アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「・・・おや、これも不正解ですか? 困りましたね。」
クイズ番組でも見ているような暢気さで、ボンドルドは呟く。
傍らに控えるビスマルクもすっかり調子を取り戻したようで、手にしたタブレット端末に熱心にデータを打ち込んでいる。
鉄血陣営
常に人類の為になる革新技術を開発している、人類側にしてセイレーンに最も迫る場所。
数週間前に公式発表されたKAN-SENから強化因子を抽出する機械は、人間が数人は入るサイズのガラスポッドが二つ付いた、メーターだらけの天秤のような形状だ。
片側のポッドに強化元のKAN-SENを、もう片方に素材となるKAN-SENを入れて起動すると、素材側のKAN-SENが
片側、素材側には4人のZ23が押し込められ、もう片方には1人の、鉄血陣営に正規に所属しているZ23が入っている。いや、入っていた。
機材は正常に作動し、4人のZ23は速やかに消滅し、抽出された強化因子が流入する。
しかし、Z23は首を振る。強化されていないことを示すために。
「やはり練度100のその先には、別のアプローチが必要ですか。・・・ご苦労様でした、Z23。おかげでいいデータが取れましたよ。今日はおしまいですから、ゆっくりと休んでくださいね。」
機材から出てきたZ23の頭を一撫でして、ボンドルドは別室──書斎こと資料置き場へと引っ込んだ。
◇
「はぁ・・・」
あまり貢献できなかった、と、落ち込みながら廊下を歩くZ23。懐中時計に目を落とせば、もうじき日付が変わろうとしていた。
これから大浴場に行くのも面倒だし、同室のオイゲンには悪いが部屋のシャワーを浴びてから寝よう。そんな算段を付けていると、不意に声が掛けられる。
「随分と辛気臭い顔じゃない?」
「今日の実験で、あまり貢献できなかったもので・・・?」
消灯時間は過ぎているが、別に絶対就寝の規定ではないし、罰則もない。晩酌だって許される。が、KAN-SENが研究棟に来る目的は一つ。ボンドルドに会うことだ。
そしてボンドルドが居るのはZ23が来た方向で、声が掛けられたのも同じ方向──背後。
誰かとすれ違った記憶はないし、可能性としてあり得るのはビスマルクくらい。そして声が違うとなれば、Z23が引っ掛かりを覚えるのは当然だ。
振り返り───一息に艤装を展開し、狙いを胴体の中心に据える。
「セイレーン!?」
銀灰色の髪に、黄色く輝く瞳。
セイレーンに共通の特徴だが、その個体はZ23にとって、いや、鉄血陣営にとって馴染み深いものではなかった。
「確か・・・テスター?」
ボンドルド曰く。強力な攻撃武装も強固な防御兵装もないので、あまり美味しい相手ではない・・・らしい。出現率が低いので鹵獲はしますが、とも言っていたが。
だが有用なピュリファイアーにしろ、あまり美味しくないテスターにしろ、この場に居るのは明らかに異常だ。なんせここは『
「そう睨まないでよ。私はただのメッセンジャー、武装だってしてないんだから。」
挙げた両手をひらひらと振るテスター。
練度100という視座からは、確かに脅威は感じない。しかし、如何に武装を持ってすらいないからと、この防護網を抜けボンドルドのいる研究棟まで来れるものか。
在り得るとすれば、哨戒の交代タイミングに合わせ、防御装置に何らかの細工をし、KAN-SENたちの感知網に引っかからないルートを辿るという策だ。
そして、そんなことが可能なのは。
「・・・おや、もうお越しでしたか。どうぞこちらへ、テスター。」
この基地の全てを把握している、ボンドルドただ一人。
Z23──練度100のKAN-SENが接近に気付かなかったということもそうだが、セイレーンの侵入を手引きした、待っていたような口ぶりに驚く。
いや、事実待っていたのだろう。この邂逅はセイレーン側の武装解除と人類側の寛容を前提に、双方合意の上でのものか。
「指揮官、護衛は・・・」
「ビスマルクがいますが・・・お疲れでなければ、君も聞いていきますか、Z23?」
表情に微かに浮かんだ心配を汲み取られたのだろう。Z23は苦笑したくなるのを抑え、首を振る。
