アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「あぁ──素晴らしい! 遂に、遂に辿り着けました。見ているのでしょう、テスター? 貴女と、貴女のボス──レイには沢山のお礼が言いたい」

 

 この世全てが愛おしくて仕方ないような、心の底からの歓喜と感謝を放出する叫びは、如何な圧倒的優勢とは言え戦場には似つかわしくないものだ。

 あまりの異様さに、部外者のみならず大鳳までもが振り返る。むしろ、戦闘の大半を艦載機に任せている大鳳が最も早く視線を向けたくらいだ。

 

 「黎明卿・・・?」

 

 思った以上の手ごたえのなさに飽きかけていたジャンバールが振り返り、首を傾げる。

 はて、黒衣の長身の、その隣に控えるKAN-SENは誰だろうか。全員が共通の疑問を抱いた時、その影がゆっくりと動く。

 

 「はじめまして、ローンと言います。よろしくお願いしますね、大鳳と、指揮官?」

 

 折り目正しく一礼した、鉄血艦に特有の鋼色の軍服を纏ったKAN-SEN。ローンと自ら名乗った彼女は、僅かに残る量産型艦と、他陣営のKAN-SENに恍惚とした目を向けた。

 

 「練度も数も十分とは言い難いですけど、初陣ですから。ハンデということにしておきましょうか」

 

 鉄血特有の半生体艤装が鎌首をもたげ、一同を睥睨する。

 金属擦過にも似た威嚇音を鳴らすそれを宥めるように撫でる姿は、慈母のような穏やかさを湛えている。

 

 各陣営でも最精鋭のKAN-SENたちが、大鳳までもがその姿から目を離せない。

 それは美しさに惹かれたなどという人間的な理由ではなく。

 

 「黎明卿、貴方は一体、何を産み落としたの・・・!」

 

 練度100の大鳳をすら硬直させ、練度に劣るリシュリューやウォースパイトなどは無意識に一歩下がるほどの存在感。

 それは殺意や害意とはかけ離れた、もっと機械的で根源的な──

 

 「分かり切ったことを訊くんですね、ウォースパイト」

 「あ、ぇ────?」

 

 いつ接近したのか、眼前で困ったような微笑を浮かべるローン。

 その艤装の口部で、砲口が悍ましいほど美しく輝いていた。

 

 「私たちは兵器でしょう? 貴女も、私も」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「ウォースパイト・・・?」

 

 魅入られたように動かない旗艦を慮り、フッドが近付いてくる。

 そもそもウォースパイトにさしたる興味も無かったローンは、会釈を一つ残して量産型艦の掃討戦線に加わった。

 

 「大丈夫ですか? ・・・あ、ウォースパイト?」

 

 フッドの呼びかけに答えることもなく、幽鬼の足取りで海面を進んでいく。

 向かう先に居るのがボンドルドだと気付いた大鳳が、不愉快そうに、しかし警戒しながら戻ってくる。

 

 「貴様、あれは何だ?」

 「あれ、とは、随分な言い方ですね。貴女と同じKAN-SENではないですか」

 「ッ!」

 

 ぐい、と、ボンドルドの黒衣が引かれる。

 練度80の戦艦の膂力で胸倉を掴まれてなお、ボンドルドは仮面に覆われた首を傾げるだけだ。

 対照的なのは大鳳で、空を覆うほどの艦載機が発艦し、ウォースパイトを照準する。拳を振りかぶるより先に身体が消失すると察すれば、ウォースパイトは力を緩めるしかない。

 

 「ふざけるな。あれが、我々と同じ存在なものか」

 「面白い言い方ですね。確かに、貴女たちとは違う()()()ですよ、彼女は」

 

 仮面に覆われた表情はともかく、口ぶりからは韜晦や誤魔化しの気配は感じられない。とはいえ、意味の分からない単語の羅列だ。

 そう判断したのは漏れ聞いていたフッドだけで、直接告げられたウォースパイトは凍り付いた。

 

 「架空艦、だというの? あのフリードリヒ・デア・グローセと同じ・・・?」

 

