アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
『
鉄血陣営第二艦隊旗艦グラーフ・ツェッペリン以下6名と、総旗艦であるビスマルク、鉄血陣営統括管理官ボンドルドの8名だ。
出撃を控えた第二艦隊には、ブリーフィング、出撃目的と目的地、航路その他注意事項の通達がある。
「今回の目標は北方連合管轄下、バレンツ海近辺のセイレーン掃討だ。現時点では救援要請は出ていないが、鉄血とロイヤルに戦力提供の打診があった。北連の当該地域担当艦隊が特殊個体オミッターと交戦し敗走。その後始末だ。」
立て板に水に説明するツェッペリンが一息置くと、第二艦隊前衛であるアドミラル・ヒッパーが挙手した。
「ロイヤルの方が近いじゃない。なんで私たちが?」
「オミッターの推定練度は最低80だ。ロイヤルが対応するとなればトップ総出でかかるしかないが、それでも勝率は高くない。」
「・・・つまり、勝てないから押し付けられたっての?」
憤慨するヒッパーを宥めるように、ボンドルドがその頭を撫でる。
「そうではありません。貴女達の方が強いと判断し、私が請け負いました。」
「そういうことなら、まぁ・・・」
ゴニョゴニョと何か言いたげながら、撫でるがままにされるヒッパー。
ボンドルドは頷いて合図を送り、ツェッペリンに先を促した。
「今回の編成は・・・まぁ、見て分かると思うが新顔が居る。」
「ダイドー級軽巡洋艦ネームシップ、ダイドーです。よろしくお願いいたします。」
ミニスカートでのカーテシーは中々に危なっかしいものだが、ダイドーの礼は様になっていた。
緊張はしているようだが、過度というほどでもない。出撃前にはちょうどいいくらいだ。
「後衛にはティルピッツと我、前衛はヒッパー、シュペー、そしてダイドーが当たる。旗艦は我だ。」
「5人、か。指揮官、オミッターってのはそんなに
ダイドーが首を傾げるのも無理はない。
5人と言えば、艦隊を形成するフルメンバーである6人に一人足りない。さらに言うと、練度70という足引き──ダイドー自身──も混じっている。練度80の上位個体を相手取るには不安の残る要素が二つもあれば、まぁ心配の一つや二つ浮かぶものだ。
しかし、ヒッパーが口にしたのはその真逆。まるで過剰だと言わんばかりだ。
「私も過去に数合交わしただけですが・・・そうですね、
今までの、どこか弛緩した──言ってしまえば舐めたような空気が霧散する。
KAN-SENどころか本職の軍人ですらないボンドルドの見立ては、確かに戦士の視座ではない。しかし、その観察眼は一級といえるだろう。
加えて言えば、ボンドルドの武装『
そのボンドルドが──ピュリファイアーやオブザーバーを「素材」と言い切る男が、明確に脅威と断言した。
「可能ならば・・・あれは、
ボンドルドが従える──いや、ボンドルド自身である『
今のように人間を調整するのではなく、セイレーンを素体として調整し・・・可能なら、リュウコツ技術による能力強化を。さらに夢を見るのなら練度強化も可能かもしれない。
「つまり、指揮官。私たちはオミッターを鹵獲すればいいのか?」
内心を見透かしたのか、ティルピッツが尋ねる。
ボンドルドは数秒ほど黙考し、やがて首を横に振った。
「それは素晴らしい案ですが・・・完全な武装解除はともかく、帰りの航路が安定している保証はありません。今回はあくまで、北連の援護が目的です。」
「・・・そうか。」
質疑応答がひと段落したと見て、ビスマルクが手を叩く。
「現在時刻07時54分。340秒後、出撃ゲートを解放するわ。用意はいい?」
この期に及んで準備不足だというKAN-SENはいない。各々が出撃に向けて集中したり、或いはリラックスしたりするための時間だ。
ボンドルドがタブレット端末を操作すると、出撃ゲートが開く。初めて経験する正式な出撃。それを実感して、ダイドーの胸が高鳴る。
「・・・言っとくけど、戦闘海域まで結構遠いわよ?」
「え、あ、そうですよね!」
呆れ交じりのヒッパーの微笑に釣られ、ダイドーの表情筋も弛緩する。
「大西洋は殆どが鉄血とロイヤル、ユニオンが制圧してる準危険海域だから、万が一接敵しても救援要請して先へ進めばいいのよ。」
「それ、多分やっちゃった方が早いよ?」
「違いない。我々の前に立つ者は、皆灰燼に帰すまでだ。」
シュペーの茶化しに、どこかズレた同調を示すツェッペリン。
「時間よ。総員、出撃。」
「第二艦隊、総員出撃。」
ビスマルクの指示をツェッペリンが復唱し、ダイドーは初めて、鉄血陣営の艦艇として出撃した。
◇
「退屈ねぇ・・・」
「・・・否定はしない。」
道中は接敵どころか、艦影の一つも見なかった。
一応、この辺りはロイヤル支配下の準危険海域、つまり低頻度かつ弱い個体ながらセイレーンが出没する可能性のある場所だ。哨戒中の艦艇と遭遇した場合には即座の武装解除が必要であり、そもそも通過にも事前の通告が必須となる。
今回は公式な戦力提供かつ、ロイヤルには重荷となる相手を肩代わりしている立場だ。通行保証の意味でも哨戒艦隊くらいには出会うかと思っていたが。
「どうせなら私たちに海域掃討もさせよう・・・とは、流石に考えないか?」
「有り得ん話ではないな。」
現在地はアイルランド外洋、ロイヤルのお膝元とも言える場所だ。
ロイヤルが最も力を入れ保守する海域のはずだが、艦載機の一機も見えない。道中の安全は普段の遠征の甲斐あってかなりの確度で保証されているはずだが、こうまで静かだと逆に不安にもなる。
「というか、青い空が落ち着かない・・・」
「重症だな、シュペー・・・まぁ、斯く言う我も同類なのだが。」
普段から鏡面海域で過ごしている『前線基地』住まいのKAN-SENとしては、紫雲と赤い水平線こそがホームグラウンドだ。
苦笑しているティルピッツやヒッパーにしても、居心地の良さはともかく慣れで言えば鏡面海域の方が肌に合う。
「・・・あれ?」
ふと、ダイドーが声を上げる。
何かあったかと艦隊の皆に視線を向けられ、ダイドーは少し焦りながら進行方向を示した。
「いま、何か光りませんでしたか?」
「はぁ? 何処──ッ!?」
世界の全てが反転したような、言い表しがたい不快感。
殺気や憎悪のような指向性を持ったそれではなく、もっと全体的で強烈な、言うなれば拒絶感とでもいうべきそれに、ダイドーの全身が強張る。
ひっくり返りそうな胃をなんとか抑え、固く閉ざしていた目を開く。
水面は昏く、空は紫雲に覆われ、水平線は紅に染まる。けれど朝焼けのような温かさは無く、夕焼けのような寂寥も無い。無機質な冷たさと静かな死の匂いがした。
ボンドルドの書斎で読んだ言葉が想起される。
『
「──鏡面、海域・・・?」
「避けろッ!」
青白い燐光。
速い。ダイドーは戦闘隊形に展開する艦隊を見て、そんな感想を抱き。
光速の死に呑み込まれた。