アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「退屈ねぇ・・・」
「・・・否定はしない。」
聞き覚えのある、ヒッパーとシュペーの会話。
少し速度を落として主力艦たちの方に下がると、こちらでも聞き覚えのある会話が繰り返されている。
「ロイヤルの哨戒にすら出会わないとはな。どうせなら私たちに海域掃討もさせよう・・・とは、流石に考えないか?」
「有り得ん話ではないな。」
もし本当に、あれが正夢だったとしたら。
「あ、あの・・・」
「青い空が・・・何よ、何か見つけた? ダイドー。」
「いま、何か光りませんでしたか?」
夢の通りなら、この直後に───
「はぁ? 何処──」
「待て、確かにいま何か光った。各位散開、輪形陣だ。」
ツェッペリンの指示に従い、全員が速やかに陣形を成す。途中でヒッパーに引かれて誘導されたダイドーは、右翼側の末端だ。
「あんた、艦隊行動の訓練受けてないの?」
「え? はい。」
「はいって。冗談言ってる場合じゃ──鏡面海域!?」
また、あの世界の全てが反転したような、言い表しがたい不快感に襲われる。
夢の中で体験した死の前兆に身体が硬直するが、この直後には
「避けろッ!」
ツェッペリンの指示と同時に回避機動を取る。筋が痛いが死んではいない。
熱を感じない青白い光の束が、ダイドーのすぐ横を通り過ぎる。それはすぐに収まり──突風と爆発が艦隊を大きく圧す。
「今のは、卿の『
疑似的な真空状態すら作り出した、万物を解く枢機の光。射線上の全てを無に帰し、辺りの空気を焼き切ってようやく一撃が終わる。
「今のがオミッターの・・・なるほど。あいつが欲しがりそうな相手ね。」
「推定練度80、それも一撃喰らったら終わり、か。どうする?」
ヒッパーが口角を上げる。妹に似たのか、それとも妹が姉に似たのか、美しく獰猛な笑顔だ。
ティルピッツの問いに、「逃げるか」という意味は無い。出撃目的そのものであるオミッターが自分から出てきてくれたというのなら、これほど狩りやすい場面もそうは無い。
「目視圏外からこれほど正確に撃ってきた相手だ。もう少し距離を詰めよう、と言いたいところだが──」
ティルピッツとツェッペリンが口を閉じ、互いに距離を取る。その間が10メートルほどになった時、その真ん中を青白い光の束が通り抜けた。
「凄まじいな。これだけ離れていて殺気すら届くか。」
「お陰で読みやすい。光は直進するから尚更だ。」
人型セイレーンの厄介な点として、その視認性の悪さが挙がる。
広大な海で、鏡面海域という視認性の悪い環境。その中から人間一人を見つけ出すことの困難さは想像に難くない。レーダーから大まかな位置は特定できるが、狙撃というのは数センチの位置差でも巨大なズレだ。
だが直線的で、風どころか重力の影響すら受けず、発射から着弾までの時間偏差すらない兵装だ。射線が分かれば回避は難しくないし、弾道が目に見える分逆算も簡単だ。
「艦隊各位、回避機動を徹底しつつこちらの攻撃圏内まで接近する。攪乱と先制は我が受け持とう。」
言って、ツェッペリンが艦載機を展開する。
いつぞやボンドルドに向けたそれの3倍近い数の群れが飛び立てば、遠く、対空兵装らしき光の帯が伸びた。
「あれは・・・対空機銃か? どうやら、あの光線は主砲のようだな。仰角はそれほど無いか、連発は効かんらしい。」
「指揮官のと同じ? サイズは向こうの方が大きいけど。」
ボンドルドの『枢機に還す光』は腕に付け振り回すという特性上、口径は出力を最大にしても人間の胴体程度。
対するオミッターの主砲は人間一人を丸呑みして余りある大きさだ。それは視覚的にも物理的にも脅威となる。
「だろうな。一撃が敗北と同義。絶対兵器の類だ。」
「つまり、いつも通りか。」
互いに笑みを交わす主力艦隊の二人。
重装甲が無意味になる相手だが、その戦意に曇りは無い。
「あまり直線的に動くなよ。射線を読むのはそう難しいことじゃない。」
「ダイドー、訓練を思い出して。やれるよ。」
「は、はい!」
ドイッチュラントとシュペー。二人にしごかれた思い出が蘇る。
あの時は白兵戦の距離で、今は目視圏外という違いはあれど、どちらも撃たれてからの回避が不可能という点では同じ。
訓練通りに、相手の砲撃予測位置から体をずらし──先程まで体のあった場所の空気が焼き切れる。
撃たれる前に躱し、撃たれる前に躱し、撃たれ──!?
「え?」
殺気から、予測射線上から逃れた先で、殺気に当たる。
ダイドーの隣でティルピッツが、反対側ではヒッパーが、ダイドーと同じく驚愕に目を見開いていた。
「三本!?」
輪形陣の反対側でヒッパーが転がるように逃れるのが見えた。ティルピッツが辛うじて飛び退き、ツェッペリンがシュペーを突き飛ばし、片腕をもがれながらも生還。
もしあれが頭部だとして──跡形もなく消え去っても撤退は可能なのだろうか。そんなことを最後に考え、ダイドーの意識もそこで途切れた。
◇
「19時ジャスト、覚醒。予定通り。バイタル異常なし。・・・おめでとうございます、ダイドー。これで君も
「・・・え? えぇ?」
流石に二度目ともなれば、正夢だとか鮮明な夢だとか、とにかく夢であるという疑いも持たない。
となれば、次に疑うのは───
「ご主人様、その・・・私がここで目覚めるのって、何度目ですか?」
「おや、記憶に混濁がありますか。麻酔の副作用であればいいんですが、脳に問題があった場合は少し面倒ですね。」
「もう、ご主人様? 少し意地悪じゃありませんか?」
「あぁ、失礼しました。君がここで目覚めるのは一度目ですよ。」
悪戯。・・・では、なさそうだ。
というかボンドルドの性格的に、そんな質の悪い悪戯はしないだろう。
懐中時計を確認すると、現在時刻は19時02分だ。
ダイドーは艤装を展開すると、おもむろにその主砲を自分に向けた。
「いけません、ダイドー!」
ボンドルドが手を伸ばす。
砲弾が爆発しても危害が及ばないよう、ボンドルドを突き飛ばし──ダイドーは自分の頭を吹き飛ばした。
◇
「19時ジャスト、覚醒。予定通り。バイタル異常なし。・・・おめでとうございます、ダイドー。これで君も
「は、ははは・・・」
思わず、笑いが漏れる。
懐中時計を確認すれば、確かに19時ジャストだ。部屋には砲弾が突き刺さった跡どころか血の一滴もない。
つまり───
「時間を超えて作動した・・・ううん、作動して、時間を超えたんだ。」