アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 鉄血陣営公式所有客船・プロイセン号。全長200メートル級の大型船舶を改装した、鉄血屈指の移動式宮殿だ。

 会議室の隣にはパーティー会場にも使用できる広間やバルコニーもあり、目障りな武装類は対空機銃さえ取り付けていない。セイレーンの跋扈するこの時代において、国家の保有する船舶なら多少の武装は常識の範疇。セイレーン相手には無意味だとしても、だ。

 だが無意味であるのなら、取り外すことにも大して意味はない。外観が良くなるのなら、メリットとも言える。常識外れという指摘も、ボンドルド率いる鉄血陣営にとっては今更だ。

 

 それに会議室の円卓に並ぶ面々は、ともすれば国家一つを蹂躙できるだけの戦力だった。

 

 この場における唯一の人間、鉄血陣営統括管理官、ボンドルド。

 

 自由アイリス教国全権代理、戦艦リシュリュー。

 ヴィシア聖座統括管理官、戦艦ジャン・バール

 サディア帝国統括管理官、戦艦リットリオ。

 

 それぞれが副官を背後に従え、緊張を微笑や無表情で隠している。

 

 「・・・では、始めましょうか」

 

 ボンドルドの静かな声は、防音加工された会議室の壁によって反響も起こさない。

 静かに頷いたのはボンドルドの隣に掛けたリシュリューただ一人。残る二人は、会議室の扉付近に円卓から離れて座っている、フッドとイラストリアスを怪訝そうに見ていた。

 

 「なぁ黎明卿。なんであいつらがここにいるんだ? 確か、ロイヤルは今回の同盟とは無関係だったよな?」

 

 ジャンバールが親指で示して問いかけると、その背後で副官のダンケルクが顔を引き攣らせていた。

 心なしか、リシュリューの顔にも似たような嘆きが見て取れる。

 

 「この同盟が対ロイヤルを想定した軍事同盟でないか、確認に来たそうですよ」

 「へぇ・・・」

 「──言っておくけれど、普通じゃないわよ。むしろ非常識」

 

 ジャンバールの耳元で囁きながら、ダンケルクは頭を回転させる。

 確かに、草案通りならこれはまっとうな4陣営間での相互和親条約だ。それに、鉄血陣営対ロイヤル陣営の戦争になれば、まず間違いなく鉄血陣営が勝利する。それも圧勝で。

 つまり、ロイヤル陣営にとって、ここで対ロイヤル軍事同盟が成立するか否かは重要な問題ではないのだ。ここでロイヤル陣営がメリットを得るには、もともとロイヤル寄りの自由アイリス教国以外──リシュリューと仲違い中のジャン・バール(うち)を除けば、サディア帝国を味方につけるしかない。

 

 その交渉に来たのだとしても、他陣営との同盟の場でとは非常識極まりないが。

 

 「どうしてわざわざ、この部屋に入れたのかというのも謎だけれどね」

 「まぁ、普通は追い返すよな」

 

 単なる『寛大な措置』という訳でもないだろう。

 そんなものは舐められるだけだ。一の利はあるかもしれないが、外交上、百の害を容認することは出来ない。

 

 甘い相手だと思われてしまえば、挑発行為は加速するし──と、そこでふと大鳳と目が合った。

 

 「・・・?」

 

 出来のいい生徒を見るような、視座の合わない視線が絡みつく。

 艶やかな唇が動き、声なき声がダンケルクの目に届いた。

 

 『あと一歩ですわ』

 

 ロイヤル陣営が鉄血陣営の内部情報を探るとき、どうするだろうか。

 考え付くのは、個別の同盟を結ぶときに大鳳から教わったこと。人間主義者団体の上層部は、ロイヤル陣営の諜報機関だという話だ。

 人間主義者を使った攪乱と、情報収集? それが鉄血陣営にとってメリットになるのかは疑問だが──

 

 ちらりと大鳳を窺えば、満足そうに頷いている。

 正解なのか? これが? 他国に内情を探られ国内を攪乱されることがか?

