アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「19時ジャスト、覚醒。予定通り。バイタル異常なし。・・・おめでとうございます、ダイドー。これで君も不死の艦隊(エインフェリア)の仲間入りです。」

 「あ・・・え?」

 

 目を指す白色灯に瞬き、隣でカルテを見ているボンドルドに視線を移す。

 

 「意識の混濁などはありませんか?」

 

 いつぞやと同じく覗き込んでくる仮面。

 強烈な既視感を覚え、頭痛と眩暈は押し寄せてくる。

 

 「おや、どこか痛みますか。」

 

 不快感に顔を顰めると、ボンドルドが心配そうにダイドーを見つめる。

 手術直後ということもあり、万が一の不具合が懸念される。

 

 「あ、いえ・・・とても嫌な夢を見て。」

 

 言っておきながら、ダイドーは自問する。

 出撃前に感じたあの高揚が、仲間たちとの航行が、鏡面海域の不快感が。そして、あの美しいほどに煌めく死の奔流は。本当に夢だったのだろうか。

 

 「ご主人様、その・・・質問してもよろしいですか?」

 「えぇ、何なりと。」

 「即時撤退についてなのですが・・・その、どういう風に作動するのでしょう?」

 「どのように、とは、理論ではなく実際にどう作動するか、ということですね?」

 

 ダイドーは頷く。

 もし夢でのビスマルクのように難解な理論を展開されたらどうしよう、と考えていたが、杞憂だったようだ。

 

 「即時撤退は、大きな二つのプロセスに分けることが出来ます。まず、人格と経験のバックアップ。次に分解と再構築です。バックアップ・プロセスはほぼ全て光と量子テレポーテーションを用いて実行されるので、タイムラグはゼロと考えてください。」

 「りょうし・・・?」

 「私も専門分野ではないので、セイレーンのものがそれと同一の技術であるとは断言しかねますが・・・量子テレポーテーションは簡単に言ってしまえば、この鏡のようなものです。」

 

 簡単とは。そう突っ込みたくなったダイドーの内心を理解しているのか、ボンドルドはより噛み砕いた説明に入る。

 鏡とカルテの一枚を向かい合わせにすると、当然のように鏡には反転したカルテが映る。

 

 「この状態でカルテに書き込むと、鏡の中のカルテにも同時に書き込まれますよね?」

 「え? そ、そうですね・・・。」

 「量子テレポーテーションとは、いわばこの鏡のような通信方法です。送信元の情報が一切のラグ無く反映される通信、という理解で構いませんよ。」

 「はぁ・・・」

 

 普通の高速回線でもラグなんて殆ど感じないが、それはすごい技術なのだろうか。

 ダイドーのそんな内心には気付かず、ボンドルドは説明を続ける。

 

 「次に艤装とKAN-SEN本体の分解です。・・・というと、少し怖がらせてしまうかもしれませんが。」

 「え、っと・・・はい・・・」

 「ダイドー、貴女はいま艤装を展開していませんよね?」

 

 首を傾げつつ、ダイドーは首肯する。KAN-SENには勿論自分の状態、艤装を顕現しているか否かは分かる。だが他人にだって視覚的に分かるものだろう。

 非顕現状態の艤装は、消滅しているわけではない。KAN-SENにも「何となくこの辺に主砲、この辺に機銃があるな」くらいの認識しかできないが、探知不可能の状態で()()に在る。見ることも触れることもできないが、確かに。

 

 「全身がその状態になり、この前線基地まで転送されるのです。経験者が言うには、移動の実感は無く「気付いたらそこにいた」程度の認識らしいですよ。」

 「じゃあ、時間は・・・いえ、作動すると同時に帰還できるんですよね?」

 「えぇ、その通りです。・・・では、二時間後にまた来ます。その際に何も異常が無ければ、ダイドー。明日、出撃して頂けますか?」

 

 では、あれは夢ですね。と、悪夢を共有したい衝動に駆られたが、ダイドーは思い留まった。麻酔で混乱していると思われるだけならまだいいが、僅かでも脳機能に障害ありと判断されれば経過観察、出撃は中止になってしまう。

 

 「・・・はい。」

 

 お疲れでしょう、ゆっくり休んでください。そう言い残して出て行ったボンドルドの背中に手を伸ばす。

 ここでその裾を引けば。それは悪夢ですよ、と、頭を撫でてくれるのだろう。微かな期待と羞恥心が天秤にかけられ、その腕は力なく下ろされた。

 

 

 ◇

 

 

