アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 赤城の言葉に凍り付いたのはフッド一人。張本人である赤城はともかく、エンタープライズも動じていないということは、つまり。

 ()()()()()なのだ。目下、両手を広げて知識欲を賛美するこの『黎明卿』ボンドルドは。

 

 「取り入れる側と取り込む側。前者を腑分けしたのです。」

 

 後者の仕組みは理解できました。フッドは、稀代の天才、KAN-SEN開発の父とされる眼前の男に、そう言ってくれと期待した。

 赤城が目を細め、エンタープライズが拳を握りしめる。

 ボンドルドは何でもないことのように、いや、事実何の気負いもなく、明解な事象をわざわざ質問した赤城に首を傾げながら答える。

 

 「後者もそうしない理由がありますか?」

 

 フッドの目がボンドルドの隣で退屈そうにしているオイゲンに向く。視線を感じたのか目が合い、フッドは猛烈な吐き気に襲われた。

 蒼褪めた顔で口元を押さえていれば、目が合っていたオイゲンでなくとも気付く。

 

 「おやおや、体調が優れないのですか、フッド嬢。エンタープライズ、彼女を休ませて差し上げては?」

 「・・・すまなかった。ウォースパイトから聞いているものだとばかり。」

 「い、いえ・・・すぐに戻りますから、続けていてください。」

 

 速足で部屋を出て行ったフッドを一瞥し、赤城はすぐにボンドルドに目を戻す。

 I字に発光する奇妙なデザインのフルフェイス型端末は、奥の表情を悟らせない。

 

 「・・・以前にお伝えしたはずです。今後、我々のKAN-SENに手を出せば容赦はしない、と。」

 

 赤城の背後に控えていた駿河がさりげなく立ち位置を変え、オイゲンの口角が獰猛に釣り上がる。

 戦艦対重巡洋艦の構図だが、片手を上げて制したのは赤城だった。勿論理由は他にもあるが、そもそも()()()()からだ。

 

 「えぇ、ですから貴女たち『アビス』に属するKAN-SENは使っていませんよ。勿論、彼女たちに導入する過程では多少()()ましたが。」

 

 ボンドルドはオイゲンを示し、鉄血陣営のKAN-SENですら解剖はしていないという。

 その言葉を嘘と断じ糾弾するのは簡単だ。だが赤城は黙り込む。この男が自分に嘘を吐かないと理解しているから、その言葉も、先の言葉も真実だと判じて。

 

 「・・・ドロップを使いましたね、黎明卿。」

 「おぉ、流石に聡明ですね。その通りです。『前線基地』近海はKAN-SENが頻繁に出現しますからね。」

 「黎明卿、貴方は・・・ッ!」

 

 ドロップした艦は、往々にしてそのドロップ地点の領海を保有する陣営か、発見・保護した陣営に帰属する。そういう意味では、ボンドルドがたとえどの陣営のKAN-SENを見つけ、解剖していても謗る道理はない。

 人道的にどうか、という批判は、そもそも人間ではないKAN-SENには無意味だ。言ってしまえば、漂流している船があったから解体した、ということなのだから。

 しかし、感情的にはそうはいかない。

 理性では()()が最適解だと分かっていても、感情が忌避するのを止めることは出来ない。

 

 「・・・貴方の理屈は、詭弁だ。」

 

 今にも叫びそうだったエンタープライズが、必死に冷静さを取り繕ってそう吐き捨てる。

 ボンドルドは激発に備えて庇う位置にいたオイゲンの頭を撫で、まるで気にした様子を見せない。

 

 「そうかもしれませんね。───それで、何の不都合があると?」

 

 エンタープライズが奥歯を噛み締めるが、続く言葉は無い。

 過去、ボンドルドが重桜の統括管理官だったころ。重桜所属のKAN-SENをセイレーン技術で強化しなければ、セイレーンに呑み込まれていた。勢いを増すセイレーンの攻勢にも、ボンドルドが開発した艤装強化技術が無ければ対抗できなかった。そして今回の即時撤退技術は、より多くのKAN-SENを救うだろう。

 だがその過程で、ボンドルドは秘密裏に様々な陣営のKAN-SENを集め、解体し、解剖し、そしてそれらの成果を出した。だからこそ性質が悪いというものだが。

 

