アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
KAN-SENには、それぞれに固有の技術がある。
ダイドーであれば、同じロイヤル陣営のクイーン・エリザベスを強化する力。プリンツ・オイゲンには一定時間攻撃を遮断する盾を生成する力など、艦によって似たような力から全く違う力まで幅広い。
「スキル・カートリッジ・・・」
基本的に固有かつ不変のそれを、外付けする?
つまり、ロイヤル陣営のKAN-SENの数に応じた自己強化やロイヤル陣営への強化能力しか持たないダイドーが、より鉄血陣営に──ボンドルドに、貢献できるということだろうか。
素晴らしい装置だ。相手の意表を突くことにもなるし、単純に戦術の幅が大きく広がる。いままで防御寄りの行動しかしないとされていた艦が高火力を弾き出し、耐久力が低いとされていた艦が強靭な盾を持つ。そんなことが可能になれば、セイレーン側の情報アドバンテージは殆ど失われるだろう。
だが───
「では、その、この機械は? 生命維持装置のように見えるのですが・・・?」
心拍正常。脳波正常。血圧・・・いや、内圧も一定だ。
やはりどう見ても、その箱は健常に、健康に生きている。
「その通りです。君と同じで忠誠心に篤い、とてもいい子ですよ。」
慈しむように箱の表面を撫でるボンドルド。その側面には『HMS,C35,Belfast』と彫られていた。
HMS。Her Majesty's Ship、ベルファスト。ダイドーの知己であるロイヤルの軽巡洋艦を示すその銘に気付き、首を傾げる。
どうしてその名前が? そんなものは考えるまでもない。
「それ、は、メイド長・・・なんですね?」
「えぇ、そうですよ。KAN-SENがKAN-SEN足り得るのに必要な自己認識の根幹であるメンタルユニットだけを封入し、心臓と肺は外付けの生命維持装置に置き換えてあります。・・・ですが現状では、上手く機能しないんですよ。」
「どうしてですか?」
酷い、だとか。残虐だ、とか。きっとそういう感想を抱いて然るべきなのだろう。
しかし、ダイドーの胸中に沸き上がったのは疑問だ。どうして上手く機能しないのか──ボンドルドほどの男が、その原因を突き止められていないのか。
「スキルを発動するのに必要な精神は残っています。・・・ほら、脳波は正常でしょう? つまりは、その精神の働きによって出力が妨げられているということになります。その精神の働きを調べるために、ダイドー、君の人格バックアップ装置に観測機を取り付けたのですよ。」
「・・・なるほど。」
どう答えるのが正解か。ボンドルドが求めるものを知った上で間違えるようなセンスのないKAN-SENは、ロイヤルメイドを名乗ってはいない。
「ではご主人様。どうか再手術をお願い致します。その後で──ダイドーをご自由にお使いください。」
悍ましいほどの狂信と、美しいほどの挺身。
返礼を顧みない無償の奉仕と挺身。それを形容するのなら、やはり『愛』という言葉が相応しいのだろう。
◇
「指揮官、この前のオミッター戦の報告書よ。」
「ありがとうございます、ビスマルク。・・・対象の撃沈確認、当方の損傷無し。素晴らしい成果ですね。」
期待通りの戦果を挙げられたのだと思えば、出撃した当人でなくとも、同じ鉄血陣営に属するものとして安堵が浮かぶ。
出撃前のツェッペリンは怒っていたが、結局不安要素であるダイドーの出撃を取り下げたことで払拭されただろう。普段の五割の力でだとか、万一の際はダイドーを沈めろとか、かなり面倒なオファーを直前でキャンセルしたのは申し訳ないが、普段通りにやればオミッター程度には苦戦しない。鉄血陣営にはそれだけの戦力がある。
「・・・そういえば指揮官、ダイドーの経過はどうなの?」
「問題なく良好ですよ。もうしばらく様子を見て、実戦テストですね。」
嬉しそうに話すボンドルドだが、ビスマルクの顔に浮かぶのは苦笑いだ。
「ダイドーも大抜擢ね? 精神構造解析用の被検体から、カートリッジの素体なんて。」
「本当にいろいろと貢献してくれました。今回のMVPは彼女ですね。・・・ところでビスマルク、私のことをどう思いますか?」
「・・・意図がよく分からないのだけど?」
唐突に、まるで口説くような言葉をかけられて戸惑うビスマルク。
しかし、ボンドルドの性格上そんなワケがないと知っているし、ビスマルクにもまだその気はない。
KAN-SENの強化のため──自身の研究、好奇心を満たすためなら倫理観も道徳心も、人間性さえ捨てるような輩が異性として魅力的かといえば勿論NOだ。・・・鉄血や重桜のKAN-SENの中には、ビスマルクとは異なる意見を持つ者も多いが。
