アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
それからのダイドーのスケジュールは、いっそ幸福なほどに多忙だった。
朝食は練度上昇を
相手は精強で知られる鉄血のKAN-SENだ、気を抜けば初撃で撃沈判定が下ることもある。初めて演習に参加したときなど──
「今日が初演習らしいけど、心配しなくていいわ。使うのは模擬弾だから、当たっても痛いだけよ。」
「よ、よかった・・・。よろしくお願いします、オイゲンさん。」
──という会話の2秒後、スタートのブザーと同時に撃ち込まれた模擬弾はダイドーの耐久力を9割消し飛ばし、本体中破、艤装大破でドックに担ぎ込まれた。
駆逐艦のZ1曰く、「俺もビスマルクとかティルピッツとやるとそうなるから、避けるんだよ。全部な。」とのこと。
当然ながら砲弾を視認してから回避するのは超高練度艦にのみ許される領域であり、ダイドーは砲口の向きから計算して射線外へ出るしかない。
今日で5日目だが、その技術は───
「ッ───きゃっ!?」
主砲の軌道から逸れ、副砲に直撃したところを見るに、まだ未習得らしい。
◇
「うぅ・・・まだ痛いです・・・」
昼食時、対面に座ったのは昼演習のペアであるドイッチュラントだ。その隣には妹のシュペーもいる。
「不甲斐無い、と言いたいところだけど。まぁ練度そのものが足りない以上、どうしようもないわね。」
被弾箇所を抑えて呻くダイドーに、ドイッチュラントが憐れみに満ちた目を向ける。
これが同じ鉄血艦であれば叱責の一つも飛ばすが、練度70にも満たない貧弱な艦が、練度100の──現時点ではこれ以上の成長が見込めないからと、演習教官役に割り当てられたオイゲンの砲撃に、或いはよく耐えたと褒めるべきだろうか。
「昼は砲撃訓練だけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です・・・やれます。」
ダイドーの返事が意地から出たものならば、シュペーの問いは社交辞令だ。
別にダイドーがYESと答えようがNOと答えようが、ボンドルドが「一週間で練度70、実戦可用レベルにできますか?」と問い、それを肯定した以上殴ってでも演習はさせるし吐いても飯は食わせる。
だがダイドー自身が肯定した以上、何の負い目もなく全霊で鍛え上げるまで。
「今日は・・・削岸?」
「まだ無理でしょぅね。」
頭ごなしに無理と切り捨てられ、努力を自覚している──実際、他陣営とは比較できないほどの成長速度だ──ダイドーがむっとした顔になる。
とはいえ練度は段違いであり、教授するノウハウも戦闘センスも明らかに高い二人だ。判断に間違いはないのだろうが、ダイドーの心にちょっとした反骨心が芽生える。
「その、さくがん? というのは・・・?」
「砲撃で近くの島を整地するのよ。やる?」
「いえ、大丈夫です。」
反骨心は、無理に決まってるじゃん! という論理的帰結の針で突かれて萎んでしまう。
艤装強化や練度上昇を積み重ねれば可能だろう。だが、未だ一人前と認められていないダイドーに支給されるのは、訓練用の模擬弾のみ。せめて榴弾でもあれば、と思うも虚しい。
「まぁ、これは練度上げというより、習熟度・・・火力や正確性のテストだしね。」
それにしたって冗談くさい話だ。
ちなみにドイッチュラントもシュペーも言い忘れているが、このテストは戦艦や空母などの高火力艦向けのテストだ。『ポケット戦艦』と呼ばれるほどの重巡洋艦だからこそ、過去にビスマルクが課したテストであり、断じて軽巡洋艦にさせるものではない。練度次第では出来なくもないが。
「さて、二人とも食べ終わった?」
「うん。」
「あ、はい。行きますか?」
ドイッチュラントが壁掛け時計を一瞥する。
演習予定時刻まで30分はあった。
「ふむ、この時間なら
「うーん、私は装備点検がまだだから。」
「そう。じゃあついてきなさい、ダイドー。」
「え? は、はい。」
どこに行くんだろう、と思いながら、ダイドーは追従する。やがて二人が出てきたのは、30分後から使うはずの演習海域だった。
え? まさか規定時間外の演習?