「・・・いえ、ビスマルクであれば、私はむしろ邪魔になるかと。」
「そうですか? では、ゆっくり休んでください。おやすみなさい、Z23。」
「おやすみなさい、指揮官。」
では、と、Z23を見送ったボンドルドは歩き出す。その後ろを興味深そうに歩くテスターは、抑えきれないといったようにボンドルドに話しかける。
「ねぇ、その腕の機械。それってピュリファイアーの艤装から作ったでしょう?」
「その通りです。というより、この外殻の殆どは彼女とオブザーバー
やっぱり、と感心したような声を漏らし、テスターが一歩近づく。
「腕の機械からはピュリファイアーの、仮面からはオブザーバーのビームかぁ。考えたね。けど、なんで逆向きなの?」
「逆、ですか?」
「だって、普通はこう出るでしょ?」
下腕から手の甲に向けて、テスターが指を走らせる。
あぁ、と納得したように頷き、ボンドルドは『
「相手の意表を突くため、というのもありますが・・・」
「が?」
「ロマンですよ、テスター。」
呆気にとられたように立ち尽くし、一呼吸。
「くっ・・・あはははは! ロマン、ロマンか! なるほどなるほど!」
手を叩きながら爆笑するテスター。バンバンと『暁に至る天蓋』が軋む程度に背中を叩き、涙を拭う素振りすら見せる彼女は、まるでボンドルドの友人のように見えた。
「はぁ・・・っく、ははは・・・」
やがて応接室に入るころにはその笑いは収まっていたが、まだ口端が痙攣している。
ビスマルクが控える側のソファーにボンドルドが掛け、ローテーブルを挟んだ対面にテスターが座る。
流石にセイレーン──兵器だけあって、スイッチの切り替えは早い。纏う空気が変わり、胡散臭そうに見ていたビスマルクも感心したように頷いていた。
「さて、と。私が来た目的は、アンタがどれだけの存在か測ること。・・・なんだけど、さっきのでそれは終わり。」
「お眼鏡に適ったのなら光栄です。」
テスターは鷹揚に頷き、ポケットに手を入れる。相手が違えば攻撃の意思と取られても仕方のない動作ではあるが、ビスマルクは動かない。
敵意を感じないというのもあるが、今のビスマルクは艤装を展開しているからだ。この距離ならば、ゼロフレームでテスターの頭を吹き飛ばすことも可能。これ以上の警戒はむしろボンドルドの邪魔になる。
「私に課された指令は二つ。まず一つ目が、アンタの存在を測ること。もう一つは、そのテストに合格した場合──これを渡すこと。」
こつ、という硬質な音を立ててローテーブルに置かれたそれに、ボンドルドは見覚えが無かった。
それによく似たものを挙げるなら、リュウコツ技術の根幹であるメンタルキューブ。それと同質の青い半透明な材質不明の物体で、独特の輝きを持っている。
だがメンタルキューブが名前通り『箱』ならば、それはどちらかと言えば『板』だった。
「これは? メンタルキューブと同系の物質とお見受けしますが。」
「正解。私たちはこれを“メンタルユニット”と呼んでいるわ。」
手に取って注視すると、それは単なる板ではなく電子基板のように見える。
「リュウコツ技術に属するもののようですが、腑分けの時にも見たことがありません。・・・どうですか、ビスマルク?」
「私も知らないわ。ごめんなさい、指揮官。」
「謝る事はありませんよ。未知を知ることは素晴らしいことなのですから。・・・それで、テスター。これを何処で?」
これは何か。どう使うのか。そんなことはどうでもいい・・・ことは無いが、それは自分で調べるべきこと。自分が知りたいこと。
いま知るべきはその所在。実験とは万全の環境と安定した供給が前提なのだ。
「KAN-SENから。より正確に言うのなら、KAN-SENの
これ以上のヒントを与える気はないようで、テスターは逆側のポケットから別の物を取り出した。
「メンタルユニットを弄り終わるころには、これの正体も分かるはずよ。」
「こ、れは・・・。」
ビスマルクのみならず、ボンドルドまでもが目に見えて動揺する。
眼前に置かれたそれは、二人も良く知るメンタルキューブに酷似していた。しかし、一つだけ決定的な差異がある。
それは、赤いメンタルキューブだった。