 『アビス』最強の陣営はどこか。その議論は、ロイヤルにとって業腹なことに鉄血か重桜かという二極に帰結する。

 そして『アビス』最強の個は誰か、その議論は、誰であれ同じ名前を挙げることだろう。畏怖や嫉妬、或いは羨望や恐怖交じりに、彼女の名を。 

 

 だが、今となってはそう驚くような強さではない。

 そう楽観できるのは、陣営内の大半が練度100を迎え、或いは最後の壁を突破した鉄血陣営くらいだろうが。

 

 架空艦──グローセは、能力、スキル、武装全てが強力だった。しかし、当時のアビス構成国を驚愕と戦慄の坩堝に叩き落したのは、その練度上限の高さだ。

 ほぼ全ての陣営の平均練度が50程度、ボンドルドが指揮する重桜陣営でも70から80で、90の壁を超える手立てが見つかっていない時期だった。そこに、上限解放回数ゼロにして練度上限100という怪物が現れたのだ。

 机上の空論でしかなかった練度100の極致は、グローセの存在により示された。ボンドルドが道を切り開くにあたり、その目的地となっていたのが彼女である。

 

 昏き夜明けの光を導く、漆黒の太陽。

 

 その再来だ。

 

 「どうしました、ウォースパイト?」

 「い、いや・・・何でもありません。先ほどは失礼しました」

 

 震え声を残してその場を辞して、向かう先にはアークロイヤルがいる。

 既に戦闘は終結しており、一瞥すれば、不完全燃焼だと拗ねるリットリオにローンが同意していた。

 

 「ウォースパイト? どうした?」

 「二年前の、最悪の作戦を覚えている?」

 「・・・『曇天』のことか。ここで話すのは不味いぞ」

 

 眉を顰め、遮ろうとするアークロイヤル。今は複数の陣営に漏れ聞こえる可能性があるし、もし二人きりだとしても話したくない話題だった。

 そんな心中を察することもなく、ウォースパイトは端的に、聞かれても問題ない単語だけを並べる。

 

 「あれでは不十分だったわ。人間主義者の攪乱も効いていない。今なお奴の手勢は人類側の戦力の70パーセントを占めているのよ」

 「だったらどうする? なきがらの海に襲撃でもかけるか?」

 

 冗談じみた口調で、アークロイヤルが韜晦する。

 ウォースパイトはにこりともせず、考え込む素振りを見せた。それに焦るアークロイヤルだが、イラストリアスが近付いて来たことでほっと安堵の息を吐く。

 

 「どうしたんですか、ウォースパイト。怖い顔をして」

 「イラストリアス・・・いや、何でもないんだ」

 

 誤魔化すように笑って、ウォースパイトは自陣営のKAN-SENたちを労った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 海域の安全を確保し、互いを労うKAN-SENたちに陣営の壁は見受けられない。隣に居るのは、今や他陣営の誰かではなく援護し援護された戦友だった。

 手を握り、肩を叩き、称え合う。セイレーンが出現する以前のオリンピックで稀に見たような、艦種も陣営も関係ない関係性。

 『アビス』はあくまで陣営間の相互補助を円滑にするための組織だ。こんな光景は、こうして同盟の場に共通の敵であるセイレーンが出没したから実現した、奇跡のようなものだろう。

 

 その、奇跡じみた光景に嘆息する影がひとつ。

 

 「練度80のKAN-SENとやり合える機会なんて、そうはないのに・・・」

 「そうでもありませんよ。前線基地に戻れば、練度90艦なんて掃いて捨てるほどいますから」

 

 慰めにもならない大鳳の言葉には、困ったような微笑が返ってくる。

 

 「それでも、その子たちは仲間ですもの。出来ても演習ですし、あまり戦いたいとは思いません」

 「あら? てっきり、強者との戦いをお望みなのかと」

 

 同陣営の仲間を重んじる様子のローンに、大鳳は微かな失望を覚えた。

 指揮官以外の全てに価値を見出さない自分と同じ、破綻して振り切れた、どうしようもない同族だという期待があったからだ。

 

 しかし、その落胆は早計だと、大鳳はすぐに口角を上げた。

 

 名残惜しそうに、和気藹々と労い合うKAN-SENたちに向けられたその視線は。嫌になるほど鏡で見てきた目だ。

 

 「あぁ──あの子たちと、殺し合いが、したかったな───」

 

 

 

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