アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
ドロップ艦の発生はいつだって唐突だ。
観測者が居れば、それがたとえ戦場のド真ん中であろうとドロップする。
ちょうど、そのダイドーがそうだった。
目を開ければ、視界に映るのは黒煙と炎を映す戦場の水面。鏡面海域特有の紫雲と、紅の水平線。
匂い立つ血と火薬と潮が鼻に付き、砲撃音と怒号が耳を刺す。
「え、えぇ・・・?」
ざっと数えたところ、KAN-SENが6人、セイレーンが2人だ。
セイレーンのうち片方は満身創痍のピュリファイアー、もう片方は殆ど無傷に見える知らない個体だ。人型である以上、上位個体であることは確かだろう。
「───
「任されましょう。」
ダイドーも知る鉄血陣営の重巡洋艦、アドミラル・ヒッパーが言葉少なに指示すると、セイレーンだと思っていた人影がダイドーの方に向かってくる。
「え? し、指揮官? 確かにKAN-SENには見えませんけど・・・」
黒ずくめの衣装といい、I字に発光する奇妙な仮面といい、どう見ても悪役である。
流石に砲を向けたりはしないが、ダイドーは後退りする。
「ヒッパー、言葉遣い。」
「う、うるさいわね! 別にアイツが良いって言ってるんだから構わないでしょ、ビスマルク!」
「普段はそうでも、保護した艦──お客様の前よ。慎みなさい。」
コミカルなやり取りの合間には正確無比な砲撃が挟まれ、気付けばピュリファイアーは沈んでいた。
「賑やかでしょう? 私の自慢の艦隊なんですよ。」
ダイドーの眼前に立った男が、穏やかな口調と共に手を差し出す。
ちらりとその背後に目を遣れば、みな一様に嬉しそうに相好を崩している。慕われているのだろう。
「私はボンドルド。鉄血陣営の指揮官です。」
「あ、えっと、ロイヤルメイド隊、ダイドー級軽巡洋艦1番艦のダイドーです。」
困惑しながらもその手を握れば、ボンドルドは半身を切って自らのKAN-SEN達の方へとダイドーを誘う。
「これより、私の艦隊が貴女を保護します。」
◇
それからの一週間は、ダイドーにとって苦痛だった。
まず、部屋だ。どう考えても練度1のドロップ艦──戦力外の身には相応しくない豪奢な部屋。しかも大多数のKAN-SEN達と違って一人部屋だ。以前にいたシグニットの忘れ物だという帽子のアクセサリや、鳳翔が置いて行ったという髪飾りなどが飾られた客間。メイドの身には釣り合わないという職業的なものと、性格上のもの。二つの「合わないなぁ・・・でも断るのも失礼だよね・・・」という思いを抱えて過ごしていた。
次に、仕事だ。ドロップして以来、外洋に出たことは一度もない。というのも、この『
「うぅ・・・ダイドーは要らない子なんでしょうか・・・」
「はぁ? それ、誰に言われたの?」
唯一、他のKAN-SENたちと同じなのは食事だ。
みんなで食堂に並び、みんなでテーブルを囲み、みんなで食べる。同じものを食べていれば好みを共有している気になるし、違うメニューでも、「それ美味しい?」「祈手が作ってくれたんだよ? 勿論美味しいよ。食べる?」といった交流が生まれる。
特に夕食は、殆どのKAN-SENが一堂に会するので賑やかだ。
そんな限られた交流の中で親しくなったKAN-SENの一人が、対面で怪訝そうな顔をしているアドミラル・ヒッパーだ。口は悪いが、保護された時から何かと世話を焼いてくれるいい友人だと、ダイドーは思っている。
「い、いえ、誰かに言われたわけじゃないんですけど・・・その、黎明卿もビスマルクさんも、出撃許可もくれませんし・・・」
言ってから、ダイドーはしまったと思った。
