アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 気付けば、ダイドーはボンドルドの胸に飛び込んでいた。

 

 「ご主人様、ダイドーはッ、ダイドーは・・・うぅ・・・」

 

 黒衣の下には常に外殻を纏っているのか、ダイドーの顔を受け止めたのは硬質な感触だった。それでも、それはどこか暖かく。答えることも、自制することもできず、100を超える死を積み重ねたダイドーは声を上げて泣き続けた。

 

 

 ◇

 

 

 「お、お見苦しいところをお見せしました・・・」

 

 我に返ったとき、時計の針は21時を回っていた。

 いつ・どこで・なにをするか。

 この三つを正確に再現することで未来予知ならぬ未来確定をしていたダイドーにしては珍しく、時間を忘れて泣いていたようだ。

 ループの最中にも何度か挫けそうになったが、ここまで号泣したことは無い。

 

 「構いませんよ。・・・どうやら、かなり()()()いますね。」

 「・・・はい。正確には分かりませんが、100回以上です。」

 

 それから、ダイドーは堰を切ったように話し出した。

 オミッター戦と前日、つまり今日と明日を幾度となく繰り返したこと。

 幾多の死を積み重ね、未来知を可能にしたこと。

 未来知と鉄血艦隊の力で、遂にオミッターを打倒したこと。

 

 そして──その鉄血艦隊が敵になること。

 

 「あぁ、なるほど。それは確かに勝てませんね。」

 

 淡々とした口ぶりに、ダイドーは悔しさすら覚えない。

 事実としてボンドルドの艦隊は精強無比だ。単純な強度だけの話をするのなら、本気を出したツェッペリン一人があのオミッターを上回る。つまり、ツェッペリン一人で100回以上死ぬことになる。他のKAN-SENをかなり低く見積もってオミッターと同等だとしよう。ティルピッツ、シュペー、ヒッパーの三人、つまり300回だ。低く見積もった単純計算で400回。各個撃破だとして、だ。連携の取れた一個艦隊をなど、何度やり直しても勝てるビジョンが見えない。

 

 「ですが、ダイドー。彼女たちと戦う必要はありませんよ。」

 「そう、なんですか? でも──」

 

 ツェッペリンは、ダイドーを殺す前にこう言った。「これで完璧だ」と。

 ならばダイドーを殺すことは、ボンドルドにとって作戦のうちなのではないだろうか。ボンドルドがこの時間逆行を知っていることも、そう考えれば辻褄が合う。

 

 「ここで死ぬからです。」と、あの恐るべき『枢機に還す光(スパラグモス)』が振り下ろされるのなら、それでもいい。

 その死が、ボンドルドの役に立つのなら。

 

 「ダイドーが死ぬと、ご主人様にとって益となるのでしょうか?」

 

 覚悟を決めた殉教者の、と形容するには、あまりに気負いのない表情でダイドーは問う。

 ボンドルドに殉ずる覚悟など、遠い過去──実際にはほんの二週間前に、必要だと言われた時から決まっている。再確認するまでもなく、それがダイドーの原動力、己の屍を踏み締めて進んだ二日間のモチベーションだった。

 

 「──素晴らしい。」

 

 悍ましいほどの狂信と、美しいほどの挺身。

 返礼を顧みない無償の奉仕と挺身。それを形容するのなら、やはり『愛』という言葉が相応しいのだろう。

 

 「ダイドー、こちらへ。私の研究室へご案内します。」

 「・・・はい。」

 

 

 研究棟を黙々と歩くボンドルドの背中に、ダイドーは顔を伏せながらも視線を向ける。

 自分は今からどうなるのだろうか。

 口ぶりからすると、ダイドーの死は前提だ。だが、もしそれが時間逆行能力の発現を目的としたものだったら? もし──これで用済みだったら?