勿論、指揮官として、人間として、その合理性や紳士的な態度は好ましいし、忠誠心もある。死ねと言われたら命を捧げることにも抵抗はない。
「昨日、KAN-SENの脳・・・厳密に言えば、精神構造を解析し数値化したデータを読み返していました。」
「・・・えぇ。」
「メンタルユニットをカートリッジに加工する手法は確立されています。回路にも問題は無いでしょう。・・・ですが、一つだけ、解析されたデータの中で正体不明の変数がありましたよね?」
KAN-SENの性格を形成する数値でも、あらかじめKAN-SENにインプットされている常識の根幹になる数値でもなく、同種でも別個体であれば数値の異なる独立変数。メンタルユニット開発と、それに触発されたスキル・カートリッジの研究を進める過程でボンドルドが突き当たった壁だ。
解析するごとに変動することもあれば、変わらないこともある奇妙な変数。どう考えても重要な数値のはずなのに、KAN-SENの人格形成には影響の少ないデータ。
連夜、稼働しているが効果を発揮しないスキル・カートリッジに向き合うボンドルドが、その突破口として弄っていたものだ。
「あれの正体ですが、どうやら“信頼度”とでも言うべき数値であると判明しました。」
「信頼度・・・?」
ビスマルクが書棚からバインダーを取り出してぱらぱらとめくる。
ボンドルドの言ったとおりであれば、実験台として軟禁されていたKAN-SENは数値が低く、鉄血陣営のKAN-SENであれば数値が高いはずだ。練度は精神構造や精神強度に依存しないファクターゆえ、相関性を排除できる。根拠としての信頼性は高いはずだ。
「・・・確かに、大体のデータとは一致するわね。」
「あぁ、ダイドーは例外と見てください。」
「それなら、完全に一致ね。というか、それなら私に聞くまでもないじゃない?」
「数値は数値、実情とは別ですよ。たとえばベルファストですが、彼女の信頼度は20程度でした。」
低いのか高いのか分からない数値に、ビスマルクが首を傾げる。
ベルファストといえば、ロイヤルメイド隊を束ねるメイド長だ。主人を揶揄う悪戯好きな一面こそあれ、主人の不利益になることは絶対にしない忠誠心に篤いメイドだ。その能力は戦闘だけでなく侍従としても一流であり、献身と忠誠という要素においては鉄血のKAN-SENにも引けを取らない。
そんな評価が正しい彼女であれば、きっといい数値なのだろうとなんとなく思うビスマルク。
「ちなみに建造時の初期値は50、上限値は100です。」
「な、なるほど・・・?」
その基準値で20というのは、かなり低いのではないだろうか。
「かなり低い数値ですよね。ちなみに、ダイドーの数値は95でした。ほぼ上限値ですね。」
単なる比較、という訳ではないだろう。ボンドルドの口ぶりからするに、その数値には何か重要な意味があるはずだ。
ベルファストとダイドーの違い。数値の差が示す意味。ベルファストを素体としたカートリッジは、確か。
「指揮官、確かダイドーのカートリッジは、稼働テストまでは終わっているのよね?」
「えぇ。動作は概ね良好でした。・・・君は、本当に聡明ですね。」
知らず、笑いが零れる。
合理的と言えば合理的で、冒涜的で、そして実用的であるがゆえに度し難い。
「カートリッジの根幹は専用メンタルユニット・・・つまり、精神そのものを支配されても良いと思えるほど、心を開かせる必要があるのね。」
◇
声が聞こえる。
仕え、尽くし、全てを捧げた、敬愛する主人の声が。
「──では、これよりスキル・カートリッジの実戦テストに入ります。」
使われる。使って頂ける。この身を、この力を、役立てて頂ける。
「・・・なるほど。」
分かる。自分の全てが、その力がどういうものか、どう使うのか。それを彼が理解していると理解する。
最早存在すらしない体の奥底、力の根源である「何か」が流れていくような感覚。自分の全てが、彼と混ざり合って一体化するような、蕩けるほどの恍惚に浸る。
「──おや、おやおやおや。これは、何とも素晴らしい・・・!」
その嬉しそうな声につられ、自分まで嬉しくなるようだった。無いはずの心臓は高鳴り、無いはずの頬が熱くなる。
これで、やっと。本当に彼の役に立てる。
安堵に解かれた緊張は、やがて眠気となってダイドーの意識を包み込んだ。
「──ですが、ロイヤル陣営に特化しすぎですね。テストケースとしては申し分ありませんが・・・実戦用に他のカートリッジも作らなければ。」