鉄血陣営のKAN-SENたちは、ボンドルドの行為に口出しされるのを極端に嫌う。一昨日もダイドーは、「黎明卿は人間なんですよね? 自分で出撃するなんて、危なくないのでしょうか?」と聞いただけで殺意に近いほどの怒気を浴びたのだから。あれはまだ心配や質問だったから良かったものの、多分彼女たちは陣営間演習で黎明卿の悪口でも聞けば、その陣営ごと滅ぼしかねない。
「そりゃしょうがないでしょ。あんたはゲスト、私たちはいわばホストなんだから。そんなことも分かんないの?」
「で、でも、何かお役に立ちたくって・・・」
「心意気は十分、けどそれだけね。あんた、心意気だけで私たちに並ぼうっての? 練度90、舐めてんじゃないわよ!」
アドミラル・ヒッパーは練度90オーバー。ヒッパーの妹であるプリンツ・オイゲンや鉄血艦隊の総旗艦であるビスマルクなどは練度100に至る。練度1のダイドーではどんな奇跡が起きても勝てないだろう。
ぐうの音も出ない意見に項垂れてしまうが、ヒッパーの言葉は終わりでは無かった。
「あんた、明日進退決定だったわよね?」
「は、はい。」
「どうする気? ここに残る? それとも、ロイヤルに戻る?」
ダイドーがこの一週間、保護された日からずっと考えてきたのはそれだ。
ここで、自分は必要とされているのだろうか。
ロイヤルに戻り、自分は必要とされるのだろうか。
これだけ保護され手厚くもてなされ、ここを出て行くのは不義理ではないだろうか。
これだけ自分が客人扱いされるのは、居ても邪魔なだけだからではないだろうか。
私は、ここに居てもいいのだろうか。
「私は───」
「───ヒッパー、時間よ。」
「え、もう? ・・・うっそ、もうこんな時間!?」
ダイドーの背後から声を掛けたのは、ヒッパーの妹であるオイゲンだった。確か夜間哨戒のローテーションがそろそろだったはず、と、ダイドーは一週間である程度把握したルーチンを思い出す。
「寝坊が過ぎたわね?」
「はぁ? ・・・ちょ、まさか───」
「ふふ、私は黙っててあげるわ。でも、このカメラは黙っててくれるかしら?」
「ッッ!! 待ちなさい、オイゲン!!」
慌ただしく出て行った二人を見送り、ダイドーは深いため息を吐いた。
あの二人は仲がいい。姉妹というのも勿論あるが、共に幾度となく死線を潜り抜けてきたからだろう。この鉄血陣営のKAN-SENたちはみんなそうだ。
ボンドルドはみんなのための指示を出し、みんなはボンドルドのために行動する。美しいほどの絆があると、新参のダイドーにすら理解できる。
「・・・黎明卿、かぁ。」
「どうされましたか、ダイドー?」
「れ、黎明卿!? どうしてこちらに・・・?」
半ば無意識の独白に返ってきた返事に振り向けば、そこには表情の読めない仮面があった。
ここは鉄血陣営の基地にある食堂であり、ボンドルドは鉄血陣営統括管理官。何処にいようが咎められはしない立場だが、ダイドーの頭からそんなことは抜け落ちていた。
「明日の予定が変更になったので、それをお伝えしようと思いまして。」
「そうなんですか・・・?」
「はい。明日と明後日、ユニオン本土に行ってきます。申し訳ありませんが、君の進退決定は3日後になります。」
「い、いえ! 滅相もありません。このダイドー、3日後まで黎明卿をお待ちしています。」
ダイドーは特に理由については考えなかったが、今回も今回とてアビス法務部執行科、裁判所への出頭命令だった。新技術を発表するたびに呼びつけるのはそろそろ勘弁してほしいところだが、今や研究用の『
「あ、あの、れ──」
「指揮官? 準備出来たわよ。」
「ビスマルク、ありがとうございます。留守をお願いしますね。」
「えぇ、任されたわ。護衛はシュペーでいいの?」
「はい。確かに彼女は護衛向きではありませんが、経験を積ませたいとドイッチュラントが───」
ダイドーの呼びかけに気付かぬまま、ボンドルドは行ってしまった。
(あと三日はこの生活かぁ・・・)
慣れないVIP待遇は思いの外ダメージが大きいと、ダイドーは身を以て知った。