アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「うわっ、なんだあいつら!?」

 

 しばらく順調に走っていたかと思えば、ドライバーが素っ頓狂な声を上げる。

 なんとなく窓の外を見ていたボンドルドも釣られて進行方向に目を遣れば、もうすぐ港だった。

 しかし、港に至るまでの道に人だかりが出来ている。迂回路はその人だかりの先か、かなり後方だ。

 

 「Uターン、しますか?」

 

 運が悪ければ、先ほどのテロリスト共が追ってきている。鉢合わせになる確率は低くない。

 だがクラクションを鳴らしたところで、人だかりが退くとは思えない。

 ざっと見た限りでは千人かそこらだ。退去の意思があっても、歩道に捌けるまでには時間がかかる。

 そして四分の一程度の人が持っている『KAN-SENの独裁を許すな』という趣旨のプラカード。人間主義者のデモ隊が、ボンドルドたちの行く手を阻んでいた。

 

 まだ距離はあるが、車が止まったのを見て近づいてきている。囲まれれば脱出は困難だろう。

 

 「そうですね。()()Uターンして、安全な道を探して帰投してください。」

 「はい! ・・・え? 俺──ちょっと、黎明卿!?」

 

 黒衣の長身にI字に発光する奇妙な仮面という怪しさ満点の人影が車から降り、デモ隊がざわめく。

 その特徴と『アビス鉄血陣営統括管理官』という肩書がリンクするのに、そう時間はかからなかった。

 

 ひときわ大きな声を上げながら行進を続けるデモ隊に、ボンドルドは無造作に歩み寄っていく。

 その後ろにはシュペーが続く。威圧感のある艤装は展開していない以上、見た目は可憐な少女だ。内包する力だけで、千人規模のデモ隊を轢き殺すことも可能だが。

 

 「あー、もう!」

 

 そろそろと、歩行ペースに合わせて車が付いて来る。いざという時は突っ込んででも脱出させる、という決意が伺えた。

 

 「彼、いいヒトだね。」

 「そうですね。是非とも私の協力者に欲しいところですが・・・エンタープライズの配下では、流石に。」

 

 至極残念そうに首を振るボンドルド。

 あと数十歩でデモ隊と衝突する、というタイミングで、シュペーが仮面に覆われた顔を伺う。

 

 「どうする? 道ぐらいなら、たぶん2、3発で作れるけど。・・・わぷっ」

 

 急停止したボンドルドの背中に衝突し、謝りながら数歩下がる。

 ボンドルドとデモ隊の距離は、もはや十歩ほどまで近づいていた。

 デモ隊も、ボンドルドも歩みを止め、互いに──ボンドルドの表情など分かるはずもないが──睨み合いになっている。

 

 時間を食うと不味いのはこちらで、あちらは足止めの為に配置されている。

 

 ボンドルドに与えられた選択肢は多数ある。もっとも簡単な解決策は、『枢機に還す光(スパラグモス)』を撃つことだ。着弾による威力減衰のない光剣ならば、この場の全員を撫で切りにしてレッドカーペットを作ることも容易い。

 だが、ボンドルドは最も安定した策を取る。

 道を歩いていて、正面から人が来た。その時どうするか。止まろうが避けようが、起きる現象は一つ。()()()()

 

 「シュペー、手を。」

 「え? ・・・うん。」

 

 ボンドルドは止めていた歩みを再開し、無造作に人の群れに踏み入っていく。

 片手でシュペーの手を引き、もう片方の手は人混みを掻き分けている。『暁に至る天蓋』が生み出す膂力は、セイレーン由来──艦艇並みだ。人間が腕を組んだ程度のバリケードは役に立たないし、腕を掴もうがお構いなしに引き摺って行く。

  時折、ボンドルドの仮面や体に銃弾や刃物が突き立つことがあった。・・・とはいえ、『暁に至る天蓋』がそんなちゃちな攻撃を通すわけもなく。片端から『明星へ登る(ギャングウェイ)』で消し炭となった。

 一番悲しい末路を辿ったのは、不埒にもシュペーの身体に触れた者だ。男女問わず、その感触を楽しむ間もなく腕や顔を握りつぶされて悶え、或いは絶命した。

 

 「どうせなら、基地に襲撃でもかけて貰えませんか? そろそろ『祈手(アンブラハンズ)』を補充したいんですよ。」

 

 適当な人間にそう囁けば、彼は悍ましい何かに撫でられたように逃げ出した。

 言葉の意味も分からないでしょうに、聡い人ですね。素晴らしい。安穏とそう称え、歩を進める。程なくして人だかりは終わりを迎えた。

 

 「暴力に訴えるのか!」

 

 立ち去る背中に、誰かがそう叫んだ。

 先に手を出したのは彼らだ。勝手に拳を振りかざし、針の筵を殴りつけて手痛い反撃を受けただけのこと。

 ボンドルドは聞き分けのない子供を前にしたように嘆息する。わざわざ振り返ってまで殺す必要もない。もし本当に彼らが鉄血本土の基地に襲撃を掛けてくれるなら、これほど嬉しいことは無いからだ。

 

 「KAN-SENの犬め、恥を知れ!」

 

 シュペーの顔が曇る。

 どうしてこう、人間というのは度し難いのか。ボンドルドのような最上級とまでは言わないから、せめてあのドライバーくらいになってくれないものか。

 煩わしいし、不愉快だ。ここで機銃掃射でもすれば、少しは気も晴れるだろうか。

 

 そう、シュペーが艤装を展開したときだった。

 レーダーに無数の機影が映る。咄嗟にボンドルドを引き倒して覆い被さると、シュペーのすぐ上を重桜の戦闘機、烈風の一群が通り過ぎた。

 

 襲撃か。でもなぜ重桜が? 指揮官を裏切った? それとも欺瞞?

