アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 鉄血陣営『前線基地(イドフロント)』隔離棟。

 非協力的な実験素体や処分するには勿体ない失敗作などが収容されており、外部・内部問わず破壊に対しては極めて高い耐性を誇る。

 一見すればただの鉄格子に見える廊下との仕切りはリュウコツ技術由来の強化鋼、つまりKAN-SENの防殻と同程度の強度だ。

 

 ボンドルドに向けて振り抜かれた拳は、カタログスペック通りの強靭さを見せた鉄格子を微かに歪ませ、止まる。

 

 「・・・ご機嫌ですね、ビスマルク。」

 「指揮官、下がって。私でも、次で鉄格子を壊して貴方を殺せる。」

 

 動揺の素振りすら見せないボンドルドを庇うように、ビスマルクが割って入る。

 同じ顔で睨み合う二人だが、鉄格子の外に居るビスマルクはきっちりと軍服を着ているのに対して、捕獲されているビスマルクは患者が着るような青いガウンだった。

 

 「・・・オレをここから出せ。」

 「貴女が暴れないのであれば、勿論。」

 

 ビスマルクであれば絶対に浮かべないような、殺意と険の強い表情。声色こそそのままだが、口調はまるで別人だった。

 ころり、と、ビスマルクの表情が変わる。無表情に、しかし眼差しには間違えようのない軽蔑が浮かぶ。

 

 「勿論でございます。しかし、害虫の駆除はメイドとしての務めですので。」

 「そうですね。ですが、貴女はロイヤルメイドではありませんよね?」

 

 ボンドルドの指摘に、獄中のビスマルクはまた表情を変える。表情も視線も穏やかだが、その奥には何か隠されていると感じさせる微笑だった。

 

 「えぇ、私は巡洋戦艦天城。指揮官様、どうか覚えておいてくださいね。私の手は、獄中からでも貴方の喉笛に届く、と。」

 「・・・留意しておきましょう、ビスマルク。」

 

 また、表情が変わる。困ったように眉尻が下がり、目の奥には強い意志が宿る。

 

 「はぁ・・・間違えられたのが彼女とは、どう反応していいものやら。指揮官様、私はロイヤル陣営、フッドですわ。そちらが、我が好敵手です。」

 「・・・。」

 「あら、どうされましたか、指揮官様。大鳳ならすぐに・・・この邪魔な鉄格子を破壊して、お側に参りますわ。」

 「誇らしきご主人様、これが、罰なのでしょうか・・・」

 「please,指揮官、ここから出してほしいな・・・」

 「指揮官「指揮官様「ご主人様「指揮官クン「しきかん「卿「指揮官さん「指揮官──

 

 ふと、蝋燭が立ち消えるように、ビスマルクの瞳から光が消える。

 ゆっくりと傾いでいく身体は、やがて牢の床に仰向けに倒れた。

 

 虚ろに開かれた目に最早意思はなく、床に流れる金髪が徐々に青白い粒子へと帰していく。

 

 「人格破綻、論理崩壊による自己消滅。これで4例目だけど、再現率は100%よ。」

 「困りましたね、これでは汎用メンタルユニットは実用化できません。」

 「専用メンタルユニットは問題なく機能するし、認識覚醒だけなら問題ないと思うけれど・・・」

 「えぇ、そうですね。ですが、非存在の存在偽証、架空存在の創造には既に指向されたメンタルユニットは使えません。」

 

 メンタルユニットには、二つの分類が存在する。

 KAN-SENの精神から抽出され、同種のKAN-SENにのみ作用する専用メンタルユニットと、メンタルキューブから抽出され、全てのKAN-SENに効果のある汎用メンタルユニットだ。

 両者に効果や必要な数量の差異はなく、抽出プロセスが効率化されれば、圧倒的に後者の利便性が高い。──それが、副作用を伴わないものならば。

 

 「汎用メンタルユニットが正常に作用したのは、サンプルとしてセイレーンから供与された一つだけよ。残りは全部、この通り自我崩壊による自己消滅。キューブ100個を道連れにね。」

 「・・・メンタルユニットの生成過程から見直す必要がありますね。」

 「・・・残念だけど、その通りよ。随意変質なんて便利な性質に頼るのは、もう終わり。」

 

 

 ◇

 

 

 メンタルキューブは、ある意味で賢者の石であると言える。

 賢者の石が持つとされる物質変換能力とは、つまるところ物理法則、特に質量保存の法則への反逆であり、メンタルキューブはそれを可能にするのだ。

 メンタルキューブの特異性は、その極めて高次元の物理破壊・熱干渉耐性だけではない。一定の神経パルス──KAN-SENにのみ与えられた特殊な精神構造、メンタルユニットから出力される信号を浴びると変質し、そのKAN-SENにイメージ可能なものであれば何であれ再現できる。

 

 とはいえ、メンタルユニット──KAN-SENの精神そのものを、しかも全てのKAN-SENに共通して使える汎用型を生成するのは至難の業だ。

 まず前提として、いくらKAN-SENにメンタルキューブの随意変質能力があるとしても、実行には強固なイメージ力が必要となる。空間造形的なセンスも必要だ。

 

 それはさておき、メンタルキューブは何処で拾おうが何処で買おうが、一寸の狂いもなく同じ色・形をしている。

 しかし、いまボンドルドの手中にあるそれは例外だった。

 

 通常の透き通る青には遠い、輝く赫色。大きさも、通常のメンタルキューブより一回り小さく見える。

 セイレーン上位個体、このキューブを齎したテスターが『架空キューブ』と呼んでいた物体だ。

 

 研究室の椅子に座り、高い随意性を持った不随意のそれを弄ぶ。戯れに握り締めようが、たとえ『枢機に還す光』を撃ち込もうが、決して思い通りに行くことは無い。

 

 「───指揮官様、来週の連合同盟締結会議の段取りですが・・・指揮官様?」

 「・・・あぁ、大鳳。失礼しました。」

 

 研究開発というのは、革新と停滞の繰り返しだ。今までのボンドルドの勢いが革新期に特有のものだというのは、ボンドルド自身が一番理解している。二足飛びに技術基盤を固め、新理論を提唱し、実証してきた。そして今、眼前の難題の打破には、その蓄積とさらなる進歩が必要なのだ。

 分かっている。分かっているがもどかしく、それ故に───

 

 「──素晴らしい。」

 

 怪訝そうな顔すらせず、大鳳は行動予定や同盟に関しての仔細が纏められた書類を手渡す。

 当然ながら手元の赤いメンタルキューブに目を留め、大鳳はそこで微笑を崩した。

 

 「指揮官様、それは・・・」

 「架空キューブ、と言うらしいです。君も知っての通り、グローセを生み出したのと同じものですよ。」

 「元重桜特設艦隊旗艦、フリードリヒ・デア・グローセ。指揮官様を置いて消えた裏切り者ですか。」

 

 ボンドルドの左腕──ボンドルドの意識外である外交や内政、アビスからの資金供与や資材分配など研究以外の事柄を引き受け、時に側に、時には影に仕えてきた大鳳。意図して所在不明艦となった彼女とは違い、グローセは本当にボンドルドの手を離れてしまった。

 

 「けれど確かに、戦力としては優秀な方でした。また、彼女を創り出されるのですか?」

 「彼女を、という訳ではありませんよ。ただ──この手でKAN-SENを作り出すという意味では、その通りです。存在するはずのないKAN-SENを、ですが。」

 

 

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