 「おはよう、ダイドー。と言っても、もう夜の九時だけれど・・・身体に異常はない?」

 「おはようございます、ビスマルクさん。大丈夫です。・・・即時撤退の説明をしに来てくれたんですか?」

 

 夢に見たビスマルクの悪夢のような説明を思い出し、顔が引き攣るのを自覚する。

 しかし、ビスマルクは首を傾げて不思議そうに問い返した。

 

 「指揮官が説明したって聞いたけど、何か分からない所でもあった?」

 「あ、いえ・・・」

 「そろそろ身体が馴染むころだから、様子を見に来たのよ。自覚できる異常が無ければ、もう起きて良いわよ。お疲れ様。」

 

 枕元に置かれていたダイドーのカルテを取り、数回ペンを走らせたビスマルクは、それを持って部屋を出てしまった。

 

 「ありがとうございました・・・。」

 

 釈然としない。

 違和感が拭えない。

 見たことのある景色と言えば、二週間ここで過ごしたのだから当然だ。だが海の模様や雲の姿まで完全に既知となれば、些かの気持ち悪さを覚える。

 

 なんとなく夢通りの足取りで、なんとなく書斎に入る。

 書棚の配置など早々変わるものではない。この部屋はボンドルドがあまり使わない方の書斎だというから尚更だ。

 覚えていた通りの場所、夢と同じ場所にある『人格バックアップが齎しうる精神的問題について vol.2』のバインダー。

 

 確か、これを取ったタイミングで───

 

 「あれ?」

 

 夢の通りなら、これを手に取った時に急にツェッペリンに声を掛けられた。飛び上がるほど驚いたものだが、と考えて、ダイドーはほっと安堵した。

 

 「あぁ、うん。やっぱり夢は夢なんだ。」

 

 正夢にしてはリアルすぎて気持ち悪かったが、ここにきて一致が解けた。やはり所詮は夢。現実を投影するにも限界がある。

 

 「・・・夢では読めなかったんだよね、これ。」

 

 確認するようにバインダーを開けば、ボンドルドの考察が羅列されている。他人に見せるというより、考えを纏めるために表記したものをビスマルク辺りが綴じたのだろう。手書きの草稿なども一緒くたにされている。

 

 「KAN-SENの自己認識は肉体ではなく精神に依存し、テセウスの船的自己認識崩壊は起こり得ない。実験ログ1405号参照のこと。・・・実験ログ、は、見ちゃ駄目。」

 

 微かな寂しさを覚えつつ、ページをめくる。

 

 「KAN-SENが哲学的ゾンビであるという人類視点からの指摘・・・人類とは根本的に肉体的・精神的な構造が違うため指摘自体が的外れであると・・・哲学的ゾンビってなんだろう。」

 

 辞書や参考文献を探し、疑問を自力で解決しようとするダイドー。いい子だが、残念ながらすぐに見つかりそうにない。なんせ床にまで本が散乱している有様なのだ。

 15分ほど漁っていると、先ほどまで読んでいたバインダーに何度も参照として出てきた『KAN-SENの精神について』と背表紙に打たれた赤いバインダーが出てくる。

 

 「赤、かぁ・・・」

 

 見たい。ものすごく。

 しかし、赤いバインダーは実験記録。ボンドルドに見てはならないと言われた以上、見るべきではない。

 

 「はぁ・・・迷っちゃった・・・」

 

 ダイドーがそれを元あった場所に戻したのは、忠誠心ゆえだ。

 しかし、それを誇ることなど出来はしない。忠誠を捧げた相手の言葉であれば何であれ従うのみ。自分など無く、ただ相手に奉仕する。それがロイヤルメイドとしての心構えだ。

 きっとメイド長や妹であれば、躊躇もなく置いただろう。中途半端だなぁ、と自省──というか半分鬱に近い──するダイドーは、背後から掛けられた声に飛び上がる羽目になる。

 

 「ダイドー? 貴様、何をしている?」

 「ツェッペリン、さん・・・!?」

 「勉強熱心なのは感心だが、明日から出撃だぞ。貴様もエインフェリアとなった以上、出撃を前にすべきは焦ることでは無く状態を十全にすることだ。」

 

 同じ台詞。なぜ今になって──いや、違う。同じ時間だ。

 ビスマルクの説明を聞かなかったから、ここに来た時間は夢より少し早い。そして夢と同じ時間、つまり今になってツェッペリンがこの書斎を訪れ──

 

 「は・・・い。部屋に戻ります。」

 

 頭痛を催すほど強烈な既知感に苛まれながら、ダイドーはなんとかそう絞り出した。

 

 

 

 

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