式には言うらしいが、KAN-SENたちは俗にこう呼んでいる。
弑逆警報。
「そうか・・・やったぞ、Z23。我々のしょ」
Z23の半生体艤装、その主砲が無意識下の怒りを汲んだように駆動し、高雄の頭部を吹きとばす。
蒼く輝く粒子となって霧散していく身体を捨て置き、Z23は全力で駆け出した。
◇
酒気を含んだ退屈そうな吐息が、夜の冷えた空気に消えていく。
ノーフォークは怯えるばかりで、オイゲンに向けた攻撃も、オイゲンからの逃走もしない。
待っていればどうにかなると、本気で信じているのだろうか。オイゲンの胡乱な視線に怯みながらも、ノーフォークは微動だにしない。
戯れに攻撃でもしてみようか。そんな、酷く傲慢で怠惰な思考は、けたたましく鳴り響くサイレンによって掻き消された。
「・・・嘘。」
邂逅して以来。ケントとエイジャックスを無感動に殺し、退屈そうにグラスを傾けていたオイゲンの表情に、初めて感情らしきものが宿る。
それは悲哀であり、憤怒であり、喪失感とそれを埋め尽くすような憎悪の塊を抱き締めたような、見る者に憐れみすら覚えさせる表情だった。
「・・・え?」
瞬き一つ分。ノーフォークが目を離したのは、ほんのそれだけの空隙。
気付けば、オイゲンは外洋に向かって走り去っていた。
「た、助かった・・・?」
ノーフォークは胸を撫で下ろし───そこに開いた大穴に気が付いた。
「・・・ぁ」
ぽろぽろと臓器を零し、溢れ出る血を眺めながら。
ノーフォークの意識は消滅した。
◇
左の脇腹、心臓下部から腰のあたりまでを吹きとばされ、もはやボンドルドの身体は浮いているのが不思議なほどだった。
海面が染まるほどの流血を、浮かんだり沈んだり流されたりしている内臓の流出を、赤城と加賀は万感の思いを胸に眺めていた。
遠く沿岸部に、一人、また一人と、死に体のボンドルドを目指すKAN-SENたちの姿が見える。
もはや戦闘は終結した。
そう確信し、二人はただ浮かんでいるボンドルドに近付く。
「───────。」
一言を発するごとに、身体から血が流れ出す。
肺を半分失って、死に逝くボンドルドが遺す言葉を聞こうと耳を傾ける。
「すば、ら、し・・・い。すば・・・ら・・」
称賛を、赤城と加賀を称えて、ボンドルドは事切れた。
呼吸の停止を確認し、加賀と赤城は高らかに宣言する。
「鉄血陣営統括管理官は戦死した!」
「全艦武装を解除し、速やかに投降しなさい! 仇討ちは無意味です!」
こちらに近付いてくるKAN-SENたちは、誰も武器を向けていない。艤装の解除にまでは至らないが、無理もないだろう。
だが弑逆警報は他のものと違い、自動的に秘匿回線を通じて他陣営とアビス本部に救援要請が発される仕組みだ。───ここから近いユニオン・ロイヤル陣営ならば半日かそこらで到着するはず。
その後『
複雑な表情を浮かべた鉄血陣営のKAN-SENたちが、ボンドルドの腹心『
外道とはいえ、人類への貢献は大きかった。
せめて惜別くらいは、と。赤城も加賀も口を挟むことは無い。
二人の知らない『祈手』がボンドルドの仮面を外し、その死体を沈める。
それは傍目から見れば、遺品の回収と埋葬にも見えた。
その祈手は自らの仮面を外す。それは死者に敬意を示すなら当然のことだと、赤城と加賀は受け取った。
そして彼は───手にしていたボンドルドの仮面を装着した。
甲高い駆動音を上げて、I字に発光する仮面。
祈手がもともと着ていた黒衣も相まって、それは
「おい、何を」
「──指揮官っ!」
何のためにそんなことをしたのか。加賀が苛立ち混じりに声を上げるが、より大きな声がそれを遮る。
滂沱の涙を流しながら、ボンドルドの仮面をつけた祈手に縋りつくのはビスマルクだ。
故意ではないとはいえ、自分の指揮官を撃ったのだ。その心に突き刺さった罪悪感は計り知れないだろう。
「良かった、本当に・・・」
「・・・おい?」
何故か、ビスマルクが口にしたのは安堵だった。
当然ながら引っ掛かりを覚えた加賀を、赤城が制止する。
「止しなさい。・・・壊れてしまったのよ。あの子は。」
本当に、心からボンドルドに心酔していたのだろう。ビスマルクは自身の砲で指揮官を、敬愛するボンドルドを撃ったという事実──
彼女の心の底からの安堵が、見る者に悲痛なほどの憐憫を呼び起こす。
そして、その声は。
「──おかえりなさい、指揮官。」
「ありがとう、ビスマルク。・・・何も背負うことはありませんよ。貴女たちの愛がある限り、私は不滅です。」
その、どこまでも穏やかな声は、二人に───いや、三人に、心の底からの絶望を齎した。
◇
世界の全てが敵に回ったような感覚。
さして高くもない波。ほぼ無風に近いそよ風。もう失ったはずの聴覚に訴えかけるような梢の揺れ。
その全てに嘲笑われている気がした。
海面に伏せるように斃れ、胸に開いた大穴からは命が零れ落ちていく。
指先が、髪が、そして身体が、蒼く輝く粒子となって消えていく。
自我が、存在が、蒼く輝く粒子となって、大いなる何かに呑まれていく。
赤く染まった視界は半分が暗闇に落ち、もう片方も鉛のようだ。
それでも重い頭を上げて見れば、世界の全てに嘲笑されている。
────シグニット。おまえの行いは、覚悟も挺身も裏切りも、全て
両手を広げた黒衣とI字に発光する奇妙な仮面をその目に焼き付けて、シグニットの意識は消滅した。
・・・実はプリンツがノーフォークをぶん投げて壁にしてボンドルドが無事生還するという案もありました。没になったので供養代わり、ここに呟いておきます。