アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
個人的に剥身じゃなくて黒い保護殻付けたデザイナーさんは天才だと思う。ロマンを理解してるよ・・・
鉄血本土西部に位置する、自由アイリス教国とヴィシア聖座。鉄血本土南部に位置する、サディア帝国。
この三陣営に加え、アビスとの橋渡し役として鉄血陣営を加えた総勢4か国が、大鳳が主導した欧州連合同盟の構成加盟国となる。
その、はずだったのだが。
「どうして貴女が、ここにいらっしゃるのです? フッドさん。それにイラストリアスさんも。」
「私たちだけではありませんよ。ウォースパイトやアークロイヤルも乗船しています。」
指摘した大鳳の眉根が寄せられる。
その言葉が真実なら、ロイヤル陣営でも高練度の主力艦隊が出張ってきたことになる。鉄血陣営からは統括管理官であるボンドルドと、補佐官として大鳳が来ているだけ。他の陣営にしても、大体がトップ一名と副官一名だけだ。
呼んでもいない陣営が、呼ばれたどの陣営より多くの武力を引っ提げて乱入してきたわけだ。
量が質を凌ぐことはない、と教えてやるべきか。
授業料はその命と言いたいところだが、どうせロイヤル陣営も人格バックアップは導入しているだろう。ボンドルドが自分から公表した以上とやかく言うこともないが、大鳳個人としては甘い汁だけを啜られているように感じて酷く不快だ。
「何の御用でしょう? この客船プロイセン号は、そもそも鉄血の保有する船であり、ここは公海上です。貴女方が無断で乗船できる道理などありませんし、今日は連合同盟締結会議という重大な場です。早急にお引き取りを。」
「欧州連合同盟とでもいうべき大規模共同体が樹立するのに、我々ロイヤル陣営を交えないことこそ不合理ではありませんか? その同盟が、対ロイヤルを目的とした軍事同盟でないのなら、ですが。」
「非アビス加盟国を鉄血陣営主導で取りまとめ、セイレーンへの対抗力を高めるための同盟ですわ。既にアビスに参加している貴女がたに、左程のメリットがある話とは思えませんが?」
大鳳の表情を歪ませるのは、予想外の状況への動揺ではない。
薄々こうなるだろうな、と、連合同盟締結会議の段取りを付けているときに、やたらと人間主義者の活動が活発化した辺りで察していた。
人間主義者団体、その裏にいるのはロイヤル陣営だ。いや、だったというべきか。
現在活動している人間主義者団体は、元は複数の、穏健派から過激派、中庸派まで数ある別個の組織だった。それを統合し、他陣営に対する諜報組織として利用し始めたのがロイヤルだ。
当然ながら、本職の諜報員は大規模化した組織のほんの一部だけ。だが人間主義者というだけで他陣営が移住や滞在を拒むことは出来ず、結果として多量の弱毒に交じった猛毒さえも、他陣営は呑み込んでしまう。
──と、ここまでが理想の話。
現実には、確かに人間主義者団体に交じって諜報員を送り込むことは可能だった。が、末端であるただの人間主義者はデモやら暴動やらで拘束され、諜報員も動きにくいことこの上ない。この前のユニオンでの狙撃テロなどは完全に暴走だ。ついでに言えば、アビス内でもトップクラスの戦力を保有し、ロイヤルが最も情報を欲している重桜と鉄血からは、人間主義者そのものが駆逐されている。
情報収集は失敗に終わり、一応の味方陣営であるユニオンの国内情勢を荒立て、ついでに言えばボンドルドに実験用生体を与えた。功罪相克にはやや罪が勝る、といったところだ。
冷め切った大鳳の視線を無視して、フッドは貼り付けた微笑のまま言葉を続ける。
「その確証を得るために、立会人としてお邪魔したのですよ。」
「はぁ・・・呼んだ覚えはありませんが?」
微笑を浮かべることもせず、大鳳は淡々と計算する。
ここで、この七面倒くさい闖入者共を殲滅するコストとリスク。
逆に、不本意ながらこの礼儀も常識も弁えない害虫どもの同席を許した場合の、メリットとデメリット。
ロイヤル陣営の大目標は、おそらく鉄血陣営の動向調査。普段から何かと鉄血を──ボンドルドを敵視する傾向にあるロイヤルだが、この同盟を利用して枷を付けに来るとは考えにくい。列席加盟者ではなく傍聴として来たという、その言葉を信じるなら、だが。
だが、元より同盟の締結や大部分の条項は公開されるものだ。秘密協定どころか口約束で外交しているロイヤルには縁のない話で忘れたのだろうか。
そんな皮肉を叩き付けようかと迷った空隙に、凛とした声が入り込む。
「私がお呼びしました。」
「・・・リシュリュー枢機卿。」
面倒なことを、とでも言いたげに、大鳳が表情を歪ませる。
謝罪代わりの目礼を舌打ちで撥ねつけられると、リシュリューは仕方が無いとでもいうように溜息を吐いた。
「・・・失礼、ご挨拶が遅れました。私は自由アイリス教国枢機卿──アビス流に言うのなら、統括管理官、リシュリューです。お会いできて光栄です。」
「これはご丁寧に。鉄血陣営統括管理官、ボンドルドです。」
「存じ上げています。『KAN-SENの父』『黎明卿』、我が国にも、貴方を称える民は多い。」
言葉とは裏腹に、リシュリューの表情は険しい。
ロイヤル陣営と近しい自由アイリス教国、その中枢ともなれば、良くない噂──どれも控えめなものだが──を聞いているのだろう。
「我々KAN-SENも、貴方の開発した技術には感嘆するばかりだ。此度の同盟が、双方にとって善い関係の礎となることを願っている。」
当たり障りのない言葉を残し、議場になっている広間へ戻っていくリシュリュー。
向き直ったフッドの微笑に変化はなかったが、それは大鳳の目を見た瞬間に凍り付く。
フッドの練度は80。戦艦という艦種に相応しい基礎能力に、練度70の壁を超えた努力と研鑽の成果もある。ロイヤル陣営最強の一角だと自信を持てるだけの戦闘経験もだ。
対する大鳳は空母。目視圏外からの超ロングレンジ攻撃は凄まじい脅威だが、握手できるこの距離ならば自分が有利なはず。───そんな思考を巡らせなければならないほど、フッドは動揺していた。
口調や物腰が穏やかなボンドルドは、性格も想像の通りだ。他陣営であろうと、たとえ敵であろうと礼儀と尊重を忘れない、紳士然とした人物。少なくともフッドはそう認識しているし、概ね正解だ。
だが──大鳳は違う。その思考回路に存在する唯一の判断基準は、人類存続でもセイレーンの殲滅でもない。『ボンドルドにとって利か害か』。
歴戦の戦士は、視線や纏う雰囲気から何となく相手の考えが読めるという。練度80という“一握り”であるフッドは、その域に届こうとしていた。
いま、大鳳はきっと計算をしている。
勝手な行動をしたリシュリューを──或いは、自由アイリス教国そのものを──見せしめに粛清する。同盟を、延いては他陣営を恐怖の渦に叩き落すことのリスクとリターンを。
「──不正解ですわ。」
「ッ!?」
嘲るような言葉に、貼り付けていたフッドの微笑が剥がれ落ちる。
代わりに浮かぶのは、驚愕と恐怖。
「大鳳、そろそろ会議室に行きましょうか。」
「・・・はい、指揮官様。」
安穏と歩き出すボンドルドの三歩後ろに従う大鳳は、正しく大和撫子然としていた。