アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「誤報?」
「えぇ、そのようです。お騒がせしました、エンタープライズ。」
弑逆警報──指揮官の死亡に伴って、自動的に『アビス』全陣営に秘匿回線で発される救援要請を受け、予想の倍近い早さで『
何があったのかは知らないが、あれだけボンドルドに懐いていた鉄血陣営艦はさぞ荒れているだろうと覚悟してきたが、彼女の予想に反して、出迎えたのはいつもの穏やかな物腰のボンドルドだった。
「・・・一応、DNA検査をしても?」
エンタープライズの質問は形式的なものだ。
心臓に埋め込まれた生命監視機器を介した弑逆警報は、強力な電磁波や強力な麻酔などで誤作動する可能性が指摘されている。誤報はありえない話ではないし──それにここは鏡面海域内部。機械類の誤作動は日常茶飯事だろう。それにしては今まで一度も無かったのは不自然だ。
眼前の男が影武者である可能性は50:50と言ったところ。
あの黎明卿がそう簡単に死ぬかというエンタープライズ個人の判断を加味すれば、20:80だ。ちなみに前者が影武者である可能性で、エンタープライズ個人の
「構いませんが、私のDNAデータは『アビス』のデータベースに存在しませんよ?」
「・・・そうだったな。では、私はこれで。」
「もう行かれるのですか? ご迷惑をおかけしたので、よければ食事でも」
「結構だ。・・・もうじきロイヤルと重桜も来るだろう。赤城にでも食わせてやれ。」
行ってしまいました、と肩を落とすボンドルド。まさか
「・・・指揮官?」
「どうされましたか、ビスマルク。」
普段の冷静な雰囲気ではない。むしろ、どこかそわそわとした、悪戯がバレた子供のような動揺を見せているビスマルク。
ボンドルドが向き直れば、やはりというべきか、彼女は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、指揮官。私のせいで、貴方を──あなたをひとり、殺してしまった。」
帽子を脱ぐと、滑らかな金髪がカーテンのように涙を隠す。
その謝罪を受け止めて、ボンドルドは頭を撫でる。硬質な『暁に至る天蓋』越しではあるが、その手つきからは怒りは感じられない。
「そうですね。確かに、貴女の攻撃が私を殺しました。これは否定できません。」
自分の頭を撫でる掌を怖がるように、ビスマルクの身体が硬直する。しかし、ボンドルドが手を止めたり、拳を振りかぶることは無い。
「そして、貴女の献身が、セイレーンの人格バックアップ技術を利用した『
認められない、というように、ビスマルクは無言のまま首を振る。
ボンドルドは続ける。
「貴女のおかげで、私は10を超える戦闘用『
「でも───」
「貴女が責を負い解体を望めば・・・自沈を選べば、私たちの研究は大きな停滞を余儀なくされます。ビスマルク。・・・貴女が必要です。」
嗚咽を漏らすビスマルクに、ボンドルドは背を向ける。
「心の整理が付いたら、また研究を手伝ってくれると嬉しいです。」
◇
「誤報?」
「えぇ、その通りです。お騒がせしました、赤城。」
焼き増しのようなやり取りを交わす赤城とボンドルド。違いと言えば、エンタープライズの時は応接室だったが、赤城は執務室に通されていた。
赤城はDNA検査を要求することもなく、深いため息を吐いた。
「話し方と立ち振る舞い。表面上の性格と声。」
「・・・素晴らしい。流石に鋭いですね、赤城。」
「身長が2センチほど、それに体重が違いますから。武装の差と言えば通る差異でしょうけれど、その言い分を見るに正解ですね。・・・
ボンドルドの隣に控えていたオイゲンが、赤城から噴出する殺気に反応する。
戯れの脅しではない、本気の殺意。未だひりついた空気の鉄血陣営艦、しかも別人とはいえ──脱走したドロップ艦の方はとうに沈めたとはいえ──赤城だ。オイゲンの眉が不快そうに釣り上がる。
「本物、というのが肉体を指すのなら、海の底です。」
「・・・。」
重桜陣営統括管理艦全権代理、赤城。練度は90で、艤装強化及び即時撤退技術の導入済み。
ボンドルドを殺し得るKAN-SENの一人だ。剣呑な視線がI字に発光する仮面を睥睨する。
「そして人格と記憶、経験の集積を指すのであれば。紛れもなく私が───『
「・・・セイレーンの人格バックアップ技術を転用しましたね、黎明卿。」
ボンドルドは驚いたように立ち上がり、心の底から赤城を称賛する。
「あぁ、やはり貴女は本当に聡明ですね。袂を分かってしまったこと、本当に悔やんでいます。もう一度私の元に来るつもりはありませんか?」
差し出された手を、赤城は両手でそっと押し戻す。
「残念ながら、私も今や全権代理です。そう気軽に陣営を移ることは出来ませんよ、黎明卿。」
本当に残念そうに、困ったような微笑を浮かべる赤城。
対照的に、オイゲンはどこかつまらなそうだ。
「そうですか。・・・気が変わったら、いつでもお越しください。『
「時勢が許せば、是非に。」
一礼し、部屋を出ようとする赤城の背中に、ボンドルドが声をかける。
「赤城。」
「なんでしょうか、黎明卿?」
「練度90から100に至るまでの『最後の壁』ですが、倍の素材が必要です。」
雲行きを知らせるような気軽さで、ボンドルドがさらりと告げる。
対して驚いた様子もなく、むしろ納得したように、赤城はなるほどと頷いた。
「感謝いたします、黎明卿。」
「無用な心配をお掛けしましたから、ほんのお詫びですよ。」
今度こそ退出した赤城を見送り、ボンドルドはタブレット端末を手に取る。
画面には脱走警報の事後報告書が表示されていた。
「脱走者6名、離反者1名。全7名処分済み。残生体数───まだ余裕がありますね。」
「どうする、指揮官? 強化因子の抽出から始める?」
「そうですね。まずは強化因子の含有率が多い心臓や脳から────」
愉しそうに語るボンドルドは、話す間も惜しいというように研究棟へ向かう。
KAN-SENから強化因子を抽出する技術が開発されるのは、そう遠くない未来の話だ。