 

 理解できないものを前に冷や汗を流しながら、ダンケルクは思考を中断する。

 

 会議はといえば、既に署名前の最終確認に入っていた。

 既に各陣営に個別に赴き、草案のすり合わせが終わっていたからだろう。スピーディーなものだ。

 

 「では、署名を──」

 

 ボンドルドの声は、乱雑に開け放たれた扉の音で掻き消える。

 かなり重厚な造りの防音扉を勢いよく開けることが出来た時点で、実行者に目途は付く。

 

 果たして、ロイヤル陣営の正規空母、アークロイヤルが息を切らせて立っていた。

 

 「・・・何の御用でしょう?」

 

 爆発寸前、殺気すら漏れ出ている大鳳を抑えつつ、ボンドルドが問いかける。

 予想外の事態なのはロイヤル陣営も同じなのか、フッドとイラストリアスも動揺して立ち上がっていた。

 

 アークロイヤルの目が会議室を一周し、ボンドルドで一時停止してフッドに帰着する。

 重々しく告げられた言葉には、ボンドルドと大鳳も含めた全員を動揺させるものだった。

 

 「──襲撃だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 空を覆う紫雲に、紅く染まる水平線。

 ボンドルドにとっては馴染みの、そしてKAN-SENにとっては忌むべき鏡面海域だ。

 電波的な遮断のみならず、物理的な結界の働きすらもつ閉鎖空間。プロイセン号を中心に、半径50キロ──リットリオの主砲射程を上回る広範囲で展開されているという。

 

 甲板に出てきた一行の目に入ったのは、船を取り囲むように展開されたセイレーンの偵察機だった。

 グラーフ・ツェッペリンの全力発艦時にも匹敵する、空を覆うほどの群れ。セイレーン陣営最強の量産型空母Queenから発艦したものだとしても、4隻分はある。

 

 「セイレーン、どうしてここに・・・?」

 

 プロイセン号の現在位置は北海、公海上。つまり、どの陣営の保守海域でもないエリアだ。それはつまり、セイレーンの出没率が限りなく低いということでもある。

 サディア帝国、リットリオの副官であるザラの言葉が、この場の総意だった。

 

 「幸か不幸か、5陣営の最高戦力が揃っています。対処は難しくないでしょうが・・・」

 「いえ、むしろそれが狙いなのではありませんか?」

 

 ザラ個人をというより、この場の全員に余裕を与えようというダンケルクの言葉は、棘のあるウォースパイトの言葉で不発に終わる。

 確かに、5陣営のトップが一堂に会する場面などそうはない。例外と言えば、ボンドルドがやらかす都度に開かれる審問会くらいだ。セイレーンが本気でアビスや人類を滅ぼす気なら、願ってもない好機だろう。

 

 「我々の殲滅を狙っていると? 舐められたものだ。」

 

 苦笑するリットリオ。だが、その見立てはおそらく間違いだ。

 

 「それにしては、セイレーン側の展開が遅すぎます。」

 

 確かに、と、数人が大鳳の指摘に頷く。

 偵察機による包囲などしている暇があったら、オミッターなりピュリファイアーなりがあの還元兵器、光収束砲を撃ち込めばいい。

 尤も、KAN-SENには人格バックアップが、ボンドルドには『祈手(アンブラハンズ)』がある。失うものはこの豪華客船くらいのものだが。

 

 「いえ、そうではなく。この安全海域上に我々が集まったところを狙われたのは、何か意図があってのものではないかと。」

 「意図のない襲撃なんざ、オレたちでもやらねぇしな。そりゃそうだろ。」

 

 もの言いたげなウォースパイトに、小馬鹿にしたような──というか裏表のない──ジャン・バールの言葉が刺さる。

 再度ウォースパイトが口を開く前に、こつり、という硬質な靴音が反響した。

 

 まだ船内に誰か残っていただろうかと不審に感じた数人が振り返ると、その数人は即座に砲塔を旋回させ照準した。

 

 「セイレーン!?」

 「・・・おや」

 

 動揺ではなく疑問が浮かぶのは、その個体に面識があり、かつ脅威を感じない戦力を持つ大鳳とボンドルドのみ。

 

 「お久しぶりですね、テスター」

 

 何故か船内から現れた彼女は、金色の瞳を輝かせて笑った。

 

 「えぇ、お久しぶりね、黎明卿」

 

 

 

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