アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
これまでの戦術ドクトリンを覆す即時撤退技術が発表されてから二週間。
ボンドルドの元に一通の通信が届く。秘匿レベルは最高。優先度は最優先。送り主は
執務室には簡素なデスクと周辺海域のジオラマだけが置かれ、そこが人が生活する場ではないと分かる。
「おやおや、
研究に従事させられるよう高度な
かといって命令書の方を無視すれば、良くて予算凍結。最悪の場合、離反者と見做されこの『
「仕方ありませんね。」
ボンドルドは仮面の下で嘆息し、タブレット型の端末を暇そうにしていた秘書艦、プリンツ・オイゲンに渡す。
彼女はそれを受け取ると、画面に目を走らせて笑った。
「随分と疑われているわね、指揮官?」
「そのようですね。しかし彼らとて、言葉の通じぬ獣ではありません。誠意を持ってきちんと説明すれば──」
「その言葉、もう四度目よ? 別に無理をする必要なんてないわ。私たちなら、この『前線基地』にある物資だけで十分に戦えるもの。」
オイゲンの言葉は、つまり、気に入らないのなら縁を切ってしまってもいい、ということだ。
ボンドルド自身の戦闘能力は並みの暗殺者では歯が立たないし、他陣営のKAN-SENの相手は自分たち鉄血陣営が受け持つ。組織からの追っ手など恐れる必要はない。
燃料・弾薬その他の物資は、この『前線基地』近海、大西洋沖ならば豊富にあるし、セイレーンから略奪してもいい。
しかし、ボンドルドは首を横に振る。
「それでは意味がありません。彼らと袂を分かっては、いつかセイレーンの物量に押し潰されてしまう。」
現状の戦力での継戦試算年数はおよそ50年。セイレーンの大規模攻勢や技術革新を加味しないでその数値だ。これまでのボンドルドの研究スピードは革新期に特有のもの。今後は停滞が予想される以上、
「半世紀は保つ試算だったはずよね?」
「えぇ。ですが残念ながら、半世紀ではリュウコツ技術とセイレーン技術の深淵には届かない。」
話は終わりだと示すように、ボンドルドが椅子を離れる。
「供をお願いできますか、オイゲン。」
ダンスに誘うように、ボンドルドは慇懃に片手を差し出す。
オイゲンはそっとその手を取って微笑した。
「喜んで。」
◇
わざわざ高価なステルス船を使ってユニオン本土まで行ったというのに、二人を出迎えたのは慇懃なボーイではなかった。
サブマシンガン。KAN-SENには効果のない対人火器は、ボンドルドに向けた警戒の表れだろう。それを始め、最低でも拳銃、果てはライトマシンガンまで装備した
『
「到着です。」
道中、3時間ほどずっと無言だった護衛が口を開いたかと思えば、出てきたのは必要最低限の言葉だけ。
つくづく嫌われたものだとボンドルドは苦笑しつつ、案内に従って荘厳な石造りの建物、ユニオン最高裁判所へと進む。
特に手続きもなく大法廷へ通されると、既に顔見知りがずらりと並び、ボンドルドとオイゲンを見下ろしていた。
中央に掛けるKAN-SEN、エンタープライズはユニオン陣営統括管理官だ。彼女をはじめ、ロイヤルからはフッドが、重桜からは赤城が来ている。それぞれが3人の腹心を従え、統括管理官、つまり最高責任者かその全権代理としてここにいる。
そんな旨の紹介をいつも通りに済ませ、エンタープライズは手元の書類を一瞥した。
「ではいつも通り、本題に入ろう。黎明卿、これだけのデータをどこで手に入れた?」
エンタープライズが示した書類は、つい先日ボンドルド自身が提出した論文の要約・解釈書らしかった。
ボンドルドは首を傾げる。
「どこで、とは?」
情報を誰から得たのか。どうやって。どこで。複数の意味を持った質問に、ボンドルドは応える。
その質問に意味はあるのか、と。
言外の意図を正確に読み取れない者は、この場にはいない。全員が不快そうに顔を顰めるなか、赤城が言葉を引き取る。
「情報の信頼性に関して、我々は言及しません。結果がそれを証明していますから。その過程を知っておきたいというのも、貴方なら理解できるでしょう、黎明卿?」
「更なる研究と発展のため、ですか。」
だが研究、とくにリュウコツ技術やセイレーン技術のような軍事技術に関するものは厳重に秘匿される。ボンドルドのように自身の武装や配下の強化にそれを用いているのなら、それは戦力の露呈に繋がるかもしれないのだから尚更だ。
しかし、そんな懸念は目の前の男には無意味、杞憂というものだ。
「素晴らしい・・・やはり
人間という単語に幾人かのKAN-SENが口角を上げる。
精神的には人間を模しても肉体的には兵器であるKAN-SENと、人外の精神が人間のような肉体を持っただけの
「そういうことであれば、私としても異論はありません。帰還次第、実験記録をお送りしましょう。是非ともお役立てください。」
「その実験について、口頭で説明頂けますか?」
「えぇ、勿論ですとも。文章よりも対話の方が伝えやすいこともあります。ではまず────」
嬉々として説明を始めたボンドルドの上機嫌さとは逆に、KAN-SENたちの表情は曇っていく。例外は、隣で楽しそうに語るボンドルドを愉快そうに見つめるプリンツ・オイゲン一人。
30分ほど語り、ボンドルドが一息ついたころ、フッドがおずおずと片手を挙げた。
「その、黎明卿? 貴方はごく当然のように語っておいででしたが、
「えぇ。その通りですよ、フッド嬢。私の研究は全て、彼女たちの献身あってのもの。本当に感謝の念が絶えません。」
フッドは頭を抱える。
実はフッドは前回までは不参加で、ロイヤル陣営の全権代理はウォースパイトだった。
(陛下がお風邪を召されたからと、私が代理になったはいいものの・・・黎明卿、これほどの・・・)
ボンドルドの口から出るわ出るわ、専門用語と機密情報と秘匿事項とその他もろもろ聞きたくなかったコト。
フッドの立場的にあり得ないだろうが、もし参加したのが末端なら、記録だけ渡して要員は
知恵熱ぎみに白熱していたフッドの意識だが、続く赤城の質問によって急速冷却される。
「セイレーン技術に関しては分かりました、ありがとうございます、黎明卿。では───それをどのようにリュウコツ技術、KAN-SENに転用したのか、ご教授願えますか?」