別に嫌ではないし、少しでも練度が上がるなら、少しでも早く、自分を必要だと言った人の役に立てるのなら。どんな手段でも厭わない。その覚悟はあるが、「えぇ・・・」という思いはある。なんかいいもの見れる感じだったじゃん! と言いたくもなる。
「あの・・・」
「あぁ、ちょうどこっちに来るわ。」
「え?」
遠く、二つの人影が見える。それらは徐々にこちらへ近づいて来て──
「え? ご主人様?」
片方は、ダイドーを保護したときのように武装したボンドルド。
もう片方は、艤装を展開したグラーフ・ツェッペリンだ。
彼女は逃げるように海面を滑るボンドルドの後ろを追っている。
何してるんだろうとダイドーが首を傾げると同時に、ツェッペリンの艤装から艦載機の一群が飛び立った。
メインは爆撃機と攻撃機か。爆撃機は一斉に爆撃姿勢に入り、攻撃機は海面すれすれを飛びながら魚雷を分離する。
その狙いは──ボンドルドだ。
「えぇっ!?」
「ただの演習よ、安心しなさい。・・・それに、介入したところで死ぬのがオチよ。」
上空で爆撃姿勢を取った爆撃機が両腕の『枢機に還す光』で斬り払われ、海面に近い攻撃機は『明星へ登る』が掃討する。
しかし、艦載機を操る練度も、次の艦載機隊を発艦させるまでの速度も、いつぞやの赤城や加賀とは段違いだ。
流石に『明星へ登る』が対処した攻撃機は全滅だが、爆撃姿勢を即座に解除し乱数回避機動を取った爆撃機は半数ほどが健在。
そして失った倍の艦載機を補充発艦すれば、連射の利かない武装しかないボンドルドでは対処できない。
諦めて拳を握りしめ、ツェッペリンへ突撃する。
単純な膂力でKAN-SENに劣るボンドルドが勝つ見込みがあるとすれば、それは技量だ。だが鉄血陣営のKAN-SENは例外なく白兵戦の訓練も積んでいる。実験体の捕縛から侵入者の処断まで、生かす方法も殺す手法も修めている。
ボンドルドは辛うじて腕を掴まれたことを悟り、気づけば投げ飛ばされていた。
「・・・おや、もう時間ですか?」
投げ飛ばされた先、なんとか姿勢を制御して海面に立てば、ドイッチュラントとダイドーがこちらを見ていた。
時間を忘れるのはよくあることだ。懐中時計に目を落とせば、演習開始まで10分ほど。
「では、ツェッペリン。お付き合い頂きありがとうございました。研究ばかりだと、どうにも鈍りますね。」
「やはり、戦闘用『
「そうですね。またセイレーン集めに・・・と、ここに居ては邪魔ですね。頑張ってください、ドイッチュラント、ダイドー。」
話しながら遠ざかっていく背中を、ダイドーは呆然と見つめていた。
(・・・え? いま正規空母に投げ飛ばされ・・・ていうか、艦載機撃ち落し・・・え? えぇ?)
たった二度の攻防。どちらもボンドルドは劣勢だった。
人間がKAN-SENと──軍艦と、攻防を繰り広げた?
KAN-SENにだって力のセーブくらいできる。だが艦載機や武装のセーブは流石に無理だ。ダイドーのように模擬弾を使っていても、人間を吹き飛ばすことなど造作もない。逆に模擬弾で良いから気絶させろと言われたら、ダイドーは、いや、きっとビスマルクだって無理だと言う。
「ご主人様って、人間・・・なんですよね?」
「そうよ? ・・・あぁ、シュペーが来たわね。じゃあ始めましょうか。」
釈然としないながら、ダイドーは気持ちを切り替えて訓練に挑むことにした。