 シュペーの脳内に駆け巡る疑問は即座に凍結され、思考フレームが戦闘用のそれに切り替わる。

 

 港のすぐそばまで来た以上、テロリストは気にしなくていい。だが艦載機は海から来た。KAN-SENの処理が最優先。

 ボンドルドは爆撃をモロに喰らわない限りは、建物の崩落に巻き込まれても大丈夫だ。室内に誘導して───

 

 「ッ!!」

 

 練度90を超えるシュペーにすら戦慄させるほどの殺気に、ボンドルドを抱えて手近な建物に飛び込む。

 どうやら飲食店らしかったが、準備中だったのか奥で慌てる店員以外に人はいない。

 

 跳躍の成果はといえば、先ほどまでシュペーがいた辺りに機銃掃射が突き刺さっていることで証明される。

 

 「指揮官、ここに──」

 「ここにいて下さいね、シュペー。・・・心配することはありません。知己ですよ。」

 「・・・え?」

 

 店の修繕費はアビス、ユニオン陣営へ請求する旨を告げて、ボンドルドは道路へ歩み出る。

 一片の警戒もないその脇腹に、一本の影が走り寄り────

 

 「──指揮官様っ!」

 「お久しぶりですね、大鳳。」

 

 ボンドルドに抱き留められたのは、()重桜陣営の装甲空母、大鳳だ。

 一瞥すれば、デモ隊の殆どが機銃掃射を受けて倒れ伏している。

 

 「君は相変わらずですね。お元気そうで何よりです。」

 「指揮官様もご壮健そうで、大鳳は安心致しました。ところで──先程の子は?」

 

 ぞくり、と。練度90オーバー、アビスにおいても最上級の練度を誇るシュペーの背筋に氷柱が突き刺さる。

 にこやかに問いかける大鳳から噴出する、殺気にも近いなにか。それに気付くこともなく、ボンドルドは安穏とシュペーを手招く。

 

 「紹介がまだでしたね。シュペー、こちらへ。」

 「あー・・・うん。今行く。」

 

 過去、ボンドルドに手術台行きを宣告された実験体でもここまでの気分にはならなかっただろう。

 ボンドルドの護衛と聞いた時は何があっても守り通すという気概もあったが、まさかその当人に死の淵へ招かれるとは。吐き出せないものを抱えたまま、大鳳に片手を差し出す。

 

 「アドミラル・グラーフ・シュペーだよ。よろしく。」

 「・・・貴女、指揮官様の護衛ですよね?」

 

 その手を不愉快そうに一瞥して、その視線のままシュペーを見つめる大鳳。

 シュペーも応じるように両手の艤装を展開させる。ボンドルドはといえば、機銃掃射を──とばっちりを受け、穴だらけになって煙を上げている車からドライバーを引きずり出していた。

 

 「あんな汚らしいところに指揮官様を行かせるなんて、どういうおつもりです?」

 「指揮官が行くと言えば、それが業火に巻かれた道でも、濁流に荒れる海でも同道する。それが彼の艦隊の在り方。・・・重桜に居たらしいけど、忘れたの?」

 「えぇ、そんな甘っちょろい艦隊教義は存じ上げません。我ら重桜、彼の行く道が業火に巻かれたのならその血で消して、海が荒れたのなら海神を弑して。彼に立ち塞がる全てを斬り払うと誓いました。」

 

 今の先輩方には、誓いを守る矜持すら無いようですけれど。と、少し悲し気に漏らした大鳳の頭に手が置かれる。

 見上げればやはり、ボンドルドだった。

 

 「二人とも、少し気が立っているようですね。心配要りません。君たちは二人ともいい子ですから、すぐに仲良くなれます。」

 「・・・そうですわ、指揮官様。二つほどご報告が。」

 「分かりました。しかし、お疲れでしょう。急ぎでないのなら、前線基地に戻り、ゆっくりと休んでから聞かせてくれますか?」

 

 睨み合う二人を微笑ましそうに見守りながら、ボンドルドはKAN-SENたちの後を追うように高速艇へと乗り込んだ。

 

 

 




 ドライバー「二人が人ゴミに突っ込んでいったら何故か大量の死人が出て、そのうえ正体不明のKAN-SENに機銃掃射を受けた。衝撃で気絶していたからよく覚えてないけど、爆発す寸前の車から黎明卿が助け出してくれた。・・・ウーン、聖人!」
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