 もう不要なのだろうか。自分は捨てられるのだろうか。そんな悶々とした思いを抱えたまま、ボンドルドが促す研究室に入る。

 

 「・・・すごい。」

 

 見たことのない機材がずらりと並ぶ様子は、さながら秘密基地のようで少しテンションが上がる。

 

 「さて・・・ダイドー。」

 「は、はい、ご主人様。なんでしょう?」

 

 名前を呼ばれ、自然と背筋が伸びる。

 処分だろうか。それとも──

 

 「君は、精神というものをどう捉えていますか?」

 「精神・・・ですか? えっと・・・心とか、感情とか・・・」

 

 この二日間──体感時間にして200日以上──、そういった哲学的なことを考えている暇は無かった。というのが言い訳にもならないほど、答えになっていない返事しかできない自分に嫌気が差す。

 自己否定に俯くと、ボンドルドはその頭を撫でてから微かに笑った。

 

 「そうですね。そういった目に見えず、手に取ることもできないものを想起します。では・・・これを見て、何か思うことはありますか?」

 「・・・えっと。」

 

 ダイドーが受け取ったのは仄かに青白く光る板状物質、メンタルユニットだ。

 質問の意図を測り切れないまま、ダイドーはとにかく考える。

 

 「メンタルキューブみたいな材質ですね。あと・・・いえ、なんでもありません。」

 「感じたままを教えてください。ダイドー?」

 

 促され、ダイドーは少し躊躇いながらも口を開く。

 

 「えっと・・・理由は分かりませんが、その、ツェッペリンさんを思い出しました。」

 「────ダイドー。」

 「へ、変ですよね! 申し訳ございません、きっと前回の死因だから───」

 「君は本当に素晴らしい。ダイドー、もっと自信を持ってください。これは紛れもなく()()()()()()()()()。」

 

 何かの冗談か、さもなければその板にツェッペリンと名付けたのだろうか。

 そんな益体もないことを考えながら、ダイドーは話の続きを待つ。

 

 「ダイドー、君の練度は70で止まっていますね?」

 「っ・・・はい、ご主人様。」

 

 それは、ダイドーが気にしていることの一つだった。

 ボンドルドに拾われ、特殊な食事を摂り演習を受け強化され、それでもダイドーの練度は70で頭打ちだった。

 自分に素質があれば──練度100の、その高みに届いていれば。オミッター戦を繰り返すたびにそう思っていた。あと20、練度が上がっていれば勝てた。あと20練度が上がっていれば、もっと役に立てる。そう思い続けていた。

 

 「申し訳ございません、ダイドーにもっと素質があれば・・・」

 「それは違いますよ、ダイドー。練度上限は素質によって決まるものではありません。」

 

 幾多のセイレーンを倒そうが、どれほどの演習を重ねようが、素質が無ければ練度70の壁は超えられない。KAN-SENの中で、それは常識だ。

 その常識に盾突くようなその言葉を、ダイドーは訝しむことなく受け止める。

 別に実はそう思っていたとかそういうことはなく、ただ単純な信仰にも近い信頼によって、「ご主人様が言うんだから、そうなんだよね」という納得に落ちただけだ。

 

 「KAN-SENの練度上限を解放する方法は一つ。自分を倒すことです。」

 「自分を・・・ですか?」

 

 また哲学的な話だろうか。

 あまり得意ではない分野の気配に少したじろぎつつ、もし機会があったら、そういう分野の勉強もしようと決めた。

 

 「正確には、自分の中に在る上限解放因子を取り込むことで、ですね。」

 「上限解放因子・・・?」

 「練度強化因子や、能力解放因子のような汎用的なものではなく、同個体間でのみ作用する特殊な物質です。」

 「な、なるほど・・・」

 

 名前と効能だけは何かで──たぶん書斎にあった論文の草稿で読んだのだろう、知っている二つを例に挙げられ、なんとなくイメージは出来た。

 演習過程での練度強化や上限突破が多いのは、訓練の質ではなく物理的なものに起因していたらしい。

 

 「その上限解放因子を凝縮し個体化したもの、といえば、これを概ね説明できるでしょうか。私たちは“メンタルユニット”と呼んでいます。」

 「すごいです・・・! これは、メンタルキューブから作ったんですか?」

 

 KAN-SENの中に在るという言葉と、メンタルという名称からそう推測したのだが、ボンドルドは首を横に振った。

 

 「確かに、汎用メンタルユニットはメンタルキューブからでも精製出来ます。ですが、それではコストパフォーマンスが悪すぎるのですよ。現状の抽出プロトコルでは、メンタルユニット一つにつき、メンタルキューブが一つ必要になります。」

 「えっと・・・?」

 「あぁ、言葉が足りませんでしたね。このメンタルユニットは、主に練度100以上のKAN-SENに100個単位で使用すると、最大で練度を120まで上昇させることが出来ます。」

 

 なんでもないことのように、ボンドルドはそう言った。

 

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