 「貴方ならッ! ・・・貴方ほどの才能があれば、無駄な犠牲も───」

 「エンタープライズ、それは違う。私はこれまで、KAN-SENを()()にしたことなどありません。」

 

 激昂を押さえ、エンタープライズが努めて冷静に問う。

 ボンドルドの答えにエンタープライズは絶句するが、沈黙は生まれない。

 

 「今後はドロップも・・・とは、行きませんか。」

 

 諦め気味に赤城が言う。流石に一時とはいえ指揮下に居ただけあって、ボンドルドの行動をよく理解していた。

 それに仮に、万が一、億が一の過程ではあるが、ボンドルドが今後KAN-SENの研究を止めたとしたら。おそらく人類は保って半世紀だ。

 

 「赤城!?」

 

 エンタープライズが驚愕の声を漏らす。

 前回、最も被害の──ボンドルドからKAN-SENを奪い返す際の戦闘の、という意味──大きかったユニオン陣営としては、今回の件を許すだけで大譲歩。今後の黙認など、といったところか。

 

 赤城の諭すような目に反感を覚えるが、エンタープライズとて愚者ではない。

 感情的な反論はやがて自らの首を絞めることになる。自分の()()()()に嫌気が差すが、エンタープライズは頷いて呑み込んだ。

 

 「以上です、黎明卿。ご足労ありがとうございました。」

 「おやおや、そう遜ることはありませんよ。知識欲を満たしたいという思いは非常に共感できるものでした。」

 

 ボンドルドは最後まで上機嫌に、ユニオン本土を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 「結局のところ、彼は何者なのですか?」

 

 フッドはロイヤル陣営本土に戻った後、真っ先にウォースパイトにそう訊ねた。

 少しだけ渋った後、ウォースパイトは言葉少なに答える。

 

 「3年前の重桜の離反を覚えているか?」

 「えぇ。私は当時セイレーン対策の方に駆り出されていましたけど、レポートは拝見しましたわ。」

 「・・・限定的に私と同じセキュリティ・クリアランスを付与した。もう一度目を通してみなさい。」

 

 得られた答えはそれだけだったが、フッドはその理由をすぐに理解する。

 

 私室、最高レベルの閲覧制限が掛けられたデータベース『禁書庫』にアクセスしたフッドは、ぶり返してきた吐き気に口元を押さえる羽目になった。

 

 「なんです、これは・・・」

 

 限定的に、という言葉通り、流石に当時の状況すべてを閲覧できるわけではない。

 しかしウォースパイトが「これくらいは」と判断した情報は過不足なく、ボンドルドという男の異常性を伝えることが出来た。

 

 「重桜のKAN-SENにセイレーン技術を埋め込んだ、張本人・・・? 実験過程で少なくとも6人のKAN-SENを解剖し死に至らしめた・・・セイレーン解体数はその倍以上? なんの───」

 

 なんの冗談か。そう言い切ることは出来ない。

 確かに重桜は鉄血陣営と同じくセイレーン技術の導入を善しとし、艤装に取り入れた鉄血とは違いKAN-SEN本体に取り込んでいる。初めて聞いた時はフッド自身も正気を疑ったが、実際に会ってみれば安定──性格面はともかく肉体的には──していた。KAN-SEN技術の父と呼ばれた男の施術なら、それも納得できる。

 そして他者の技術を自分の物にするとき、最も確実で簡単な方法は、確かに()()だ。

 重桜は他の陣営と比べて一歩抜きんでて精強だ。練度70の壁を陣営全員が安定して超えているのは、今のところ鉄血陣営と重桜陣営のみ。そして業腹なことに、KAN-SENの損耗率が最も低いのもこの二つだ。

 

 「他には・・・要注意者リスト?」

 

 重桜陣営で、ボンドルドに懐いていた数人のKAN-SENに要監視(レベル1)、鉄血陣営のほぼ全員に入国制限(レベル2)が振られている。

 

 「黎明卿本人及び所在不明艦、フリードリヒ・デア・グローセ、大鳳・・・?」

 

 フッドが会ったことのない二人のKAN-SEN。黎明卿と並ぶほどのモノなのか、と戦慄しつつ読み進める。

 但し書きにはこうあった。

 

 

 確実に殺せると判断した場合に限り、無制限攻撃を許可する。

 

 

 

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